『硫黄島からの手紙』を観て

                                                                                                                   擂鉢山を背景に 島の状況を把握する為に歩き回る栗林中将(渡辺謙)

 

 

 

『硫黄島からの手紙』を観て

 

 

久しぶりに映画館で 映画を鑑賞する機会を得た 親しくしている或る病院の老院長からの誘いだったからだ

封切されて間もない『硫黄島からの手紙』 僕はどちらかと言うと 『武士の一分』を観たかったが 強力に推薦する

 

東京都小笠原村硫黄島の61年前 周囲山手線以内にも満たない小さな島で起こった硫黄島決戦の日米戦争の話であった

戦況が悪化の一途を辿る日本 もはや敗戦が決定的で その中にアメリカで教育を受け 米軍を知り尽くしていた栗林中将(渡辺謙)が

着任するところから映画が始まる 着任して早々敵軍が上陸すると思われる浜辺に 兵士達はみな塹壕を掘っている

栗林中将は直ちに止めさせ 至る所に横穴を掘らせる 米軍の術中を知っての作戦だった 当時の上官は反発するが彼は決行させた

それが 僅か5日間で陥落すると思われた硫黄島決戦を 何と36日間も持たせる結果となったのだ 親米派の栗林中将の凛々しさ

然し彼自身 生きて帰れると決して思っていなかった 愈々迫り来る米軍 雨嵐となって降り注ぐ敵機からの砲弾の数々

水も食料も ましてや援軍すらない離島で 栗林中将は叫ぶ 「最期の一兵に到るまで戦い 明日の日本の基礎とならん」と

渡辺謙の甲高い大きな声が館内を響き 思わず涙する そうして終に矢折れ 刀尽き 最期の時 誰にも分からないようにと

二等兵だった子(二宮和也)に頼む そして生き残るもの死んで逝くものとが対比され 鮮やかな栗林中将の最期で映画は終わる

 

この映画はアメリカ・日本 そのどちらにも組しない制作姿勢 映画が終わって直ぐ 字幕のクリント・イーストウッドの名前が

そうだった これはハリウッドの映画だったのだと この映画こそ日本人が作らなければならなかったのに 至極複雑な心境に

なりながら監督の名前を見て又涙した そして戦後多くの届くことがない手紙が発見されるが 何と言う細やかな家族愛 そして純粋な愛国心

主要なテーマを観せられながら まだまだ日本はあの敗戦の処理は終わっていないのではないかと痛感させらる

米軍兵士を助ける場面もあったが 逆に白旗を掲げた日本兵を虐殺する米兵も描かれていて どちらにも肩入れしていない

そこがクリントのヒューマンなスタイルで 何度も鑑賞中に泣かされたことか そして最も言いたかったのは家族愛ではなかったか

 

近在諸国をお詫び行脚をし尽くし 膨大な賠償金を支払い ナチス虐殺の記念碑を数千個も作ったドイツとは余りにも違う日本

日本は円借款はしたが 時の総理の判断でコロコロ違っていて 賠償金など一つも払っていないのではないか どこか変であろう

ソウルで登校途中の女子大生を拉致し そのまま従軍慰安婦にさせた旧日本軍 我々は傷ついた米兵を介護した面もあるが

一方では酷い残酷な仕打ちを徹底的にやったこともあった その両方とも 残念ながら我々日本人のDNAに流れている 

何も終わっちゃいないと

我々は今もやることがたくさんあるのではないかと痛感し そしてクリントにこころから感謝し帰途に着いた

帰り道 最後に老病院々長がポツリと 「私はあの島で従軍医師だったのだ」と

 

戦争に勝利も敗戦もないのではないか あるのは普通の人達が殺し合うだけではないのだろうか

私達にはまだまだやることがある 感動の奥に 痛烈な疼きを覚えている すべての日本人に観せたいものだ

あの栗林中将の放った凛々しい言葉を 私達はしっかりと受け止めなければならない

 

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