こひしや風の盆

おわら

 

 

            こひしや風の盆

 

 金沢・犀川の辺の旅館で遅めのチェックアウト。旅館に呼びつけたタクシーで、真っ直ぐ八尾へというとタクシーの運転手の方が驚いた。数年前にたった一度だけ、直行でお客さんを乗せたことがあるが、高額になるのでいいのかと、私はそれでもいいんだけど、今日一日乗り回すかも知れないよと脅しておいて、一路八尾へ。所々風景のいい場所に停車して戴きながら、高速に上がらず下の道路ばかりを走ってもらった。五箇山経由で僅か2時間半余、意外に早く八尾に着いた。町の中心部は既に人垣で無理であったので、井田川の八尾大橋の袂でタクシーを降りた。清らかな流れの井田川の音を聞きながら、橋を渡り坂を上る。狭い坂の町である。既にそこここで踊りは始まっていた。西町、東町と彷徨うようにして歩いた。妻は紅潮した顔をして、目的の家まで嬉々としていた。東新町のU字に湾曲している道の両端にはボンボリが美しく飾られ、日本の道100選にも選ばれている有名な道だ。突き当たりの家が一番高台に見える。所々に酔芙蓉の鉢が置いてあり、花は未だ白かった。夜には紅に変化(へんげ)するのだろう。京都のように間口が狭い町家(まちや)を通り、狭い道幅だが、両側の水路には激しい流れの清流が水音を静かにして流れている。演舞場近辺にごった返す観光客。高橋治の『風の盆恋歌』や石川さゆりの歌謡曲が流行った頃から、八尾は変わった。それまでは鄙びた田舎町であったのが急激に観光客が増えた。いいのか悪いのか。そうしているうちに目的のお宅に着いた。我が主人が懇意にさせて戴いていたお宅で、随分よくしてくれたものだ。事前に私達の了解を頂戴していたので、いつものようなご挨拶を。「ただ今ぁ」というと、奥の方から「お帰りなさぁい」という奥様の声。

 お孫さんは早乙女で出演するという。妻を紹介し、着付けをしてもらう前に、踊って御覧なさいと促され、妻はお囃子がないまま、ご主人の歌だけで踊って見せた。するとワンフレーズも終わらないうちに、「お上手!」と拍手され合格したかのよう。誰から習ったのかと聞かれるままに私にも踊れと言われたので、仕方なく妻から教えられた男踊りを披露したが、ご主人も奥様もちょっと渋い顔つき。ご批判が出る前に「私は止めときますわぁ」といって、皆で笑い転げて終わった。そう言えば、北海道の大雪原に美しく舞う鶴のような踊り方が男踊りの本質と妻がいっていた。まったく鶴どころか、その辺のカラスにもなっていないではないか。京都の妻の実家のお隣さんに、祇園甲部でお座敷に上がっていた老妓の方がいて、幼少の頃から井上八千代流の踊りを習っていた。だから、妻は筋がいい。老妓の方もおわら気違いで、踊りは無論のこと、胡弓も操る方だったので、四年前から習いだし、殆どおわらを習得していた。私と夫婦踊りをやるのだと、時折り逢った時に妻から猛特訓をされたはずだが、人前で見せられる腕前にはならなかった。生来踊りとは無縁で無骨な私である。まして三歳から踊り始めるおわらは難しく、素人には困難な踊りである。そんじょそこらの盆踊りとはわけが違うのである。

