結婚式

八甲田牧場の絵のある書架

                                                                                               亡き主人の描いた八幡平の絵 私の書架の一番奥にある

 

 

 

       結婚式

 

 今年八月八日に、私達は両方の身内が見守る中で入籍をして、妻が夏休み中に充分新婚気分を味わえた。二人になって、独りよりやっぱり二人だなぁとつくづく思え、嬉しさや歓びが倍増するような、そんな心の奥底から沸いて来る何かがあった。こんな幸せであっていいのだろうか、私は二人の縁を取り持ってくれた亡き主人に、感謝の意味を籠めて般若心経を深く唱えた。彼だって生涯独身であったのに、人の幸福ばかり祈る人だったのが、何処か悔しいの。

 妻に渡していたカードの請求書を何気なく見たら、殆ど使われていない。私が結婚式に掛かる費用などのために渡してあるし、ずっとこれからもそうするつもりなのだから遠慮なしに使いなさいねと電話口で言ったら、毎月持たされている現金だけで充分足りているからと言って笑っていた。あんなにあれこれ着たい子が何と義母がお嫁に来る時に着た花嫁衣裳に身を包むと言う。洗い張りをしたら、見事な純白の花嫁衣裳がまっさらの輝きを取り戻したから、それで充分なのと。洋装のブライダル関係はどうしたのと聞いたら、殆ど手縫いで義母が作ってくれたのだと言う。それを聞いて私は遂ほろりと泣けた。あれこれあった和服や洋服も、殆どが身内で背が高い近所の従姉妹からのお下がりだと言うことをよく知っている。その彼女は現在British Airwaysに搭乗している職業だ。三人兄妹で、一番下の妻は周囲からどんなに可愛がられたことであろう。それでも欲しいものがあったら、自分で稼いで買うと。きっぱりとそうも言っていた。そう言えば休みになる度に、八坂神社・下鴨神社・上賀茂神社など多くの神社さんで、神官の身内の指導もあってか、巫女さんのバイトをしていた記憶が矢鱈と多い。妻は実際に巫女舞や神楽奏上や祝詞もやり、玄人はだしである。妻の実家は決して貧乏ではない。だが京都人のこうした合理性と言うのだろうか、私が大好きな部分である。

 今朝早くの役員会衆議一決で、会議終了後から来週火曜日までの私に強制休暇を申し付けられた。思いも掛けないことであった。明日東京から父・叔母の二人と親族八組の夫婦と亡き主人の弟君御夫妻(CEO)を東京駅集合後新幹線で京都に向かい、夜のうちに妻の自宅で身内の顔合わせをし、一泊後十三日午前に挙式。その後披露宴と言うより簡単な食事会だろうか。ここで東京組は帰京し、夕方妻の恩師の方々や友人知人や櫻組が中心となって、披露パーティがある。私は出席者の酒の肴にされる手筈である。来週十五日の月曜日には、私の自宅で私の友人や会社の方々五十名ほどご参集願って、立食の披露パーティが開かれる。それが私達の結婚式の全容である。本来は東京で賑やかな結婚式をいっぺんにと思ったが、亡き主人を胸にそんなに大袈裟にはしたくなかった。二人とも京都での挙式を熱望した。更に仲人は妻の恩師に御願いをした。妻が話し易いようにと考えてのことだ。恋愛結婚に仲人が必要かと言えば、必ずしも不用かも知れないが、私達は仲人を必要と選択した。あれもこれも私は亡き主人の弟君さまにすべて打ち明けて報告をし、亡き主人と同様、或いはそれ以上かも知れなく、歓んで賛同して下さっている。

 妻が私をご両親に紹介し、結婚の話を出すタイミングなど、すべて妻の指示に従った。妻と知り合って一年後から婚約まで足掛け二年、丸三年を要している。私は先方のご家族の一員になることを妻からそれなりに要求された。時々お邪魔した時なぞ、私の得意料理をさせて戴いたり、能の小舞を披露したり、妻が勉強している共通の話題などを出したりし、彼女にはこのままずっと勉強したいらしいのでそうさせたいと持ち掛けたり、近い将来私も京都に住まう予定だとも、或いは櫻山計画にことなど、出来るだけ積極的にお近づきになった。聞くも涙語るも涙の時もあったかも知れない。でもいつも平常心であったと思いたい。そうして家族の一員として八坂さんの『オケラ詣』に一緒に行けるまでになっていた。私は妻の祖父母や両親に好かれたのかな、私には自信がなかったが、妻は結婚の話を出してもいいよと言うサインが出て、ご両親を揃え、結婚の話を切り出した時は腑抜けになるようにあっさりと了解が取れてしまった。逆に「娘をどうぞよろしくね」と。その時有頂天になった私は自分でも可笑しなくらい歓喜が爆発した。ただそれは心の中だけで、独り娘に対する万感の思いと両親の慈愛に深く真剣に感謝しながら、強い決意で申し込みをしたように思う。

