ひと休みの中で

 

 
 

 

 

ひと休みの中で

 

   

幾つかの本を小脇に抱えて旅に出て いつも感じることは 今ある自分のことばかり考えるのだが それもそう悪くはない

中里恒子のエッセイなどは携帯して行くのにちょうどいい 祭り見物や参詣 或いは用足しなど済めば一人っきりで

誰に憚ることなく悠々と読書に耽られる 時間の経つのもつい忘れがちであり それが又いい休養なのかも知れない

 

中里恒子は女性で始めて芥川賞を戴いた方だと言うこと 更にいつだったか吉永小百合が主演した『時雨の記』で有名だとか

大抵の方々は 凡そそこまでしか知らないのではないかと思われるが 実はエッセイが面白く手放せないくらい凄いのである

特別に凄いことを書いているわけでは一切ない ただ食に対する感性がやけに近いから 自分なりに凄いと思っているだけだ

その食の一点から 僕は彼女に入ったのであった

 

京風料理で チャラチャラ盛られた料理など出て来るものなら 僕はそれだけで不満足で 行き成り食欲を失くす

俵屋さんのように 派手ではなく素材の良さがそのままであって 盛り付けもあっさりしてるものが欲しい

そんな場面が満載されているから 中里恒子が好きなのかも知れないが 今や忘れ去られた作家の一人なのだろうか

 

中里恒子の『気のながい話』を読めば このことは一目瞭然で なるほど半端な食通ではないしエッセシストではないと感じられる

意外なことも多い 若い時に洗礼を受けている 洋風なものに憧れたのだろうか 何をするにしてもオムレツが出て来る

料理はあっさりとと言うことだが 所謂飾り付け一切しないようにと言うことだろう そのままの味わいを味わいたいとね

サイダーの一件やお隣さんにサラダを頼んでゲンナリした話とか オキャンな女の子だったとか その落差が可笑しくて笑いながら読める

 

それでもあのような小説を書けるのである 昔の芥川賞はたいしたものだったと改めて思い知らされる

躾のいいお嬢様ではないかと思い込んで掛かったのが見事に外れたから 思い出すだけで可笑しくなる

そう言えば この中里恒子全集は 下鴨神社で毎年行われる納涼古書市場で手に入れた貴重なものだ

櫻貝が表紙の真ん中に埋め込んである瀟洒な紅い装丁で 如何にも恒子らしく知的なエッセンスを窺わせて充分だ

 

岡本かの子の『老妓抄』・中勘助の『銀の匙』・森茉莉の『マリアの空想旅行』や『マリアのうぬぼれ鏡』『魔利のひとりごと』・志村ふくみの『小裂帖』

一連のターシャ・テューダーの写真入りエッセイ・沢村貞子の『私の台所』・ヘミングウェイの『移動祝祭日』・堀辰雄の『花あしび』や『麦わら帽子』

レイモン・ラゲィッゲの『肉体の悪魔』・寺山修司歌集『血と麦』・田辺聖子の『歳月切符』・ベルナールの『アメリ』 更には『山家集』や『梁塵秘抄』など

手当たり次第で どれも今ではアナログで 時代遅れで マイナーなものばかりだろうが 僕の想像力を引っ張ってくれる絶好の読み物なのである

まぁ 自分の間尺に合った読書を続けて行こうと決めているから 友人から言わせたらどうにもならへんなぁと笑われてしまいそうである

 

知らない人が聞いたら 多分女性の読者だと勘違いされ そこにいいえ僕ですと言うと卒倒しそうであるが 好きなものは仕方がない

渡辺淳一は直接逢って好きなタイプの人だが 小説に関しては初期の頃の方がいいような気がしてならない 丹羽文雄や石坂洋次郎のように

流行作家は生きているうちが花なのだろうか 極めて失礼な言い方で悪いのだが マイナーであろうそれらの作家達を思う時避けられない感慨だ

さぁて 今夜は何を読もうか それを考えるだけで楽しくなって来る 

 

 

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