『和』ということ

 

                                                                   雨の長楽寺

 

 

 

『和』ということ

 

 

ラフカデイオ・ハーン(小泉八雲)が日本にやって来た頃 日本政府は富国強兵策に躍起となり

小泉八雲がこよなく愛した日本人の美徳が瓦礫のように崩れて行く時代で 本人はどんなに悲痛に生きたことであったろう

折りしも時 日清戦争に突入したばかりの時期であった 当初松江の英語教師として赴任し セツと結婚 セツの大勢の身内を養い

少しでも暖かい処へと 愛する松江を離れ 熊本へ 初め熊本には絶望したのだが 日本(熊本)の良さがまだ気風として残っていた

その頃『極東の将来』と題して 下記のような講演を行っている

 

私が『和』と言うことを考える際に 最も重要な思考の機軸に据えているもので

その全文を掲載し 多くの西洋文化線上にある『和』に対する安易な流行を 厳に諌めたいものである

和してこそ和であり 慎み深くして和であると

 

 

 

『極東の将来』     

                                           以下 講演者 ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)の訳文

 

  現在との関連において将来を考えることは、文明にとってきわめて必要なことである。文明国のごく普通の労働者でさえ、稼いだ金を、片っ端から浪費するようなことはしないし、もし思慮深い人ならその大部分を将来のために貯えておく。これなどは最もありふれた備えである。政治家ならもっと次元の高い展望をする。彼がある法律案を提出したり、または反対したりする時、「自分の死後百年経ったら、この法律はどんな結果を生むだろうか」と考える。しかし哲学者はさらに遥か先の見通しを立て、「現在の状況の結果は、千年後どのようになっているだろうか」と問う。しかも彼はただその一国に限らず、全人類について考える。

 東洋の将来について諸君に語るに際し、私は西洋の哲学者の立場から語りたい。日本だけでなく、また極東だけでなく、全人類について語りたい。

 私は先ず最初に、極東の将来は西洋の動きに部分的にではあるが、左右されると申し上げねばならない。少なくとも次のことは確かである。極東で起こる軍事・政治・経済・文化等での大変動は西洋の影響によって引き起こされるということである。この西洋の極東への影響は侵略的であり、避けられない。それは幾世代にわたって止むことはないであろう。将来の東洋について考える前に、先ず西洋の現状を考察してみよう。

 19世紀西洋における産業文明の進歩と関連した最も著しい事実は、西洋諸国の爆発的な人口増加であった。1801年にはイングランド、いやグレ-ト・ブリテンの人口は1634万5646人であった。1892年にはその人口が3778万7953人にもなった。もっとさかのぼると、さらに驚くべき数字になる。エリザベス女王[在位1558~1603]治世の時代には、イングランドとウエ-ルズの人口は560万517人であった。ビクトリア女王[在位1837~1901]の時代には2900万1018人である(1892年)。しかし1892年の数字はカナダ、アメリカ、南米、オ-ストラリア、ニュ-ジ-ランド、及び南アフリカにいる数百万のイギリス人を含んでいないし、その外五十ヶ所のイギリス人についてはいうまでもない。ギボン[英1737~1794] が歴史書を書いた時代のドイツの人口は約2200万人であったが、今では4950万である。フランスの人口は2000万人ばかりであったが、1893年には3821万8903人となった。イタリアの人口はわずかに1000万人ほどであったが、現在では3000万人を超している。スペインの人口は800万人位であったが、今では1750万人である。ロシア(ヨーロッパのロシアだけ)の人口は1200万人であったが、今ではポ-ランドとフィンランドを加えなくても8100万人もいる。さらにロシアは征服を重ねたため、人口は増え続け1億300万人を超えた。要約すると1719年から七十年間に、ヨ-ロッパ人口は二倍になった。そして19世紀には二倍をはるかに超す数に達している。さらに銘記しておいてもらいたいのは、ヨ-ロッパ民族は北米に約7000万人の人口を移民させ、加えてごく最近にはオ-ストラリア、ニュ-ジ-ランド、南アフリカ、その他世界各地に植民していることである。イギリスの支配下だけで、つまり現在の英国ビクトリア女王のもとに約3億4400万人もの国民がいる。

