重陽の節供

重陽の節供

 

 

重陽の節供

 

 

今日は重陽の節供 上賀茂神社では烏相撲(からすずもう)が行われ 葵祭りの時の斎王代が その由緒正しき子供相撲を見ている筈である

相撲は国技であり 心技体そろって然るべきもので  野見宿禰(のみのすくね)と當麻蹶速(たいまのけはや)が初めての天覧試合を行い

既に日本書紀に出て来る垂仁天皇7年の御世であった 日本の文化には何事も『道』が付き 柔道・相撲道・合気道などのスポーツから

茶道・華道などの文化面にまで『道』がついているのである 『道』を逸れれば 必然的に日本人の社会から遠のかざるを得なくなる

 

お話はやや逸れたが 重陽の節供を 重九の節供 或いは菊の節供と呼ばれ 正月7日(人日の節供)の七草粥 3月3日(上巳の節供)の桃の節供

5月5日(端午の節供)の菖蒲の節供 7月7日(七夕の節供)と今日の9月9日(重陽の節供)は菊の節供 すべて合わせて五大節供となっている

奇数は陽であり 偶数は陰であるので 奇数の最大数の9が二つも重なるから 尚更運気のいい数字とされ 中国では重く見られて来た

だが中でも重陽の節供だけが一般的ではなく 今では殆どお祝いをするものはいない 宮中では大切な節供として営々と受け継がれて来たからであろうか

或いは菊と言っても 今この時季ではピンと来ないし 無理からぬことで 本来は旧暦でのことだったから 10月過ぎる季節の話であったろう 

 

正午妻が京都から帰って来た 私の手料理をそそくさと食べ ソファーで直ぐに寝入ってしまった 日頃の疲れからであろう

私は教育テレビで 喜多流の『伯母捨』があったので 妻の頭を膝に乗せ ずっとテレビで観能とあいなった 

名人・友枝喜久雄師のご子息・友枝昭世師がシテの老女(後ジテ)となり 宝生閑がワキの旅人 ワキツレ2名 アイ狂言に野村萬

囃子方も超豪華であった 笛の一噌仙幸・大鼓の亀井忠雄・小鼓の北村治・太鼓は金春惣右衛門と錚々たるメンバーである

前シテの里女が旅の便に遊宴でもといい下がって行く橋掛かりで 一噌師のさびさびとした笛の音 秋の情景が深まる ドキドキとして観ていた

アイ狂言で ワキ相手に姥捨山の故事来歴を語らせ 愈々後シテの登場 友枝師の「あら面白の折からやな~~~」どきっとするような美声

曲舞が終わって 序の舞に移る 延々20分の序の舞は圧巻であった 姥捨山に捨てられた老女面の女が 恋しい昔を思い出して

月光に向かって舞っているのだ 然も軽ろやかに まるで自身も月光になったかのようにだ 太鼓が入ってまさか羽衣を観ているような心境に

「我がこころ 慰めかねつ 更科や~~」と続き 地謡が「姥捨山に照る月を見て~~~」と 更にシテは「月に馴れ 花に戯はるる秋草の 露の間に」

と朗々と謡い上げ 「戯はるる舞の袖・・・・・・・・・・・・昔の秋を~」と謡って ヨロヨロと座り込む 旅人が去って行く 本来は見送るものだが

ただへたり込んで座っているだけの姥(今回の特殊演出) 老醜の凄まじさと真反対に神々しいまでの存在感 素晴らしい演能であった

  伯母捨 伯母捨 CIMG0035

 

明日の朝早く 妻は再び京都へ向かう 夕餉の後菊の花びらを浮かべた杯を乾して 再び妻は寝入っている 夢でも見ているのだろうか 

私の杯は常日頃から櫻の絵の描いた杯 それにしても菊の花びらとは如何にも可笑しい 妻のは志野 

結婚し 最早一ヶ月にもなるから時が経つのは早いもので 今回帰って来た妻は眠りに来たようなものかも知れない

それでも愛する者が直ぐ傍にいて ただそれだけで充分満ち足りて来るのを感じる 

今日の東京は真夏のような暑さ でも徐々に秋が忍びよっているのだろう

 

