寒い日だからこそ糸櫻の咲き

 

 

 

 

 

寒い日だからこそ糸櫻の咲き

 

櫻はヒマラヤが原産と言う だから本来はこの時季に合わせて咲く糸櫻がある

我慢したり 辛抱したり ひたすら本を読んだり そんな一見無駄な人生が大きく花開くことが必ずある

「この世の最も純粋な歓びは 他人の幸福を見ることだ」と 憂国の志士で割腹自決を図った三島由紀夫の言葉だ

あんなに人間社会に絶望し 覗き窓から覗くようにして 血反吐を吐くようにしてでも 多くの著作を遺し 信念の死だった

あの時 現場にいた数多くの自衛官は 漫画だと言って嘲笑し 揶揄し 怒号を発して笑った 何てざまだっただろうか

チョンマゲ時代のご維新から 今年でたった139年しか経っていないではないか どこに民主主義の成熟があると言うのか

三島は 完全に海外に向けた刃ではなかった 内的なものみなすべてに対して 檄文を激烈に読み上げて果てた

笑うものは笑えばいい 他人の幸福を常に純粋無垢に夢想した一小説家の死に様を 私はちゃんと観ていてやる

少しでも 彼の精神の気高さについて行こうと思う 彼の命日が過ぎたばかりのこの師走に これを密かに綴る

 

(不肖 私は満四歳の時であったが やはり三島には長生きして欲しかった 返す返すも残念でならない)

 

三島由紀夫の霊魂に 糸櫻の花 一輪心からささく

 

                        三島由紀夫 45歳の最期の近影

 

 1970年(昭和45年)11月25日 ライフワーク長編『豊饒の海』最終章「天人五衰」完結の日

「楯の会」学生長森田必勝ほか3名の同志と 東京市ヶ谷陸上自衛隊東部方面総監部に至り

自衛隊の自主防衛への覚醒と決起を促すも果たさず 「天皇陛下の万歳」を三唱して

古式に習い割腹自決 時に午後零時15分 森田また介錯後これに従い殉じる(25歳)

「檄」「辞世二首」 翌日 自宅にて密葬 戒名彰武院文鑑公威居士

 

http://www.vill.yamanakako.yamanashi.jp/bungaku/mishima/index.html 三島由紀夫サイト

 

 私は一切の戦争を好まない だが自衛することは国民を守ると言う憲法があるではないか 

北朝鮮に 不本意に拉致された人々は安全に日本に住む権利がなかったのか ここままでいいのか

 

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