終わりて後の始まり

            法華津寛法華津寛(時事通信社

  馬上の法華津選手(左写真の著作権アフロスポーツ 右著作権は時事通信社)

 

 

 

              終わりて後の始まり

                 ――法華津寛の場合――

 

 北京オリンピックに、日本人で最年長の選手が出場することになった。11日協会からの正式通知を受け、奥様がドイツにいるご主人のもとにファックスで知らせたという。馬場馬術団体戦(団体4人で、氷上のフィギアスケートのような競技)に出場する法華津寛(ほけつ ひろし)選手(66歳)のことである。正選手であっても、ホケツとはこれ如何にという冗談も出て来るというものであろうか。

 普段はアバロン・ヒルサイドファームに所属していたが、60歳を過ぎてからドイツ・アーヘンに乗馬留学し、今まで単身で五年間頑張って来られた。永年勤めあげた医療機器メーカー・㈱カイノス(ジョンソン&ジョンソン傘下の会社)の社長であった法華津さんは、東京オリンピックの時23歳で馬術の跳馬競技に出場し40位に終わっていた。慶應義塾大学を卒業して間もない頃であった。その後諦め切れず、ずっと馬術を続けた。韓国で開かれたオリンピックの時も出場チャンスはあったが、肝心の馬が検疫で引っ掛かって残念ながら出場を果たせなかった。そもそも中学1年生からの乗馬歴だったから、今年で既に54年のキャリアである。ここまで来れたのは彼の執念であろうか。好きなことを退職後も一層徹底してやりたい一念であったからだろうか。

 南フランスのレザークシュルアグジョンで、馬場馬術団体戦の予選会が行われたが、法華津さんは五輪出場資格確定の平均点64点を上回った。4人全員でその平均点を上回り、晴れの出場に漕ぎ着けたのだった。写真は2葉とも法華津さんの愛馬Whisper 115号(ウイスパー号 牝馬11歳)に跨る法華津さんの勇士である。東京のご自宅にいらっしゃる奥様・元子さん(60歳)のインタビューが素敵だった。「あれだけ精一杯お仕事をやって来たのだから、当然好きなことをする資格があるわ」と明るく屈託がない。お嬢様の薫さん(33歳)は「父は日曜でもいたことがない、遊んで貰った記憶がないもの」とこれも又カラリとしていらっしゃった。逆に言えば法華津さん自身、普段から大の家族思いだったような気がする。何と言う大らかで勇気を戴けるお話であろうか。法華津さんは来月の3月28日生まれだから、今夏の北京五輪では67歳で出場となる。日本男児もなかなかどうして捨てたもんじゃない!

 老いて後に美しくなるのはどうやら女性だけではないように想われて仕方がない。高村光太郎が妻智恵子の養生先である九十九里の大網白里町(現在)に、毎週果物や薬を届けたが、その前後に「あなたはだんだんきれいになる」という詩を書いている。「をんなが付属品をだんだん棄てると どうしてこんなにきれいになるのか。年で洗はれたあなたのからだは 無辺際を飛ぶ天の金属。見えも外聞もてんで歯のたたない 中身ばかりの清冽な生きものが 生きて動いてさつさつと意欲する。をんながをんなを取りもどすのは かうした世紀の修行によるのか。あなたが黙って立つてゐると まこと神の造りしものだ。時時内心おどろくほど あなたはだんだんきれいになる」と、若い時の歯茶目茶な美では本当の美ではないのだろう。虚飾に満ちたお飾りを綺麗さっぱり捨て去って付属品を捨てた時、実態だけの人間になり、智恵子のように半ば発狂していても、或いは単に年を重ねた方でも、男女を問わず実像がきりっと凛とし美しくなるのだと想う。法華津さんの馬上の姿は全く年齢を感じさせないばかりか、凛としたものがあり、何とも美しい。ご本人は「昭和十年代生まれはそんなに軟弱ではない」と笑っておられたが、競技とはいえ精一杯頑張って貰いたいものである。多くの年を重ねた方々へ素敵で大きなメッセージとなるであろう。