 さて西洋民族がこのように、大発展をとげた意味は何であろうか。古代ロ-マ帝国の総人口はおそらく1億1000万人そこそこだったであろう。ヒュ-ム [英1711~1776] もギボンも、アウグストス [在位BC30~AD14] 皇帝時代の古代ヨ-ロッパの人口は18世紀のヨ-ロッパの人口よりも多かったと考えた。しかしヨ-ロッパの人口は現在、古代ヨ-ロッパの三倍になっており、その最大の増加はごく最近の、ほとんど百年以内のことであった。原因は何であろうか。また何を意味するのであろうか。

 その原因は確かに、一つには産業と技術の進歩、一つには医学(生命保持、健康維持方法)の発達によるものである。しかし、いかなる農業の改良、いかなる衛生学上の発見、いかなる科学や産業上の発明も、ただそれだけでは、人口増加の原因を充分には説明できないであろう。ロ-マ帝国の支配下では、おそらくその土地では養いきれないほどの人口を擁(よう)していたと思われる。今日、その人口はロ-マ時代の三倍になっているが、土地は三倍の食糧を生産していないのは確実だ。事実、西洋は現在自給できていないのである。ただ外部からの食糧援助を受ける方法を見出したがために人口が増加したのである。ヨ-ロッパ人の生活は人為的であり、厳密には自然ではない。多分ロシアだけは(スカンジナビアもそうかもしれない)自国住民に食糧を生産できるであろう。ヨ-ロッパの大部分はロシアおよび世界の他の国々によって養われているのである。北米、インド、オ-ストラリア、ジャワ、カナダ、南米、中国、日本、ペルシャなど世界各地からヨ-ロッパに食糧を送っている。ロンドン住民は諸外国からの援助なしには、一日たりとも生きていられないだろう。イギリスが戦争で植民地を失うことや、競争によって貿易を失うことについての一番の恐怖は、飢餓(きが)である。テニスン卿[英1809~1892] でさえも『艦隊』と題するバラッド(ballad) で「飢える」という露骨な言葉をはばからずに用いた。

 「全ての人が飢える時、荒れ狂う民百万の足が、君を君の地位から蹴落とすであろう」

 もしヨ-ロッパが突然諸外国から食物を得る手段を奪われたとしたら、間違いなく数千万もの人々が餓死するであろう。

 いかにしてこの食物の供給は維持されるだろうか。通商貿易と快速汽船と高速通信によってである。絶えず人口は増加し、次々により速い汽船が造られ、新規の通商事業が始められ、新植民地が建設される。これらの新たな必要に迫られて、西洋が生き残るために、他の全ての国々に援助を強要している。すでに西洋の産業文明は世界中に広がってきた。今日その圧力を中国や日本が水際で感じている。

 西洋では、人口増加を移民によって解決しようと努力する。しかしその目的が達成されるほど、速やかには移民できない。その結果競争は激しくなり、ますます人類の生存が困難になる。西洋が世界に拡がり進歩するのは西洋の強さを示してはいるが、それにより地球上の矛盾が激化する。これは西洋文明の弱点をも同時に物語っている。人類が進歩するのは必然的なことであり、争いや労働の苦痛を好むからではない。労働をしなくても生きて行ける国々では、進歩が全然ない。科学、技術、工業における驚異的発明は、――世界をつなぐ電信、無数の鉄道網、数値制御による機械製作、化学の応用による多数の新物質の創造等――いずれも生存の必要性、すなわち何か食べ物を得る必要性の結果にすぎない。あらゆる種類の進歩において、その原動力はひとえに飢えである。これこそ永遠の法則である。西洋民族が全世界に広がろうとしているのは、ただ生存の必要性からである。彼等が速やかに広がったのは、今世紀にその方法を見つけ出したからである。今までの世紀なら、自国で飢え死にしたであろう。

