聖マドレーヌ教会での祈り

                         聖マドレーヌ教会・ファザード

 

 

 

 聖マドレーヌ教会での祈り

 

 

1946年 未だ大戦の硝煙が立ち込める中 聖マドレーヌ教会の神父の呼びかけに応じ

世界中から平和への祈りの為に 思い思いの手作りの十字架を造って この小さな村の教会へ参集して来た

それこそ本当に様々な国からであった 日ごろ400人に満たない村が あっと言う間に4万人に膨れ上がった

 

ところが最後に行進して来た一団があった 何とヨレヨレの軍服を着た元ドイツ兵の一行であった

その軍服を見ただけでも恐怖心が抜けなかった周囲の人たち 特にフランス人やユダヤ人の恐怖が酷かったと想像する

にも関わらず 何と何と参集して来た人々は それを非難も一切せず大歓迎し 暖かく拍手をしたのだった

ヨレヨレの軍服 そしてお粗末な手作りの十字架 みな黙って行進しながら 兵士たちは泣いていたと言う

そして始まる聖歌 神父がもう二度と戦争をしてはならないと説教をする 人々に漸く来た平穏と安堵のこころ

信仰に差別があってはならないのだろうが 僕はいつもこの話を思い出す あらゆる宗教を僕は信じる

但し一神教で 厳しい原理主義の狂信的な宗教以外はね

だって人々の幸福を願うものだから そして信じることがない人は不幸であることも知っている

 

パリとリヨンの丁度真ん中の距離になるだろうか

この聖マドレーヌ教会があるヴェズレーに何度か行ったことがある

リヨンの広場にサン・テグジュペリの碑があるが その傍に当社の支社があって いつもそこから出発だ

殆ど田舎道で やっぱりフランスって農業立国なんだなぁと思いながら進む ボルドーも通り過ぎるだけ

どのくらいだったろう 猛スピードで三時間以上は走った ワイン畑の先の丘の上に やっと小さな村が見えて来る

憧れのヴェスレーである 人口僅か400人弱 嘗てロマン・ロランも住んでいた静かで小さな村だ

 

                                                                                                                    ほとんどがこんな田舎道であった ヴェズレー近郊

                                      

                                                                           丘の下から見上げたヴェズレーの村

 

下から見ると文字通り小さな村だが あの忌まわしい十字軍が参集して ここから中東征伐の旅に出た歴史さえある

又路上には 帆立貝の目印がついていて サンジャゴ・デル・コンポステーラへの巡礼の出発点でもある証拠だ

様々な歴史を経て 今は世界遺産として 静かな佇まいを見せている

             

              聖マドレーヌ教会のナルテックス(玄関ホール)

 

 

                       聖マドレーヌ教会 内陣最奥

 

ファザード(前庭)から入り ナルテックス(入り口のホール)へ ここの上を見ると先日書いたタンヴァン(扉絵)が見えている

ロマネスク美術の最高傑作とはどのようなものだろうか 僕は身廊(内陣)へ進む あっと息を呑む

何と言う彫刻の数々だろう よく見るとイスラムの影響がある彫塑だってあるじゃないか そして縞模様が何て美しいのか

祭壇の近づくに従って 僕の涙腺が再び緩み始め 感動のあまり頬を伝わる幾筋かの涙

クリスチャンでなくても 敬虔なこころになり 僕は思わず膝をついてタドタドしく合掌をしていた

夕刻だった 祭壇の裏側に廻ると ワイン畑の先に大きな夕陽が悠然と輝いていた

 

帰りがけと暗がりの中 つまり写真の左奥に当たるところに 如何にも粗末で古びた十字架が立てられていた

説明文を読むとあのドイツ兵たちが作ってここに捧げていった十字架そのもので その記念に大切に保存しているのだと

 

 

戦後のドイツは目覚しい発展を遂げたが 迷惑や悲劇や虐殺を繰り返した周辺の国々へ 衷心からお詫びの行脚があった

それが党派を超え どんな政権になろうとも全く変わりなかった あのナチの仕業は我々には無関係だと主張する者がいなかった 

各国にナチ被害の記念碑を数千個も立て 決して忘れることなく 国の利益の殆どは賠償にあてた そして統一国家の誕生

 

日本はと言えば 例えば中国との関係から言わせると 周恩来と言う偉い人のお陰で 二千年の永い付き合いの中で

ホンの一時の苦渋ではなかったか それよりも未来志向で仲良くやって行きましょうと 円借款だけで終わってしまった

現実にどこの国に対しても賠償と言う名目の金銭は出ていない お金を貸しただけだ ましてや記念碑などあろうはずがない

 

戦時中ソウルの大学への通学途中 女子学生を拉致して行き そのまま従軍慰安婦にした経歴のある国家であることを

我々日本人は骨の髄までDNAとして決して忘れてはならないし 従軍慰安婦問題の裁判では速やかに賠償に応じるべきだと信じる

 無論だからと言って北朝鮮の拉致を見逃していいわけはないが イスラム原理主義の暴力も金正日の専制主義も全く同じであろう

 

でもこの国家の行方は あの十字架を背負って歩いたドイツ兵の崇高さを見習ったらいい 

そうじゃなければ未来は決してないし 永久に独立国家にはなり切れないであろう

 

あのドイツ兵は幾ら信仰の為とは言え 尊大なる勇気があったものだといつも静かにヴェズレーを後にする

 

 

 

私は仏教徒であるが臆せず これを読んで下さる方々へ この小さなお話をクリスマス・プレゼントとしよう

更に『星の王子様』のサン・テグジュペリがちょっとだけ出て来たので 彼の愛の言葉も一緒に贈ろうと思う

「愛とは二人が見つめあうことではなく 二人で同じ方向を見ることだ」(サン・テグジュペリ)

 

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