潮騒の島・神島の御盆

神島

                                                 伊勢湾内 鳥羽市神島

 

 

潮騒の島・神島の御盆

 

 

伊勢の鳥羽 佐田港から公営の船で小1時間 海を渡ると亀の格好をした神島がある

三島由紀夫の『潮騒』の舞台で有名な島であるが 離島だけに豊富な民俗があることは余り知られていない

年中行事すべてが古来から守られて来たもので 正月から暮れに至るまでたくさんの民俗行事で溢れている

 

 

御盆(ナヌカビ)の行事の流れ

 

【お迎え】

御盆をここではナヌカビと呼んでいるが 8月1日から21日までの永い期間をナヌカビの行事で埋め尽くされている

8月1日提灯つきの七夕飾りをした七夕さまを飾ってあり 7日午前5時に 先ず合歓の木を山から刈り取って来る 続いて笹竹を使い

枝つきのまま笹船を12艘作り それぞれに船の櫓として合歓の木の葉を差し込む これと提灯つきの七夕竹を 築堤の先端から海へ流し

「先祖さま みな仲良く乗っといで!」と唱える 笹船をオショロサマの迎え船といい ご先祖様はこの船に乗って海の彼方からやって来る

各地に残る『ネブリ流し』と酷似した行事である 笹船流しが終わると 新盆の家では先祖の腰掛という 高灯篭を門口に立て 

御盆が明ける21日朝まで立て掛けて置く 各家では一斉に墓掃除が始まり 続いて障子の張替えや仏壇・仏具の掃除に忙しない

正確にナヌカビとは御盆の準備の意味で ナヌカビはオショロサマ(ご先祖)のことをする日にあたり 針仕事など他のことをしてはならない

『十三日・十四日』とは門口に瓦を置き 松のジン木を乗せて迎え火を焚く 迎え火は早めに焚いて早々とご先祖様を迎え入れる 新盆の家では

ご先祖様が迷わないようにと 高灯篭の他軒灯篭も設置し間違いなく迎える 同日梅花講(バイカコウ)の人々が新盆の家を訪れお念仏をあげる

 

【御盆の中心行事】

十三・十四日は朝参り・日中参りと二度墓参りをする 新盆の家では親戚廻りの人々でごった返す 一方仏壇ではご先祖様は一年中の食べ物を食べ

逝きなさるといい 組団子や小豆粥や握り飯と目まぐるしく変わる 夜ともなると青年団を中心に演芸会や盆相撲や盆踊りが行われ 賑やかでないと

豊漁に恵まれないといい大騒ぎとなり 盆踊りでは伊勢音頭が婆さん達によって歌われる 演芸会の途中の幕間で『八方伝(ハッポウデン)』

が行われる 寄せ太鼓で宮持ち・口米の爺や隠居衆の爺が 天幕張りの茶屋に入り参集し八方伝の歌を歌う 続いて牡丹灯篭を先頭に新盆の親族

一同が浜で円陣を組んで廻り新仏の供養をする それが終わると灯篭は各家に戻り 親戚・縁者・島人の供養を受ける 更に15日深夜12時を過ぎ

浜に集まり浜施餓鬼(ハマセガキ)が始まる 海難事故などで亡くなった無縁仏を送るのが浜施餓鬼で 

和尚・宮持・ニノハンと呼ばれる役目の爺によって

静かでひっそりとした読経が唱えられ 真夜中の浜に 波音とともに響き亘る しみじみとしたいい行事である

 

【送り】

16日宵の口7時から 桂光院で灯篭送りがある 隠居衆の鉦の合図で 新盆の家の牡丹灯篭を先頭に親戚・縁者の行列が出来 桂光院に三々五々

参集した後に読経やお焼香をする その後再び列を組んでお墓に行き灯篭を納め 各自手にしたシキビを墓に供える 以上が灯篭送りである

16日夕方5時から三文講が始まる 「猫も三文 イタチも三文」といい 誰彼なくおひねりを持ち寄る 家々では三文講の鉦がなるまでに

仏壇に『時なし飯(トキナシメシ)』を供える 16日も盆踊りが真夜中まであるが 

17日の午前2時頃になると 女子青年団が中心となり 墓地のシキビや ジン木を集めて来て 

太鼓に合わせて歌を歌いながら それらを燃やし 餓鬼を送る 所謂『餓鬼の棚焼き』と言われる習慣である 18日には『ウラサマ』

と呼ばれる行事がある 宮持(当番で廻る役目=ミヤモチ)夫婦と海女が18日早朝浜で 水垢離を取り盃事を済ませてから 神社へ上がって海神の

ご機嫌伺いをする 「一は神クジ 二をくだしゃんせ」と扇でお米が乗った盆を扇ぎ 米の中からクジを出すというものである 

20日のウラ盆には 『百万ビョウ』といって 百万遍の数珠を島中で廻す 

夕方隠居衆がお寺から持ち出された数珠を持って 鉦をたたき「百万遍 百万遍」と叫ぶと 老いも

若きものも出て来て 数珠を撫でたり 病気のある部分をさすったりして 大騒ぎとなる 

21日には 夜明けとともに灯篭破りを行い 灯篭は骨組みだけを 残し 

紙は海に流される 新盆の家ではご先祖様の腰掛を海へ流し これですべての御盆の行事が終了する 

永いと思っていた御盆の行事も過ぎてみれば 束の間で

里帰りの人々で ごった返した島も 急にひとけが失せて いつもよりは侘しい離島となり 再び潮騒の季節になる

 

