花まんだらと風鈴と

 

奈良

                                                          おふさ観音 風鈴祭り 

 

 

 

花まんだらと風鈴と

 

 

社員の夏休みもほぼ終わって 浅黒い顔をして全員が出揃い 

社内は一段と活気が溢れているように感じられる

夕刻仕事が早めに終わったのを 此れ幸いに 

一旦自宅に帰り 妻とお揃いの浴衣を着て銀座に出る

 

昼間の暑さの余波がまだまだ残っていて

銀座はむっとするような暑さであったが 

妻は久し振りの外出を 大いに楽しんでいる様子

馴染みのお寿司・九兵衛に入る お痩せさんでもよく食べる 

嬉しそうにしている妻 いじらしさが直接伝わって来る

店を出ると 御香屋さんに立ち寄る 和装小物のお店にも顔を出す 

遅い出勤のクラブの女性陣とすれ違う

私達が目立つのか 振り返って見られていることが多い 

何処かで鳴り響く風鈴の音 何処だろうとその方向を見ると 和服のお店 

鮮やかな彩色の『辻が花』の和服が奥に美しく飾られている 

亡き久保田一竹さんの辻が花か

 

風鈴と言えば 初夏に出したい話題だが 

処暑を目の前にして残暑と言うより 暑中と言った方がいいようなこの暑さだから許されよ

大和の『おふさ観音』(通称 正式には観音寺)風鈴祭りを思い出す 

7月初めから今月末までが お祭り期間であり

寺内には 多くの薔薇が植えられていて 

住職は「花まんだら」と言い 各地の風鈴が集められ 展示即売されている

妻とお付き合いが始まったばかりの数年前に ここで風鈴を買っていたが 

今年はどうしてだったのだろう それどころではなかったからか 

おふさ観音で買った思い出の風鈴を出していなかった 

鉄製の南部風鈴だが 何処かにあった筈である

 

妻にそのことを告げると 笑い転げているばかり 

妻の年が圧倒的に若いのに 時々老若が逆転することがあり

私に若さの泉を たっぷりと注いでくれているためだろうか

暑さ寒さも彼岸までなら 涼しくなるのはまだまだ先のことだろう

この熱波は私達の所為と言われるうちが まぁ花なのだろう

又言ってくれる方は皆いい人で 有難い 

 

帰って来て 直ぐに妻はシャワーを浴び 濡れた髪を気にしながら

早速机に向かって本を読んでいる 今宵も充分に楽しかった

結構不幸なご夫婦であったサン=テグジュベリの小父さんは 

「愛し合うことは 二人が見詰め合うことではなく お互いに同じ方向を向いて生きることだ」と 

 

 

http://homepage3.nifty.com/ofusa/index.htm   おふさ観音

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花まんだらと風鈴と への7件のフィードバック

  1. 道草 より:

    明日は地蔵盆というのに暑さは一向に和らぎそうになく、朝から蒸し暑くて蝉の鳴き声が煩わしい程です。今年は地域によって蝉の多寡が見られたと話題になりました。京都では熊蝉が、東京ではミンミン蝉が幅をきかせているようです。私の東京行きにあっては18日だけが意外と涼しく、多摩川の花火を浅間神社の展望台から心地快く観賞したことでした。遥か遠くの夜空に炸裂する花爛漫にして音は辛うじて聞こえるかどうかの、不思議に静かな花火大会ではありました。その後は渋谷まで「Tokyo Real」(http://www.tokyo-real.jp/)の試写会(+挨拶会)へ出向き、何かと盛り沢山の一夜を満喫しました。その翌日からはまた暑さが戻り、いえ一層暑くなり、その原因の一端は斯くある新カップルに有り、と我慢せざるを得ないのだと納得させております。
    我が家の近くに京都六地蔵尊の一つ大善寺があり、今宵当たりから地蔵盆の縁日が出ます。昔(戦前)の西陣では町内に小いさな地蔵の祠があって、その日は像を洗い新しい前垂れを掛け灯篭を建てたりして飾り付けをしました。町内の組長の家が当番で、紅殻格子を一部だけ外した表の間にお供え物の祭壇を作り提灯を飾ります。その年に生まれた子供の名前を女子は赤、男子は白の提灯に書いてぶら下げました。線香花火で遊んだりおやつを貰ったり、最後の日にはお供え物のお下がりが配られたり、子供には一年で最も楽しい行事でした。24日の朝は子供らが直径2~3メートルの大きな数珠を囲み、坊(ぼん)さんの読経に併せて「数珠回し」をするのが、地蔵盆の最大のイベントでした。
    「今夜は妙に湿っぽい冷たい風が、一しきり二しきり堤下の桑畑から渦巻いては、暗い床の間の掛物をあおる。草も木も軒の風鈴も目に見えぬ魂が入って動くように思われる。」(『嵐』寺田寅彦)
    地蔵盆が過ぎるともう夏が終わりなのか、と子供心にも少し淋しい思いをしたものです。そして、縁側に吊るしてある陶製の風鈴の音を、涼しげな風に心持ち細く感じたものです。硯水亭Ⅱ家には、さぞかし素敵な風鈴が吊るされていることでしょう。玄人女性を振り返らせる程のお二人です。浴衣着て団扇片手に風鈴の下で共に涼を執る御姿は、さてこそ名画になることでありましょう。我が家では、いつの間にか風鈴の糸が切れ掛けております。修繕しなくては。「風鈴に風のほどほど音(ね)のほどほど」(宇多喜代子)。 

  2. 文殊 より:

                道草先生
     

    22日
    太子伝会 ~28日 瑞泉寺(富山県井波町)

     
    太子会 広隆寺(京都市右京区)

     
    六地蔵めぐり ~23日 京都市内の六寺地蔵尊をめぐる風習。大善寺・上鳥羽浄禅寺・桂地蔵寺・常盤源光寺・鞍馬口上善寺・山科徳林庵

     
    六斉念仏 ~24日 盆または地蔵盆を中心に行なわれる念仏踊。六斉は六斉日(8、14、15、23、29、晦日)をいい、かつてこの日に念仏踊を行なったことから呼ばれるようになったという。京都各所

    23日
    延生地蔵尊祭 ~24日 夜祭として有名。城興寺〔延生地蔵尊〕(栃木県芳賀町)

     
    地蔵堂地蔵会全式 円通寺(岐阜県大垣市)

     
    千灯供養 かわらけに灯芯を入れて火を点じ、たくさんの灯明を灯す。化野念仏寺(京都市右京区)

     
    地蔵盆 8月の地蔵菩薩の縁日に行われる行事。無縁仏にろうそくを供養して冥福を祈る。京都各所。

     
    地蔵盆 ~24日 無数の提灯を点じ、盆踊りをする。金剛山寺〔矢田寺〕(奈良県大和郡山市)

     
    武雄火除地蔵祭(佐賀県)

    24日
    修験者入峰修行 ~31目 31日は出峰祭。荒沢寺〔羽黒山荒沢寺〕(山形県羽黒町)

     
    御魂祭 藻原寺(千葉県茂原市)

     
    緑結地蔵縁日祭 縁結地蔵(東京都)

     
    六斉念仏踊 空也堂(京都市中京区)

     
    施餓鬼会 伝法の川施餓鬼。天神祭とともに浪速の夏の二大行事といわれる。正蓮寺(大阪市此花区)

     
    西堂寺地蔵尊(山口県)

     
    大浜流れ灌頂 ~26日(福岡県)

    25日
    六斉念仏踊 吉祥院(京都市南区)
     
     上記の別表の通り、地蔵盆の前後には22日の一遍上人忌を中心に、各地で行事が組まれております。特に目立つのは六斎念仏関係であり、平安時代から踊躍念仏が空也上人によって始められ、後に仏典に説かれた六斎日と結び付き、いつしか盂蘭盆会の行事として定着したような関係ですね。従って地蔵盆とは、かような行事が基礎になって出来ていて無縁ではないように思われるのですが、もう一つどうしても分からないことがあるのです。何故子供中心なのかということです。それを突き詰めて行きますと、踊り念仏とは全く無関係で、7月から始まった一連の御霊会関係のお祭りの最後、言わば直会(なおらい=ご苦労さま会)のようにも思えます。何度も地蔵盆を観て、未だに分からないことであります。多分最も影響しているのは『賽の神信仰』が背景にあるのか、実に興味深いことです。最近では土日にあてて、日付も変えた町もあり、それぞれが個性的でありますが、子供のお祭りに違いなく、念仏数珠操りがあることも見逃せないことです。
     