 夕食を戴いてから、奥様に案内されてゆっくりと町の中に繰り出して行った。妻は東新町の浴衣に綺麗に着飾った。菅笠を真後ろに下げ、奥様と二人を後ろから見ると、元々地元の人間かと見紛う。うなじが特に美しい。おわらの記念館のようなところに行くと、大勢の観光客がいた。すると奥様が妻の手を引いて何処かに消えた。すっ高い音声の歌が歌われる。三味が鳴り、ポコンポコンと太鼓の音、やや遅れて、泣き出すような胡弓の音色。それだけで感無量になるのだが、まさかこの一団に妻の姿があろうとは。長い指先から繰り出されるしなやかな手振り、小袖を両手で抓んでちょいと後ろ向き、足のさばきも鮮やかで、大勢の踊り手がいたにも関わらず、妻の姿ばかりを追い掛けていた。「見たサ 逢いたサ 思いがつのる 恋の八尾は オワラ 雪の中~~」「八尾おわらをしみじみ聞けば 昔山風 オワラ 草の声~~~」まるきり陶酔そのもののお囃子と踊り。圧倒する優美さ。男踊りの一団もキリリとして素晴らしい。やっぱり出なくてよかった。出て程度を落としていたら、八尾の恥になるところでホッとした。何処から出るのかと思うような甲高い歌い手の声に、アイの手が入る。「きたさのさぁ~どっこいでょのしょ~ 唄われよ~わしゃはやす~~」と。踊りが終わると汗を拭くために菅笠を外す妻、何故か一斉に妻を目掛けてフラッシュが焚かれる。一際色気があるように思えたのは私だけではあるまいと思えた。私も負けじとデジカメでカチャカチャと撮る。奥様は真っ赤に上気していて、60に近い方とはとても見えなかった。

                       img015            おわら

  歌を歌っていたご主人が、目ざとく私を見つけてくれて、奥様と妻を何処へやら案内するという。後をついて行くと、大きな旅館のようで個人の住居であった。行くと満席に客がいて三々五々お酒を飲んでいる。すると何処からともなく庭先にやって来た一団。囃子手や踊り手など、静かに庭に入場し、既にお囃子が奏でられている。歌の途中で、ご主人が「これは(八尾の四季)という歌だよ」とコッショリと教えてくれた。「ゆらぐ釣り橋 手に手をとりて~渡る井田川 オワラ 春の風~~」「富山あたりのあの燈火(ともしび)は~飛んで行きたや オワラ 灯獲り虫~~」「八尾坂道わかれてくれば~ 露か時雨か オワラ はらはらと~~」「若しや来るかと窓押し開けて~見れば立山 オワラ 雪ばかり~~」と。八尾をこよなく愛した小杉放庵さんの詩と伺った。更にアイの手にも色々とあることが分かって、「越中で立山~加賀では白山~駿河の富士山三国一だよ~~」とか、「三千世界の松ノ木枯れても~あんたんと添わなきゃ~娑婆へ出たかいがない~~」「春風吹こうが秋風吹こうが~オワラの恋風~身についてならない~~」などと、どのアイの手も又美しいアイの手で、最後に男と女、ひと組の踊りが演じられた。これを夫婦踊りと言われ、男女の絡み合った幽玄さは泣きたくなるほど何とも美しかった。

 そうこうしているうちに、富山行きの終電車が近づくと、通りの観光客の流れがさぁ~~っと引き出した。漸く人通りのムッとする熱気がやや冷め初め、幾つかの踊りの集団を残して、私達は一度引き上げて帰った。いつしか酔芙蓉の花は紅色に染まり、萎んでいた。私は考える。越中八尾の風の盆は盆踊りではないと確信した。元々三月の慶事に始められた踊りで、何時の頃からか二百十日に踊られるようになったようだ。周辺にある『風の神送り』の行事や『虫送り』の行事と結び付き、風に荒らされないで無事な収穫を祈る行事として、お祭りの所縁は出来たのであったろう。更に今日的な優美さは本来はなかったのかも知れない。土俗的で泥臭い踊りであったように思えてならない。若柳流のお師匠さんが絡んで踊りが大成したといわれ、歌も多くの文人達によって愛され育てられて来た。現に長谷川伸先生の『一本刀土俵入り』に出て来るお蔦さんはここの出身という設定になっていて、長谷川先生もおわらに歌を提供している。「富山出て四里三味線うたが~花は咲く咲く~オワラ 風の盆~~」「お蔦唄えば瞼に浮かぶ~捨てた故郷~オワラ 母の顔~~」などである。又野口雨情は「わたしゃ野山の兎じゃないが~月夜月夜に~オワラ 逢いに来る~~」を残し、水田竹圃は「恋のつぶてか窓打つ霰(あられ)~ あけりゃ身にしむ~オワラ 夜半の風~~」とそれぞれが残して下さっている。民謡として一躍有名になったのは、かなり以前からで、その時も土着の民謡に過ぎなかったであろうが、今や八尾のおわらは優雅な芸術性さえ帯びていると言っていい。民謡から遥かに遠く飛躍した芸術性は、この祭りの持つ運命であったのかも知れない。