【結論として】

先日 2004年制作のタイ映画で 『風の前奏曲』という映画を観た 

第二次世界大戦が迫り来るさなか 列強各国と肩を並べようと タイ政府は伝統行事の一切を禁じた

その時代背景の中でラナート奏者の苦闘を描いたものであったが ラナート奏者の第一人者が最期にいう 

「伝統は樹でいうなら幹の部分で 枝葉のことを付け焼刃でやっても意味がない 幹がしっかりとしていれば 枝葉は自ずと繁る」

摘発に来た軍部に静かに反抗する 何となく黙認する将校 軍部の連中が帰らないうちに美しいラナートが響き始まる

すっかり感動させられた映画であったが 今の日本人には何か大切な日本人の地下水を失くしてはいないだろうか 

モノ・金中心の浅知恵であろう西洋文化に 後追いしているのではないだろうか

これら伝統を必ずやれという意味ではないし無理であろうが 

最低でも御盆だけ限っても こうした美しい伝承があるということを知って欲しいと願ってやまない

神島のこれら行事に 古き良き時代の香りが横溢しているではないだろうかと 

無縁仏にさえ溢れる優しさがあり 過去の供養があればこそ未来があるというものだろう

一方ファッションのように『和』を唱える軽薄さは断じて避けなければならないが 軽薄な時代の流れに懸命に逆らってこそ 

本当に意味のある『和』が存在するのではないだろうか

 

 

http://outouro-hananoen.spaces.live.com/blog/cns!BA05963D8EB5CC5!3858.entry

↑参考資料  主人のBlog 櫻灯路より『潮騒・神島 ヤリマショ船か』

 

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潮騒の島・神島の御盆 への2件のフィードバック

  1. 道草 より:

    「……新治が眼をさますと、目の前には一向に衰えていない焔があった。炎のむこうに、見馴れないおぼろげな形が佇んでいた。新治は夢ではないかと思った。白い肌着を火に乾かして、一人の裸の少女がうつむいて立っている。……」(『潮騒』三島由紀夫)。三島はそれほど好きな作家ではないものの、この「潮騒」だけは繰り返して読みました。そして映画。青山京子(久保明)・吉永小百合(浜田光夫)・小野里みどり(朝比奈逸人)・山口百恵(三浦友和)・堀ちえみ(鶴見辰吾)と五度映画化されています。第1作が昭和29年(谷口千吉監督)で、硯水亭Ⅱさんの生まれておられない時代です。第2作(昭和39年)の吉永小百合も悪くはなかったのですが(森永健次郎監督)、素人を募集した第3作(昭和46年)が素朴で最も印象に残っています(森谷司郎監督)。硯水亭Ⅱさんがやっと物心つかれた頃でしょうけど。
    我が古里の京北地区にも数多くの伝統行事はあります。しかし、民俗行事の宝庫といわれる神島には及ぶべくもありません。小説や映画で満足しているだけでなく、本来は硯水亭Ⅱさんのように、実地見聞をすべきなのでしよう。仕事に追われ無為にて過ごして来たばかりの我が半生を、今はただ悔いるのみです。私の古里にあっても、間も無く盆踊りが始まります。提灯に仄かに照らされた櫓の上から流れてくる浄瑠璃崩しの音頭が、今も懐かしく思い浮かびます。
    「……千百年の前のこと……寂滅為楽と響けども……」。子供の私にはその意味を理解出来るはずもなく、古老の節回しも鮮やかな音頭の合間に、「アラ、ヨーホイセーノ、ドッコイセー」とお囃子を懸命に入れていました。いつでしたか鯖江の港町で聴いた盆踊りのお囃子は「ヨーイヨーイ、ヨーイヤサー」と、言葉では書き表せませんけれども、盆踊りのお囃子はどうしてこんなにも哀調に溢れているのでしょう。何千年も昔から続く、亡くなった人への鎮魂の「譜」それとも「腑」あるいは「訃」だからでしょうか。
    「……地平線は、丁度私達のゐるあたりを中心として描き出した孤線の一端のやうに、周囲を見渡して尽く海だ。只眼前の海上に、山かと思はれる大きな島が浮んでゐる。人家の白い壁が、日に輝いて見える。神島だ。私はこの島から出京して来た一人の少年が、海軍の軍人になりたいといつて毎晩語学を習ひに通つて来た事を思ひ出した。丸顔の色の白い元気な少年であつた。二つの鮹が帆となり船となつて海上を走つて行く話や、鮑取りの漁女が盥に乳含児をのせて置いて、水底から潜り出て来ては、太い息を吹きながら、その盥の片端を押へてその児に乳を呑ませる話などをして呉れた。そんな事を思ひ出して、私はぢつと神島に見入つてゐた。 広い波の面は熨すやうに平かで、只私達のゐる巌角の下だけに烈しい争闘が行はれ、恐ろしい叫喚の響きがしてゐるばかり、それも大きな眺めに圧せられて、柔かな一定のリズムをなした楽の音のやうに聞きなされる。……」(『 伊良湖の旅』吉江喬松)。 

