念ずれば花ひらく

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                       念ずれば花ひらく

 

  今日は佛教詩人・坂村眞民さんの一周忌です。「私がいないなんて、哀しんではいけないよ。花が咲き、鳥歌う、それが私だ」といつも仰っておられました。その先生は熊本のお生まれでしたが、8歳の時父親に急逝され、5人兄弟の長男として母親を助け、苦学とひどい貧乏の中で成長致しました。きつい努力の甲斐あって伊勢の皇學館大学に進み、神道を学びながら国文学を専攻されました。25歳から朝鮮に渡って国語教師をし、36歳の授業中に終戦に遭い、やっとの思いで帰国してから、愛媛県内の国語の高校教師として勤め上げられました。65歳退官されてから一遍上人に深く帰依し、一遍上人生誕の地・松山に「たんぽぽ堂」を結庵し、生涯詩と思索に明け暮れ、昭和37年から一度も休むことなく1200部余、月刊詩集『詩国』として無料で配布し続けられました。去年の12月の本日、先生らしく眠るように大往生を遂げられたのです。先生の思索は命あるものへ対して惜しみない愛情に満ち、感謝と報恩、そして優しい激励の詩ばかりでした。人を勇気づけ元気づけ、気高い一遍上人の夢の続きを優しく語って下さり、楚々として本当に素晴らしい先生でした。

   坂村眞民の世界 ようこそたんぽぽ堂へ 坂村眞民先生の公式HP  先生の多くの詩が載っています

 巻頭の写真は皇學館大学図書館に現在保管されている坂村先生のご親筆の書です。亡き主人が大好きな先生で、皇學館大学で多くの写真を写させて戴きました。先生から様々なことを勉強し影響を受け、櫻山計画の原型はそうして出来たのです。すべて私財でやり抜くこと、遊行の精神で自らを律し喧伝することが一切ないこと、大衆と共ににあること、自然のただ中に共にあること、誰しもが代々受け継いで行けるものであること等々でした。図らずも私も主人と同様に多大な影響を受けていると自覚しています。先生は葬式はしない、お墓はいらないと言っておられました。日ごろの言動から、ご遺族さまは多分どこかの「念ずれば 花ひらく」の歌碑の下にご遺骨を納められ、眠られておられると存じています。

 

   本    気
            

   本気になると
   世界が変わってくる
   自分が変わってくる

   変わってこなかったら
   まだ本気になってない証拠だ

   本気な恋
   本気な仕事

   ああ
   人間一度
   こいつを
   つかまんことには

     (「 花ひらく 心ひらく 道ひらく 」 坂村眞民詩集 講談社より)

 

 又先生のご遺徳に対し奉り、一遍上人の和歌と梁塵秘抄から、それぞれ一篇を捧げ奉りたいと存じます。南無阿弥陀仏!

 生ずるは独り、死するも独り、共に住するといえど独り、さすれば、共にはつるなき故なり (一遍上人和歌)

 仏はつねに在せども 現ならずとあはれなる 人の音せぬ暁に ほのかに夢に見えたまふ (梁塵秘抄 第二十六段)

 

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念ずれば花ひらく への8件のフィードバック

  1. 道草 より:

    私の高校の6年後輩で、神戸の湊川高校の教育一筋に捧げ男がおります。彼は著作の他に「パンと貝殻」という詩集を出しています。詩作の切っ掛けは坂村真民の詩に触れたことと、直接の交流にもよる影響が大とのことです。家内と同級生でいまでも「パンの木」という作品集を毎月送ってくれます。その一作。
     
    「何を遺すか」 登尾明彦
     
    人は皆
    いずれは骨となって
    大地に還っていく
    この世に遺すものといえば墓
    あるいは位牌
    私の場合は
    一枚でよい
    これが私だといえる絵を
    遺しておきたい
    私がいなくなっても
    私を伝える
    絵を
    描いておきたい
     
    継いで命日に師のその冥福を祈りつつ。
     
    「ほろびないもの」  坂村真民
     
    わたしのなかに
    いき続けている
    一本の木
     
    わたしのなかに
    咲き続けている
    一輪の花
     
    わたしのなかに
    燃え続けている
    一筋の火

  2. 文殊 より:

            道草先生
     
     うわぁ~~~お早いお出ましで、本当に恐縮します。今夜からしばらく京都へ帰りませんのです。今週は夜仕事が続くからでありますが、忙中閑ありでしょうか。少々の時間を見つけては書いてしまいました。特に本日のことなればでしょう。主人も私も真言密教の徒でありますが、多くの聖のことはやはり大層勉強になるもので、先生のご友人さまの詩も、シンミン先生のように、一遍上人からの影響が多大な方でしょう。時宗開祖の一遍ではありますが、何も残さず、自身の寺さえ持たず、ひたすら遊行の祖・空也上人を尊敬してやまない高潔なお人柄でした。潔いことに「一代聖教皆尽きて、南無阿弥陀仏になり果てぬ」と言ってすべての自らの著作の書などを焼いたという程ですから、シンミン先生にも同じ流れが滔々と流れこんでいるように思われます。主人も私も直接お逢いしたことは御座いませぬ。但し講演は何度か伺いに参ったことがありました。多分シンミン先生の著作はすべて持っているでしょう。よく読み耽っておりましたから。皇學館大学へお邪魔申し上げ、直接多くのご親筆の写真も撮らせて戴いたようなことでした。シンミン先生も今はどこかで哀しむのではない、どこにでも私はいるのだからと言われているようで、不思議と哀しみは沸いて来ないんです。不思議ですね。今宵はまだまだ一献出来ない心中、お察し下さりたく!先生はどうぞどうぞ!時雨酒でしょうか。
     

  3. (Kazane) より:

    硯水亭さん、こんばんは。 京都と、こちらとの行き来。
    いつもにも増してお忙しい毎日を送られていたのですね。でも、少しの時間でも、奥様と一緒に過ごす時間を持てることで、疲れなど飛んでいってしまうかもしれませんね♪ 今日は、こちらと夕ひばりさんのところで、坂村真民さんに触れることができました。一周忌だったのですね…。 本気…、心しなければ。素敵な詩をありがとうございました☆ 

  4. 文殊 より:

              風音さま
     
     えええええ、おいで下さったんですね。有難う御座います。それにひきかえ、僕のカキコ、最近してなかったかも。
    すっごい悪かったです。夕べは海外支店との交信で一夜が明けました。16日から海外支店回りが待っています。
    そうですね、おっしゃられる通り、妻といる時間が最高です。ただ現在は元通りに妻は妻の実家におりますから、
    安心出来るんです。こういう時って、オトコは所在なげで仕方がないのでしょう。←夕ひばりさんのアドヴァイス!
    でも何となく風音さんに悪くてねぇ、本当に御免なさいね。
     
     風音さんもシンミン先生をご存知だったなんて、超嬉しいです。私は主人から勉強で出逢ったようなものですが、
    わたし心がない方で、とってもいい方でしたよ。僕のお爺ちゃんだったらいいなぁと。
    神道を勉強され、清めと祓いを身につけられました。その後一遍上人に深く帰依された方で、
    まるで今様一遍上人のようでした。ご存知の通り鎌倉新佛教ではただ一人比叡山で学んでいない庶民の聖です。
    何も残さないという潔癖さは、僕の大好きな考え方で、一遍上人の絵図ぐらいしか残っていないんですよ。権威には
    徹底的に反抗をした庶民の味方だった方でしたね。そのHPにはシンミン先生の詩がたくさん載っておりますから、
    気が向いた時でもどうぞご利用下さりたく!
     
     貴女からもいつも素敵なことを頂戴しているのに、僕は悪い子ですね。後で仮眠が終わったら、ダッシュでカキコに
    伺いますね。本当に御免なさい。これから暮れに掛けて一層風邪が流行りそうです。どうぞ御身お大切に!
     
