春だから

 

淡雪のあとの椿

                                             春の淡雪に落とされたピンクの侘助

 

 

                         春だから

 

 母が存命中からお付き合いをさせて戴いている65歳になる或るお婆ちゃんから、嬉しい葉書が届いた。母親のような存在で、お婆ちゃんという表現は適切ではないけれど、30年以上も『絵本の会』を主宰なさっていて、多くの主婦を集めては絵本創りの楽しさを教えている方だ。その会から実際に何冊も公に出版されているが、母が私に遺してくれた遺産とも言える大切な方で、大好きな方である。いつも友人時代だった母に書くような文体で私に戴けるので、どんなに楽しみにしていることだろうか。今度お逢いするのが楽しみでならない。一枚の葉書には以下のことが書かれてある。

 

          春だから

 

     春だから

     新色の口紅と エビスのGパン買いました

     そうそう ババシャツとは

     もう おさらばです

     春なのに わたしのまわりには

     心や 身体に

      悲しみや痛みを抱えている人がたくさんいます。

     どうか 今日だけでも明るく元気にしてほしいです

     明日は また明日 考えればいいのです。

 

     さくら(注 ご愛犬の名)との散歩の折

     日だまりの枯葉にそそぐ陽ざしを感じていたら

     あなたに会いたくなって

     こうしておたよりを書いています。

     ―――――春だから

                       2008年 立春

    (先日はおたより ありがとうございました。どんなにうれしかったか 知れません)

 

 今日七日は旧正月の春節で、中国では大賑わいであるだろう。出雲大社福神祭や岩手県水沢市で蘇民祭や大分県国東町では岩戸寺の修正鬼会などが行われている頃だろう。同時に北方領土の日でもある。こんな寒く厳しい折、このような春めいたお便りを戴くのは嬉しくて堪らず、大きな歓びに満ちている。思えば多くの年齢を重ねた女性の方々の美しさが目立つ。小倉遊亀・吉行あぐり・中里恒子・網野菊・宇野千代・森茉莉・武田百合子・城夏子・辰巳芳子・三岸節子・柳澤桂子・堀文子・瀬戸内寂聴とまだまだ大勢いらっしゃる。鬼籍に入られた方も現在ご活躍中の方も、ざっとあげただけで錚々たるメンバーばかりだが、人知れぬ市井にも数多くの素敵なお婆ちゃんが如何に多いことだろうか。思えば戦前・戦中・戦後と辛酸を嘗め尽くし生き抜いて来られ、辛抱強く明るくひたむきに生きて来られた方々ばかりだ。直ぐ弱音を吐くオトコどもと違って戦後の復興を下支えし、創り上げて来られたのは実は彼女たちが中心だったのではあるまいか。上記葉書をくれた方はまだまだお若い方だが、戦中にお生まれになられ多くの困難と辛酸を味わって来られた。美人であったとかブスであったとか、若い時の容姿にまるで関係がなく、時代とともに磨かれ知性も教養も自然に実体として備わり、皆さんがそれぞれに美しいから何て素晴らしいことだろうか。 年を取るって楽しみなことかも知れない。そうそう、大好きなターシャ・テューダーさんも書き忘れてはならない。

 私が大好きなBLOG,Hayakawaさんの「カフェと本なしでは一日も生きられない」(http://blog.livedoor.jp/kyoto_cafe/)では、今回の彼女の記事「年を重ねて美しくなる」から、ちょうど本記事に多大な触発を受け影響を及ぼされた。私が茶飲み器に使っているのは志野であるが、永年使い古すと肌合いというか色合いというか馴染みというか、新品より遥かに見栄えもよくなって来るに決まっている。そんなことをHayakawaさんが実直に書かれておられた。仰られる通りで、いつもながら彼女の文章には感心し納得して読ませて戴いている。

 亡き主人のご自宅には三人のお婆ちゃんお手伝いさんがいたが、去年の暮れ最高齢のお手伝いさんが蜘蛛膜下出血で突然亡くなられた。主人のお祖父さんの時代からのご奉公で、お爺さんの影響でお手伝いさんでも教養を身につけなさいと強く言われ、芸事や色んな習い事をお爺さんの費用で精一杯されたようである。中でもお爺さんが大好きだった独文学に永く親しんだようで、晩年翻訳などお手の物でスラスラ出来た状態であった。身寄りのない彼女は二十歳で離婚後、直ぐに縁あって主家のお手伝いさんとなり、子供二人を抱えて頑張って来られた。従ってざっと68年間親子三代にわたって勤め上げたことになる。主人の亡き父親が近くにマンションを贈与し買い与え、現在曾孫が14人もいる。普段無口な人で、花を愛し、特に亡き主人を格別に可愛がった。若くしてご両親を亡くされた主人はいつも何かにつけ「貴女に褒められたくて」と言うのが口癖であった。一度主人は定年退職のことを切り出したが、死ぬまでご奉公させて戴きたいと懇願され、二度とそれを切り出すことはなかった。亡き主人は彼女の物静かな姿勢と的を得た仕事ぶりと、何よりも素敵な笑顔が大好きであった。主人も私も早く母を亡くした所為か、二人ともどうやらマザコンらしく、そんな僕たちを優しく包んでくれた。然し過酷なものである。現役続行を決めて間もない頃、主人はあの若さで未婚のまま先に逝ってしまうとは。その時ばかりは彼女の哀しみようったら見ていられなかった。でもその後いつもの通り楚々として過ごされ、笑顔が戻ったかに見えた。可愛い素敵なお婆ちゃんで、今頃お二人はあの世で逢えているだろうか。

