近松忌

 

曽根崎心中

                                                曽根崎心中 お初梅田橋を渡る場面

 

 

 

                                              近松忌

 

 明日22日は、日本演劇史上、世阿弥元清に並び称される近松門左衛門の忌日である。世阿弥と同様にBlogのこの小さな欄に、その思いの丈を籠めることは出来ない。近松が眠る尼崎の広済寺では、この忌日の前後の祭日に「近松祭」なるものを催しているようだが、明治以来新暦の11月22日を忌日とし、多くの近松ファンの間ではそれなりの思いを籠めて、この日を迎えていることであろう。私は近松の中でも特に世話物が好きで、近松が創り出す言葉の美しさに心酔し、時々近松の本を見開く。出来ないくせして、越路太夫の迫力ある義太夫語りの真似をしたり、鶴沢清治の剣先鋭い太棹の三味を真似たり、蓑助の人形遣いを真似したり、殆ど馬鹿なことをして近松を偲ぶのが精々である。

 「道行(みちゆき)」と言って、男女の愛の逃避行を確立したり、「愛想尽かし」と言って、愛するが故に冷たくあしらってしまうことなど、歌舞伎や人形浄瑠璃では欠かせない演出を創出して見せた。何故心中事件が美しくなるのか、本来ドロドロなはずの心中が妖しいまでの美に昇華してしまうのは、やはり大元になる台本がいいからで、台本の作者つまり戯作者(げさくしゃ)が近松なのである。現代の不倫小説など到底足許にも及ばない要素は、悲劇の舞台に登場する脇役の人々を多く配置し彼らですら主人公になり得るぐらいで、恋する二人の物語だけで終わっていないからである。二人を取り巻く環境や境遇すべてが悲劇の結果に向かって、寸分の隙もなく怒涛の如く向かって行くのである。余りにも厳しい愛と美ゆえに、人々は心底陶酔し多くの心中事件を誘発したので、幕府はその上演を禁じたほどであった。

 脚本だけではない。これまで数限りなく多くの名人がいた。義太夫節の語り部、三味線の遣い手、近松当時一人人形遣いが三人になり、その見事な演技。ただの人形が全身に神経が満ち溢れて、総合演劇として近松の時代に大成されたと言ってもいい。何一つ欠けても駄目で、それぞれの役目の者は真剣勝負そのものであった。淡路人形・文弥人形・能勢人形・相模人形・真桑人形・安乗人形・阿波人形・半原人形など、文楽大成の前後に各地に多くの民俗芸能的な人形劇があった。台本もそれぞれあって、その幾つもある文言を統一し、「正本」として上演したのが文楽(人形浄瑠璃)の太夫(たゆう)であった。太夫がいなければ始まらなかった。そこから三味線が入り、人形が漸く機能するのである。近松以前の太夫の正本には作者がなかったが、近松は自分の名前を書かせた最初の人であった。最初から書けないと断って近松を書いているが、やはりどうしても書き切れないから、ここらでやめよう。但し台本のみならず、義太夫語りや三味線や人形遣いに、それぞれにどれほどの深い関心を持って来たかとだけ申し添えておこう。

 最後に『曽根崎心中』のお初徳兵衛が発した、心中道行の場での美しい語りを書いておきましょう。 今宵、咲太夫の語りを傍に一献。明日の今頃は妻と二人きりだろうな。

 

                この世も名残り 夜も名残り

                死に行く身をたとふれば

                あだしが原の道の霜

                ひと足ずつに消えてゆく

                夢の夢こそ あはれなれ

 

                あれ 数ふればあかつきの

                七つの時が六つなりて

                のこる一つが今生の

                鐘のひびきの聞きおさめ

                寂滅為楽とひびく也

 

広告
カテゴリー: 芸能 パーマリンク

近松忌 への3件のフィードバック

  1. 道草 より:

    高校時代に近松門左衛門の「虚実皮膜論」を聞いた記憶があります。「芸というものは実(じつ)と虚(うそ)との皮膜にある。そうあるほど今の世実事をよく映す・・・」。芸術は虚構と現実の狭間にあるというのは、まさに現在の脳科学や宇宙科学を先取りしていたかのようです。私は近松といえばその原作の映画しか知りませんが、「近松物語」(1954溝口健二監督/長谷川一夫・香川京子主演/「大経師昔暦」原作)・「女殺油地獄」(1957堀川弘通監督/中村扇雀・中村元雁治郎主演)・「心中天網島」(1969成島東一郎監督/岩下志麻(二役)・中村吉衛門主演)でいずれも力作でした。「女殺~」は五社英雄監督(樋口可南子主演)で再映画化されていますものの、これは観ておりません。
    また、「曽根崎心中」は増村保造監督により、主演が梶芽衣子・宇崎竜童と異色の主演で映画化され(1978)、かなり見応えがありました。一人前の町人になることが男を立てることであり、それが叶わぬなら死んで身の潔白を立てようとする徳兵衛。好きな男と夫婦になることが総てであり、この世でそれが無理ならあの世で実現させようとするお初。義理や人情よりもっと凄まじい意地が、この物語の芯なのでしょうか。人間がまだ自由闊達で居られた元禄時代だからこそ可能とも思えますが、ある意味では見事な近代的自我の確立ともいえるようです。
    この「曽根崎心中」は、阿木耀子のプロデュースにより「ROCK曽根崎心中」「FLAMENKO曽根崎心中」として上演されて、人気を博しているようです。硯水亭Ⅱさんは既に観賞されているやも知れませんが。芸術祭の優秀賞も受賞しているそうです。
     