     

  5. 銀河ステーション より:

    硯水亭さま
    こちらでははじめまして。『心象スケッチ』の銀河ステーションです。
    ちょくちょく寄らせていただいてはいましたが、こちらにコメントしてよいものかどうか迷っていました。
    ただ、坂村先生の記事がとても心にしみいって思わず書き込んでしまいました。
     
    櫻灯路さんのブログを通して、坂村先生の存在や作品を知って、時折HPを訪ねては、静かな感動に浸っていました。本当に、このような方が、今の日本にはとても必要な方だなあ…と感じつつ、しかし、櫻灯路さんも坂村先生も、すでにこの世にはおられず、お会いする事もできないと思うたびに、とても悔しい思いになってしまいます。
     
    でも、きっと花の優しさや鳥のさえずりの中に、しっかりと生きておられるのでしょうね。そして、この世のことは、生きている私たちが、それこそ「本気」にならなければならないのでしょう。
    若い頃、この世の中や世界をなんとかしなきゃ…と気ばかり焦って、いろんなことに中途半端に首をつっこんでいた時期がありました。その頃に、この詩に出会っていたら…という想いもあります。だんだん自分自身が変わっていくこと、またその実感を持つことのたいせつさを、しみじみと感じる今日この頃です。
     
    朝のひととき、素晴らしい言葉に出会えました。ありがとうございます。
     

  6. 文殊 より:

           銀河ステーションさま
     
     お久しぶりです。お元気でしたでしょうか。祐筆の私として櫻灯路を続けて参りましたが、気分も新たにと思い、主人の夢の後追いで、こうして書き続けて参りました。まだまだ主人の書かれた文章の在庫があるのですが、いずれ何かの形に纏めたいと存じあげた次第で、主人と同様に歳時記を中心に書いております。それまでのかたがたに一筆ご報告すべきでしたが、何かと手忙しいこともあって今日まで至ったことを深く深くお詫び申し上げます。
     
     銀河ステーションさまのホームページを見せて戴いて驚きました。貴方さまのプロフィールの中の追記に、何と何と亡き主人の櫻灯路のことが書かれてありました。本当にびっくり致しました。まるで主人が蘇生したように思われ、実は今週で今年が終わりになる為に忙しい時間に追われているのですが、どうしても先ずは御礼を申し上げたくて書かせて戴いております。そうして私は又ご貴殿の優しさにしたたか泣かされました。
     
     生前主人は銀河ステーションさまをどれほど愛されていたことでしょう。やさしい絵、繊細な感受性。どことなく淋しさや哀しさがある方だが、むしろそれを簡単に無くさないで頑張られたら、きっといい結果が出るはずだ、この人こそマイナーでいてはいけないんだと。何度も何度も聞いておりました。主人も絵描きですから、どことなく分かり合えた部分が多かったのだろうとご拝察申し上げます。更に一見やわそうに見えるご貴殿の文章も褒めておりました。ツボを掴んでいらっしゃると。だから短いコメントのやり取りでしかなかったのですが、永年お付き合い申し上げた方のようにしておりました。
     
     今度は私、櫻庵の軒下のMですが、これを機会にどうかお付き合いのほどをよろしくお願い申し上げます。又主人の夢の続きを追って、櫻山建設計画を実行にうつしております。45歳定年の我が社ですから、私ももう直ぐ退職です。今度は櫻の方で専務理事(理事長は主人の弟君さま)という立場で頑張る所存です。22000ヘクタールという広大な山を何とか最後まで契約に漕ぎ着け次第開始するつもりですが、各地に苗場も確保しつつあります。殆ど京都のオフィスに実行部隊がおりまして、何十年掛かるか或いはその単位が大きくなるか、主人のスケールに合わせてやろうと皆で頑張っています。
     
     そうそうご貴殿のブログとホームページをリンクさせて戴いてよろしいでしょうか。本日は思いがけず、心から感謝申し上げます。これからもどうぞよろしくお願い申し上げます!
     

  7. 銀河ステーション より:

    嬉しいお言葉ありがとうございます。
    Linkの件に関しては、こちらこそ、どうぞよろしくお願いします。僕のHPのほうにも貼らせていただきたいと思います。
    お仕事に、櫻山に、お忙しい毎日かとは思いますが、どうかご自愛なさってくださいね。
    それでは、また。

  8. 文殊 より:

                 銀河ステーションさま
     
     有難う御座いました。忙しさもピークに差し掛かっています。もう直ぐお正月ですね。
    お正月には故郷にお帰りになられるのでしょうか。遠いですものね。ご貴殿こそ、
    お子たちのためにも、御身お大切に頑張られてくださいね。早速リンクを貼らせて戴きます。
    有難う御座いました!
     

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