秋に鳴く虫たち

真夏の田んぼ

                                                      早稲は殆ど収穫が終わったが 黄金色に輝く季節はもう直ぐそこに来ていることでしょう

 

 

 

             秋に鳴く虫たち

 

 

  遠い記憶の中に、人々は自然と馴れ親しみ、ごく普通なように自然を暮らしの中に取り入れて来た。特に秋の虫たちは生活を彩るものであり、心の安らぎを得たものであったに違いない。こうした風潮は万葉集を始めとし幾多の歌集にも多く見られ、俳句の題材にも膨大に登場して来る。鳴く虫についてまとまった記述があるのは、建長6年(1254)に出された『古今著聞集』に、その多くが登場しているが、当時挙ってその美しい音色を我が物とすべく、虫狩に出掛けたことが著されている。恐らく野山で鳴く虫を捕らえて来て、家で飼い、同好の方々の間で、その鳴き声を比べあったのだろう。戦いに明け暮れた戦国武将の最後として安土・桃山時代にも、多くの武将達の間でスズムシを飼った伝聞が伝えられている。仄暗い灯のもと、静まり返った夜の闇の草原や庭さきから聞こえて来る虫たちに、どれほどの心の安らぎを得ていたことであろうか。

 こうした虫の音を聞き、坦懐な自然との交流が身に沁みている事実が当然であることによって、自ら上手に飼う方法や、珍しい虫を手に入れたいという欲求が高まって、遂に虫売りという稼業が登場して来るようになる。江戸・元禄年間(1688~1704)、江戸は当時世界最高の人口密度の町であった。そんな中で、江戸八百八町では、鳴く虫は採取して来なければ、容易に手に入れることは出来なくなっていた。処は神田須田町に、忠蔵という煮売り屋(お惣菜や飯を売る商売)が住んでいたのだが、忠蔵は小さなお店を持っていた。それだけではなかなか商売が成り立たない。天秤棒を背負ってあちこちに売りに行く間に、或る時根岸の里(上野動物園の近く)に来ると、たくさんのスズムシが鳴いているのを発見する。それを捕らえて、店の隅に置くと、客が欲しがって仕方がなかった。そこで手間賃として僅かな価格で売り始めると、面白いようにお客がついた。これが虫売りの起源と言われているが、買い手はつく一方で、採って来るのも忙しくなり、何とか手持ちのスズムシを増やせないかと思案しているうちに、近くに住む下野守の家臣で桐山という武士が協力を申し出た。この武士は自分でも虫が大好きで、自分で工夫して飼っていたのだった。やがて彼は、スズムシ、クツワムシ、カンタンなどの飼育に成功し、武士を廃業して生産者となり、忠蔵が発売元になって商売が新しい形で発足することになった。その後ここに弟子入りした何人かが暖簾を分けて貰い、江戸市中に小売区を決めて、それぞれが問屋になって、文政年間(1818~1829)には江戸市中の虫売り人の数を36人に制限し、江戸虫講(えどむしこう)という一種の組合を組織したようだった。本所の「虫安」、上野の「虫源」、早稲田の「湯本」、浅草の「虫徳」、下谷の「虫清」などはいずれも忠蔵や桐山の流れを汲む老舗で、実に昭和に入ってからも続いていたらしいが、次第に新しい流通機構にその座を明け渡したとされている。

 そんなに虫を愛した日本人に、特に興味を抱き、又その上商品化したことまで大いに驚いたのは、スコットランド出身の文学者ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)であった。庶民が観賞用として鳴く虫を買い、その音を楽しむとは、凡そ西洋では考えられなかったようだ。ハーンはその心底の解明にひと時多くの記事を書いている。このことでも分かる通り、虫の音を楽しむ行為と風潮は恐らく東洋独特のものであったろう。起源は多分古代中国ではなかっただろうか。又以前耳の感覚生理の研究家は、日本人と白人の音の受け止め方を比較し研究した成果が発表されたことがあった。中でも鳴く虫の場合、日本人は大脳の言語中枢で受け止めるのに対し、白人種では音楽中枢で受け止めるという差があるという研究であったかと思う。

 あのリーンリーンという音を、私達日本人は言語として捉え言葉として聞いているから美しいと思える。欧米では単なる音として聞くから、まさにノイズでしかなく、私達のように美しいものだとは感じられないのだろうと思われてならない。偏見であろうか。そう言えば知らず知らずのうちに私達は、チンチロリーンとかチョンギースとかいう言葉を当て嵌めて、言語豊かに受け止めているように思える。

