炊き込みご飯

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                                      炊き込みご飯

 

 昨日帰ったわずか一泊の香港出張があったり、オブジェを創らなければならなかったり、雑多な用件や大きな契約が重なって、十月は酷い忙しさであった。奥日光に行ったり、僅かな間隙をついて映画を観たり、そんなこともあったので、特別こうした繁忙に、決して不満があるわけではない。寧ろ繁忙な時期の方が身体には慣れているようである。十一月になって直ぐ、早速妻が帰って来た。出張帰りとほぼ一緒になった。普段妻は学園祭(文化祭?)には出ないからであって、この時季いつも前後一週間は一緒にいられる。嬉しいこの時季は漸く色んなことで落ち着きを見せる。衣替えをどうするこうすると、なかなか暑さが去らない折、やはり戸惑った衣替えは少々遅めであった。秋らしい食材は揃うのも、九月下旬の新米到着から徐々にヒートアップして来て、この寒気のせいで、漸く主役が揃い始めたと言っても過言ではない。つまり秋を炊き込む気になって来たのだ。

 『栗ご飯』――お釜の蓋を取ると、ふわっと季節の香が流れる。どこか懐かしいご飯である。小刀などで殻を取り、渋皮の部分を綺麗にむいた栗を2~3個に切り、焼き明礬(みょうばん)少々を加えた水に晒して水気を取り、フライパンで乾煎りする。酒・味醂・お塩各少々で薄く味付けし、通常より1~2ミリ多い線に合わせた水加減でお米を用意し、煎った栗を上に乗せ、普通に炊き上げる。時間のない時は市販の甘栗を購入して2~3個に砕き、塩味だけのご飯に炊き込んでもなかなかの美味である。

 『茸ご飯 その一 匂い松茸』――松茸の場合――3センチ長さの短冊切りにした松茸を酒・味醂に浸けて下味をからめ、昆布出汁に、浸け汁やお塩少々を加減したご飯を普通に炊く。蒸らす直前に松茸をパラッと入れ、充分蒸らしてからサックリと混ぜ合わせる。

 『茸ご飯 その二 味シメジ』――シメジ――シメジご飯は、シメジの石付きをそぎ取り、小房に分け、さっと水洗いをして酒・醤油に漬け、下味をからめる。更に小鍋に入れてサッサッと煎り付ける。別に取っておいた昆布出汁に、この煮汁を加え、更に醤油・酒・お塩などを足して普通の水加減にしご飯を炊き、沸騰すると同時にシメジを手早く広げて乗せ、火を弱めて炊き上げ(電器ジャーならシューシュー湯気が出た直ぐ後)、蒸らす。

 『薩摩芋ご飯』――紅東や紅乙女ではなく出来れば金時がいいが、厚めに皮を剥いた薩摩芋をさいの目切りにし、焼き明礬を少々加えたお水に晒しておく。薩摩芋の水気を切って、お塩と酒と水で加減したお米を炊く。炊き上がってご飯を混ぜる時薩摩芋が煮崩れしないように注意して盛る。尚厚めに剥いた薩摩芋は細く切って水に晒した後、陰干ししてからカラリと油で揚げ、メープルシロップなどを掛け、カリントウ風にしてから戴くと美味である。又薩摩芋の色をよくするために、アク抜きしたものをガーゼに包んだ梔子(クチナシ)の実半分を入れたたっぷりのお水で、一煮立ちさせ、ザルにあげてからでもいい。

 『銀杏ご飯』――お塩とお酒少々で味付けした水加減のお米と一緒に、茹でた銀杏(殻・薄皮とも取り除いて充分塩茹でし水気を取る)を炊き込む。銀杏の殻は専門のクルミ割りで割るのが簡単だが、ない場合ペンチのへこんだ方に実を入れ殻を割る。

 『菊飯』――黄菊なら阿房宮、小紫ならモッテノホカ(袋菊)を使って秋の華やいだ演出をしてみたい。いずれの菊も花弁だけを顎から外し、パラパラにしてから茹で(お酢を少々入れた水から茹でるとサクサクした歯ざわりが楽しめる)、手早く冷水に取って冷まし、水気を切る。別に昆布出汁でお塩味に加減したご飯を炊き、蒸らす時に茹でた菊をご飯の上に広げ、蒸らし終わってから軽く上下を返し、菊をご飯に混ぜ込む。大目に菊を茹でた場合、酢の物・お浸し・クルミ和え・辛子和え・清汁(すまし)の吸い口などに利用出来る。秋本番の味わいである。