 お宅に帰ってから、改めてご馳走になった私達は二人とも真っ赤な顔になっている。見詰め合う二人、含み笑い。何処からでも地を這うように聞こえてくるお囃子の音、清冽な水の流れ、心地いい疲れ。坂の町に流れる涼しい風。妻は私の衣装も同時に準備して来たが、町ごとに衣装が違っていて、特に女性の浴衣にはおわらの歌唱が文字で描かれている。どの組の浴衣も優美で美しいもので、予め準備して来た衣装は不用なものとなった。「お二人さんが新婚さんだから、狭い家ながら、ちゃんと寝床を用意していますよ」と申し出て下さったが、未だ踊り足りないような妻の顔を観て、奥様は「町流しを見に行くつもりなのね」と言って、いつ帰ってもいいようにしてありますからと、一旦お部屋に案内された。妻は普段着に着替え、スラックス姿になって、やる気漫々である。ご主人はひと晩帰らないという。私達は町の中を歩き始めた。既に翌日の午前1時を廻っていた。所々で胡弓の忍び泣きの音がする。ふいにその方角を観ると、若い人達の一団がカセットテープでお囃子を流し踊っている。なぁんだDVかと思いながら、聞名寺の方に歩いて行くと、路地路地からお囃子の音。小集団で流して歩いていた。私も妻も夢中になってそれを追い掛け、妻は直ぐ脇で踊り、私を誘う。私も妻とならいいやと思い、所々つかえながら踊った。やはり難しいもので、あのお宅のお孫さんのように、三つや四つの頃から手習い始めないとなかなか身につかないものであろうことを実感す。八尾の風の盆は必ず一度は雨にやられる。だが運良く今夜は大丈夫なようで、「二百十日に風さえ吹かにゃ~早稲の米喰て~オワラ 踊ります~~」 別な集団を見つけると、又追い掛ける。時間が経つのをすっかり忘れていた。そうして夜も白々と明けて来た頃、どの集団も何処かに消えていて、夢か幻かと思われた。やや疲れた顔をしている妻。やっと満ち足りたのか、井田川まで降りて行き、冷たい清流でバシャバシャと顔を洗った。

おわらの胡弓

  その日はお世話を掛けたお宅に、朝ご飯を頂戴してから、日中眠った。そうして午後寝覚めると、私は主人の弟(CEO)さまに電話をして、一日会社に出るのが遅くなると断るつもりで、電話口に出た彼は、「新婚旅行なんだから、会社は全く心配しないでいいですよ。いつも貴方がいないとどうにもならないように会社が出来ているんですか。そうじゃないはずですよ。だからどうぞ存分にゆっくりして来て下さいね。奥さんによろしく」と仰られる。有難かった。五箇山のサプライズは最後の日にとってある。後は和倉温泉のホテルと飛行機の手配に電話するだけでいい。もうひと晩、踊りたいという妻の希望に、その経過を話した。又今夜も町流しを観てから、明日の朝早く八尾を失礼するつもりであると奥様に告げた。奥様は三日間いてもいいのよと言われたが、余りにも厚かましいのでとそれとなく辞退するとご主人は荷物はここに置いてでもいいが、町の真ん中にある友人宅に預けると便利でいいと言われ、言うがままにさせて戴いた。何という人情の深さであろう。夕方ご主人の友人はスナックをやっている処で、ちょうど町衆達が集まっていた。笑い転げていた。何かと思ったら、昨晩のお客さんの中に、自慢のカラオケを唄いたい人がいて、風の盆恋歌を掛けてくれと言うが、その題名の抑揚が可笑しかったという。「風ノ、ボンコイウタ」と言っていたと。「何故風の盆、恋歌」って言えないのかなぁと。私達まで大笑いをさせて戴いた。そうして又ひと晩を過ごした。

 八尾の人達は「越中おわら」に拘っていて、「風の盆」の名称には余り拘りがないことを聞かせて戴いた。町の宣伝で「風の盆」が一人歩きをしたが、私達にはおわらでいいんだと。小説や映画になることが多いが、気に入らないとも。特に最近映画化された『愛の流刑地』に背景としておわらが使われていたが、単なる背景でしかなく、最低でも高橋治さんのように、金沢で学生時代を過ごされた時季から愛されていたというなら違うという。兎に角おわらを愛して欲しいというものだった。