 自分で音が出せる昆虫はセミとバッタ、コオロギ、キリギリスなどで、セミは半翅目(はんしもく)というグループに属し、他とは鳴く仕組みが違う。これから話題にするのは直翅目(ちょくしもく)というグループに属している。これは更に分類し、代表的にバッタ科、キリギリス科、コオロギ科で、鳴く虫は後の2種類に属し分類されている。コオロギ科は虫を置き、それがマッチ箱を平たく置いたように平らに扁平に見えたらコオロギ科で、スズムシ、ミカドコオロギ、ミツカドコオロギ、アオマツムシ、マツムシ、エンマコオロギ、カネタタキ、カンタンなどがこれに入る。マッチ箱を横に立てて置いたように見えるのがキリギリス科で、クツワムシ、ウマオイ、ツユムシ、ヤブキリ、ササギリ、クサヒバリなどがこの範疇に入る。「マッチ箱の原理」をよく頭に置いて戴きたい。更に細分化して観ると、羽の重ね方が反対になっている。コオロギ科は右羽が上に重なり、キリギリス科は左羽が上になっているから直ぐ判別出来る。鳴く時はいずれも前羽をこすりあわせ摩擦して音を出すのはご存知のことだろう。

 処でどの虫の音が美しいか、それは人によっても違うが、人の耳には音に対する感覚がほぼ決まっているという。大体1~6キロヘルツの範囲が美しい音と言われていて、オーケストラは4~5ヘルツで、人間の声の最高音はソプラノで1キロヘルツらしい。鳴く虫の最も低いのがカンタンで、1,7キロヘルツ。スズムシは3,5キロヘルツで、コオロギ類の殆どは4~5キロヘルツ未満という。然しキリギリスは9キロヘルツ前後あって、ササキリやウマオイもそれに変わらないようだ。従って人にとって、心地いい音は5キロヘルツの鳴き声がいいと聞こえることであり、それは圧倒的にコオロギ科が多く存在している。

 鳴く時は異性に対してのデモであるらしい。彼らはすべて雄が鳴き、雌は雄が鳴くことによって、その存在を知り、鳴きながら近づいて行くことになる。恋するシグナルで、雄が雌の近くで奏でるセレナーデとでもいうべきだろうか。でもよく聞くと、姦しい音の場合もある。雌の取り合いで、雄同士が激しい喧嘩をするためで、何度もよく聞いていると、色々なリズムがあることが分かって来るから楽しい。秋の夜長に、鳴く虫のオーケストラを聞きに野外に出るのもいいだろう。じっとして家の中で、虫達の合唱を聞くのもいいかも知れない。然し独りとは妙に淋しいものだ。離れている妻に届けよ、我が鳴き声よ!リーンリーン!!

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秋に鳴く虫たち への6件のフィードバック

  1. (Kazane) より:

    我が家は川沿いにあるので、この季節、窓を開けていると、虫の音が聞こえてきます。夫は、今日も残業なので、独り、虫の音をB.G.Mに(?)夕食。 こちらに訪れたら、タイトルが 「秋に鳴く虫たち」ちょっとした偶然に嬉しくなってしまいました。確かに、私たちは虫の音を、言語豊かに受け止めているんですね。 硯水亭さんの鳴き声、奥様に届いていますよ♪ 

  2. 道草 より:

    早朝散歩の道すがら、蝉の鳴き声に代わって虫の声が聞こえ始めました。何種類か交ざって賑やかに鳴いていますので、何という虫がいるのかよく聞き分けられません。その虫達のことを、私も来週のブログに乗せようと書いているところです。
    高校時代に習った堤中納言物語に「虫めづる姫」の話がありました。
    ――この姫君ののたまふこと、「人々の、花、蝶やとめづるこそ、はかなくあやしけれ。人は、まことあり、本地たづねたるこそ、心ばへをかしけれ」とて、よろづの虫の、恐ろしげなるを取り集めて、「これが、成らむさまを見む」とて、さまざまなる籠箱どもに入れさせたまふ。中にも「烏毛虫の、心深きさましたるこそ心にくけれ」とて、明け暮れは、耳はさみをして、手のうらにそへふせて、まぼりたまふ。――
    この姫君は、蝶の子供の毛虫を可愛がるのですが、きっと秋の虫達のことも好きだったことと思います。リーンリーンと妻を呼んで鳴く夫君虫を、倭姫は殊のほか愛でておられますでしょう。露風はさて置き、お二人して語り明かす秋の月夜を・・・。
    「白月」   三木露風照る月の影みちて 雁がねのさおも見えずよわが思う果も知らずよ ただ白し秋の月夜は吹く風の音さえて 秋草の虫がすだくぞ何やらん心も泣くぞ 泣きあかせ秋の月夜は  

  3. 文殊 より:

            風音さま
     
     ここ品川の付近には結構見た目より緑が多い地域で、虫達の楽園です。散歩コースには泉岳寺があり、高輪の辺りまで行くと、鬱蒼と繁った森もあって、虫たちの合唱がよく聞こえてまいります。 耳を澄ませば、夏が過ぎ秋になったと実感されるこの頃です。子供の頃庭に来た昆虫を捕まえ、籠で飼っていました。私はカンタンの鳴く音が大好きで、夢や幻かと少年らしい夢想の中で暮らしました。色んなことがあったひと夏の歓び哀しみが籠の中に押し込められていて、秋になるのがとても楽しみでもあったのです。
     
