春の魁・冷酒の心得

           山形・最上産のウルイウルイのマヨ酢味噌和え山形・最上産のウルイ

 

 

                         春の魁(さきがけ)・冷酒の心得

 

 会社の帰りがけ、表参道の紀伊国屋によったら、ウルイが既に出ていた。特別に山菜好きの私は直ぐに購入。自宅にてさっと浅く塩茹でし、酢味噌和えにした。単なる酢味噌では何か味が尖がっていて物足りない。そこで醸造米酢と味噌を同割りにした中に、同じ量(1:1:1)のマヨネーズを入れ、よくかき混ぜて溶かし、柚子皮を擦ってともに入れ、ウルイの上に掛けた。暖房の入っていない部屋の日本酒棚から一本取り出し、ゴクリといっぱい呷(あお)り、それを食す。パァ~~っと春の香りが広がって来て堪らなく幸せで、初物であったから御裾分けして母のご霊前にも。食感はシャキシャキしていて山菜だけにちょっとだけ苦味がある。そこが堪らなくいいのだ。先日お手製で塩気を抑えて作り置きした山口県産・剣先スルメの塩辛がちょうどいい塩梅で、柚子胡椒をかけただけの絹漉し豆腐も、これだけ揃えばあとは万全であり、静かに吟醸酒を飲むだけ。無論冷酒である。

 お酒は大別すると増醸酒(原料は米・米麹・醸造用アルコール・糖類)と普通仕込み酒(米・米麹の2種類だけ)に分けられる。一般的に酒販店に多く出回っているのは増醸酒で、中には三倍も増醸してカサ上げしたものが多く、その中の成分にエタノールが多く含まれ、アセトアルデヒドの悪者に成分が変わる。その成分はなかなか消化されず(一般的には40時間以上消化されないようだ)にいるから、その成分だけが残り翌日頭痛の主な原因となる。若かりし折、日本酒を飲んで以来一切日本酒を毛嫌いされる御仁には案外こうした経験が大きく関わっているようで、不幸の極みであり残念でならない。普通仕込み酒にも醸造用アルコールが使われるが、但し10%未満と限定されており、それを本醸造酒と言う。中吟とか大吟(通常3%未満)などと呼ばれ、醸造用アルコールは敏感で些細な味つけに使用されている。それも一切使わず米と米麹だけで造られたお酒を純米吟醸酒と言い、私の胃袋に入るお酒は殆どがこの純米吟醸酒である。結構大酒した翌日でもカラリとしていい気分で翌日に持ち越したりしない。吟醸酒とは、特に精米率が60%以上と決められていて、気に入ったお酒があると、わざわざ蔵元まで足を運んで精米技術を見学させて戴くことにしている。精米率50%とか喧伝されていても、真ん中で半分に割れるような精米技術なら一切信用しない。米同士が擦れるので熱を帯びてくるから、その熱処理をどうしているか、そして正確に外側から順に精米され、米の芯(中央部分)だけを残し精米された米だけを酒造に廻す蔵元なら、安心して鱈腹飲めると言うものである。更に雑菌を消すために、通常酒壜に火入れをして雑菌処理をするが、寒仕込みの場合やお酒の中に火入れせず、特殊な方法で処理されている蔵元を見つけた時などは嬉しくて小躍りさえしてしまう。中で火入れをしない分だけ、素晴らしい香りとなって仕上がり、普通のお酒の香りとは全く違ういいお酒になっている。少量でも多彩なお酒のアテとその日の健康状態に合わせた分量で気に入った冷酒があれば、それはもう何も言うことはなかろう。

 燗酒の燗(かん)って、最も知られた理由はエタノールを少しでも減らす効果があってのことであり、如何にも真冬にはよさげである。だが言ってみりゃ燗するしかないお酒はカサ上げされた三倍増酒が多いからであり、味に拘り暖簾の重みがある店舗でも、お酒の選別が結構いい加減なお店は如何に多いことだろう。私は自分で歩いて選別したお酒を飲むことに至福の歓びを感じるのである。特に亡き主人に連れられ全国のお祭りを観て歩いた結果、地方の日本酒に、否応なしに数多く出逢う切っ掛けがあった。亡き主人口伝のお酒の選び方があり、香り~咽喉越し~キレ~コクなど四拍子が揃ってあるべきであると言う。いいお酒をどんな季節でも必ず冷酒で、適当な分量だけをサラリと飲む。『硯水亭』の硯水(けんすい)とは、硯に水がゆっくりとしみいるように素敵なお酒を飲みたいものだと言う意味が籠められていて命名させて戴いている。