 彼等は行く手を塞(ふさ)ぐ様々な自然の障害に出会った。殺人的な気候の熱帯地方に移住することは困難である。が、移住した多くの国々で、彼等はその原住民の人口を激減させた。原住民が彼等の目前から姿を消したのである。アメリカからアメリカ先住民が、太平洋諸島からマオリ族が、そしてタスマニアからタスマニア人が、オ-ストラリアから先住オ-ストラリア人が、さらにスペイン系の混血人種までもニュ-メキシコやテキサスから姿を消した。インドはもちろん抵抗しているが、西洋はインドに植民することはないだろう。何故ならインド特有の気候がそこに住む先住民を守っているからである。

 しかし、西洋の産業主義が極東、すなわち中国に達したとき、それ以上の進出は自然環境の障害とは、大いに異なったものによって妨げられた。西洋がこれまでに思いもかけなかった知力によって抵抗を受けた。中国を征服することはほとんど不可能であった。たとえ可能であったとしても、莫大な費用がかかったであろう。西洋の風俗、習慣、信仰を強制し中国を弱体化することはなおさら不可能であった。中国は余りにも巨大で堅固(けんご)で、破壊も改造もできなかった。中国は抵抗したのである。西洋が中国に求めることのできるものは、ただ貿易だけであることは明白であった。西洋・中国間貿易が始まった。その貿易は西洋が無理強いしたものであった。西洋の商人たちは最初中国人を軽く見ていたが、実際には彼等と対等の取引をしていることに気づいた。せっかくの中国貿易も中国人の手から奪うことはできなかった。それは今もなお中国人の手中にある。将来もずっと中国人の手中にとどまるであろう。後になって西洋人は中国人が通商貿易において対等どころか自分達より「一枚上手(うわて)」であること、国家間貿易のようないわゆる「最高形態の経済協力」においても、はなはだ手強(てごわ)い競争相手であると悟った。

 中国人が以前には危険でなかったとすれば、それはただ本土に留まっていたからであった。しかし、西洋が中国の開港を強制した後、中国人は外国へ流出し始めた。中国人は南北アメリカの太平洋岸に移住し始めたのである。西インド諸島にも押し寄せた。オ-ストラリアとジャワにも移住した。中国人は、イギリスの東方植民地の最重要拠点の一つであるシンガポールにも中華街を作った。中国は東洋を占拠するような勢いを示した。西洋の識者たちは中国をそのままにしておいた方がはるかに良かったろうとさえいい始めた。

 最初に脅威を感じた国はアメリカであった。カリフォルニアでは誰も中国人と太刀打ちできないことがわかった。中国人は商業を吸収し、貿易を独占し、競争相手の労働者をその市場から追い出した。革命、暴動、虐殺が起こった。

 次第に西洋諸国は恐れをなし、アメリカでは二年前に中国人移民を禁止する法律が通過した。アメリカ人は商業や産業では中国人と競争できないことを理解したからである。

 オ-ストラリアも同様の措置をとった。中国人のオ-ストラリア移住を防止しないと、イギリス人はそこで生活できないことがわかった。オ-ストラリアは中国人移民排斥の法律によって自衛したのである。

 ジャワではオランダ人の入植者が別な脅威を感じた。オランダ植民者は中国人を襲って五千人以上を殺した。現在では中国人は一定の制限下にジャワに定住することを許可されているが、その結果ジャワ人は次第に姿を消しかけている。中国人はどんな気候にも耐え、いかなる産業上の競争にも勝つことができるからである。ジャワの気候はヨ-ロッパ人には過酷すぎるから、オランダ人は中国人の定住を許可しているのである。

 どのようにして中国人は西洋とこのような競争ができたのか。一部は彼等の知恵にもよるであろうが、それにもまして彼等の異常なほどの節制・倹約生活によるのである。西洋人の少なくとも十分の一ほどの安い生活に慣れていたから、西洋のいかなる大資本もかなわない経済的強みを中国人は持っていた。職人としても比類がなく、西洋の職人のする仕事は何でも自分の手でこなしただけでなく、さらに半額以下の費用でやってしまうこともできたのである。

