清浄なるかな雪の長谷寺

 

 長谷寺長谷寺長谷寺

 

 

                                   清浄なるかな雪の長谷寺

 

 妻を学校に見送った後、土門拳の写真「雪の室生寺」を思い出していた。堪らず近鉄特急に乗り込んで室生口まで。朝ゆっくりだった所為か、時既に室生に行くには遅く、タクシーすらなかった。辺りは一面銀世界。そこで近鉄でちょっとバックして長谷寺へ。長い雪道の参道を歩く。ここに来るのは殆どが室生寺の石楠花と合わせて五月の連休頃。この時季には殆ど来たことがなかった.。一年を通じて花の御寺で、特に室生寺の石楠花の頃、ここでは牡丹の花が数千株も満開となる。爛漫と咲く櫻の時季も見逃せない。両寺どちらも真言宗の御寺で、特に長谷寺は豊山派の総本山である。草鞋を立て掛けた山門をくぐると直ぐ屋根のついた回廊のような長い石の階段(登廊と言われる)が続く。昇り切った場所にこの御寺の守護神・蔵王堂が。漸く頂点に昇って本堂の中に入ると、ここは清新なる浄土。弱い光の中で、中央には国内最大の木造佛である十一面観音菩薩さまが威風堂々としていらっしゃる。見上げながら、妻や子の健康をひたすら願う。本堂から大舞台に出ると、「大悲閣」の鮮やかな金文字が。右手には雪を被った五重塔が鮮やかに立つ。大舞台から見る下界はうっすらと雪、そして又雪。降り止んでいたが、人っこ一人いないしんしんと染み入る本堂の中で、真上の燈籠の明かりを頼りに、薄い本を読む。

 

長谷寺

 

  柳澤桂子さんの『いのちの日記』である。副題は「神の前に、神とともに、神なしで生きる」とある。現在66歳である彼女は若い時にはDNA研究で世界的に活躍されていた。不幸にも31歳の時原因不明の病気に罹って、以来36年間も病と闘っている。排卵の時に決まって発作が起き、吐き気や眩暈や歩行や呼吸困難にさえなって極端に苦しんだという。医師にも家族にも気持ちの問題だと言われ、ご本人は死ぬほどにどんなに辛く苦しかっただろうか。次第に切迫して来る死への観念。それが短い文章ながら細やかに描写され日記形式の本になっていた。本堂内で一気に読了す。柳澤さんに欠かせぬことはブッダとの出逢い。名著『生きて死ぬ智慧』を書いて大評判となる。然もこの本は、ヒマラヤの青い花を見つけに行った大好きなお婆ちゃん画家(本人は当然万年乙女)の掘文子さんが絵を担当し提供されて作られている。六万巻もある大般若経がダイジェスト版の般若心経でたったの262文字に。不可思議にも見事に、教えのエキスが凝縮された般若心経を、柳澤さんが命懸けで翻訳している。然も科学者らしく凄く分かり易い表現がずらりと。近年類稀な名著で、般若心経を優しく解き明かしてくれているが、何せボンクラの私にはその優しい注釈さえ実感として読むのは困難であったのだが、こうして御寺の静謐の中でひっそりと読むと、彼女のひと言ひと言が途端に重みが増して目の前に実感を喚起させてくれるようだ。時、居士林道場か、梅芯院か、歓喜院辺りからだろうか、修二会(しゅにえ)の最中であろう、若さに満ちた修行僧たちの声明(しょうみょう)の音が凛として聞こえていた。柳澤さんの本は至極簡単な短い訳なので、ここで皆様のために表記したいのは山々だが、出版社や著者に重大な過失になるだろうと思え、BLOGに書くのはさし控えることにする。小学館から1200円で発行されている『生きて死ぬ智慧』や『いのちの日記』を是非お薦め申し上げたい。先日NHKハイビジョンでも放送されたようだ。

 

 長谷寺長谷寺長谷寺

 

  あっという間に閉門の時間がやって来る。雪囲いの中に寒牡丹の花々があったが、如何にも寒そうで美しい。遅い時間に山門を出る。三輪素麺などのお土産屋さんが居並ぶ参道。長谷はその昔初瀬とも、豊初瀬(とよはつせ)、泊瀬(はつせ)など美しい名でよばれていた。初瀬寺、泊瀬寺、豊山寺とも呼ばれていたからだろうか。泊瀬の花羊羹として美味しそうな羊羹が売られていた。春繚乱と咲く花を思いて花羊羹を購入す。お名残惜しい雪の長谷寺。柳澤さんといい、長谷寺といい、帰りの新幹線の中までずっと後ろ髪が引かれる思いがし興奮が残っていた。いい立春を過ごしたものである。

 

初瀬の花羊羹長谷寺の寒牡丹長谷寺の寒牡丹

               http://www.hasedera.or.jp/  長谷寺公式ホームページ

 