 更にお酒は好きで飲むわけで、暴力によって痛飲させられたんならいざ知らず、乱れた結果を、お酒の所為にするなんて卑怯であり、以ての外と言わざるを得ない。それはお酒を飲む資格がなく、乱れるまで飲むから悪いのであって、ホロホロ酔うぐらいがちょうどいい頂点であろう。しかも冷酒の場合幾らいいお酒であっても酔いが急激に腰に来る場合があり、体調の所為が殆どだが、酔ったら直ぐ横になれるご自宅で飲まれる方が無難でよろしかろうと想われる。ただ今妊娠中の妻は当然口にしないが、二人で飲むお酒は格別にいい味がする。五拍子も揃うことになり、妻は酔うほどに、ほんのり色香が増して来るように想われるからだろうか。当分それはお預けで、そろそろ先日わら天神さまから戴いて来た岩田帯を戌の日にしなければならず、ひたすら健康な赤ちゃんを心待ちにしている。かく言う私も責任上健康であり続けなければならない。酒は百薬の長であって欲しいと願うものである。本記事をもって、あっと言う間に過ぎ去ろうとしている睦月の最終稿としよう。

 

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春の魁・冷酒の心得 への4件のフィードバック

  1. 道草 より:

    「西陣の機(はた)音たえざる路地奥に錦織りつぐ媼訪ひぬ」(渤海寛子)。雪積らねど底冷えのする京の町。晦日正月に、一人で路地奥で織物をする祖母を訪ねたのもこんな冷たい日でした。今から六十数年昔の町家に暖房とては無く、まるで氷室の様に冷え切った土間で小さな織機がカタコト音を立てていました。私が訪ねて行くのを待ちかねていたかのように、祖母が皸(あかぎれ)の切れた手で火鉢の豆炭を掘り起こし、その有るか無きかの炭火でゆっくりかき餅を焼いてくれたのでした。それが楽しみだった私は、1月の終わりになると決まってその時のことを思い出すのです。「足袋もはかず、あかぎれ足をちぢこまらせていたので、冷感は足裏から骨をつたって頭のてっぺんまでつきぬけた。寒いというよりは痛かった。寺の床が高かったせいかもしれぬ。寝ていると庫裡の縁の下は風音がして地虫も啼かず、ああ、またあしたも雪かと眠りつくまで霜焼け手をこすりあわせている。」(「京の冬」水上 勉)。こんな寒い夜にこそ、一献の冷酒はそれこそ五臓六腑に沁み込むことでありましょう。今宵は東の空に乾杯と盞を干します。
    「日本の酒」   草野心平
     
    大きなエイ型の北の島から。開聞岳の見える海辺の村まで。ニッポン全土に。ニッポンの酒はゆきわたる。舌の上から丸まっておちる。琥珀色の液体の。もやのような芳香と芳醇と。よき哉。讃うべき哉。古事記の人々。その独自な発明の知恵。その陶然と浩然と歌と踊りを。現代の。そして未来の友よ。賞めたたえよ。
     

  2. 文殊 より:

           道草先生
     
     いつも思うことですが、先生の文章にはチカラがあって、実は冷酒をゆっくりと戴きながら読む「冬の実」が大好きなのです。飲酒しながらでは不謹慎になりましょうや。乾坤一擲パワフルな吟醸酒をサラサラ飲みながら、先生がご幼少の頃周山で経験されたことを、時々開き直して読ませて戴いております。何故かと申し上げますと、先生のノスタルジックな郷愁を誘う文章に、馥郁とした芳醇な味がホウホウとあり、日本酒を飲むペースと実によく合うからであります。無論先生がお住まいの京都に特別な関心があるのは事実ですが、色々な原因をすべて削除しても、先生の「冬の実」と対座しながら飲んでいると、何時の間にかこの身が引き締まり、至福の時に到るのです。そこはかとなく流れる無常観でしょうか、あんなに遠き思い出などとは決してなっておりませぬ。つい先日の出来事のように明瞭に明確に書かれてあるから、逆に無常観を感じるのでありましょうか。無常とは時間の経過が直接関連しないで無関係のようにあるからでしょうか。あの日ある時あの真冬の真っ赤な木の実が鮮やかに蘇って来るではありませんか。昔日の思い出は今であり、今が昔日の思い出なのでしょう。全く無常観は詠われておりませんが、神社の境内前に流れる小川のように、底辺にしっかりと存在しているようにさえ思えてならないのです。どうか先生!飲みながら読むのを是非にもお許し戴けませんでしょうか。
     