 では、もし中国人が西洋の産業機械や科学知識を国際競争に利用することにでもなったら、どうなるだろう。西洋にとって由々しい事態になる。それは西洋の通商が東洋から追い出されることを意味しよう。いや、それ以上の意味を持つことになるだろう。西洋の人口が二倍、三倍、四倍となり、西洋の拡大が続いていた間、東洋はほとんど静止していた。しかし、西洋が東洋の門をこじあけようとした時、無限の、測り知れぬ大きさを持つ活動的勢力が動き出した。東洋もまた膨脹しはじめたのである。東洋が自らの発展のために、西洋の機械技術を採用することになると、西洋は五十年前には夢にも思わなかったような危機に直面せねばならないことになる。

 西洋にとって大変幸運なことは、中国の動きが遅々(ちち)としていることである。中国は現在西洋諸国の産業方式と機械装置をまだ少しも採用していない。ただ戦争に備えているだけである。ロシアの脅威のため中国はイギリスと同盟した。イギリスは反ロシアで中国を支持し、その代わりに中国は、インドをロシアから防衛しようとするイギリスに協力すると約束している。イギリスの将校は中国に西洋の軍事技術を指導している。中国の工場は今では最高級の小銃を造っている。中国はすでに120万人の兵力動員ができるが、それがみな西洋の軍隊のように装備、訓練されれば、いかなる列強もあえて中国を攻撃はしないだろう。しかし結局、中国が西洋の科学と産業をいつかは取り入れるようになるのは確実であり、それが西洋にとって最大の脅威となろう。民族の将来が決められるのは戦争によるのではなく、それは産業と科学の競争によるのである。

 商業上の知恵は、しかしながら、最高のものではない。最高のものは科学的知能である。中国はこの方面の才能の証拠をいまだ示したことはない。一方東洋の別の民族は示している。それは日本である。日本は科学・技術・芸術等の知的分野において、西洋と競争できることを実証している。日本人は商人としては中国人と対等であるとは思わないが、他の点でははるかに程度の高い民族である。私は日本の国民感情に諂(へつら)っていっていると思われたくない。科学・技術・芸術等の研究分野で日本人が西洋と競争できることを実証したと私がいったとしても、現在の日本の知的水準がイギリスやフランスと同等だという意味ではない。事実そうではないのである。しかし、日本の科学者がドイツ、アメリカ、その他の外国において成し遂げた成功を見れば、最高水準の才能を持っていることが充分証明できる。それはまだ大部分潜在的、つまり未開発・未発展の状態であるかもしれない。だがその開発・発展は、ただ時間の問題であり、その時間は長くはかからないだろう。だから中国と日本は共同で極東を代表して、通商においても、また民族間の知的闘争においても、西洋と競争できることを示しているのである。

 しかし、私が申し述べたい点は知的能力だけではない。対国際関係上の必要性も同様に重要である。中国も日本も自己防衛のために西洋と競争せねばならない。その結果はどうであろうか。

 産業の発展は東洋・西洋双方で続くに違いないし、人口はともに増すに違いない。地球はただ一定の人口、おそらく二十億人から三十億人しか養えないが、生存競争は続くに違いない。そしてその競争が激しくなるにつれて、全世界を制覇(せいは)しようとする争いになるに相違ない。その結果、弱小民族は淘汰されるであろう。どのようにして淘汰されるのであろうか、地球上から消滅するのである。では西洋か東洋か、どちらが生き残るであろうか。