     普通地蔵盆の頃になりますと、やや暑さに翳りが見え始め、ちょうどいい盆の行事の最後になるわけですが、家内から聞いても、その辺の何故子供かは分からないけれど、小さい時は楽しみだったと証言しています。祇園町から芸妓さんの団扇を得意にして振りかざして、町を闊歩して歩いたこともありました。恥ずかしいことですが、妙にあの団扇は好きで、粋でいいですね。
     
     家内も一人で勉強を好きなだけ出来るようで、環境がよかったようです。早くも私達の生活に馴染んでいて、私は主夫として活躍の日々であります。日々女人の発見があることも、私にとっては極めて新しい刺激的なことであります。どうあっても喧嘩になるようなことがなく、家内は一意専心して学問に打ち込んでいるようです。時々東大の史料編纂所に出掛けるぐらいでしょうか。全く休みを知らないようで、偶に気楽にしてあげることも、私の務めでしょうね。今の私は生きる歓びの真っ只中でしょう。有難いことであります。

  3. 道草 より:

    地蔵盆の曰く因縁は硯水亭Ⅱさんの専門分野でしょうから、私の如き素人が口を挿むべきではありません。ただ物の本に拠れば、賽の河原地蔵和讃で、地蔵菩薩が幼くして死んだ子供を守る仏として描かれていることによると思われる。賽の河原で石を積む幼子が鬼に苛められるのだが、それを助けに現れる地蔵菩薩は子供を亡くした親にとって、少しでも悲しみを和らげてくれる存在である。このことが水子地蔵の信仰にも繋がる。とあります。これが道祖神信仰と結び付いた路傍や街角の地蔵が対象となって行くのて゜しょうか。どうでしよう。                                                                                                                          「さう謂へば、おなじく「盆」を以て称せられる地蔵盆 又、地蔵祭りとも の如きも時期は稍遅れて行はれるが、七夕・盂蘭盆に関係の浅くない事を見せてゐる。正式には、七月二十四日、処によつては、月見の頃に及ぶ事さへある。此が祭り主は、女の子である地方も、男の子である処もある様だ。何れにしても、正月の道祖神祭りとの間に、一脈の通じる処はある様である。我々は、七月を以て踊り月と称してゐる。文月に行はれる種々の踊りの中、少女中心のものゝ多いのは、事実である。七夕の「小町踊り」盆の「をんごく」「ぼんならさん」など、皆ぼんがまの結集を思はせる。一続きの行事である。男の子の道祖神勧進と、根柢において、かはる所はないのである。(『たなばたと盆祭りと』折口信夫)。                                                          因みに、地蔵盆は関東より関西で盛んです。その理由は、地蔵信仰の歴史の違いに拠るもののようです。京都では室町時代に地蔵盆が大流行しましたが、東京では江戸時代になって、やっとお地蔵さんが作られたのです。その上、江戸にはお稲荷さん信仰が盛んだったのです。京都では、お地蔵さんがあるから地蔵盆があるのではなく、地蔵盆があるからお地蔵さんがあると考えなければ、これだけの数のお地蔵さんがあることは考えにくい。何せ、京都市内だけで五千体以上あると言われています。地蔵盆は宗教的行事という枠を越えて、京都のような閉鎖的地域社会の絆を深める役割を果たすものだった、と考えることが出来るのではないですか。今はすっかり様相が変化してしまいましたが。

  4. 文殊 より:

           道草先生
     
     いやぁ、本当に恐縮です。折口先生の説も出して戴いて、どんなに感謝申し上げてよいやら、本当に済みません。有難う御座います。先生の仰られている意味がよく理解出来ました。京都にはそんなに数多くのお地蔵さまがあるのですか。五千体とは驚きです。私達にとって最も身近な存在の仏さまかも知れませんが、お地蔵さまがおられるから地蔵盆ではなく、地蔵盆があるからお地蔵さまがおいでだという、京都ならではでしょうね。絆を深める行事ではなかったかというご指摘はなるほどと思われました。賽の河原のお話もなるほどそうなのだと思われて、納得出来ました。子供時代の楽しみとして、今尚盛んに行われているのでしょう。
     
