河童忌

ひとひらの山紅葉

 

 

河童忌

 

 

今日は芥川龍之介が薬物によって自殺をした日(昭和2年7月24日)で 実に享年35歳であった

今更多くは語るまい 箴言を多く使ったとか 初期の頃がいいとか 晩年の方がいいとか

何をかいわんやである ただ静かに巣鴨の慈眼寺に行き 紅い薔薇の花を手向けて来た

今夜は 彼最期の作品である『侏儒の言葉』でも読もう

 

 

侏儒の言葉

芥川龍之介 (Wikipedia) 

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河童忌 への3件のフィードバック

  1. ただ今カフェで読書中 より:

    おはようございます。
    芥川龍之介と言えば、私は片山廣子を思い出します。芥川が思いを寄せた孤高の歌人。『或る阿保の一生』にも彼女のことが書かれています。
    私は、芥川龍之介が亡くなって随分たってから廣子が書いたエッセイの中で、片山廣子が芥川への 「返答」をさり気なく、誰にも気づかれないようなさり気なさでしていることに気づいたことがあります。これは私のうがったものの見方だったのかもしれませんが、実に片山廣子らしいものでした。晩年の芥川は彼女によって、書く力を取り戻したとも・・・。
    片山廣子、私の憧れの女性です。

  2. ただ今カフェで読書中 より:

    すみません。今、コメントを投稿した時に名乗るのを忘れていました_(._.)_ 

  3. 文殊 より:

    わざわざのお越しを心から感謝申し上げます。
    芥川はまさしく片山廣子さんに、片思いの恋をしたように思われます。
    亡くなる直前に彼女を訪問していますが、終の別れを言うつもりだったのでしょうか。
    芥川晩年の創作には、間違いなくそうした背景があったに違いまりませぬ。
    芥川の死の三年前(32歳の時)に、相聞を送り、彼の周りの方々にも種々告白しているようです。
    そんな中から、盟友・堀辰雄の『聖家族』が誕生したのでしょう。松村みね子としての翻訳も
    あったようですが、若かりし頃だったのでしょう。第三回エッセスト・クラブ賞を受賞した時 
    廣子として受賞し、孤高で凛とした美しさが内面からも発露していたのでしょうね。早川さまが
    ご尊敬なさる方と伺い、とても嬉しく思いまする。古い本ですが、『翡翠』は我が愛読書の一冊です。

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