 それは経済の問題であり、経済がそれに答えるであろう。

 二つの民族間に闘争があって一方に知力のある場合には、当然知力の優れた側が征服する、すなわち無知な民族を滅ぼすか、それに取って代わる。その闘争が対等の民族間であれば、その結果は二国連合の形態をとるかもしれない。しかし、二つの民族が知力において互角であっても、忍耐力と経済的能力において非常に異なれば、より忍耐強く、より倹約能力ある民族が勝つに違いない。例えば中国の職人がイギリスの職人と同じ仕事ができ、しかも五分の一もの安価な生活ができるなら、イギリスの職人は市場から追い出されるであろう。それにどれほど高度の才能に恵まれている民族でも、はるかに安い価格で生活できる、対等の知力の民族によって生存競争に負かされる、つまり地球上から追い出される可能性がある。

 例えば、諸君が蒸気エンジンを一つ買いたいという場面を想定してみよう。いずれも同じ馬力の二つの蒸気エンジンを見せられるとする。一つは、他の二倍の石炭を要し、それを動かすには二倍の費用がかかる。では諸君はどちらのを買うだろうか。もちろん燃費の優れた方を買うだろう。

 人体も要するに一つのエンジンであって、それを動かす燃料は食物である。我々は、全ての進歩は食糧の問題から起こることを見てきた。生存の困難、つまり食糧を得ることの難しさが全ての努力・労苦の根源となるのである。さて、西洋人の体をある力のエンジンに、東洋人の体を別のエンジンに例えて比較してみよう。もしその二つが全く同量の仕事ができると仮定したら、その二つの相対的価値は使用燃費によって決まるはずだ。ところで一人のイギリス人が生活するには、東洋人の少なくとも七、八人分の費用が必要となる。ならば諸君はどう判断するであろうか。

 しかし、これはほんのささいな一例にすぎない。単に日常必需品についてだけでも、西洋民族の生活費は、東洋民族のそれより少なくとも四、五倍高くかかる。必需品だけではなく、西洋の実際の生活費は、西洋のどの国と比較するかで異なるが、東洋の二十倍、三十倍、五十倍にもなる。そして西洋のどの民族も多くの東洋人が生活する条件下ではとうてい暮らすことはできないだろう。彼等は餓死するだろう。彼等の必需品はただ現代の生活習慣の産物であるだけではなく、その民族古来の必需品でもあるからだ。鷹(たか)を米で、狼を藁(わら)で飼えないのと全く同じように、西洋人は東洋の食物では生きられない。

 食物は先ず第一に考えるべきことであるけれども、それが唯一のものではない。所変われば品変わる。民族によって楽しみの内容が違うし、楽しみの環境も異なる。西洋の民族は高価な食物のほかに贅沢な趣味娯楽等が要る。彼等はいつの時代にでも常にそれらを必要としてきており、いわゆる「豊かな生活」(large living)を追い求める。歴史家は、中世以来ヨ-ロッパの貧民の生活状態が、いかに改善されたかを語っている。これは事実であるが、中世においても、ヨ-ロッパ人は東洋人の生活様式に従えなかっただろう。その理由は生理的要因ばかりでなく、心理的要因にもある。ヨ-ロッパ人の精神的幸福に必要ないくつかの条件を奪われたら、西洋人は衰弱してしまうし、人口は減少し、生活意欲をほとんど失ってしまうであろう。

 諸君は動物学で、絶滅した動物について読んだことがあるであろう。かつて、敵を恐れる必要がないほど強く、また暑さ・寒さ・干ばつなどによって滅ぼされることのないほど恵まれた、驚くべき動物がこの地球上に存在した。この中には、ただ生存価格が高くつくだけのために消滅したものがいたことは確かである。地球が彼等を養えない時が来たのである。それで肉体だけに関する限り、人間も動物と同じような運命を辿るだろう。生活費が余りにも高いというだけの理由で、滅亡する民族が出てくる可能性がある。

 西洋と東洋が将来競争する場合に、確かなことは、最も忍耐強い、最も経済的な、最も簡素な生活習慣を持つ民族が勝ち残ることである。費用の多くかかる民族は、その結果ことごとく消滅するであろう。自然は偉大な経済家であり、決して間違いをしない。生存最適者は自然と最もよく共生でき、必要最小限の生活で満足できる人びとである。これが宇宙の法則である。