  2. 文殊 より:

             道草先生
     
     『潮騒』の小説は読んでいましたが、映画は観たことがなかったのです。先日山口百恵の映画をテレビでやっていたようですが、残念ながら仕事で観れませんでした。小説の『潮騒』を想像していた方が余程いいのではないかと思っていますが、小説を読む限りにおいては、あれは島の厳しい気象条件と島人達の確固たる習慣・習俗も創作の背景になっているのではないかと思われてなりませぬ。以前神島で、80歳過ぎると、隠居なりのお祝いがあり、それが済んだお年寄り達は杖を持ってもいいことになっていて、その杖持ちの隠居なりのお爺さんに三島由紀夫のことを質問したことが御座いました。もうその方はとっくに亡くなっておられますが、三島由紀夫が神島に来た時は肺病患者じゃないかと思ったと言うことでした。「青生り瓢箪」と表現していたかも知れません。三島が若干25歳前の時にふらりと島にやって来たと言っておられましたが、顔面蒼白で、島の鎮守である八代神社の長い石段の途中に猫の額ほどの小学校の校庭があるのですが、ひねもすそこの鉄棒にもたれかかっていたと。無愛想で誰も近づかなかったが、背は低く、弱そうな文弱な青年というイメージだったそうです。いいか悪いか分からないけど、神島が歌島になることによって、大きく島の存在が変化して来たけれど、それは釣り人や観光客の増加だけの外面的様相だけで神島は一切変わることはないと断言しておられたことが印象的でした。伊達に神島と名前がついていないなぁと感心した思いをした次第でした。
     
     周囲4キロしかない小さな島で、しかも村落は固まってあり、青年団は海難事故で急に飛び出して行けるように、青年団の宿所で共同で泊まっている習慣があります。寝屋というのですが、その習慣もあの小説の背景に確かになっているように思われました。観敵廠も御座います。無論灯台もありますし、あの小説のままです。すべてのお宅が小久保姓ですから、殆ど屋号か呼び捨てにしています。ハマユウの北限だと伺ったこともありました。現在では民宿が数軒あるのですが、以前は2軒しかなく、いつも『藤文(ふじぶん)』さんに泊まることが多かったです。夕餉に出て来る大盛りの海の幸のお料理だjけで充分宿泊費に相当するようなもので、随分お世話になりました。年間の習慣・習俗を写真に収めるだけでみっちりと5年間通ったでしょうか。主人がああいう方でなかったら、私には縁遠い取材でした。
     
     島にはグミの木が生えていますが、そのグミの木で、茅の輪のような日輪を作り、それを篠竹で大勢の若者でつついて、天高く舞い上げる『ゲーター祭り』は日本の奇祭の中に入っており、正月さまの重要な行事になっております。ゲーターとは迎旦の意味ではないかと想定される方もありますが、果たしてそうでしょうか。少々疑念があるところです。それから驚いたことはお葬式の時でした。葬列の前に数人の泣き女がつくのです。この習慣は主に朝鮮半島に多く存在していますが、ここほどはっきりとした泣き女は観たことがありませんでした。
     
     夏場の島は蒸し暑くて堪りませんが、秋から冬に掛けてもいい時期です。近鉄鳥羽駅前の佐田港から公営の船が常時出ております。小型の船ですが、乗船時間はたったの50分。海が荒れている時は欠航になりますが、道草先生がもし釣りでもなさるのでしたら、いい穴場です。最高の海の釣果が得られるでしょう。ふらり道草するのに最高の島です。伊良子水道の激しい流れのど真ん中にある神島は、宿泊費だけで、豪華なお料理はオマケだと思って戴ければいいと存じます。是非一度観光で行かれることをお薦めしたい島です。
     
     盆の踊りは小寺融吉・柳田國男・折口信夫などに多くの論考がありますが、やはり先祖供養の意味を含むために、哀調を帯びている盆踊りが多いでしょうねぇ。日本三大盆踊りとは『越中八尾の風の盆』と『郡上八幡の郡上踊り』と『秋田県湯沢の在にある西馬音内(にしもない)の盆踊り』とされていますが、皆それぞれに美しい踊りで、特に西馬音内の盆踊りの流麗さは圧巻です。更に私は熊本県山鹿市の山鹿灯篭も涙が出るほど美しい盆踊り系のお祭りで大好きです。全国各地に残る盆踊りは遊行念仏系とか、様々あるようですが、『梁塵秘抄』に表現されている当時の一般社会の習慣も無視出来ないかも知れません。岩手に残る念仏剣舞や鹿踊り系も御盆と無縁ではないでしょう。周山の民俗も豊富にあり、あの辺りから福井や出雲に掛けた一帯が一つの文化圏になっているように思われてなりません。きっと鎮魂の譜なのでしょうね。

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