     月日が経ち、生涯独りでもいいやと思っていたのが、運良くよき伴侶に恵まれ、今はその絶頂期にあると思っていましたが、聞こえて来る虫の音を聞くにつれ、妻が傍にいない淋しさに、きゅっとなるのを感じられるから不思議ですね。独りの時より、二人になった時の方が淋しさを感じるなんて、可笑しいですよね。東京に帰って来るのを、すべて妻に任せてあります。学校の授業日程すら分かりません。でも出来る限り精一杯に帰って来てくれるようです。風音さんの保証があるんですもの、きっとこの淋しさを共有しているのでしょう。今日も有難う御座いました。
     

  4. 文殊 より:

            道草先生
     
     私のはエッセイにも目的も情緒もなぁんにもなっておりませんが、先生の文章はさすがに素晴らしいですね。一見難解に読める文章であっても、さらりとした情緒が張り巡らされていて、引用した詩句も、先生の手に掛かると綾錦のように織り込まれているのですね。 能の衣装に唐織とか厚板がありますが、織か縫いか分からないような素晴らしい能衣装が多くあります。更に箔か刺繍か分からないようなものもあります。手品のようなものですが、文章もやはりそうなんでしょうね。織か縫いか分からないようにサラリと書くのがいいのでしょう。先生の文章には最近よく気づきます。来週の虫の文章をとても楽しみにしております。
     
     古典をよく読めば、数限りなく虫の記述が多いですね。武将の兜にも昆虫が色々と使われております。特にトンボは勝ち虫と言われ、多くの武将たちに愛されたようです。柳に燕、青海波に貝、櫻に雅楽器、菊に鶏、鉄扇花に蜘蛛など、その取り合わせも吉とされたようです。茶道は武士があったればこそ生まれた芸術ですし、昆虫も又それぞれの時代の風潮に愛され続けて来られたのでしょう。明日をも知れぬ命だからこそ、儚い命の昆虫に譬えられ愛され、共に生きた証だったのでしょう。多くの茶道具や武具にもそうした傾向が多く散見されるところです。
     
     以前こんな淋しさを感じたことはなかったのですが、愛することは淋しさを知ることなのでしょうか。独りで御飯を食べても美味しくありませぬ。でも我が愛する妻のために、我慢我慢!彼女が大きく成長してくれることを、もっともっと楽しみにしないといけませんね。でも我が鳴き声は届いたかなぁ。あはははは!
     

  5. ただ今カフェで読書中 より:

    "世界は多分
     他者の総和
     しかし
     互いに
     欠如を満たすなどとは
     知りもせず
     知らされもせず
     ばらまかれている者同士
     無関心でいられる間柄
     ときに
     うとましく思うことさえ許されている間柄
     そのように
     世界がゆるやかに構成されているのは
     なぜ? ”
     
    吉野弘さんの「生命は」の詩の一部です。
    一緒のときもあり、離れているときもあり、きっとそういうゆるやかに構成されていることが良いのでしょう。 
     
    最近、朝は蝉の声、夕暮れから夜は虫の音が耳に入ってきます。秋ですね~
     

  6. 文殊 より:

          Hakyakawaさま
     
     素晴らしい素敵な詩を有難う御座います。吉野弘さんはいいですねぇ。大好きです。「ゆるやかに構成されている」とは、言い得て妙でして、まさに私達に当てはまるような気が致します。ベッタリとくっ付き過ぎるのも嫌ですが、余り離れているのもどうかと思われ、まだ出発したばかりですから、時にはキュンと淋しくなったり致します。でも適度な距離感は妻の学問を助けるものだと信じて疑いません。妻も実業の世界に生きる私の邪魔はしたくないとのことです。二人で向いている将来が合致していればいいのでしょう。私は定年退職まで、後2年もありません。45歳定年退職制度の会社ですから。その後は、亡き主人が渾身の力を振り絞って立てた櫻山建設(全額個人資金)に没頭するつもりです。ここには日本文化の顕彰をすべく、様々なことを考えております。然もちょっとやさっとでは出来ません。私一代でも到底無理な工程で、現在20000haの広大な山に計画をしていて、櫻の原木各種だけで300種類20万本、他に文化施設(宗教施設やホールやイベント村)や宿泊施設(高級温泉旅館や簡易宿泊施設)や研究施設(文化面や植物科学分野)や櫻の美術館などを計画しています。京都・河原町三条には既に前線基地となるオフィスを創っています。妻はこのオフィスの創設から関わっていて、そんな面では同志ということになります。
     
     秋ですね~~ どうぞHayakawaさまにおかれましても、是非錦秋の秋・食欲の秋(?)をお楽しみ下さりませ。
     

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