後になりましたが 演能の画像は本日放送分のテレビ画面から写真を撮りました NHKさまにお断り申し上げます

 

重陽の節供に行われる上賀茂社 神降の砂の前 烏相撲(からすすもう)

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重陽の節供 への6件のフィードバック

  1. 道草 より:

    早くも九月は十日となりましたのに、京都は残暑未だ去らず。菊の節句を迎えても菊の蕾は固いままに、昼間は燃える太陽が憎いばかりです。勉学に勤しむ方には心頭滅却して精進し、はたまた大いなる膝枕にて安らぎのひと時が次への甘露なのでしょう。私の方は三夜連続して、戴いた最上の甘露に殊のほか酔わせて頂きました。
    「要するに、三月・五月の人形は、流して神送りする神の形代を姑く祀つたのが、人形の考へと入り替つて来た、と見るのがよい。五節供は、皆季節の替り目に乗じて人を犯す悪気のあるのを避ける為のもので、元は支那の民間伝承であつたと共に、同じ思想は、日本にもあつた。この季節に、少女が神を迎へる資格を得る為のものいみ生活をする風習のあつた事は前に述べたが、重陽を後の雛と言ひ、七夕にも、此を祀る地方がある事、又、今も北九州に行はれる、八朔の姫御前などから考へれば、此季節に、やはり神を迎へ、神送りをした風習のあつた事は、いよいよ確かだと言へる。」(『偶人信仰の民俗化並びに伝説化せる道』折口 信夫)。
    「大机重陽すぎの父の日をしら菊さして歌かきて居ぬ」与謝野晶子。 

  2. 文殊 より:

      本当に暑いですね。今日も東京は30度を超え、蒸し暑さも一向に治まりそうにありませぬ。妻は再び学校に戻ったようです。彼女が元気なのが何よりです。私のもとが、自分の棲家だと言っていましたから、結婚してよかったとつくづく思っています。一ヶ月が一年となり、一年が十年二十年と重なって行くのでしょう。少しの間だけでも帰って来る妻がいとおしいです。 先月結婚した折に、来月のお式のお話もあり、真夜中には盛り上がって話していました。やっぱり女の子ですねぇ。結婚式には大いなる夢がありそうです。内々にするつもりですが、私達らしければいいと、彼女も逸るこころをおさえかねつ、今から楽しみにしています。
     
     先生にはこの三日間、最高の日でしたね。巨人軍に三連勝したんですもの、さぞかしお歓びだったこととご拝察申し上げておりました。最後は勝ちたい意欲があるチームが残って行くのでしょうね。先生がテレビ観戦していらっしゃるのを想像するだけで、何だかとても楽しくなります。毎夜「六甲おろし」を高歌放吟していらっしゃるのではないかと。タイガース・ファンは熱烈ですね。昨夜は後楽園野球場の傍の居酒屋など、どこもタイガース・ファンで埋められ立錐の余地もなく、大騒ぎだったらしいです。優勝に向けて、今後とも応援頑張って下さいね。(優勝の時には又別な神酒が届くやも)
     
     折口信夫先生がおっしゃられている通り、中国の民間伝承だけではなく、古来から日本で行われていた行事を敷衍するために、中国の故事来歴を取り入れたに過ぎません。多くの別格神社には未だにその習慣が伝えられています。折口先生のご説は、確かにそうなんですが、やや実証に乏しいところがありまして、細部に亘って実証すべき説が多く、後学の私達の目印にもなっております。ここにある八朔の行事と重陽の節供では、現在の説では同じ行事にはなっておりません。八朔は八朔でして、重陽の節供はやはり長い間、宮中において行われて来た中国伝来の行事の状態が正しかろうと存じます。
     
     与謝野晶子の歌は読めば読むほど、なかなかにいい歌ですねぇ。静かにじんわりと感動が広がってまいります。有難う御座いました!