 婚約後しばらくして主人は突然、余りにも突然に亡くなられた。心臓弁狭窄症で形成術の大手術を受けられ、その後リハビリ最中の出来事であった。芝・愛宕神社の男坂の途中で息苦しいと言ったかと思った瞬間倒れられて、直ぐに救急車が来たが間に合わなかった。搬送中にコトが切れていた。私達はどれほど泣いて過ごしたことだろうか。春櫻繚乱と咲く京都で、当社のアルバイトだと言って、当時大学生になったばかりの妻を紹介してくれた。当時の主人にはボストンのMITで研究しているフィアンセがいた。妻の直接の担当を私にした犯人は主人に相違なかった。思い出が激しく、泣いても泣いても尽きることがなかった。悔やんでも悔やみ切れなかった。一年間の喪を共に過ごした。私達は主人の遺してくれた大事業を胸に、どうにかこうにか立ち上がることが出来た。妻の存在がどれほど大きかったことだろう。妻は言う。櫻の花翳に、きっといつでも生きていて下さると。再び妻の手を取ってしっかりと結んだ。亡き主人や周辺の方々や親戚・縁者すべての方々が、私達の結婚に深く関わっておられるように思われた。感謝する心を持つ時、満開の櫻を前に大きく笑っている主人の顔が今まさに見えるようだ。

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結婚式 への12件のフィードバック

  1. 道草 より:

    時は寒露なりし頃。京の街は紅葉にはまだ稍々早いものの秋は更に深まりつつあって、一年を通じては最も味合い深き季節と申せます。。今この場所にこの時期にあるお二人には、秋の露も文字通り甘露となろうもの。探れば秋の七草もここぞとばかりに咲き誇り、祝福の言の葉を秋風に乗せて莢かに伝えてくれることでしょう。「けさきつる野原の露にわれ濡れぬうつりやしなむ萩が花ずり」(藤原範永)。お二人して手を取りながら朝まだき野の散策などされますなら、かの君の衣は寒露ならぬ甘露に濡れ更にも行けば萩の花にまで染まることでありましょう。挙式は一つのけじめ。改めて御祝辞を述べさせて戴きます。御芽出度う御座居ます。「婚姻の祝の歌」   島崎藤村「婚姻の祝の歌」   島崎藤村 [其一 花よめを迎ふるのうた] 君待つ宵のともしびはいとゞ火影(ほかげ)も花やかに鶴なきわたる蓬莱(ほうらい)の千世のみどりを照すかな 祝の酒は香にあふれ錫の提子(ひさげ)をひたしけりいざや門辺にたちいでゝ君の来(きた)るをむかへなむ 星よこよひはみそらより人の世近くくだりきて清(す)める光に花よめのたのしき道のしるべせよ 風よ歌へよ松が枝に小琴(をごと)をかけよひとふしはいとしめやかに道すがらよろこびの譜をひけよかし まなこをそゝげひとびとよはや かの群はちかづきぬともなひ きたるをとめごのかゞやきわたるさまを見よ わがうるはしき花よめはむらさきにさく あやめなりそのころもには白(びゃく)だんのいとすぐれたるかほりあり 髪には谷の白百合のにほへる油うちそゝぎむすべる見れば其帯に黄金の糸を織りなせり いざやこよひの歓喜(よろこび)の花のむしろにいざなひて秋の紅葉を染めなせし色すべり着る君を祝はん  

  2. 道草 より:

    「婚姻の祝の歌」  島崎藤村                     ※入力し直しました。 
     
    <其の一 花よめを迎ふるのうた>
     
    君待つ宵のともしびは
    いとゞ火影も花やかに
    鶴なきわたる蓬莱の
    千世のみどりを照すかな
     
    祝の酒は香にあふれ
    鶴の提子(ささげ)をひたしけり
    いざや門辺にたちいでゝ
    君の来(きた)るをむかへむな
     
    星よこよひはみそらより
    人の世近くくだりきて
    清(す)める光に花よめの
    たのしき道のしるべせよ
     
    風よ歌へよ松が枝に
    小琴(おごと)をかけよひとふしは
    いとしめやかに道すがら
    よろこびの譜をひけよかし
     
    まなこをそゝげひとびとよ
    はやかの群はちかづきぬ
    ともなひきたるをとめごの
    かゞやきわたるさまを見よ
     
    わがうるはしき花よめは
    むらさきにさくあやめなり
    そのころもには白檀の
    いとすぐれたるかほりあり
     
    髪には谷の白百合の
    にほへる油うちそゝぎ
    むすべる見れば其帯に
    黄金の糸を織りなせり
     
    いざやこよひの歓喜(よろこび)の
    花のむしろにいざなひて
    秋の紅葉を染めなせし
    色すべり着る君を祝はん
     

  3. 道草 より:

    <其のニ さかもりのうた>
     
    ためしすくなきよろこびの
    けふのむしろのめでたさに
    身を酒瓶(さけかめ)となしはゝて
    祝の酒にひたらばや
     
    瓶の中なる天地(あめつち)の
    祝の夢に酔ひ酔ひて
    心は花の香に匂ふ
    楽しき春の夜に似たり
     
    比翼の鳥のうちかはす
    羽袖もいとゞうるはしく
    天の契りを目にも見る
    連理の枝のおもしろや
     
    わがはなむこは紅の
    かほばせいとゞうるはしく
    まなこひかりかゞやきて
    あしたの星にまがふめり
     
    わがはなよめは白百合の
    白きころもをうちまとひ
    その黒髪の露ふかく
    黄菊の花をかざしたり
     
    つばさならぶる鴛鴦も
    雄鶏(をどり)の羽はまさるごと
    いづれか欠くる世に中に
    ためしまれなるふたりかな
     
    たれかめでたき言の葉に
    神の力は奪ふとも
    契の酒をくみかはす
    ふたりのさまを喩ふべき
     
    いかにいかなるたくみもて
    画筆に色は写すとも
    欠くるに慣れし彩(あや)をもて
    ふたりのさまを画くべき
     
    言ふにも足らじ貝の葉の
    たがひに二つ相合ふて
    情の海にたつ波の
    そこによせてはかへすとも
     
    縁(えにし)の神にゆるされて
    ふたり身は世に合ふのみか
    たがひに慕ふ胸の火は
    心の空にもゆるかな
     
    地にあるときは二人こそ
    またき契といふべけれ
    天にありても二人こそ
    またき妹背といふべけれ
     
    天(あま)の河原は涸るゝとも
    連理の枝は朽つるとも
    比翼の鳥は離るとも
    二人のなかの絶ゆべしや
     
    これを思へばよろこびの
    祝の酒に酔ひくだけ
    胸のたのしみつきがたく
    このさかもりの歌となる
     
    玉山(ぎょうざん)ながく倒れては
    おぼつかなくも手をうちて
    高砂の歌おもしろき
    このむしろこそめでたけれ

  4. 文殊 より:

           道草先生
     
     まぁ何というご祝辞でありましょうや。島崎藤村の「婚姻の祝の歌」を何度も読ませて戴きました。現在京都にいる妻にも知らせ、読ませました。先生の心からなるご祝辞を、妻ともども有難く頂戴申し上げます。入籍は果たしても、やはり挙式はすべきでして、これがけじめとなることでしょう。今からその瞬間が楽しみであります。神の御前にて、さぞや緊張もし感動もするのでしょうか。特に東京でのお披露目パーティには妻の友人多数が参加してくれそうです。パーティ専門の業者に御願いして自宅を大幅に改装(?)して、皆さんが入れるように出来るようです。当家はペントハウスですから、多少の騒音も問題なさそうです。お庭でも酒宴を張ることにしております。京都のお披露目には、京都新聞で活躍中の同級生や能楽師が参加するようですが、多勢に無勢です。私はいいおつまみになることでしょう。こうなったら、何を言われても結婚をしちゃっておりますから、残念ながら多くの方を哀しませそうです。あからさまに言葉悪く申し上げれば、先手必勝でしょう(失礼します)。でもきっと皆様は暖かいご支援のお言葉を頂戴出来るやも知れません。二人で永い時間を掛けて、そのご期待に充分添いたいと存じております。本日は特に大好きな先生からのご祝辞です。心から感謝を申し上げます。有難う御座いました!(硯水亭 Ⅱ)

  5. Miyoko より:

    ご成婚、おめでとうございます。
    神様が結んでくださった「赤い糸」です。
    これからの人生にお二人に永久のお幸せがあるようにお祈りいたします。

  6. 文殊 より:

             Miyoko様
     
     有難う御座います。漸くやっとここまで辿り行きました。仰られる通り、きっと赤い糸で結ばれていたのでしょう。
    それにしても豪華な薔薇の花でしたね。すっかり感動してしまいました。貴女様の本当の心根が優しく伝わって
    参りました。エディット・ピアフのように、聖テレーズにお祈りしたくなっています。3歳の時、娼館で目を患い、3年間
    全く目が見えなかったのですから。そうして或る日聖テレーズにお祈りしましたところぱっと視界が開け、彼女第一の
    奇跡があって、ピアフは舞台や映画に出演した時でも決して聖テレーズを忘れなかった。確かそうですよね!
     
