濃茶のあと

濃茶のあと

 

 

濃茶のあと

 

 

仕来りによって威儀を正して、貴女と濃茶。二人で廻し飲んだら、小棗がほっとするかしらん。

今日は特別に奈良・萬勝堂の和菓子『姫椿』。茶花は藪椿の『西王母』を選んで、ピンクの硬い蕾が楚々と、

帰ったら、お正月用になって、一気に華やかさを増し満開になっていることでしょう。

戦国の武将達が戦陣に赴かむとする時、茶を愛した気持ちがフツフツと蘇り、

さぁ今年最後の戦塵ぞ、貴女の眼を見詰め、ドロリと濃茶を飲む。

 

パリ~リヨン~チューリッヒ~ニューヨーク~ボストン~パース~香港とたったそれだけ、十日間余。

貴女に安心させたくて、何処ででも休暇を取らずに帰ります。マゼランの時代とは大違い、たかが四万kmちょいプラス。

明朝早く、先ずパリへ飛んでから順に廻って参ります。では行って参ります、お身体には気をつけてね!ご機嫌よう!

 

和菓子「姫椿」

 

 

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濃茶のあと への4件のフィードバック

  1. (Kazane) より:

    昨日の記事も、今日の記事も、奥様への愛があふれていますね♪読んでいるこちらにも伝わってきます(^^)  硯水亭さんは、お忙しい毎日を送られているのに、とても丁寧に暮らされていて…。本当に尊敬してしまいます。 私、普段の暮らしの中で、お茶を立てることなんて全然ないです。これでも、高校時代は茶道部に入っていたのに…(^_^; 昨日の夜、しばらく夜空を眺めてみました。でも、街灯等で、空が明るくて…。結局一筋の光しか目にすることはできませんでした。今夜もう一度、挑戦してみます。
     出張、気をつけて行ってらしてくださいね。たったそれだけ…と書かれていますが、私にはすごい! としか…。

  2. 文殊 より:

                 風音さま
     
     いつも離れて暮らしていますから、お人さまには申し訳ないのですが、本紙上まで使ってしまって御免なさいね。本来なら年越しからお正月は東京で過ごす予定でしたが、今年は無理なようです。仕方なく日本に帰り次第、京都に行き、出来たら八坂さんのオケラ詣でから参加したいと強く希望しています。二人きりでのんびり過ごしたいのに残念でなりませぬ。仕方のないことですね。
     
     言え言え毎日精一杯です。但し季節のことだけは何とかして少しでも必ずやろうとしているだけです。お茶は両親から子供時分に教えて戴きました。それ以降ずっとです。流儀はウラのウラで、真ウラになるでしょうか。うふふ!茶道もそうですが、亡き主人の影響で華道や能楽もやっています。でも忙しくても不思議ですねぇ。毎朝これとこれを必ずとか決めてしまいますと、不思議とやらないと気が済まなくなりますし、案外簡単にやれてしまうものですね。御飯の後片付けだって、直ぐにやっちゃえば、それで終わってしまいますから、多分これって習慣でしょうか。そんな習慣がいつか身についたものなのでしょう。母親に早く亡くなられた僕ですから。父と二人で何でもやらざるを得なかったからでしょうね。お茶はいいですねぇ。何かなくても必ず点てて楽しんでいます。どうぞ又思い出されながら、ご主人さまとお楽しみ下さりませ!もっとも型はどうでもいいんじゃないですか、多分!
     
     夕べと言うより今朝だったかなぁ、会社からようやく明けそうな時間に帰って来て、ベランダで見えましたよ。雲間からさっと。東南方向でしょうか。南のカノーブス目掛けて飛んで行きましたよ。今夜も楽しみですね。明日の朝は、社用車は早く迎えに来ますので、今宵こそ早めに休もうと思っています。
     
     今回の旅は地球一周4万キロですから、それより南半球にも行くので、少々ジグザグとなります。ですから多分45000キロぐらいでしょう。現地で会議などの時間より移動時間の方が多そうです。その時間を利用して、除夜の鐘のことやお正月さまのことを書きたいなぁと思っているのです。海外で書く日本の伝承の記事はどんな気分でしょうね、何だかとても楽しみです。では行って参ります。風音さまも暮れに掛けて御身お大切にしてくださいね!では!

  3. 道草 より:

    今朝は霜が一面に降りて、早朝の散歩は身も引き締まる気持ちでした。文字通り世界を股に駆けてのご活躍、今日はどの辺りでしょうか。今回の私信ブログに対して割り込むのは野暮の骨頂と識り乍ら、一筆寄せて貰って居ります。香の君との暫しのお別れの濃茶は、正に戦に臨む武士の心意気。そして奥様への心遣い。茶道など門外漢の私にも、襟を糺して聞かされるが如く緊(ひし)と伝わります。昔は母が茶を習っていましたし、今も家内が手慰みに茶を淹れてくれることがあります。しかし、それは作法などには無縁の我流で、「茶の湯とはただ湯を沸かし茶を点てて飲むばかりなるものと知るべし」に従うのである、と屁理屈を称えている次第ではあります。昔に読んだ言葉ですが、「家は漏らぬほど、食事は飢えぬほどにてたる事也、是仏の教え、茶の湯の本意也、水を選び、薪を執り、湯を沸かし、茶を点てて、仏に供へ、人にも施し、吾も呑む、花を建て香を焚く、みなみな仏祖の行ひの跡を学ぶ也」(南方録)の精神が痛感され独り納得するばかりです。
    日本人は物を通して豊かさを求めることが多く、それが逆に精神の荒廃を生んでいるとも言えます。本来、物と心はシーソーの様なもの。微妙なバランスこそ必要なのでしょう。物が重くなれば心が軽くなる。ならば、物と心のバランスを取るために茶の湯の「わび」「さび」の心を知ることも、一つの大切な手段なのかも知れません。「わびしい」「さびしいと」の満たされぬ現状を認め、それをむしろ積極的に肯定し、心奥から湧き上がる真実の自分の声に正直に今を生きるべき。そんな反省の今日此の頃ではあります。硯水亭Ⅱさんの如く海外へ出て仕事をされて居れば、そんな自己を見つめる機会もさぞ多々あることと、羨ましき限りではあります。「その道に入らんと思ふ心こそ我身ながらの師匠なりけり」(利休)。釈迦に説法でした。どうか、成果多くしてご無事で奥様の元へお帰り下さい。

  4. 文殊 より:

            道草先生
     
     おはよう御座います。今起きたてで、朝の8時を廻った頃です。昨日は午後にパリに着いて、あれこれひと仕事致しましたが、何ですか、この寒さは。半端ではありません。日本の青色した発光ダイオードが使われたシャンゼリゼ通りの美しいイルミネーションをブルブル震えながら観まして、直ぐ特急に飛び乗り、リヨンで第一泊致しました。ところがこちらも寒いったらありゃしません。多分零下何度かだと思われます。今日これからリヨンで多くの仕事をこなしたら、明日は更に寒いチューリッヒに移動です。リヨンより通常はチューリッヒの方が5~6度寒いのですが、どうもリヨンも同じ寒さのようで、改めて分厚い下着でも買おうかと存じております。ぶ格好でも構いませぬ、堪りませんからねぇ。天候はまぁまぁですが、東京や京都の寒さはまだ天国のうちでしょう。こちらはマイナス気温の世界です。済みません、ちょいと早めの仕事がありますから。改めてコメントさせてくださりまし。済みません!では!

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