初めてのお盆

野菜さん!集合!!

 

 

                                       初めてのお盆

 

 朝まだき、深夜の勉強に疲れていたのか、背が177cmと高い割には小顔で、まるで子猫でもあるように妻は眠りこけていた。そぉっとベッドから這い出て、普段着に着替え、朝食の支度に取り掛かる。久し振りにパンを食べたいというので、前日表参道の紀伊国屋から、数種類のベーグルと五穀パンを買っておいた。それをテーブルに出しながら、今朝は簡単に何か作ればいいと高を括る。数社の新聞に眼を通し、珈琲が沸くのを待つ。そう、今日は迎え火だ。そう言えば京都の実家に帰ると言わなかったかも。不安になって、京都へ行くことになるのかと、密かにそんな想像をしていた。沸いたコナ産珈琲をゆっくりと飲む。外は既にじりじりとした暑さの様相で、ペントハウスだから余計に暑い我が家である。我が家の屋上庭園には、山百合などの鉢植え数鉢が定期的に植木職人に御願いしてあって、既に真っ盛りで美しい。さぁてそろそろ支度に掛かろうと思った途端、ガチャ~ンと大きなフライパンの音をさせてしまったからか、寝室からモノ音がする。どうやら起こしてしまったらしい。しばらくすると悪戯っぽく僕のパジャマの上着をガブガブに着て妻は立っていた。Hugをしてそっとソファーに座る。腰まである長いヘァーはいつの間にかきちんと梳かれている。夕べ髪の毛を洗ったらしく、いい香りがして、朝から堪らなくいじらしく思えた。妻は僕の飲み掛けの珈琲を飲んでいる。

 「直ぐに作るね、待っててねぇ~」といい、対面キッチンで妻の顔を見ながら作り始める。妻は大きな欠伸をして、背伸びをしたかと思ったら、クーラーを切って、メーンの窓を開け放ち、がらりと外気を入れ込む。むっとする暑さが飛び込んで来た。ひと通り空気の入れ替えを終わって直ぐに窓を閉め、再びクーラーをつける。僕はアスパラとブロッコリーを寸胴で茹で、生暖かいお水で冷やし荒熱を取る。ラディッシュを扇型に切る。硬いトマトを薄くスライスする。それらを大皿に盛り、エンダイブとレモンを散らす。そこにシークァーサァーにお味噌を少々溶き入れたタレをたっぷり掛ける。5個分の卵をボールに割ってジャコを入れ、掻き混ぜるだけ掻き混ぜ、泡が立ってから、熱した卵焼き器で厚焼き卵をさっさっと返しながら作る。ジャコの塩分だけで味付けは敢えてしない。作り置いた一番出汁を冷蔵庫から取り出して、岩塩を少々入れ、煮立ったら、火を止め、香づけに醤油を一滴たらし、そこに刻んだ生若布と白胡麻を入れてスープを作る。普段4つの作業を同時に出来るので、調理時間は約20分。何でもやり慣れている所為か何も苦にはならない。慣れるということは恐ろしいことかも知れない。逆にストレスの発散を感じられて有難いからだ。珈琲を再セットし、食器や牛乳や冷水やプレーン・ヨーグルトを出しセッティング。

 テーブルのセットし終えてから、洗面所にいる妻を呼ぶ。妻は真っ白な、朝らしい清々しい洋装になっていた。備前の鶴首の花器に一輪の紅い薔薇。白地にグリーンの太いチェック柄のテーブル・クロス。妻はオニオン・ベーグルが好きらしい。若い子らしく元気に「いただきまぁ~~す」と言って食べ始めていた。まだ寝起きなのに、意外と食欲があって嬉しくなる。どこかもう何年も一緒にいるような特別な気遣いのない朝の風景である。食べながら、妻に聞いた。「今日迎え火で、京都の実家に帰らないでいいのか」と。するとキッとむきになったような真剣な顔をして、「貴方にお嫁に来た以上は、ウチの帰る家はどっこもないねん。京都に家を持つことになったからと言っても、ウットコはここしかあらしまへんえ」と、しばらくきつい表情で見詰められた。見詰め合いながら、何かグッと来るものを感じたが、抑えた。更に続ける。「貴方のご実家で皆さんと過ごしたい。お盆は貴方んちのお盆でゆっくり過ごしたいしぃ、お母様をお迎えしよ」。思わぬ展開に驚きながら僕は頷き、その場で父に電話した。