おわらぼんぼり

 町流しに酔い痴れ、陶酔境の中を二人で彷徨い、再び夜が明け、朝早く荷物を取りに伺ったスナックで、タクシーを呼んで戴いた。一路五箇山へ。本来は最後の日になるのを、一日早い妻へのプレゼント(予定通りの日程)である。五箇山の友人に依頼してあったのが花嫁へのプレゼントで、彼女からして見るとサプライズに相違ない。俄かに芸能集団約20名の編成して戴いて、友人宅で『麦屋節』の踊りと歌を披瀝して貰うことだった。観客は私達二人だけ。無論料金は相当額掛かっているが、妻へのプレゼントだから高い安いはないのである。部落は平、如何にも平家の落人がいたような地名である。妻はタクシーから降りるなり、何があるのと驚いている。合掌造りの友人宅で、五箇山の地の料理を戴きながら昼食を取ると、紋付に袴姿で襷掛けの男衆がゆったりと踊り始めた。傘を持っている。五箇山は、現在の富山県東砺波郡、平、上平、利賀の三村を合わせた総称で、合掌造りの建築物で知られているが、先年菅沼、相倉の合掌集落が世界の文化遺産に指定された。 ここは民謡の宝庫と言われ、その中でも代表的な民謡が「麦屋節」。 この民謡は、一説には平家の落ち武者「平の紋弥」が伝えたとも言われているが、はっきりしたことは分かっていない。しかし、今やその伝説的情感は「麦屋節」の大きな魅力になっていることは間違いない。歌詞を見ると人目をはばかる落ち武者の心情を歌ったものが多く、三味線、尺八、胡弓、四ッ竹、太鼓の伴奏に乗せた格調高い中にも哀愁を漂わせた旋律は、どうやら妻の心に直裁に深くしみ込んだようで、途中から感激のあまり泣いていた。更に「コキリコ」が演じられた。演奏が終わって友人に、実は和倉は未だで、これから行くと言ったら、彼が送ってくれるという。すべての演奏が終わったことを見計らって、彼に少々厚手のご祝儀袋を渡した。既に受け取っているからというのも聞かずに、強引に渡して、コキリコまでやって戴いた感謝の念を示した。

 延々と車を走らせ和倉へ、友人と別れ、豪華なホテルへ。スウィート・ルーム。四日目にして初めての新婚気分。デリシャスなお料理を戴いて、ベッドで戯れながら疲れた足の揉み合い。翌日遅くチェックアウトし、新設の能登空港へ。帰路妻は私にずっとしがみ付いて寝入っていた。ささやかな私達の新婚旅行である。今日は砂落としで、会社は明日から出る予定。

 

            http://www.toyamaclub.com/yatuo/index.htm  おわら風の盆のムービーが観られます!

               http://www.city.toyama.toyama.jp/yatsuo/nourin/owara/index.html   おわら風の盆のホームページ

        【お断り】 モノクロ写真は 友人伊藤妙子さんが撮影したものです

 

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こひしや風の盆 への6件のフィードバック

  1. 道草 より:

    霧が漂い風がそよぎ、時間が流れ愛が育まれ、人が踊り人の魂が求め合い、逝く夏を惜しみ寄る秋を受け止め、二人の愛が醸された、今年の風の盆。そしてまた町中を行けば、所々に立つ詩人の歌碑も忘れられじとばかり。
    *わたしゃ野山の兎じゃないが 月夜月夜に オワラ逢いに来る(野口雨情)
    *八尾おわらをしみじみ聞けば 昔山風 オワラ草の聲(佐藤惣之助)
    そして、酔芙蓉の花がやはり。
    「その夜、なかなか寝つけなかった。浅い眠りの中で、都築はなん度となく白い花の夢に悩まされた。夢の中の酔芙蓉は薄暮の中でも白く、闇の中でも白いままだった。酔いもしなければ、散りもしなかった。」(『風の盆恋歌』高橋 治)。
    新婚旅行を兼ねたお二人の風の盆紀行を、傍からは何も言いますまい。この夏の日が、いつまでも燦然と輝くものであることを願いつつ。
    *あいや可愛いやいつ来て見ても たすき投げやる オワラ暇がない*たすき投げやる暇あるけれど あなた忘れる オワラ暇がない
    *恋の病もなおしてくれる 粋な富山の オワラ薬売り*見たさ逢いたさ思いが募る 恋の八尾は オワラ雪の中
    *手っ甲脚絆に紅緒の襷 可愛いやな早乙女 オワラ風の盆
    *鹿が鳴こうが紅葉が散ろうが 私ゃあなたに オワラ秋(飽き)がない
    *月が隠れりゃまた手をつなぐ 揺れる釣橋 オワラ恋の橋
    *春風吹こうが秋風吹こうが おわらの恋風 身についてならない
    *三千世界の松の木ゃ枯れても あんたと添わなきゃ 娑婆へ出た甲斐がない
    *焼けます焼けます三百度の高熱(たかねつ) その熱冷ますにゃ 主さんに限るよ
    ※いろにほへと ちりぬるを わかよたれそつねつねならむ うゐのおくやま けふこえて あさきゆめみし オワラ ゑひもせすん 