     ここには一日に平均で300件以上、多い時は500以上ものアクセスがありますが、殆どカキコを戴けない理由は我ながら反省するところがあります。もう少し工夫して文章を書ければいいなぁと思います。文章を書き慣れていないことが大きな理由かも知れませんです。いつも先生から励まされて書かせて戴いているようなものでして、浅学非才を大いに恥じております。いつかはどっしりと落ち着いて書ける日が来るのでしょうか。でもそんな理由づけはしないで、僅かな時間を見つけては書かせて戴いているような次第であります。どうぞ今後ともよろしくご指導賜りたく存じます。本日は本当に恐縮で御座いました。有難う御座います!

  5. (Kazane) より:

    相変わらず、厳しい残暑が続いていますね。風鈴の音色は、暑さの中に涼やかな風を感じさせてくれますよね。私は、ガラスの風鈴が好きなのです。  お揃いの浴衣で、銀座を歩くなんて、素敵ですね。皆さんに振り返られるのもわかる気がします。 >「愛し合うことは 二人が見詰め合うことではなく お互いに同じ方向を向いて生きることだ」 私も好きな言葉です。そんな風に歩んでいけたらいいですね。 硯水亭Ⅱさん、毎日帰宅が楽しみでしょうね(^^)こちらのブログを訪れると、私まで幸せな気持ちになってきます♪ 

  6. (Kazane) より:

    失礼しました。私、名前なしでコメントを送信してしまったようです。慌て者ですみません(^_^;(名前なし)は風音でした。

  7. 文殊 より:

          風音さま
     
     何度もご面倒を掛けて有難う御座います。多分風音さまだと想像していました。優しい書き方の貴女の日常を書いたBlogも大変気に入っています。
    ガラスの風鈴は何度も買ったことがあるのですが、どういうわけか、ガラスだと毎年新しい風鈴を買いたくなります。そこが悩ましいところです。 
    南部ですと、それ相応の音しか出ないで、軽やかな音はガラスから負けますね。おっしゃる意味がよく分かります。
     
     私は185cmで家内は177cmですから、どうも目立つらしく、偶には弱ることがあります。振り向かれるのは慣れていないので、
    どこへ行くにもコッショリと行く感じです。いつも家に中で勉強をしている家内を、息抜きに外に誘うのですが、それほど外気は好きではないらしく、
    目的もなく歩く楽しみはあまりない方でしょうか。目的地に真っ直ぐ行って、真っ直ぐ帰って来ることが多いようです。
     
     先日自宅に帰ったら、お酒のアテを準備していてくれました。料理の苦手な家内ですが、出来ないことが可愛いくて仕方がありません。
    私の存在感が上がるからでしょうか。それでも妻として自覚があって、ちゃんとその気でいてくれるから、嬉しいのです。帰宅すると、しばらく
    勉強をやめて、私に付き合ってくれます。ママゴトのような今の生活ですが、これもありかなぁと思えます。
     
     来月に入りますと、時々大学に通うために、新幹線通学になります。家内の実家に泊めてもらったり様々な形態になるでしょう。
    夏休み中に一緒になりたいという家内の希望で、こうなってしまいましたが、後2年間こんなカタチで行ったり来たりの生活になるのでしょう。
    実は新婚旅行はまだだったのですが、月末に富山に参ります。新婚後最初の旅行になるでしょう。越中八尾の風の盆を観るために参ります。
    八尾でも二人で和服を着ようと話し合っています。酔芙蓉の花が綺麗でしょうね。
     
     そうそう最近勉強が一区切りついた時は一緒にお酒を付き合ってくれます。何よりも嬉しいことです。お互いに独立し尊重し、そして補助する
    そんな大人の関係であったなら、いいなぁと思っています。風音さんご夫妻のようになれるよう、頑張ります。今日は本当に有難う御座いました!
     

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