敬老の日に

小田代ヶ原

                                                                                                                                       亡き主人の油彩画 日光小田代が原

 

 

敬老の日に

 

 

我が父は仕事一筋だった人生で 何一つ面白いことはなかった 

早く連れ添いを亡くし 後添いも取らず 頑なに母を慕って老後を迎えた

その父が何の趣味もなかったのに 退職した後からセッセと

 日頃から大好きな新田次郎に憧れて 山登りを始めた 

生涯日本百名山を踏破したいと

私がそれを始めに聞いた時 何を馬鹿なと思った 

今はこの親不孝な息子を許して欲しい 

何と70を半ばを越して 76名山を踏破したと言う

新田次郎の小説『白い花が好きだ』をいつも抱えている 

現在は実家に実の妹と一緒に住んでいる 是非達成して欲しい一念である

若い時には見えなかったことが 年を取れば見えて来るものが多いようで 

ターシャ・テューダーさんを持ち出すまでもあるまい

今朝大好きな日本画家・堀文子さんが 新日曜美術館に出ていらっしゃった 

89歳にして 老年になった境目が分からないのよと笑いながら若々しく語っておられた

多くの年老いたご老人 或いはまだそこまで行っていない皆様方に 

次の詩をこころから贈りたい

 

 

 

             サムエル・ウルマンの詩

 

              『青春  -Youth』

 

 

             青春とは人生のある期間ではなく

             心の持ち方を言う

             薔薇の面差し、紅の唇、しなやかな手足ではなく

             たくましい意志、ゆたかな想像力、炎える情熱をさす

             青春とは人生の深い泉の清新さをいう。

 

             青春とは臆病さを退ける勇気、

             安きにつく気持ちを振り捨てる冒険心を意味する。

             ときには、20歳の青年より60歳の人に青春がある。

             年を重ねただけで人は老いない。

             理想を失うとき初めて人は老いる。

             歳月は皮膚にしわを増すが、情熱は失えば心はしぼむ。

             苦悩・恐怖・失望により気力は地に這い清新は芥にある。

 

             60歳であろうと16歳であろうと人の胸には、

             驚異に魅かれる心、おさな児のような未知への探求心、

             人生への興味の歓喜がある。

             君にも吾にも見えざる駅逓がある。

             人から神から美・希望・よろこび・勇気・力の霊感を受ける君は若い

 

             霊感が絶え、清新が皮肉の雪におおわれ、

             悲歎の氷に閉ざされるとき

             20歳であろうと人は老いる

             頭を高く上げ、希望の波をとらえる限り、

             80歳であろうと人は青春にして挑む

 

広告
カテゴリー: 歳時記 パーマリンク

敬老の日に への2件のフィードバック

  1. 道草 より:

    私は硯水亭Ⅱさんの父上に近い年齢だすから、「敬老される」側にあるのでしょう。しかし気持ちとしては「敬老する」側におります。私の知人にも70歳を過ぎて日本100名山を踏破した者がおれば、同級生でホノルルマラソンに参加している奴もいます。正直に申しますと最近の私は運動不足のキライがありますので、これからは心身のバランスを保ちながら若さを維持しなくては、と反省しております。若い皆さんから叱咤激励を受けて頑張るつもりです。よろしく!
     
    「盗掘」   井上 靖
     
    天子が即位すると、盗掘団は直ちに、その日から、
    その天子が将来葬られるであろう想定の墓所に向か
    って秘密の地下の道を掘り始めるという。もちろん
    古い中国の話だ。作り話にしても、私はこの話が好
    きだ。この話を思い出すと、いつも勇気を感ずる。
    私もまた彫り始めなければならぬと思う。死者の静
    けさと、王冠の照りの華やぎを持つ何ものかに向かっ
    て。たとえば、私の死後五十何年目かにやってくる、
    とある日の故里の落日の如きものに向かって。 

  2. 文殊 より:

          道草先生
     
     先生には済みませんが、敬老の日とは申し上げたく御座いません。先生は青春のただ中にあります。そして私のような若輩者にも、懇切なアドバイスをして戴きまして、いつもどれほど刺激を受け、大いなる感謝を申し上げているでしょうか。失われた時を先生のように鮮やかに切り出して見せてくれて、そのご記憶力は到底私などには適いませぬ。真実年齢だけで、人を判断出来ないものだと痛感される瞬間です。然も尚驚くことは、あれほどの多くの詩人の作品に馴れ親しんでおられるにも関わらず、先生の文章は誰の影響も受けていないような、泰然自若の文章です。そのことに驚きながら、私は先生の日頃の活動を見させて戴いていることでしょう。サムエル・ウルマンの詩は先生のためにあるような詩ですね。そしてお零れとして私にも!
     
     井上靖の「盗掘」って凄い詩ですね。考えが及びもしませんでした。そして故里の落日の如きものに向かってとは、美しいカタルシスですね。今回も本当に有難う御座いました。時々知り合いからメールがまいります。道草先生のコメントを読むのが楽しみだと。当事者の私もそうなのですから。このBlogはカキコが運良く少ないのですが、アクセス数はかなり御座いまして、一日500件にも及びます。多くのファンがそうであるかも知れないと少々自慢したい気分です。今日も多くのご示唆を有難う御座いました。さて話はコロリと変わりますが、今日から対巨人三連戦ですね。先生には祝勝の美酒でありますように、心から願っております!!
     

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中