  2. みつえ より:

    ただただ うっとり 忘我の境地
    おわらを いながらにして堪能させていただきました流麗な筆致。
    おわら夫婦の踊りに 合いの手入れて せめて なりたや 酔芙蓉
     

  3. 文殊 より:

          道草先生
     
     こんな駄文はしょうがないですね。上手く書こうとすればするほど遠のいて行くような感じです。だから止むを得ず一気呵成に書くしかないと。時系列的に書いたまでのことですが、事実関係からすれば、先生は私達の新婚旅行の証人なって戴いたようなものです。有難くご批判を頂戴致したいと存じます。昔亡き主人と何度も訪れました。主人が大好きな祭りで、 詩情豊かなこのお祭りをどんなに愛していたことでしょう。最初に二人で行ったのは最早20年近くなります。私が自らの自宅を出て、父親不孝を重ねながら、彼のお宅の書生になったばかりの時でしたから、そうなります。高橋治さんが『風の盆恋歌』を発表されたばかりだったかと、うっすらと記憶しております。それから程なく石川さゆりが歌を発表し、私達が伺った時が色々な意味で風の盆の分岐点だったかも知れません。主人もご両親さまをほぼ同時期に亡くされて、失意のうちに八尾に来たものでした。何処かに母の俤の人がいるはずだと、そんな妄想を語ってくれたものでした。それが今やその主人も鬼籍の人となり、本来は危うい八尾詣でだったのかも知れません。そのことをよく知っている妻が、新婚旅行で最初に行くのなら八尾と決めていましたから、私にとっては牛に引かれて善光寺のようなものだったかも。でも訪れてよかったと今は妻に感謝しています。これで何もかも吹っ切れたかと思うのです。去年は勇気がなくて来れませんでしたから。
     
     八尾の歌謡は今でも毎年創作されています。中でも古謡というのがありまして、字あまりや五文字かぶりなど多数御座います。五文字かぶりでは小谷契月さん作詞の「雁がねのつばさ欲しいや海山越えて~わたしゃ逢いたい おわら人がある」や「色に咲くあやめ切ろとて袂をくわえ~ 水に落とすな オワラ 袖の文」 又古謡には「竹になりたや茶の湯の座敷の ひしゃくの柄の竹に いとし殿御に持たれて汲まれて オワラ 呑まれたい」「熊谷さんと敦盛さんと 組打ちなされし処はどこよ 尋ねてみたら 十九(とおくぅ)八七六五の四の三の二の オワラ 一の谷」「三越路の中の越路で見せたいものは 黒部立山蜃気楼烏賊 他所で聞けないものは本場八尾の オワラ 節の綾」などと情緒豊かなものでした。節に合わせてこれからも延々と創作されて行くかと思うとうれしい限りです。
     
     風の盆という地酒がありました。私が飲んでみましたが、冷酒では少々ノドゴシが悪く、先生にはお話だけのお土産になってしまったことを深くお詫び申し上げます。さりとて・・・・・・・。

  4. 文殊 より:

          野の花さま
     
     そんなにお褒めして下さいますな。なかなか苦しい作文なのです。あの情緒をどうやってお伝えしたらいいか、高橋治さんのような筆は持ち合わせておりませぬ故。それでも臆面もなく書かせて戴きまして、こちらこそ御礼を申し上げたいところです。 野の花さまこそ、見事な歌です。有難く頂戴致しておきます。
     
     私達夫婦はお互いに干渉しない領域を作り、むしろそれを伸ばして行ければと考えております。くっつく時は夫婦ですから当然あるのですが、離れている部分も多く、逆にそれが幸いしている部分でもあります。真っ直ぐに生きて参ります。どうか今後ともご指導ご鞭撻のほどをよろしく御願い申し上げます。本日は有難う御座いました。心から御礼を申し上げます!
     

