夏の終わりに

お茶屋で出て来た夏の和菓子

                                                         茶菓子 夏の終わり

 

 

 

夏の終わりに

 

 

東大寺に咲くホテイアオイの一日花の花便りが来る頃は 夏の終わりである

一日花で 明日観れるのは 他の花であり 諸行無常を訴えているかのような花だ この時季にはほかにも一日花が多い

そんな折家内が亭主になって 私が結界から手前 客の立場で座り 静かに茶を戴く 写真の茶菓子は水の流れにもみじ葉を散らしている

 

夏場の和菓子と言えば 先ず『水無月』 白黒のういろうの上に大納言を散らしてあり 氷をかたどって三角形に切った淡白なもので 甘はべとつかない

干菓子の一つに『塩釜』がある 宮城県塩釜の名物で落雁風の和菓子 現在はうるち米の粉に砂糖と少々の塩を効かせ お水を加え揉み混ぜている

『鮎菓子』は焼き皮を鮎にかたどり 中にぎゅうひを包んだ菓子であり 最近何処にでも目にする

『紫蘇巻き』は あずき餡をぎゅうひで包み 糖蜜の載った紫蘇の葉で巻いたもので 長野県中野市の丸屋の菓子が有名である

尚熊本市の広田屋の『しそ梅』は もち米と砂糖・水飴を原料として作ったぎゅうひに 塩分を含んだシソを刻んで混ぜた薄い角形の品のいい菓子である

『杏ゆかり』は長野市のお菓子で ぼってりとした杏の形そのまま一粒一粒入って 口に入れるとさらりとした甘さ 仄かな香り 爽やかな酸味が実にいい

『水羊羹』は夏の定番であるが 寒天の量を減らして柔らかく作られたものがいい 口に入れて溶けるような味が珍重され 涼味が溢れる

『心天(ところてん)』はテングサをさらして作った食品で 平城京・平安京時代から売られていた 水槽に漬けてもどしてから食べる 

心天棒で突き出し 酢醤油か蜜を掛けて食す 川柳に「ところ天売りは一本半の呼び」とあり 大正前期までは心天屋は巷間を流して売られていた

『蜜豆』は賽の目に切った寒天に 茹でた豌豆(えんどう) ぎゅうひ その他を添えて蜜をかけたもの 近頃はイチゴやパイナップルなども入っている

『白玉』はもち米で作った白玉粉を使い 小さく丸めて茹でたもの 白玉粉は極寒の折作るので寒晒し粉の異名を取る 天草のお婆ちゃんを思い出す

『ゼリー』は今時手作りされないが 簡単に出来る ゼリーとは「煮凝り」の意で ゼラチンやペクチンを溶かして その中に工夫をした果汁などを入れる

『御手洗団子』は下鴨神社境内に流れる蝉の小川で納涼をし この小川の辺で茶店を設け そこで売られた 神前で湧く手洗の池から啓示を受けている

『茹で小豆』は茹でた小豆に砂糖を加えた単純なものだが 江戸時代から 土用に入る日食べると 瘟疫を引くと言われ 昔は特に珍重された

『月見団子』は旧暦8月15日の仲秋の名月の宵 芋名月と言われ 団子の代わりに里芋を団子代わりにしてあった正式な流儀であったのが 

いつしか変遷し 米の粉を蒸して丸め 漉し餡で包み お月様に供えたものとなった 月見団子は串に挿さないのが特徴である

『信楽(しがらき)』とは大阪で夏の子供達の菓子で 道明寺の糒(ほしいい)を白い布の袋に入れて茹で上げ 

その棒状のものを糸で輪切りし 胡麻入り 豆の粉 わらび粉などをまぶしてから食べるものである

『葛切り』とは 上等の葛を浅い鍋に溶かして火に掛け 透明になったら水に取り 俎板にあげて細く切る それを信玄弁当のような塗りの器に

冷たくして入れ 中合に黒又は白の蜜をたっぷりと入れて漉し それに葛切りをつけながら食べる 涼感の中に濃厚な甘さに包まれる

八坂神社へ行く途中の「鍵善良房」には http://www.kagizen.co.jp/ 自慢の葛切りがある

 

夏の終わりの今頃になって 夏のお菓子を書かせて戴いたが まだ食べていないとすれば 

何処か皆様には悔しさが残らないだろうか そんな余計な思いを籠めて書かせて戴いた

尚今回お茶席に出る和菓子を特別に特筆しなかったが お茶席で使われる和菓子は 

すべて小倉百人一首の美意識を念頭に 春夏秋冬に分けて 色鮮やかに 時に古色に はんなりと別に作られている

今日は 来週に迫った新婚旅行のための必要グッズと家内の衣服の買い物に付き合おうと思う

まだまだ暑い日が続く 今朝都内でクマゼミが大発生していると報道されていた ジジ~~ッと鳴いて五月蝿い

 