 『かやくご飯=五目ご飯』――基本的に冷蔵庫にある残りものを使用するが、今朝早く私が作った写真のリシピで書かせて戴きたい。材料は我が家分(2回分3合)として鳥腿肉1枚(約200g)、ごぼう(1本)、にんじん(1本)、戻ししいたけ(小さめ一つかみ5枚位)、レンコン(小1/2個)、タケノコ(小1/2個)、こんにゃく(手で千切って1枚)、醤油(大匙3杯)、塩(小匙1~1.5杯)、酒(大匙3杯)、味醂(大匙1杯)、胡麻油少々。先ず具財を出来るだけ細かく切り、全具財を一緒に胡麻油で少々炒める。炒め過ぎない。それから味付けする。少々煮込み、煮込み過ぎない。具財から出る汁と昆布出汁(面倒な場合は出汁醤油使用でもよい)とお塩少々とお酒で調整した水加減で炊く。最初から具財は全部入れる。炊き上がってから具財を別に合わせてもよい。

 

 【炊き込みご飯のコツ】

 お米はウルチが2に対し、もち米を1使用する。濁りがなくなったら洗米を直ぐ切り上げて、ザルにあける。水に浸け過ぎない。ザルで20分水気を切る。この一連の流れだけは絶対に譲れない。更に炊きあがって、お櫃(ひつ)があったら是非ご利用願いたい。丸く深い盆でもよい。混ぜたりするのに便利であるばかりか、炊き込みご飯が冷たくなっても美味しい状態をそのまま保つからである。具材を除いた汁は、お米の汁と合わせるわけだが、3合なら3合のメモリより、やや上1~3ミリ上のラインでいいだろう。具材と合わせて炊かないと言う御仁もいらっしゃるが、それはそれでいいでしょう。但しアサリや帆立や牡蠣など貝類の風味を生かす場合は必ずご飯と一緒に炊き合わせたいものです。どの炊き込みご飯にも刻み海苔か刻み柚子など、最後に愛情の一滴をお忘れなく!さぁさ!美味しいご飯をモリモリ食べて、元気を出して生きまっしょい!! 私達夫婦は、何処へ出掛けるでもなく、せめて私のヘタな手料理を食べてもらって、静かに時を過ごしたいものです。

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炊き込みご飯 への5件のフィードバック

  1. 道草 より:

    まさに!シェフ硯水亭Ⅱさんの面目躍如という処ですネ。毎日、三度三度、異なる食材の炊き込み御飯。どんな高級旅館でも及ばないのでは、と奥様の目が細くなるのが、それこそ目に浮かぶようです。今年の丹波松茸は、有史以来の不作と聞きました。先日、丹波へ行きましたが、現地でも本場物はとても口に入らないとのことです。それでも、硯水亭Ⅱ家では愛妻のために工面して、旦那が乾坤一擲の腕を振るわれることでしょう。松茸の不作は天候のせいもありますが、やはり山が荒れていることが最大の原因です。燃料に薪を使用しなくなった現在では、松山の下刈りをしなくなり荒れ放題になっています。
    私の子供の頃の農家では、毎朝の登校前に小学生が竹篭を背負って裏山へ入り、30分程で篭一杯の松茸を採って来ました。学校でも体育の授業で近くの山へ登り、全員で松茸を採ったものです。それこそ至る所に生えていて、笠の開いた松茸などは葦で蹴っていました。採るのはコロ松茸だけです。松山の間を縫って登校する村道は、松茸の匂に満ち溢れていました。松茸御飯はもとより焼き松茸、松茸味噌汁、松茸の和え物・・・来る日も来る日も松茸攻めで、夢でうなされるほどでした。余った松茸は土間の室(むろ)で保存し、冬になってもまだ松茸がありました・・・などとシェフ蒹グルメの硯水亭Ⅱさんを羨ましがらせて済みません。遙か大昔の話です。仲睦まじいお二人には食材など無関係でしょう。中味は何であれ、ご主人の心が篭もった御飯こそ、奥様の最高の楽しみでしょうから。今週は暫しの逢瀬をゆっくり楽しんで下さい。
    下記の詩は、昔の私の生活です。御飯の原点みたいなものです。それなりに元気に生きていました。もう、こんな時代は無いでしょうが、ある意味では温かい時代でした。
     
    「飯台」  坂村真民
     
    何もかも生活のやり直しだ
    引き揚げて五年目やっと飯台を買った
    あしたの御飯はおいしいねと
    よろこんでねむった子供たちよ
    はや目をさまして珍しそうに楽しそうに
    御飯もまだできないのに
    自分たちの座る処を母親にきいている
    私から左回りして梨恵子佐代子妻
    真美子の順である
    温かいおつゆが匂っている
    おいしくつかったたくあんづけがある
    子供たちはもう箸をならべている
    ああ飯台一つ買ったことが
    こうも嬉しいのか
    貧しいながらも貧しいなりに
    ふとってゆく子の涙ぐましいまで
    いじらしいながめである

  2. 道草 より:

    *訂正です:葦で→足で

  3. 文殊 より:

            道草先生
     
     実は出張から帰ったばかりで、築地に行けずじまいでした。従って今回は松茸を購入しておりません。丹波の松茸は憧れであり、それを嫌と言うほど召し上がったのですね。何とも贅沢な時代でしたですねぇ。今日では松茸はすっかり国際化しております。カナダのは白い松茸で、香がいいのですが、味が今一でしょうか。中国産のも韓国産のもそれはそれでいいのですが、やはり丹波にはかないません。先日ノルウェイ産のを試食させて戴きましたが、まぁまぁでした。丹波で駄目なら岡山など期待したいところですが、あの芳醇な香を放つ丹波でなければ、最低でも茶碗蒸しには出来ますまい。丹波のどこだったか、記憶が薄れているのですが、民宿で一年中食べさせてくれるところがありました。いつ戴いても香が高く不思議に思っています。更に18歳未満の方お断りと但し書きされた料理があって、一皿に、蛤と銀杏二つ。もずく少々。小さな焼き台で蛤が割れると、割れた蛤にポトリと松茸が落ちる仕組みになっていて、赤面しながら食べた思い出があります。美山だったか、周山か、まじに忘れてしまいましたが、そんな遊び心も京都の奥座敷ならではでした。
     
     夕べ遅くまで家内は勉強をしていたようで、私はそれと交代で早起きしまして、写真の炊き込みご飯は、かやくご飯で今朝出来立てのホヤホヤです。そろそろ家内を起こして、一緒にご飯を頂こうと存じています。坂村眞民先生が引き上げていらっしゃったのは確か松山へだったのでしょうか。道草先生と同じような実直な詩で、いずれ又伊勢の皇學館大学の図書館に行って、先生の直筆の詩を読んでみたいです。ご苦労されて、韓国から帰って来て、漸くありついた教師の職に、貧乏ではあったけれど、いささかのブレがない確信を感じざるを得ませぬ。貴重な詩句を有難う御座いました。眞民先生が鬼籍に入られてから、もう直ぐ一年ですねぇ。早いものです。花咲けば、そこに眞民先生がいらっしゃるのでしょう。

  4. ただ今カフェで読書中 より:

    おいしそうな炊き込みご飯ですねぇ~ お米もツヤツヤしていて。画面を見ながら手団扇で風をこちらに引き寄せると、炊き立ての香りがこちらにも届きそうなくらいです。
    栗御飯は私、もっぱら手抜きで天津甘栗を使ったりして作っているのですが、どの御飯も本当に美味しそう!
    先日、近所のカフェで春菊と菊の花のパスタをオーダーしましたが、それも秋の香りと味でした。
     
    このところ、忙しさの中にいましたが、おいしいものをゆっくり味わう幸せを忘れてはいけませんね。
    本当に、ご馳走様でした!

  5. 文殊 より:

            Hayakawaさま
     
     お褒め戴き、眞に恐縮です。季節を味わうのに、お料理が一番だと信じています。名だたる文豪諸氏の食通には及びも着きませんが、彼らが何故そうなるのか、少しでも分かりたいと常々存じております。私の料理好きは亡き主人の影響が大きいものでした。彼のアラスカの別荘に行きますと、誰かが必ず調理しなければならず、山荘から200キロも離れたアンカレッジまで買出しに出掛け、一緒に来られたお客様に、手づくり料理を出しておりました。不思議なもので、お皿洗いや片付けなど、やり馴れてしまうと、一向に気重になることはありませんのです。しかもアンカレッジのスーパーは世界中の食材がどの季節のものでも集まっております。ユダヤ系統の商人が多いことでもよく知られております。たかが20万足らずの町で、ハワイ・オアフ島のアラモアナ・ショッピングセンターのような巨大なスーパーが20個以上もあるのです。殆ど飛行機で買い付けに見えられるお客さんです。和食の食材も揃っておりまして、おばんざいを造るのも一向に困らないのです。但し納豆一個とカップラーメン一個、両方とも日本円で800円ほど致しますが、味噌・醤油のラインアップは見事なものです。主にここで鍛えられたと言っても過言ではないでしょう。気圧の関係で、なかなかご飯が立たないのですが、それでも諦めずに挑戦していました。主人も先ずご飯が美味しくないと不機嫌になる方でした。だから懸命になるしかなかったのです。6月キングサーモンの解禁の月です。7月がシルバーサーモンで8月はピンクサーモンの解禁です。それぞれの季節に合わせた料理を出せと随分五月蝿く言われ、どんなに鍛えられたでしょうか。
     
     パスタに菊の花とは、嬉しい限りですねぇ。爽やかな香と歯ざわりだったのではないでしょうか。今度私も挑戦してみたいものです。
     
     Hayakawaさまはいつもお忙しい身!でも記事に拠りますと、時々季節を感じに京都の奥座敷に行かれたり、いつものお店で、たっぷりと季節を感じられたり、絶対に必要なことでしょうね。お忙しい時ほど、そんなお料理の中で季節と遊ぶことはどんなに大切なことでしょうか。有難う御座いました!ペコリ!

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