 

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春だから への7件のフィードバック

  1. 道草 より:

     京都でも、今年の雪は所によってかなり偏りがあるようです。美山町では30センチは十分ある積雪で、今年で4回目を迎えた「かやぶき雪灯廊」も盛況だったようです。峠一つ手前のお隣の京北町は、その峠に近い所は同じ程度に積もっていても、周山辺りでは屋根や山蔭を残して直ぐに溶けてしまう、と同級生が電話で言っておりました。今年の雪はやや水っぽいとのことです。それでも、広河原スキー場(鞍馬奥)では85センチと、昨年よりずっと多い積雪ではあります。我が家の周辺ではその気配も無く、今日も一日小春日和でした。どうやら雪女に敬遠されているようです。 今日の記事のお婆さん(私よりお若いですが)は、とても素敵な方ですネ。ご存知の画家の秋野不矩さんは50代からインドのに興味を持たれて、93歳で亡くなる直前まで現役でした。その息子(次男坊主)とは以前の会社の同僚でした。私より5~6歳下でしたが部門(企画宣伝部)が同じで、昼休みによく将棋を指したものです。彼が早期に退職してからは没交渉ですが、美山町で陶器を作っているはずです。謂わば不肖の息子でしょうが、温厚な男でした。話は横道へ逸れましたが、硯水亭Ⅱさんのお知り合いを初め、世の中には素敵なお婆さんが実に多いようです。それに比べて、爺はもっと頑張らなくては・・・。
     
    「真の人生」   坂村真民
     
    靴屋さんなら、人が喜んでいつまでも履いてくれる靴をつくる。食べねの屋さんならば、人に喜んで楽しく食べてもらえるものを作る。そういう生き方で生きてゆく、それが真の人生というものではなかろうか。
     
     この通りなのでしょうけど、ならば自分に何があるのかとなれば甚だ心細い限りではあります。しかしまあ、めし食って酒飲んで、但し、他人には余り迷惑を掛けないことも、一つの生き方なのかと・・・。

  2. 道草 より:

    食べねの屋→食べもの屋  です。ご訂正ください。

  3. 文殊 より:

            道草先生
     
     京都はやはりそうですか。市内中央も同じようです。雪の京都は本当に素敵ですが、先生にとりましては残念と言わざるを得ませんね。こちら都心では降ってもなかなか積もりません。お陰様で緊急事態発令もしなくてよさそうですが、東京の場合まだまだこれからです。決して安心は出来ません。四月になってから降られたこともありましたから。そこに月が出たら、文字通りの雪月花になるのでしょう。一度会津にて、文字通りの雪月花を体験したことが御座います。観音寺という場所ででしたが、シンシンと冷え込む雪の中で、月明かりに照らされた櫻は見事の一語に尽きました。忘れられぬ一夜です。京都での雪女は今か今かと先生のいらっしゃるところ辺りで待機されているのでしょう。きっと降り注ぎます。
     
     そうでしたか、秋野不矩さんは花鳥風月を極端に嫌った方でしたね。そうそうインドへの旅で大きなお仕事をされました。裸足で上がらなければならない浜松市にある秋野不矩美術館に行ったことがあります。6人の子供を育てあげた肝っ玉母さんでしたね。50歳の時26年間連れ添った夫と離婚し、インド美術の他の先生から日本画でインドに行く人はいないかとのお誘いがあって、直ぐ着いて行ったのですが、タゴールの開いた学校で絵を一年間教えることになり、それが切っ掛けで画家でもないタゴールの絵に魅せられ、トコトン影響を受けられたようです。「私がインドで死んだら探さないで頂戴!それが本望だから」と。その後何度かインドに行かれたようですが、本当に画家として素晴らしいモチーフを発見され、ご本人は至極幸福だったと思われてなりません。あの美術館も泥と木と石で出来た虚飾のさっぱりない立派な建築ですもの。「オリッサの寺院」と言う巨大な作品の前で、どこにこれだけのエネルギーが隠されていたのかと圧倒され呆然と観ていたことを思い出します。素敵なお婆ちゃんでしたね。
     
     でも先生!男性だって負けていないかも。先生が書いて下さった僕も大好きな坂村眞民先生もいらっしゃるし、平櫛田中もいるし、決して負けてなんかいないと思っています。但しどうなんでしょうか、生きるということに関して、しつこさに掛けては負けるのでしょうか。男性は案外さっぱりしているのかも。いつか先生を書かせて戴きますが、人生はこれからです。偉そうに申し上げて済みませんが、間違いなく人生は死をも含めて人生だと思われてなりません。先生のお書きになられる文章は若々しく冴え渡っておりますから、たくさんお酒を飲んで大いに楽しんで生きて参りましょう。僕もついて行きます!
     