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夏の終わりに への2件のフィードバック

  1. 道草 より:

    布袋葵は別名Water hyacinthと。この花は意外にも儚い一日花とか。一向に残暑の消えやらぬ京都の街では、夏の終わりを告げる筈のこの花が、次々と咲き終わっても未だ夏は居残ったままかのようではあります。そんな折から、硯水亭家にあってお二人の茶の湯の儀式は、さぞ心頭滅却の境地に至れりと。列挙されております和菓子の数々。卑近な話ながら、家内の実家が古くから和菓子の原料となる製粉業を営んでおり、創業者の義父亡き後は長男が継いで今も精出しております。稲穂の内から吟味した米粉を老舗の数々へも納めているようです。かく申します私の贔屓は松屋藤兵衛「松風」。硯水亭Ⅱさんに在られましては、勿論先刻ご承知の古菓子ではあります。
    それにしましても処暑などものかは。貴家へは銀座司よりの吾亦紅がせめてもの涼を運んでくれていることではありましょう。我が家の庭に一株だけあった吾亦紅は、いつの間にか消えて今年は姿を見せてくれません。たとえ一元の草花と雖も生きては生命。傍で見る者としては驕らず精進せずばなりませぬ。
    「修学院から遠く東市に、次いで帯解に移った円照寺の尼君が、父なる上皇への毎年のプレゼントは、秋大和の野辺にわびしく咲いた吾亦紅だったという。いま、京都の北郊、修学院離宮の御料地の畦道に吾亦紅の姿を見たら、人は梅の宮のこころを偲ばなくてはならない。       (『吾亦紅』杉本秀太郎)。更に、「秋草の咲き競へるにまじりては吾亦香もまた花のひとつや」(岡麓)。新婚旅行に備えて早く秋めくことを。 

  2. 文殊 より:

            道草先生
     
     まだまだ暑い夏の盛りのようでありましょう。是非お身体をお大切にして下さりませ!大徳寺・松屋藤兵衛の松風は時々お土産にして帰って参ります。あれがバターなど使っていないから不思議なホンワカサですね。大徳寺納豆も入っているのでしょう。見た目はカステラのようですが、食べると完璧な和のテイストですね。京都は菓子処、どこの和菓子も勉強になります。松風は能の「熊野・松風米の飯のうち」と言われた松風ではなく、一向一揆と関係があったとか伺ったことがあります。従って未だに本願寺関係には御用達であるとか。分かるような気が致します。
     
     奥様のご実家がそうでしたか。単にお米の粉といっても難しいものでしょうね。挽き方やら、無論お酒でもいえるのですが、精米によって、どのようなお味にもなりうるものですから、何となく想像出来ます。大吟醸など精米○○%と書かれてありますが、精米する機械で、熱を帯び、米が割れ、それで50%はないんだよと。外側から削り取ってこそ○%の精米といえるはずだと。各酒造元では、精米技術如何によって、味が決定的になるとか。富山のl銀盤酒造では精米部分が熱しないように、冷やしてあったのを思い出します。和菓子に出す精米も神経を使われておいででしょう。お米の表面は脂肪分が多いので、精米技術が必要となるのでしょうね。
     
     吾亦紅を背の高いまま、大壷の中に投げ込みをして、家内の部屋に置いてあります。吾亦紅の花の紅のように、家内の顔が時々高潮して見えます。漸く私との生活も馴染んで来たようで、今朝は家内の茶を淹れて戴きました。手馴れたもので、ささっと和服に着替え、亭主を務めあげ、茶椀を私に出して、キリリと横を見た時の美しさはありませんでした。済みません!ノロケです。許して下さりませ!長い黒髪は大和撫子としていいものですね。地毛で日本髪を結えるんですよ。吾亦紅も涼を運ばず、何となくまだまだ熱い我が家です。日向の中に吾亦紅は高くそびえています。
     
     吾亦紅は別名、割木瓜・玉鼓・えびすね・地楡・吾木香とか言われておりますが、秋の最初に咲いてくれるので、嬉しいです。実はこの花は櫻と同じバラ科で、但し多年草なんです。枝々の先っぽに、暗紅紫色をした花を咲かせるのですが、無弁花の密集とは面白いですね。千葉県ではボーズバナとか静岡県ではカルカヤと呼ばれているそうです。道草家の吾亦紅はある日突然に咲き出すことがあるかも知れませんね。日当たりだけが問題かも。今日もおいで戴きまして有難う御座いました。
     
     夕霧の行方に泛ぶ吾亦紅
     
     

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