木守り伝説

木守り伝説

 

 

木守り伝説

 

 

東北地方の各地には、実も葉も落ちつくした果樹の枝に、一つだけ実を残しておく習慣が残っている。

これは木守り(きまもり 或いはきまぶり)と呼ばれ、翌年の新生と豊作を願って行うもので、

その一個の実が木を、或いは畑全体を冬の寒さや不作の原因から守り、豊作にしてくれるという。

雪の中の枯れた木に、ポツネンと挿された実には、春に対する願いと冬に対する畏敬の念があるのだろう。

日本人が持つ自然に対する優しいこころの一面に他ならない。そろそろ冬の準備を致しましょうか

 

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木守り伝説 への2件のフィードバック

  1. 道草 より:

    丹波にも木守柿の風習はありました。大きな柿の木であれば実際に残すのは1個だけではなくて、10個なのか20個なのか、青く澄んだ空を背景にして、深紅の柿の実が秋陽に輝いていました。やがて柿は鳥に食べられるのか、それとも熟して落ちてしまうのか。木枯しが吹いて黒い柿の木に真っ白な雪が積もる頃は柿の実も見えなくなって、山里は静かに冬の眠りに入るのでした。
    枯れ木になると木の種類が分からなくなるので、木守りは「木名乗り」が語源との説があります。また、季節の移ろいを最後まで見届ける「木名残り」がふさわしいとの説もあるようです。どんな説であろうと、今はもう柿の実を採る人がいなくなり、過疎の進む古里の柿の実は木の上にいつまでも残されたまま、空しく秋の陽に照るばかりです。
     
    「残果」   三好達治
     
    友らみな梢を謝して
    市にはこばれ売られしが
    ひとりかしこに残りしを
    木守りといふ
    蒼天のふかきにありて
    虹の色冴へわたり
    肱張りて枯れし柿の木
    痩龍に晴を点ず
     
    木守りは
    木を守るなり
    鴉のとりも鵯どりも
    尊みてついばまずけり
    みぞれ待ち雪のふる待ち
    かくてほろぶる日をまつか
    知らずただしは
    寒風に今日を誇るか
     
     

  2. 文殊 より:

             道草先生
     
     なるほど「木名残り」「木名乗り」なのですね。確かに実際は一個ではなく数個が多いようですが、柿の実だけではなく、稲穂の場合もあるようです。田圃の隅っこに5~6束の稲束がそのまま放置されてあって、それも木守りのような意味でしょう。残念ながら多くの郡部はどこか地域毎に一極集中して行き、地方は益々疲弊し過疎化が進んでいます。こんなことではどうなるのだろうとまったく先の見えない状況が深刻化しています。地方を語る場合、こころが大いに痛みます。基本を農業におかない国家は脆弱な国家であることだけは真実なようでありますが、先生の故郷の風景にさえ、次第に人の手が届かないようになっているのでしょうか。何とも哀れでなりませぬ。木守りの習慣・習俗に僅かな望みを託したいものだと思えてなりません。
     
     いつも御投稿頂き、感謝にたえません。私は育てられております。有難いことだとつくづくと感謝を申し上げます。三好達治の『残果』はいい歌ですねぇ。先生はどのくらい前から、かくの如き読書をされて来られたのでしょうか。私も精々先生の足許に近づけるように頑張りたいと願っています。昨日雨の京都へ家内は帰りました。今日の東京は朝から雨です。気候の変動が激しい折です。どうか先生にはお身体をお気をつけられて下さる事を望みます!有難う御座いました!
     

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