     西陣でのお祖母さまとの思い出小路も素敵なお話ですね。真冬の京都は手足がジンジン来る寒さの印象しかありませんが、ゆっくり拝観出来ることもあり、私は冬の京都が最も好きなの季節かも知れません。西陣辺りを歩くと、今でも機織の音がして参りますが、相当少なくなっているのでしょうね。西陣の帯の橋本さんには懇意にさせて戴いておりますから、あの狭い道や一軒一軒には数々のドラマが数代にわたってあったことでしょう。一本一本の織や京鹿の子の一つ一つの絞りはあの近辺の家々で創られたものでしょう。絞りは一つで六度括りと九度括りがあるようで、色移りがしないのはやはり九度括りのようですが、その労苦たるや、なかなか金銭では説明が行かないのでしょう。あの身幅が僅か3寸しか残らないのですから驚異的な絞り方ですね。今日もおいで戴き、心から感謝申し上げます!
     
     先生のいらっしゃる西の方角に向けて、私も乾杯と盞を干しさせて戴きます。先生のご健康に乾杯!!
     

  3. ただ今カフェで読書中 より:

    こんばんは。ウルイとは聞き始めなのですが、なんとも清々しくおいしそうな色と姿ですね。
    酢味噌のレシピも早速盗ませていただきます(笑)
    ところで、ウルイが入っている黒い器がいい雰囲気ですね。漆の器ですか?
     
    硯水亭さまのお名前の由来も初めて知りました。そのような意味があったのですね。
    週末、硯に水がゆっくりとしみいるように素敵なお酒のひとときを!

  4. 文殊 より:

           Hayakawaさま
     
     酢味噌だけですと、材料によっては少々尖ってしまいます。ですから時々少し邪道ではありますが、マヨネーズを同割にして入れてしまうんです。するとどうでしょう、味は円やかになり、本当に美味しいものになるんですよ。例えば春菊の御浸しなども臭みがあるから、胡麻和えに致しますね。場合によってはし味噌に。酢味噌は山菜などにはぴったりです。牛や豚などと一緒に炒めたりするお料理には結構使えるんですよ。割と汎用性があるんです。意外に外人さんも食べてくれるから可笑しいのです。
     
     今日は雪の長谷寺に行って参りました。そこから近鉄でぐるりと廻って津へ。北畠神社に行って可愛いお守りを戴いて参りました。これから名古屋経由で帰る予定です。妻は朝、お義母さまより岩田帯を締めて貰ってから、元気よく学校へ行きました。博士号前期の論文を提出したばかりですが、集中講義があるとかで。案ずるより生むが易しなんでしょうか。本当に元気いっぱいで嬉しい限りでした。
     
     これは漆器ではなく、益子焼きの陶器です。色映りがいいのでどうかなと思って使った次第でした。ウルイは初期の山菜ですが、シオデは山菜の女王様で大変美味しいです。苦味は堪らない美味しさですね。僕の山菜料理は以前谷崎潤一郎の愛妾だった方のお嬢様から直接色々と伝授して戴きました。谷崎は山菜料理のアテが大好きだったとか。その方も新橋の芸者さんですが、とてもいい方で、東京・新橋にも都おどりのような発表会があるんですよ。演舞場に偶にお誘いを受けて見に行きます。今夜は早く東京に着きますでしょうから、短時間で何かさっさとアテを創って、今夜はめでたい日ですから富山の『米の芯』(銀盤酒造)でも飲みましょう。ホロホロで留めて!気付かずにコメントが遅くなりましたことをお詫び申し上げます。今日も有難う御座いました!

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