 午後遅くなってから、地下駐車場からマイカーを取り出し、運転を始める。さすがにお盆の時の東京都心はいつもとは様相が違う。人が少ない。車も少なかった。空気までも一段と綺麗になっているよう。スイスイ走れるので、広尾の自宅を大回りして向かう。お茶しようと途中誘って、アーク・ヒルズ真裏の櫻坂にあるキハチのパティシェリアに。庭に面してあるテーブルに着くと、櫻の樹の葉陰が幾らかでも涼しくしているようだ。熊蝉が一段と五月蝿い。少し風が吹いていた。しばらくしてトイレに立ったと思っていたら、父と叔母用にケーキを包んで貰って、妻は再び冷めた珈琲をコクンと飲む。次第に汗ばんで来て、堪らず勘定を済ませると、そそくさと車の中へ。クーラーをガンガン利かせるものの、10分もしないうちに実家へ。妻が父に逢うのは、先日の入籍の日以来だから、そんなに経っていないのに、父も叔母も似たもの同士なのか、顔までそっくりで、二人共遠来のお客でも迎え入れるかのように相好を崩して待っていた。ガラス窓越しに庭を観ると、綺麗さっぱりと植木が刈り込まれていて、打ち水も打ってあった。普段無口な妻が、老夫婦のような父や叔母と楽しそうに話しはしゃいでいる。喉を通る玉露の熱いお茶が美味しい。妻がケーキを差し出すと、「頂き物だから」と、早速父は仏壇に持って行く。妻も後を追う。当家の仏壇と初めてのご対面で、盆灯篭の脇で神妙に手を擦り合わせていた。

 未だ夕方といっても明るかったが、四人で青山墓地に行く。お墓は先刻お掃除に来ていたらしく、綺麗な状態で、お花まで飾ってあった。お墓にお線香を手向け、皆で一緒にお参りした後、お墓の前で割り箸を重ね火をつけ、そこから小さな提灯に灯火を移す。「さぁ母さん、家に帰ろうね」と父がいい、僕の車に乗って自宅まで帰って来た。仏壇に灯火を移して燈し、作り置いた幾つかの椀盛りした膳を仏壇にあげる。叔母が般若心経を読経する。僕も妻も父も、その後に従う。明日お坊様が来てくれるというが、茄子をウマに見立て、早く来いという意味だろうよ、ひと通りお盆のカタチになっていた。仏前で、皆で、何時の間にか用意されてあった松花堂弁当の食事をとる。漸く暗くなり始めた頃、妻が僕にポツリとつぶやく。「お母様と逢いたかったなぁ」と。次に父に甘えるような口ぶりで、「お母様はどんな方でしたか」と再びはしゃいだようにして聞こうとしている。父は最初大いに照れながら、それでも嬉しそうにぼそぼそと喋り始めたが、その顔と言ったらどう表現していいのだろう。次第に熱を帯びて来て、よくまぁ喋ること喋ること。普段はこの二人で仲良くやっているとは言え、こうして喋るのは余程嬉しかったのだろう。お盆が来て、母が祖父母とともに自宅に帰って来て、我々も混じり、一気に賑やかになったのが本当に楽しそうであった。盆吊り提灯も一層明るく輝いていた。確かに亡くなった者達の話題を出してやるだけで供養になるのだと、どこかで聞いたことがあった。先だって届けておいた冷酒の廻りが早そうで、父が眠そうな眼になり始めてから、今夜はここに泊まろうかなぁと僕が妻に相槌を打つようにしてから叔母にいうと、それまで少しデレデレ状態になっていた父はハタと正気に戻って、「ソイツはいかん!新婚なんだから、自分達だけでゆっくりしなさい。来たかったら、又明日おいでよ、遠いところじゃないんだから」と。80歳に近い老父だが、現職の時のような威厳があった。

