ほとけには櫻の花を

                                                                    半木の道に咲く斎王櫻

 

 

 

ほとけには櫻の花を

 

涅槃会を前にして 

 

 

 

ほとけには櫻の花をたてまつれ 我が後の世の人とぶらはば (西行 山家集 78~7069)

もう直ぐ涅槃会である まさか涅槃会には櫻の花などと 然し旧暦からすると三月中旬過ぎなれば 西行の願いは適うかも知れない

この枝垂れ櫻は 加茂川と高野川が合流し鴨川になる一歩手前の土手沿い 加茂川側の半木の道に咲く斎王(さいおう)と名付けられた枝垂れ櫻だ

枝垂れ櫻のトンネル・半木(ながらき)の道を少し昇ったところに府立植物園がある 今頃どんな花が咲いているのだろう サンシュユの花だろうか

それとも黒侘助の花だろうか こう温暖になって来ると いささか櫻の花が気になって仕方がない 心ばかりが急いて来る 西行とて同じであった

おもひでに何をかせしましこの春の 花待ちつけぬ我が身なりせば (西行 山家集 93~7074)

 

                                                            府立植物園に咲くサンシュユ

 

                                                            府立植物園に咲く黒侘助

 

 

空にいでていづくともなく尋ぬれば 雲とは花の見ゆるなりけり (西行 山家集 60~7041)

木(こ)のもとの花に今宵は埋もれて あかぬ梢をおもひあかさぬ (西行 山家集 124~7104)

年を経て同じ梢に匂へども 花こそ人にあかれざりけり (西行 山家集 89~7070)

待つにより散らぬ心を山櫻 さきなば花の思ひしらなん (西行 山家集 (56~7037)

 

やはり花と言えば櫻であろう 最近上賀茂神社境内の櫻繚乱と咲くJRのコマーシャルが流れていて 一層気忙しくなっている

西行も待って待って 爛漫と咲く櫻のもとで 櫻にまみれて法悦を感じていたことであろう

雲にまがふ花の下にて眺むれば おぼろに月は見ゆるなりける (西行 山家集 90~7071)

そうしてやがて花は散る運命にある

如何なる美しい花でさえ 散り際があり 生きさらばえることはない 釈尊も人の子であり 花である

 

佛も昔は人なりき 我等も終には佛なり 三身佛性具せる身と 知られざりけるこそあはれなれ (梁塵秘抄 232)

庶民も仏性があれば 仏なりと歌った梁塵秘抄の哀歌が より一層涙を誘う

見る人に花も昔を思ひでて 恋ひしかるべし雨にしおるる (西行 山家集 101~7082)

櫻花に どれほどの喜怒哀楽と法悦を感じた西行であっただろうが 無常で無情にも花は散る運命にある

ねがはくは花のしたにて春死なん そのきさらぎの望月の頃 (西行 山家集 77~7058)

西行終焉の地 南大阪の弘川寺に 釈尊入滅の日に西行も逝ってしまう どれほどの歓びだったことだろう

そう言えば西行出家の寺・大原野の勝持寺にも 寂滅の地・弘川寺にも 美しい櫻が咲いていた 西行櫻と人の言う

 

釈尊も西行も そしてかの君も 我がこころの中で しっかりと今でも生きているように思えてならない

 

                                    

                                上賀茂神社参道脇に咲く紅枝垂れ櫻(斎王櫻と名付けられている)

                                  

                                          西行が愛してやまなかった吉野の山櫻

 

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