    「道行華」   阿木耀子
     
    五色の沼の光をうけて
    朝をはじいて 咲くはすの花
     
    台座の固さは 生娘(むすめ)のままで
    白い花びら 心の証し
     
    咲いてる間は 極楽花で
    散く時は 地獄の花か
    (略)
    生きてる間が 極楽なのか
    道行く先きは 三途の川か
     
    この世の辛さは なんとしょう
    この身が朽ちたら どこへ行きます
     

  2. 文殊 より:

            道草先生
     
     「虚実皮膜論」を音読みにしますと、「きょじつひまくろん」ではないかと思うのですが、実際は「きょじつひにくろん」と申しまして、皮膜がひにくとなっています。どこまでが真実でどこまでが虚構であるのか、或る意味では近松の保身術のような体裁をしていたかも知れませんね。でもいずれにせよ、演劇論としては超一級であることには違いないと思っております。無論現代にも鮮やかに通じているようです。
     
     先生は映画をよくご存知ですね。私は自宅のテレビがチャンネル数が多いものですから、殆ど古い映画も観ています。亡き主人のご自宅にはフィルム・ギャラリーもあったぐらいですから、結構古い映画を見せられております。こうやって先生の御覧になられた映画の作品を見ますと、面白いことがありますね。大溝口健二の弟子筋が、その多くを撮っているんですね。五社監督は別にして、その多くは溝口監督の教え子が多いようです。無論溝口健二の「近松物語」は日本映画専門チャンネルで見学させて戴きました。やはり溝口作品にはストイックな作風で、群を抜いているように思えました。さすがですね。僕は黒澤より好きかも知れません。
     
     ところで近松の最も凄いところは、尊敬する世阿弥の能にはない部分があると言うことです。能はすべて一人称です。それに対して三人称にしたところが近松の最も優れたところではないでしょうか。曽根崎心中は実際にあった話です。座元からの依頼で、たった一ヶ月でモノにしたのですから、天才と言うより他はありません。今で言うなら、フライデーかフォーカスか、そんな写真週刊誌的な取り上げ方で、事実関係を知りたい一般の人々にどれだけの興味を引いたことだったでしょう。歌舞伎もまさにそう言う宿命を負わさざるを得ませんでした。近松自身が歌舞伎も浄瑠璃も書いていたのですから、間違いなくそんな雰囲気で使命感があったのでしょうね。しかもかの荻生徂徠が台本を暗誦するまでだったと言う美しい文章があったれば、尚更凄いことだったと言わざるを得ません。世話物だけではなく、史実物としての『忠臣蔵』などは、まさに劇と言うカタチの中に、どれだけ真実が語られているか、近松はその殆どが京都・大阪で活躍した方ですが、江戸でも大いに評判を呼んだようです。歌舞伎では主に『和事』の坂田藤十郎のために書きました。当時の坂田藤十郎が近松によって、どれほど助かったか計り知れない部分があるのでしょう。
     
     フラメンコになった曽根崎心中は無論観ております。阿木曜子プロデュース、宇崎龍童作曲で、蒲田

  3. 文殊 より:

     済みません、投稿されちゃいましたので、前文に続けます。
    蒲田は間違いで、鎌田真由美・佐藤弘希フラメンコ舞踊団で、賞を頂いたり、大活躍しておられますが、亡き主人がお付き合いをしていた方に、その舞踊団のダンサーがおいででして、普段は高校で国語の先生をやっておいでの方でした。主人はあんな不自由な身体になってしまったものですから、思うに任せなかったのがよほど悔しかったのでしょうね。主人は観ておりません。どんなに自分で観に行きたかったことでしょう。どんなに観ることを切望されていたか、彼女は残念ながらその辺の事情は知らないようです。そこで私が主人の為になり代わって、阿木さん経営するレストラン兼フラメンコ・ショーのお店に出向き、それを観に行きまして、私は存分に楽しみ報告をした覚えが鮮明にいつまでも残っています。それと水戸での公演を観に行きました。さすがに素晴らしい舞台でしたが、やはりフラメンコでしかなく、演技のストイックさと言う点では、やはり人形浄瑠璃には適いますまい。最近蜷川幸雄さんの舞台でも何度か取り上げられたのですが、実は先生!私は曽根崎心中は世話物の完成された劇とは思っておりません。最も評価している作品は何と言っても『心中天網島』でしょう。「天網恢恢」の諺と心中場所の網島を引っ掛けて題とした世話物です。心中相手の不倫の女性のために、お金を用意し、身請けまでしようとした女房おさんの存在が凄いですねぇ。浮気をした紙屋治兵衛と女郎・小春をトコトン死なない心配までするのですから。更に驚くことに、治兵衛の兄で、甲斐甲斐しい女房のおさんに同情し、治兵衛とおさんを別れさせようとした粉屋孫右衛門。曽根崎のお店「河庄」の女将・お庄などなど、その登場人物の完璧さ。劇的構成の妙。義理が重たく、ついには心中まで追い込まれて行く過程は本当にすごいものがあります。
     
     日本演劇の中で、世阿弥と近松を両巨星とし、それ以降日本演劇には名だたる演劇人は出ていないのではないかと言うのが私の持論です。万一あるとしたら、木下順二の「夕鶴」ぐらいでしょうか。それも演劇自体を変えるような作品ではありません。ああああやばい!そろそろ時間で、今日最後の会議があります。夕方1800の新幹線で京都に向かいます。4泊3日の旅です。先生のお庭先を荒らして済みません。特に京北町では大人しくしていますので、どうぞヨロシク御願い申し上げます。ではでは!
     

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中