 今日12日は伏見稲荷大社の初午である。昨日の紀元節は神武天皇の即位をもって建国としているが、あやふやな諸説があり政治的な思惑を秘めた祭日であって興味はない。だがお稲荷さんは神社の中で最も数が多い神社で、何と渡来人がご神体となっている。日本人に最も慕われ、逆に畏れられてもいる。アメリカ一国への追随となるのか、先ずアジアの一員としてアジアの国々と仲良くするのか、現在でもその命題は中国の孫文やインドのボースが発した提言のまんまで、戦後何も進んでいないのであり、お稲荷さんの存在がそんなことをふと想い出させてくれる今日の初午である。昨夕妻は京都へ帰った。本日は大雨なれど、これからでも近くの小さな稲荷社に詣でたいものである。但し油揚げをあげ競輪・競馬にあたるように願うご利益信仰だけは断じてしたくないが、今日の初午の日に法華津さんの記事を書かせて戴いて、本当に光栄に想う。 

 

広告
カテゴリー: メモリー パーマリンク

終わりて後の始まり への2件のフィードバック

  1. 道草 より:

    連休の初日に積もった雪は、その続きの2日間のまるで春を思わす暖かい日にすっかり溶けて消えてしまいました。今朝の初午の日は朝から小雨模様。それでも夕刻から気温が急激に下がり、もしかしてこの分なら今夜当たりはまた雪になるかも、との期待を抱かせてくれております。「稲荷に思ひ起こして詣でたるに、中の御社の程に、わりなう苦しきを念じて登るに、聊か苦しげもなく、後れて來と見えたる者どもの、唯いきに先にたちて詣づる、いと目出度し。二月(きさらぎ)午の日の曉に急ぎしかど、坂のなからばかり歩みしかば、巳の時ばかりになりけり。」(枕草子)。この時代から、今日のお参りは賑わっていたようです。本日の小雨は、さてどうでしようか。今回のオリンピック馬術選手法華氏には、まさに驚嘆です。私と大差のない年齢。漫然と生きる私は、ただ恥じ入るのみです。片や下記の詩人も、晩年になるにつれいっそう美しく輝いて生きた人でしよう。
     
    「命がけ」  坂村真民
     
    命がけということばはめったに使っても言ってもいけないけれど究極は命がけでやったものだけが残っていくだろう

  2. 文殊 より:

            道草先生
     
     東京での連休は雪なしの寒い日でありました。でもお陰様で、義母と妻と三人、正確には四人ですが、ぬくぬくした連休を過ごさせて戴きました。妻は学会がありましたので、その時間だけはいなかったのですが、実家にも皆で行きましたし、やはりどこかあったかかったのでしょう。妻が寝ている間に作った若狭粥は特別にちゃんと作れたようです。餡は思い切って一番出しのカツヲ出しにして見ました。安曇野産の山葵を擦って少々入れました。おかずは前の晩からつけておいた干した棒鱈で、里芋(本来は海老芋)を使って芋棒を作ってみました。それと熟し柿やスルメや日高昆布などを入れたを入れた白菜の一夜漬けです。義母にも大変好評でしたので、いい気になってしまいました。得意(したり)顔って言うのでしょうか。いつもは独りですから、この時とばかり頑張りました。本当に楽しかったです。妻と義母はそうすると京都の雪が溶けた頃に帰ったのですね。
     
     今日の初午は天候が残念でしたね。東寺建築の折、東寺担当の者が勝手に伏見稲荷大社の森から樹を切り出して来て、無断で使用し問題になったとか。そこで空海が伏見社にお伺いし、丁寧な謝罪をされたようです。東寺には稲荷神社が守護されていますし、その所為か真言密教の多くの御寺には伏見稲荷社が守護されて、御寺の境内には殆ど鎮座されて御座います。成田山にも大きなお稲荷さんが鎮座して御座います。大変な権勢を誇ったようですね。枕草子にある通り凄い騒ぎだったことでしょう。多くの人々の信心が篤く、ご利益があると伝え聞こえたらしく関東の我々にまで聞こえて参ります。たくさんのお稲荷さんがあり、自宅境内のお稲荷さんをも数えたら、日本一の数になるでしょうか。凄いものですが、逆に言えば祟りが怖かったとも言えようかと存じます。先生のご自宅からは直ぐなのでありましょうか。
     
     この法華津さんは素晴らしい方ですね。でもスポーツです。文芸は文芸で又別個のものであります。先生の感性はもろに出る思想信条を極端に抑え、実直で平明な文章で魅力たっぷりです。多くの書籍をご存知のことも驚愕に値致します。先生の創作も益々感性が磨かれ、さぁこれからがやりたいことだらけだという覚悟を感じます。ご謙遜なさらずに、どうか今後とも私たちをお導き下さるよう、心から御願い申し上げます。今夜もおいで戴き有難う御座いました!
     

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中