  4. (Kazane) より:

    硯水亭さん、こんばんは。何だかこの手紙、感激してしまいました♪このようなやりとりを出来る方がいらっしゃるなんて、幸せですね。 最近友人とのやりとりも、メールが中心になってしまって…。手紙の温かさに触れる機会がすっかり減ってしまいました。亡父は、国語の先生だったこともあってか、何かの折に、よく手紙を添えてくれたものです。 たまには、手紙を書こう…、そんな気持ちにさせていただきました。ありがとうございます☆ 

  5. 文殊 より:

            風音さま
     
     有難う御座います。実はネットより実際の手紙のやり取りが好きなんです。僕の妻とも殆どが手紙のやり取りでした。段ボールひと箱にものぼっているでしょうか。二人とも携帯電話を持っていないので、手紙のやり取りしかなかったのです。不思議なことなんですが、メールで幾らやり取りしても案外印象に残らないのです。僕が可笑しいのでしょうか。ところが段ボールひと箱分もあっても、あの日あの時が実に印象的に残ります。生きた字にはもろに人柄も感じることが一因でしょうか。出来るだけ大切な方々とは実際の封書もしくは手紙でのやり取りが今後とも続くでしょうか。
     
     この方の文章はいつも僕の母親を感じさせてくれます。だって僕を一人前として、或いは友人であった僕の母親として、未だにこのような手紙のやり取りなんですよ。だから母から便りを貰ったような感覚なんです。いつも感謝して戴いております。僕の字は決して綺麗な字ではないですが、書き慣れた字ではあります。心を籠めて、字を書き、そうしてポストに投函します。妻との時は毎度ドキドキ感が堪らなく嬉しかったですね。無論急用だったり、仕事オンリーの話だったりした場合はメールを使いますが、未だにお付き合いをしている時のままです。
     
     お父上さまは国語の先生だったんですか。道理で風音さんには言外のセンスがおありだと思っていました。こんな風にして亡きお父上さまを思い出すのも供養の一つになるでしょうね。あの世に逝かれましても決して娘のことは忘れていらっしゃらないと思います。今は手紙を書くことも出来ないでしょうけれど、大切なお仲間やご友人さまにはお手紙や封書をお薦めしたいですね。僕もこうして戴くと嬉しくて、本人に承諾なしで出させて戴きました。実際に書くと、字も忘れないものです。是非どうぞお試し下さりませね!今日も有難う御座いました!
     

  6. ただ今カフェで読書中 より:

    硯水亭樣
     
    こんにちは。
    日々、バタバタと暮しておりまして、なかなか日々こまめに伺わせていただけないのですが、あのようにお書きくださって本当にありがとうございます。
    すてきなお手紙ですね。「あなたに会いたくなって」と思い、そうして手紙を書く──その方も、そうしてその相手である硯水亭さまも、どちらもがすてきな方、と感じさせていただきました。
    ものとのつきあいも、人とのつきあいも、ゆるやかに仕上げてゆきたいものだと改めて思いました。
    どうもありがとうございました。
     

  7. 文殊 より:

            Hayakawaさま
     
     いえいえ、どうぞ御気になさらないで下さりませ!寧ろこちらが勝手に書かせて戴き恐縮しています。
    こちらこそいつもお世話になっておりまして、本当に有難う御座います。連日素敵な記事で、心ときめいて読ませて
    戴いております。普段なら通り過ごしてしまうような小さな部分にまで眼が行き届いて、本当に感心致します。
     
     >ものとのつきあいも、人とのつきあいも、ゆるやかに仕上げてゆきたいものだと改めて思いました。
     
    まさしくそうですね。大いに得心させて戴きました。手紙はいいですね。今回のお葉書は本人にお断りなしで
    出させて戴きました。母を思うように、そんな永いお付き合いですから、いつもご供養を戴いたと思っているんですよ。
    それでも男性の私にも有り体にお話くださるから、それがとっても嬉しいのです。ババシャツなんて表現も面白いですね。
    何故って聞いてもいないのにと思うのですが、彼女はさすがに母の友人をずっと通してくれていますから、嬉しいのです。
    いつもお忙しい中を本当に有難う御座いました!ペコリ!!
     

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