 現在、イギリスにおける青年の教育費は、日本円で1万6千円から2万円の間である。それと同じ教育は日本ではその半額以下で受けられることはいうまでもない。単に教育の問題だけでも、東洋は西洋の強力な競争相手となるだろう。

 終わりに、私は日本の貧困はその強みであるという固い信念をあえて述べたい。裕福は将来、弱体化する原因になりうる。諸君は「貧困」という言葉が好きでないとすれば、次のことを思いおこしてもらいたい。「ヨ-ロッパで最も貧しい国はロシアであること、それにもかかわらずロシアはあまりにも強いので、ドイツ、オ-ストリア、イタリア三国が、それぞれ自らを守るために同盟していること、それから全世界がロシアを恐れていること」である。ロシアは貧しくても、有事の際にはいつでも、600万人の騎兵を召集できる。同様に日本も貧しくはあるが、将来少なくとも300万人の強兵を防衛のために動員できないはずはない。

 また、将来は西洋にではなく極東に味方すると私は信じる。少なくとも中国に関する限りそうだと信じる。日本の場合には、危険性があると考える。古来からの、簡素な、健全な、自然な、節度ある、誠実な生活方法を捨て去る危険性がある。私は日本がその質素さを保ち続ける間は強いが、もし舶来の贅沢(ぜいたく)志向を取り入れるとすれば衰退して行くと考える。極東の賢人である孔子、孟子、ブッダは誰も皆、「贅沢(ぜいたく)を避けて、ごく普通の楽しみと知的娯楽に必要なもので満足することこそ、民の強さと幸せのために重要である」と説いた。その考えはまた今日の西洋の思想家の考えでもある。

 さて、諸君にこんなこと――単に私自身の考えだけでなく、私のとうてい及ばない聖賢たちの考え――を述べているうちに、私は「九州魂」といわれているものについて考えてみた。私は質素な習慣と誠実な生活は古来熊本の美徳であったと聞いている。もしそうであるなら、将来、日本が偉大な国になるかどうかは、――九州魂あるいは熊本魂、――すなわち素朴、善良、質素なものを愛して、生活での無用な贅沢(ぜいたく)と浪費を嫌悪する心を、いかにして持ち続けるかどうかにかかっているのだと申し上げ、結論にしたい。

                                            (1894年1月27日講演 Lafcadio Hean  桃井恵一・桃井祐一共訳)

 

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『和』ということ への4件のフィードバック

  1. Miyoko より:

    ブログへのコメントありがとうございます。
    我が家に帰ってこられて何よりです。
    日本の伝統や歳時記などを楽しみにしています。
    お互いに頑張りましょう。また伺わせていただきます。 

  2. みつえ より:

    和ということ 日本人なら 誰でも 根源的に見知っていると 私たちは勘違いしているかも知れませぬね。その実を失おうとしている事に 気付き再認識していくこと大切と存じます。和して和であり 慎み深くして和である 深いお言葉ですわ。こうして お尋ねして ひとつひとつ 自分自身に問い直すチャンスと学びを戴ける こちらに益々の期待を寄せて 楽しみにいたしております。 

  3. 文殊 より:

    Miyokoさま!
    貴女さまのお元気な声を聞けて、大変嬉しいです。
    不慣れなブログですと、やはりどこか違和感がありますね。
    久し振りに帰って来ると、すこぶる嬉しいです。
    頑張りましょう、もう待ったなしですから。気合を入れましょうね! 

  4. 文殊 より:

     野の花さま!
    夕べから伊勢の神宮に参っております。
    天皇家のお身内である鷹司氏が大神宮職に赴任されたばかりで、
    昨夜から皇太子殿下もおいでになっておられます。
    今日は次の御遷宮のための最後の川曳きです。
    『和』なるものの原点を尋ねて、今後とも旅は続くでしょう。
    櫻はその象徴です。今日明日と世界中のメディアが取材に来ておられます。
    私達も頑張りましょう!

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