群鬼から佛へ~梁塵秘抄

                                                         『群鬼』 富山県五箇山の和紙で創られた仮面
 
 
 
 

 

群鬼から佛へ~梁塵秘抄より 

 

   

昔は 各家ごとに 鬼は外の声が聞こえたものであった

夕刻になって お隣さんからも聞こえて来ない 本来なら 今日が大晦日で 明日立春が正月であるのに

日本人の美徳や習慣・習俗が途絶えてしまったのだろうか やや淋しい感じが否めない

 

今日は久し振りに 『梁塵秘抄』を開けて 時間の許す限り読み耽った

平安朝後期から 鎌倉時代前期まで 一般に流布していた雑芸の歌謡を 後鳥羽上皇によって収集するように命ぜられ

現在残った文献は 巻第一と第二しかない 後は口傳集として 第一・第十・第十一・第十二・第十三・第十四だけである

その時の世は既に末法の世界 何時果てるとも限らない日々の暮らしの中で 人々は仏法を求め 夢を見たものであった

多分すべてが 現在で言う歌謡曲のようなもので 節をつけて詠んでいた 庶民の喘ぎがそこここに聞こえて落涙して堪らなかった

 

『佛は常にいませども 現(うつつ)ならぬぞあはれなる 人の音せぬ暁に ほのかに夢に見え給ふ』(第二 二十六)

『婆羅や林檎の木(こ)の下(もと)に 歸ると人には見えしかど 靈鷲山の山の端に 月はのどけく照らすめり』(第二 百九十一)

『佛も昔は人なりき 我等も終(つい)には佛なり 三身佛性具せる身と 知らざりしけるこそあはれなれ』(第二 二百三十三)

『我等は何して老いぬらん 思へばいとこそあはれなれ 今は西方極楽の 彌陀の誓ひを念ずべし』(第二 二百三十五)

『遊びをせんとや生まれけむ 戯れせんとや生まれけん 遊ぶ子供の聲聞けば 我が身さへこそ動(ゆる)がるれ』(第二 三百五十九)

 

感動的な歌謡がたくさんあり 当時の人々は 如何に末法思想に翻弄されながら必死に生きていたかがよく理解出来る

明日は愈々『立春大吉』である 嬉しくウキウキして来る 春の匂いがする いい一日を送ったものであるが

精神的文化の意味では 今日こそ愈々末法の御世ではないかと思われてならない

 

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