  5. ただ今カフェで読書中 より:

    風の盆は、ドキュメンタリー番組で、そして『風の盆恋歌』で知るばかりですが、こちらでたっぷり堪能させていただきました。どうもありがとうございます。
    八尾の水の音、芙蓉の花・・・・・「八尾なのね。ここは八尾なのね」という小説の中のなんでもない言葉を思い出しました。
     
    モノクロームの写真の胡弓を弾く男性も素敵ですね~ その表情がいいなあと思いました。
    どうもありがとうございました。

  6. 文殊 より:

                  Hayakawaさま
     
     恐れ入ります。お読み戴いて、恐縮至極です。 ただ今も執務中なのですが、何せ文学とは縁遠い身の上です。但しファンではありますが、充分お伝え出来たかどうか、大変心配です。9月1,2,3日の三日間のうち、例年ですと必ずどの日かは雨に当たってしまって、遠方からおいでになられた方々には気の毒な気がするのですが、今年は天候にも恵まれて本当によかったんです。例年ですと、猛烈な蒸し暑さですが、今年は暑さもほどほどで、夜通しどれほど嬉々として踊ったことでしょうか。家内はすっかり堪能し、帰って来てから、疲れのピークがどっと来ているようであります。更に狭い坂の町は平常ですと、僅か2万人ちょいなのですが、ひと夜にして10万人以上に膨れ上がりますから、それは足の踏み場もないくらいで、情緒を求めるのは無理からぬことです。ただお盆の盆踊りとは違って、大きな広場での輪踊りでは御座いません。(演舞場や雨の日の体育館は別にして)。廻り盆というぐらいで、言葉は悪いのですが、門付け芸のような部分もあろうかと存じます。更に流しという点でも大いに興味があるところでしょう。観光客が大勢いらっしゃるのは富山行きの終電が出るまでです。殆どの観光客の場合、富山の駅周辺のビジネス・ホテルに宿泊されることが多いのです。八尾町内では宿泊は殆ど無理です。一年前から予約済みだからです。最近公的な場所で格安な宿泊施設がありますが、利用したことがないので分かりませぬ。
     
     町流しが始まるのは不定期でどこでと決まっておりません。観光客がいらっしゃる時の大勢で演技するのとは大違いで、殆ど真夜中に始まり、町流しは極小集団になります。あっちの角でこっちの路地でと悪戯されているように、千変万化なのです。そこがいいところでして、影を追いて、私達は傍に寄って行くわけです。夢か幻か、そんな幻想的な光景が見られます。大抵朝の4時には終了致しますが、その時分になりますと、下の井田川からの朝靄が出て参りますから、それとなく約束事みたいになっているのでしょう。
     
     おいでになられる際は、最初は前夜祭をお薦め申し上げたいですね。前夜祭は長くやっておりますから、割とゆっくり見学出来ようかと存じます。井田川を渡る頃には町内放送で風の盆のお囃子が流れ、結構情味があります。酔芙蓉は殆ど鉢植えで、家々の前に出してあります。ボンボリの灯りと酔芙蓉の花の色と、やや薄暗い光景が本当はちょうどいいのかも知れません。八尾の何気ない風景が、やはり私も好きです。お囃子は永い間女人はしない約束事になっておりましたが、近年若林美智子さんという胡弓の名人が出て、女性にも開放されたようで慶賀にたえないです。今回も若林さんの胡弓の傍で踊りました。何とも気分がよかったです。更に近年あちらこちらで、八尾の踊りが演じられているようで、秋の伊勢の神宮などにもやってまいります。結構観掛けることが多いので、その動向も注意深く見ていたいです。
     
     いつか訪れる機会がありましたら、私の拙いリポートが幾らかのご参考になれれば幸いです。今日もお越し戴き有難う御座いました!
     

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