みすゞの詩篇と運命

 

 

 

 

 

みすゞの詩篇と運命

 

金子みすゞは 自堕落な旦那さまのお陰と 冷たい仕打ちの西条八十大先生のお陰で

可哀想にも その日記念写真を撮って 若干26歳で自殺した

あんな優しい子が どうしてと彼女の運命をひたすら呪う

 

母を恨んだ娘のふぅちゃんだって 同じ運命を辿ったのだから 人生って何か可笑しくもある

みすゞの母親も男運がなく 折角幸せを掴んだのに その旦那さまは早く死んでしまった

親子三代 そんな運命であるが どうしてこうも同じ運命を 天は課すのでしょう

 

櫻の花が 急に観たくなって来た 十月櫻でも冬櫻でも啓翁櫻でも 今咲いている櫻なら何でもいい

それが果たせないとしたら せめてみすゞの櫻の詩篇でも読みましょう

 

                                     

                                   『さくらの木』

 

                              もしも、母さんが叱らなきゃ、

                              咲いたさくらのあの枝へ、

                              ちょいとのぼってみたいのよ

 

                              一番目の枝までのぼったら、

                              町がかすみのなかにみえ、

                              お伽のくにのようでしょう。

 

                              三番目の枝に腰かけて、

                              お花のなかにつつまれりゃ、

                              私がお花の姫さまで、

                              ふしぎな灰でもふりまいて、

                              咲かせたような、気がしましょう。

 

                              もしも誰かがみつけなきゃ、

                              ちょいとのぼってみたいのよ。

 

 

この詩って あまりにも何気ない 

風土に根差した独特の佛教感もない

ただこの詩には みすゞの肉体や精神や 吐息させ聞えるようでうれしい

だから僕は好きだ 内心は哀しみの中に満ちていたか 嬉々としていたか

この詩篇からだけだと さっぱり分からないけれど

思わずみすゞちゃんって声を掛けてしまいそうで 何だかとっても楽しい

有難うみすゞ!いつまでも 僕達に夢を下さって

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