  3. ただ今カフェで読書中 より:

    菊の花びらを浮かべた杯の写真を見て、微笑ましい気持ちになりました。
    昨日は、重陽の節供だったのですね。そんなことも知らず、気づかず、暮らしている私です。
    教えていただいてありがとうございました。
    せめて、すぐそこまで来ている新しい季節の兆には敏感でいたいと思っています。
     
    "古典的な風の転調
     急に居ずまいを正す殉教者の樹木たち
     
     わたしはインク壷の中に宇宙を溶かす"
                   ~深尾須磨子 「新 秋」より 

  4. 文殊 より:

           Hayakawaさま
     
     私は亡き主人とともに、海外出張で、約60ヶ国廻りました。イスラムの後の問題はアフリカだなと言いながら、彼は早死に致しました。その前でしょうか、主人の意向に沿った形で、ようやく日本の良さを痛感したのは。海外に出れば出るほど、日本人の叡智の高さに打たれるのです。自然災害の多い日本は或る意味では住み難い環境にありますが、その中でも営々と守って来た民俗の智恵があったのです。イギリスの歴史学者トゥインビーは最期に残って興味あるのは日本の神道だと仰っておられました。神道がいいか悪いかの議論は別にして、日本の良さをあなた方がちゃんとした方がいいよという警告に聞こえました。ラフカディオ・ハーンを引っ張り出す必要もないでしょう。美しい日本の原点はまさに四季折々の繊細な行事の数々にあろうかと存じます。従って言語までが一種独特に発展し現在に至っていると思われます。気候の変動の怖さに驚き、そして敬虔な気持ちになり、豊かな豊穣を祈る日本民族の四季感は素晴らしいものがあると思っています。
     
     ささやかですが、今後とも四季の移ろいを書き、共にその最中にいることで、歓び哀しみたいと存じています。今日も有難う御座いました。深尾さんの詩は鋭利な刃物のようですね。凄い表現が出来る人がいるものです。感心致します! 
     
     

  5. みつえ より:

      硯水亭さま
    奇数最大の九 その陽が重なる 重陽の節句 ことのなりたちを遅まきですが 感じ入ったのです。
    その日 さかづきに 菊を散らし 共に 並べ戴く ゆかしいですね・・・。
    桜と菊 どちらも 日本の花として 愛されています。
    その 二つが一緒にあることに わけもなく 嬉しくなって 何度も拝見いたしました。
    何時もながらの 遅まきな便りで ごめんなさい。
     
    記事のお一つお一つ 素晴らしい。
    又 道草先生やHAYAKAWAさまのコメントに 勉強させて戴いている幸せな私です。 この場をお借りして 御礼申し上げます。
    ありがとうございます。
     

  6. 文殊 より:

          野の花さま
     
     重陽の節供は殆ど一般的ではありませんね。ところが調べてみますと、重陽の節供ほど宮中で重んじられて来た行事はないんですよ。一番下に上賀茂神社の烏相撲の写真を掲載致しましたが、この時今では葵祭りの出て来る斎王代が観ているのですが、ということは天皇のご名代で御覧になられていることになり、何やら凄いと思われませんか。イベントに目ざとい日本のお菓子業界が出て来ないのは何故でしょう。多分それは最後まで宮廷の行事として残っていたからではないでしょうか。想像に過ぎませんけれど。
     
     菊酒は薬酒です。サンシユなどの実を使って結構ドロドロしたお酒を造るのが本来なのですが、今時と思い、端折ってしまいました。でも菊にまつわる何かを摂取し、厄除けやら魔よけに使ったと思われます。そのような草々の記述は道草先生の記述でも明らかです。殆どの節供はそうした思いが籠っていたのでしょう。 
     
     道草先生はプロのエッセシストです。HAYAKAWAさんは本造りの名人で凄い量の愛読書に囲まれています。両者とも京都住まいで、妻が京都なもんですから、非常に親近感を感じています。そんな方々からコメントを戴けるのは、実に光栄なことです。でもリストのトップに書かせて戴いた方は野の花さまに相違ありませぬ。主人の代からですから、長いお付き合いですが、野の花さまは当方の色んなことをご存知で、最も気さくにお話が出来てしまう野の花さまです。これからも益々野の花さまを大切にしてまいりたいと存じています。どうぞこれからも仲良くBlog仲間でいましょう!有難う御座いました!
     

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