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清浄なるかな雪の長谷寺 への2件のフィードバック

  1. 道草 より:

    長谷寺といえば、「うかりける人を初瀬の山おろしはげしかれとは祈らぬものを」(源俊頼朝臣)。雪深き今の季節に訪れる人はさぞ少ないことと思います。奥様との暖かくも和やかな逢瀬の後で、身を律する寒冷の深山へ。まさに硯水亭Ⅱさんの寒垢離なのでしょう。「後一条院の御代信近(のぶちか)蛇眼瘡(じやがんさう)を病みて医療百計手を尽せども本腹なく、元来(もとより)業病なるがゆゑ神仏を祈るの外なしと、この長谷寺の観音を一信に念じければ、御寺の方より烏飛来りて瘡のうちより少き蛇を喰出すと夢見けるが、忽ち苦痛をわすれ程なく愈たるものから、大悲の利益を報ぜんと長途の回廊を建立せり。……住吉物語にも、長谷寺の観音は恋路を祈るに能叶(よくかな)へ玉ふともあり。已に謡にも、足曳の大和路や大唐(もろこし)までも聞ゆなる初瀬寺に詣つゝと綴りたるも宜(むべ)なるかな。古今の 験(れいげん)挙(あぐ)るにいとまなしたゞ頼め信ずべし。(西国第八番豊山長谷寺)。その業や善しと、お二人、いえご三人への霊験も新たかな寒行であったことと思います。そこに於いてまた、「生きて死ぬ智慧」を心読されたとの由。柳澤桂子の評判のこの一冊を、私は不謹慎にも去る日に立ち読みしてしまいました。「空」即ち「無」、という概念を理解するのは難しいと思いますが、「あるがままに、無理をしないで生きよ、死もそのまま受け入れよ」、と解釈すればいいのでしょうか。長谷寺の寒牡丹は未だ雪の中。いつか、花欄満の頃に、お三人で長谷の絢爛たる牡丹を愛でられる日の来ることでしょう。「わが胸は妻を蔵せり寒牡丹」森澄雄。

  2. 文殊 より:

           道草先生
     
     今回も素晴らしいコメントを有難う御座います。数億年前恐竜が跋扈していた時代、突然巨大な隕石が落ちて来て、地球は大火災になり壊滅的な打撃を受けました。生物の95%は死に絶えたと言われています。後期白亜紀にあたるのでしょうか。その生存した僅かな5%の中に人類の祖先は生き延びました。このこと事態全くあり得ないことでありますが、更に人間は進化を遂げ、今や人間は我が物顔で恐竜になり代わって、何様のつもりで地球を跋扈しています。柳澤さんは科学者ですから、科学者、特にナノの世界の超微粒の世界を研究されていらっしゃいます。その所為でしょう、般若心経の無の語句も空の理論もすべてが超科学的だと先ず立証してみせるのです。無も空も存在しているかしていないかの問題ではなく、すべてが一元化されていて、すべてが粒子がから出来ているというのです。粒子から出て粒子に帰るだけだとも。ちょっとしたDNAのねじれや量などによって、樹になったり、動物になったり、人間になったりするだけなのだと言われるのです。従って死もない生もない、あるのはそこに均一な粒子の世界だけであると。釈尊は逸早くそれに気付かれた唯一の方で、この般若心経は超科学的な経文だと言うのでした。ですから彼女が説くこれらの背景の説を理解していないと、至極平明な文章ながら、超難解な文章になってしまうのです。死は改まったことではない、生も又特別なことではない、生きながら死に、死んでいながら生きるとでも言うのでしょうか。非常に哲学的ですが、今般長谷寺で体験させて戴いたのは何となくよく分かったような気になりました。要するに我欲を捨てよという教えでありましょうか。すると何も出来なくなってしまうようですが、本当に悟りを開いた人は寧ろ釈迦の空の理論を積極的に実践して行けるのだというのでした。いずれにしましても確かにこうして道草先生との出逢いも、あり得ないような偶然のなせるわざなのでしょうが、或いは逢うべきして逢ったのかも知れません。決められたDNAの配分(運命、宿命)によって人の生涯は決められているのでしょうか。
     
     雪の長谷寺は特別素敵でした。春繚乱と櫻咲く時季に、子供を肩車して歩き花を観て、南無観世音と唱え申し上げれば、我ら一家は大満足となるに違いありません。長谷寺には入り口付近に豪華な枝垂れ櫻が多いんですよ。石楠花も早咲きですし、今は寒牡丹の花がそよそよと咲いていましたが。母子の健康をひたすら祈り奉ったひと時でした。十一面観音菩薩さまは頭上高くいらっしゃって、大きな懐を見せて、杓杖を片手に安心しなさい、弥陀にすべてを任せなさいと言われたようで、漸く私自身が落ち着けたのでした。祈りは我が為にあらず、なるべく万物とともに安らけくと!今日も感動的なコメントを心から感謝申し上げます。有難う御座いました!

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