 帰りの車中、妻に言った。「明日ここで手料理作るって、さっき言ってたけど、まじに作る気なの」と聞いたら、途端に笑い転げて、「それはね貴方にこれからウチに教えて貰うのよ」とおどけていた。「じゃ簡単に作れるリシピを書いておくから、明日は僕と一緒に作ろうよね」。簡単なメニュー?!僕は頭の中で考えが駆け巡る。冷たい海老とトウガンの餡掛け、里芋とボイル帆立の煮物、エリンギとシイタケの白和え、柔らか煮の蛸と若布の中華和え、スペアリブのつけ焼き、だだちゃ豆もどこかで使いたいしなぁ、まぁそんなおばんざい風なところか、そして最後は葡萄と寒天の梅酒ソーダ掛けの甘味。そして不図助手席の妻を見ると、妻はコックリコンとしていた。程なく自宅。妻を起こして部屋に入り、眠そうだから、今夜は早くお休みと言って、寝室に連れて行った。着替えを手伝い、ベッドに寝かせ、額に軽くキッスをしようとしたら、寝言のように「貴方のお嫁さんになったことを初めて実感出来たようで、とても嬉しかったわぁ」とポツリ。

 今日から明後日まで、当番を除いて当社も休業である。妻は勉強があるからお休みなどない。ドクター論文の基礎論考を執筆中である。いつも本を手放さない。そんな僕達の結婚はハタから見たら、格好のお笑い草だろう。妻は家事のことは殆どせず、僕が主夫であるからか、年の差か、Blog上では既に笑われた実績がある。お互いに邪魔しないし邪魔にならないようにしたい、そんな単純な約束をお互いに交わすような変わった夫婦であろうとしている。だが妻は可愛いくて仕方がない。書誌学という学問上の基礎学を大事にする妻を愛している。実業人としての僕を頼もしく思ってもいるらしい。足掛け六年間の歳月が二人の確信を生んでいる。骨の髄までお互いを信頼している。案外今日一日のこんな他愛無い一日が幸せというものかも知れない。新学期が始まると新幹線で京都までの通学が待っている妻。妻が研究旅行で独りで出ることがあっても信頼は全く揺らぐことはない。去年暮れの花祭りに、彼女は一週間も飯田線から入った山の中に籠っていた。研究旅行とは断じて物見遊山などではない。厳しいことばっかりだ。独り自宅に引き篭もって何もせず、僕の帰りをただ待っているという圧迫感より遥かにマシであり、潔癖症で、ひたすら学問に打ち込む妻を信じて疑ったことはただの一度もない。但し帰るところを失なわせた責任の重い子と一緒なわけで、自宅に帰り、今日初めて口にするアルコールの所為か、かくの如きBlogに一気呵成に書いて、僕は又恥をかいている。百組のカップルは百組の有り様があってもいいではないかと。明日は主人の自宅を廻ってお線香をあげてから、買い物をして実家に行こう。亡き母は、妻を我が娘のようにして大いに歓んで迎え入れたに違いない。それを想像するだけで思わず涙が溢れてくる。お盆だからだろうか。

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初めてのお盆 への5件のフィードバック

  1. 道草 より:

    清水寺の千日詣も始まり、愈々この夏も又お盆 を迎える事となりました。私達の初めてのお盆の日は既に父は亡く、母を交えた三人で千本出水の母体時へ出向いたものでした。ですから家内は父の顔をは知ることはありりません。永らえた母も3年前に鬼籍に入り、今は二人で湿めやかに菩提を弔うばかりです。硯水亭Ⅱ家の日本一、いえ、世界一幸せなご新居のご様子を拝見すれば、此処の場所へ割り込むことなど野暮天心天と申すもの。何も申し上げる事はありませぬ。この夏、ご健在の父上は元より亡き母上の御霊も、お二人はさぞかしご満悦至福の砌と存じます。又の夏も、いや増して久遠の日々を斯く在るお気持ちの続きますことを祈念致します。

    「迎え火」  北原白秋
     
    かへろが啼くよ、遠い田の水に、迎へ火しましょ。 出た出た月が、をりるな夜露苧がらがしめる。 おとさまござれ、おかさまござれ、おぼんが來たに。
    すずかぜ吹くに、親なし鳥も、ほろほとなくに。

  2. 道草 より:

    *母体時→菩提寺(訂正して下さい) 。

  3. (Kazane) より:

    早速、こちらにもお邪魔させていただきました。 
    いいですねぇ。何だか私まで幸せな気持ちになってきました。素敵な小説のワンシーンを読ませていただいたような感じです♪  私も夫も、お盆休みがないので、今日も普通に出勤…。ちょっと寂しい気がします。 

  4. 文殊 より:

            道草先生
     
     父は昭和6年未年生まれで、叔母は昭和10年亥年生まれです。二人とも、戦時下では、先生と同じように多感なる時期を過ごしたようで、志願すれば少年兵ぐらいにはなれたのでしょうが、東京のど真ん中の家ですから、焼け野原で辛い思いをして生きていたようです。祖父が頑張った所為でしょう。何とか今の住居を死守しています。品川の私の住んでいるマンションは元々は家の小さな土地でしたが、主人に相談して、周辺の土地を買い取り、マンションとして再開発したものです。土地の大きさに従って持分配分で、利益も税金も主人と負担して来たのですが、幾らか賃料が入る所為で、次の実家の相続も何とかなりそうです。それにしてもこのように個人的なことをBlogに書くのは、勇気が要るものですね。ましてや今回のように新婚の世帯の様子を書くなんて、暴挙に等しいのでしょう。小説は書けませんが、近代日本の伝統である私小説作家の苦悩を幾らか分かろうというところでしょうか。先生のカキコがなかったら、やっぱり削除してしまおうと思っていました。ひょっとしたら、近いうちに削除するかも知れません。酒を飲んでアップして、翌朝目覚めて削除したくなるとは、我ながら笑止の至りであります。作品にもなっておりません。モノ書きの方はやっぱり凄いと思っています。先生の文章も重厚で実直な文章は大好きです。もっとも先生のように何とか書こうと思うことが笑止であります(爆笑) でもまぁ、幾らか私達の様子を覗いて戴けたら光栄でしょう。今度も先生のご寄稿を感謝致します。有難う御座いました。

  5. 文殊 より:

           風音さま
     
     恥ずかしいかぎりです。もう少し隠しておくべきでしょうねぇ。酔いから醒めて、削除しちゃおうと思ってました。
    こうしてカキコを戴きますと、削除するにも憚られるところでしょうか。何とも笑止の至りです。今度ばかりは
    妻にこうして書いたからとは、よう言えんのです。ハイ~~~ あははははは←笑ってごまかす!! 
     
     お盆のお休みもなかったようで、残念ですが、皆が休む時に休むと、どこへ行っても混雑するだけですから、
    ちょうどいいかも知れませんね。混雑が解消されたら、ごゆるりとお休みでも戴いて~~~ 如何でしょうか!
    私達も何処にも出掛けないんですよ。東京は静かになりますから、そんな東京を歩くのがいいですよね。
    最も東京らしいところに連れて行ってというので、今日は佃島に行って、モンジャでもやろうかと思っています。
    ささやかなものです。でもこうした小さな幸せって、私は大好きです。
     
     暑さがまだまだ続きます。風音さまも、どうぞお身体には充分にお気をつけられ、頑張って下さいね。
     

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