     忘れることが出来ないピアフ最後のインタヴューがあります。
     ~正直に生きられますか
      そう生きてきたわ
     
     ~歌えなくなったら
      生きてないわ
     
     ~死を恐れますか
      孤独よりマシね
     
     ~女性へのアドヴァイスを戴けますか
      愛しなさい (エ・メ~)
     
     ~若い娘には
      愛しなさい (エ・メ~)
     
     ~子供には
      愛しなさい (エ・メ~)
     
     今回の晴れの儀式は私達だけのものとは思っておりません。Miyokoさんも主人も含め、
    今後雄々しく生きて参るケジメとなりましょう!頑張りましょうね!!!(Ryu)
     

  7. (Kazane) より:

    硯水亭さん、改めておめでとうございます。今頃は、京都で顔合わせをされているところですね。きっと明日は素敵な式になるでしょうね。
    普段とはまた違った奥様の姿に、ドキっとされるかもしれませんね(^^) 硯水亭さんの文章を読んでいて、自分自身のこと、懐かしく思い出しました。夫が私の両親に挨拶に来たときも、かなり緊張していたようです。私の父は、娘が選んだ人なんだからとあっさり承諾。もうあれから10年以上もたったんだなぁ…と思うと感慨深いものが。 私の父も、硯水亭さんのご主人様同様、心臓発作で急逝したのです。やはり救急車の中で…。夜、実家から電話があったときは、信じられなくて…。でも、きっと遠くから見守ってくれているのですよね。 硯水亭さんのご主人様も、きっと微笑んでおられることでしょう。なんと言っても、お二人の縁をとりもったご本人とのことですし。 結婚式の報告、楽しみにしていますね♪ 

  8. gansan より:

    硯水亭さん、改めまして まことにおめでとうございます。
    お二人に幸多からんことをお祈りいたします。

  9. ただ今カフェで読書中 より:

    硯水亭様
     
    お二人の心のぬくもりと輝きが互いを照らし、互いの内に眠る花を開花させて行くような日々でありますように。
    おめでとうございます。

  10. 文殊 より:

                 風音さま
     
     昨日は一日中感動をさせて戴きました。何度も涙を流しました。始めの出逢いから、ここまで来るのに、
    足掛け7年ですから、永かったと思います。年の差カップルですから、余計に色んなことを感じましたです。
    妻は挙式はしない当初の意向でしたが、妻に晴れ着を着せてやりたい一念がありました。何とか説得して
    やってよかったと思っています。神の御前での誓いや祈りなど厳粛なものでしたが、妻も綺麗でした。
    女性が最も美しく輝く瞬間なのでしょうね。写真を多くの方々に多数撮って戴いたのですが、Blogでの
    公表はイマイチ考えております。
     
     夜のお披露目にあたるパーティでは、妻の担当教授やら多くの方々に手荒い祝福を受けました。
    はけ口が欲しかったのでしょうか。妻はこれが嫌だったから、式なんかしないと言っていたのでしょうか。
    はけ口になった私は一向に構わず、逆に楽しかったんですよ。心から笑い続け、そんな意味で今日は
    グッタリしています。午後から妻と東京に移動しますが、明日自宅が会場になるために、設営部隊が
    おりますから、今日と明日はホテル暮らしです。明日を早く終わって普通に戻りたいですねぇ。
     
     そうでしたか、お父上さまが心不全で直前にご他界なされたとは、貴女さまの晴れ着姿をどんなに
    観たかったことでしょうね。でもお父上さまはきっとどこかで御覧になられましたよ。昨日私はそう実感
    致しました。主人も同席していると確信がありました。だからこそ余計に感動したかも知れませんね。
     
     昨日一日の感動を決して忘れることなく、これからも二人で頑張って参りますので、これからもどうぞ
    よろしく御願い申し上げます。本当にご祝辞を有難う御座いました。心から感謝申し上げます!
     

  11. 文殊 より:

            GANSAN様
     
     ご祝辞を賜り、眞に恐縮です。御蔭様で昨日無事結婚式を挙げました。
    多くの方々からのご祝辞で、すっかり感動を致しました。結婚式をやってよかったと、
    今つくづく感じています。いつもながらちょうどいいタイミングでお越し戴きまして、本当に
    感謝しております。この感動を胸にこれからも更に精進して参りたいと存じます。どうぞ
    今後とも変わりませず、ご指導ご鞭撻戴けますよう、心から御願い存じ上げます。有難う御座いました!
     

  12. 文殊 より:

           Hayakawa様
     
     ご丁重なるご祝辞を賜り、大変感激しております。中身の深く濃いご祝辞で、
    昨日の式では、Hayakawa様の仰られたような実感を経験したように思われます。
    それが結婚式の感動が薄れても尚、通常の生活で続くものでしょう。男女の有り様の
    根源をご指導戴いたような感動です。本当に有難う御座いました。永い時間を掛けて
    二人でご期待に副えるよう頑張りたいと存じます。心から有難う御座いました。
     

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