上賀茂神社・神降の砂に誓いて

 
                               上賀茂神社 『神降の砂』 雪積もりて愈々気高し
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
上賀茂神社・神降の砂に誓いて 
 
 
 
 
 
 
上賀茂神社に 神降の砂が二つ並んでいる
 
このBlogは誰の為でもない 自分自身の その時々のこころ覚えの為に書き綴っている
 
二つの自分 公の私と個の私と まるで違うが まるきり同じで 上賀茂さんの砂のようなもの
 
一見  合い矛盾しているかのようなものだが 私にはそれなりの根拠がある
 
どなたが御覧にならなくても 自然体で 自分を正直に語る場が欲しかっただけだ
 
そんな魂胆の所為か 決まってお見えになられる方はたった一人 そりゃそうだろう
 
公開日記なんてキモイものじゃないか それこそ魂胆ありありの誤解を受けかねない
 
でもお陰で 当初のこころ積もりがそのまま出来ている それが有難いことだ
 
四十の半ばに一直線に進む私の歳からして 不惑の歳をとうに過ぎている
 
自分に正直に生きる ただ一点である
 
 
 
 
団塊の世代の方々は今年大量に離職する 管理社会の申し子のような育てられ方を余儀なくされた
 
今は完全にそのような体制は崩壊し 個々の能力を鍛え上げ その結果を出す世代に我々は当たる
 
「世の中の人は何とも言わば言え!わが成すところは我のみぞ知る」と喝破した坂本竜馬を持ち出すまでもない
 
甘えずひたすらに個を鍛え そこにしか出口はないようにやっとこさなったのだ 今がまさに自然で 旬なのである
 
 
 
 
去年の暮れ 突然老衰で亡くなられた坂村眞民先生は 伊勢の皇學館大学を卒業し
 
卒業しても職のない時代に 韓国に渉り 国語の教師を勤め上げた
 
それから敗戦で悲惨な帰国 その後松山近郊に移り住み どうにかして再び国語の教師に
 
そして定年退職し 悠々自適の身になってから 溢れ出そうとしていた胸の痞えを取り払うかのように
 
次々に多くの詩篇を世に送り出し 一遍上人に傾頭 殆どの退職金をはたいて無償で詩集を配った
 
何と二十数年の間にだ 「念ずれば花開く」の先生と言えば知らぬ者はいないだろう
 
「咲くも無心 散るも無心 花は嘆かず 今を生きる」と 多くのファンを魅了した
 

 

                       坂村眞民先生 ご親筆

 

 
今私に何が出来るか あることはある 実現に向けて今を精一杯に生きるしかない壮大な計画である
 
「種蒔き一年 櫻を育てるのに十年 人を育てるのに百年」と言う大風呂敷の壮大な計画だ
 
人と人が繋がって 多くの方々に協力して戴いて 日本の文化の根底を作り直さなければならない
 
私は自分の代でなそうとは思っていない 名前を出すのも大嫌い 皆さんが受け継いで戴ければ これに勝るものはない
 
要するに江戸彼岸や山櫻など 多くの櫻が永い時間を経て育てばいい 最低二十万本 未だ苗場しかないが・・・・
 
櫻は農業の神 日本は農業立国であった初期の精神を忘却してはならない
 
 
 

 

話は変わるが 上賀茂神社にいらっしゃる神官の方々は

皆すべて坂村先生の後輩で皇學館卒業 実に薄給ながら 

人々の安寧を見るのが好きな人達ばかりである そのプライドが尊い

私は都の西北で学んだ一介のただの起業者に過ぎない 若造に過ぎない

大風呂敷に負けぬよう 精一杯 今を生きよう!

  
 

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