花寄せ・春山入り

 

       辛夷南蔵王の水引入道フキノトウ

 

 

 

                     花寄せ・春山入り

 

 

 雛祭りは三月二日の宵から行われる。宵の節句から始まり、四日の送り節句で終わるのが一般的であり、五日には雛段は片付けられ、雛人形は来年のために箱の中に収納されてしまう。然し中国・九州地方では、四日の日を「花の四日」と言って山へ行って草花を摘む習慣があり、五日を「花寄せ」(はなよせ=利休忌に行う廻し花ではなく、単純に野の花を集めて遊ぶこと)の日にして山遊びするというものである。つまり五日になっても楽しかった雛祭りの余韻のただ中にあり、山遊びに興じる習慣が残されていて、近所の親しんだ小さな山に登って花摘みをする習慣があるということである。身をもって春が来た実感を体験するという反面、これから本格的に農事につく心づもりが含まれている。以前の東京都下では雛市が開かれたり、だるま市が開かれたり大安売りをする習慣があったが、これも華やかなれど、どことなく物哀しい雛祭りの後を引く何かが人々の心に宿っているからであったためであろう。

 さて遠目から観て、残雪かと見まがうばかりの辛夷(こぶし)の花が一斉に咲く頃になると、冬中に山の中にいらっしゃった山ノ神さまをお迎えする為に、御山に入らなければならない。辛夷はサクラとも呼ばれていた時代もあったぐらいであり、花のつき具合で農作物の吉凶を占えた(多い年は吉)。辛夷の花が咲く頃を見計らったかのように、愈々農事が始まるのである。山ノ神をお迎えし、今度は田ノ神さまになって戴いて五穀豊穣を祈らなければならない。その為に村落のご一同が挙って山にわけ入り、手弁当やお酒などを持ち寄って、ミニお祭りのような山遊びを兼ねた。これが「春山入り」(はるやまいり=春山参りとも春山詣とも)と言われ、一面では雛祭りの花寄せと共通した考え方ではなかったのだろうか。(逆に秋には田ノ神さまから山ノ神さまに返してやらなければならない=いい例は鹿児島のタノカンサーの行事である。又四国山中の平家落人部落ののように、トシ神であるお正月さまのお飾りを直接そのまま田や畑に植える例もあるが・・・・。)

 雛祭りの本来は穢(け)をつけた人形(ひとがた)を流すご神事であった。流してしまうとどことなく淋しさが残るのを、野遊びや山遊びをし華やかに花寄せをして遊ぶ習慣をもって一つの区切りをつけた。それが新たな農事が始まる区切りでもあり、山ノ神さまをお迎えに行くご神事と相似ている。時季も殆ど同じであり、雛祭りの残照がこうした歳時記を呼んだとも考えられる。まだ雪国では春どころではない。降雪の日々が続く。四月中旬までの登山装備は冬山用であるべきだ。但し本日は啓蟄(けいつち)につき、地下の虫たちも蠢く時季に入っているのであり、雪菜(ゆきな)やラッキョウに似た形をしたアサツキが雪ノ下で逞しく育っているではないか。雪国の方々には申し訳ないが、もう少しの時間差で春がやって来るであろう。本日は第一回目となる櫻の開花予報が出され、今年は平年並みだと言う。関東ではピッカピカの一年生が入学する頃が満開になるはずだ。さすれば、櫻の花が満開になる頃には山々に残雪の雪型が出来、櫻の咲き具合と雪型と、それぞれが農事の目安となり、そして苗床造りや苗代造りが始まる季節になるだろう。日本の原風景の美しさ、その典型的な例の一つである。

 地方の山々に描かれる残雪の雪型と農事の相関関係の例→(http://uub.jp/nam/yukigata.html

 

 

 (先週の閏29日から妻と連れ立ち、冷たい雨のそぼ降る有馬温泉に行っていた。翌日から京都の義父母も参加してみんなで温泉三昧をさせて戴いた。二日午後の新幹線で帰京したが、日曜日でも混雑する品川駅頭で、急いで走って来た女性をヒラリ(?)と避けようとして、階段に転び、もんどり打って思い切りこけてしまった。その所為で、足を骨折したらしく酷い痛みが全身に走り、しばらくウ~~~ンと唸ったまま動けなかった。近くにいた駅員の咄嗟の判断と手配で救急車により病院に搬送され、手当てを受けた。検査の結果右膝がしらの複雑骨折で全治三ヶ月の重症となった。三泊四日の入院後漸く自宅に帰って来た次第である。叔母のお世話でお手伝いさんも見つかり、ほっとしている。本日午後遅く掛かり付けの整形外科医に行ったら、私にあう怪我用の人口骨を製作し、それを装着する手術することによって予想より早く治りそうである。尚その女性の方は済みません済みませんと謝っていた記憶があるが、いつの間にかどこかへ。その方の所為にするはずが全くないのに。楽あれば苦ありということだろうか。今年度の櫻行脚が出来そうにない。ただそれだけが悔しくて残念でならない。そしてもう一つ、このブログを更新しない日は酷く淋しい。こうして書いていると気がまぎれて楽しいが、まだまだ鈍痛があり、松葉杖やギブスとともにしばらくは辛い日が続くだろう)

 

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花寄せ・春山入り への10件のフィードバック

  1. (Kazane) より:

    硯水亭さん、おはようございます。しばらくブログの更新がされていなかったので、どうされたのかな…と気にかかっていたのですが、怪我をされていたなんて。ブログへのコメントを拝見し、飛んできました。大変でしたね。お大事になさってください。駅の人ごみ、本当にあぶないんですよね。
    私も、一歩間違えば…というような場面に時々出会います。ぶつかられたり、足を踏まれたりなんて日常茶飯事ですし。
     桜行脚が出来ないのは、残念でしょうが、来年の春は、3人で桜を目にすることができますし♪
    早く良くなられるよう、お祈りしています。無理なさらないでくださいね。

  2. 道草 より:

     いつもは今頃には鳴く鴬が、今年はまだ聴かれません。この冬はここ最近ではいつになく雪が多く、山の鴬はまだ春が来たナ、とは感づいていないのかも知れません。「待つ人も來ぬものゆゑにうぐひすのなきつる花を折りてけるかな」(読人知らず)。5日は啓蟄ですか。この季節にふさわしい文字はやはり「生」でしょう。ものみな芽生えるとき。この文字は「芽のはえ出たさま+土」から成り立っているとされています。また「青」の文字も「生」を含んでいて、いきいきとした芽生えの色そのものではあります。山の花の話を聞かせて戴きました。思い起こせば早春の古里は「生」と「枯」の交錯する所。見れば「枯」の字は「木+古」。この枯れ木をよく観れば、すでに一面に冬芽が着いております。まさに「生」の営みが垣間見られると申せます。かの日も、「枯」は決して「死」でないことが実感されるたのではありました。「けれども、その間からも、やはり、ちよつとした物の片隅に、また、ちよつとした物の動きに、すでに春のきざしの始まつてゐるのを見のがすことはできなかつた。戸倉の温泉を左に見て、千曲川の川縁を走つてをる時であつた。ふと気がつくと、青く淀んだ川水と雪に蔽はれた磧(かはら)の境目のところに、非常に小さい風の渦が起こつて、そこに遊び戯れてゐる日光の中に絹糸のやうな陽炎が立ち、それにこすられては磧の雪が少しづつ水の中に溶け込んでゐた。」(『北信早春賦』野上豊一郎)。我が家の辺りの鴬は少し待つとして、さてどんな虫が動き始めるのでしょう。そういえば梅の花に寄ってくる丸花蜂の羽音を聞いたような気がします。この蜂は針などで蜜を吸わずに、花の周りを飛び回るだけのおとなしい蜂とか。大きな巣も作らず夜も葉蔭で一人眠るそうです。春の使者の第一号にふさわしい優しい虫なのでしょう。硯水亭Ⅱ家の庭でもおそらく見つかることでしょう。見つけてそして、香の君の下へも飛んで行くように花の便りを託してください。
     
    「雪解」    伊藤 整     ─幼時─雪が無くなってあゝ なんといふ 懐かしい 乾いた街の土だらう。あの弾力のない さらさらしていやになってしまった長い間の雪も消えて そのあとから土が乾いた日の夕がたにみんなで 一歩二歩して遊ばう。街の灯はきらりと暖かく藍色の靄のなかに 下駄の音が続いて湯屋では賑やかな人声がし活動の古くさい喇叭が始まる頃に母さんに呼ばれても夕ごはんに遅くなっても賑やかな馬車の往来する中で一歩二歩して街の上をとび廻らう。

  3. 文殊 より:

         風音さま
     
     ご心配をお掛け致しました。運動神経にはかなり自信があった方ですがねぇ、何ということでしょうねぇ。
    近頃は人対人の交通事故が多いようでして、世の中がどこもかしこもせわしないのでしょう。あんな皇居マラソンでも時々あるんですよ。
    いやですねぇ。僕が退職後は好んでスローな生活をしたいと心から望んでいます。でも今回は思い切り笑い話に致しましょうね。
    誰しも事故は好んでしているわけではないのですから。かの女性も何か切迫したご事情があったのでしょう、幸運を祈りましょう!
     
     でも可笑しなほど、痛いんです。いい気になるんじゃないと、天からの思し召しなのでしょう。この年になると、やはりどこかが
    鈍くなって来る部分があるんでしょうか。まだまだ20歳のつもりでいて、学生気分が抜けていないというのが本音なのですが、
    櫻舞う季節にある隅田川の早慶レガッタが楽しみですね。主人はあの選手でしたから、逞しい男だったんですよ。でも人は
    やはりどこかひ弱な面があるのでしょうね。こんな怪我をして初めて主人が味わった手術やリハビリの苦しみを味わっています。
     
     今年の櫻は僕の胸で反芻する櫻となりましょう。でも最低でも車椅子に乗ってでも小石川植物園の櫻を観たいです。
    太白の櫻や鬱金の櫻を。花にらの花や土佐水木の花が揃って満開になっている頃でしょう。風音さんには二輪草の群生も是非
    観て戴きたいです。風音さんの印象そのままですから。お見舞いをかねてお越し戴き、心から感謝申し上げます!
     

  4. 文殊 より:

          道草先生
     
     雪の下にある地面は雪面より遥かに暖かい地面です。温度が平均しているからでもあるのですが、雪の下でも植物が大いに育つんですね。ここに書きましたアサツキはちょっと変わっていまして、ラッキョウのような格好をしていますが、食べるとまさしく瑞々しい葱です。烏賊などを茹でて、それと酢味噌和えで食べるのが最高なのですが、雪は毛布の役目を果たすことを実感して戴きたく、そろそろ旬になりましたので、もし手に入りましたら、是非お酒のアテにして戴きたいです。更に肥沃な地面は植物と一緒に食べられるのですよ。美味しいかどうかは別にして、食材の良し悪しを決めるのに絶好のモノです。そして櫻やコナラやブナの落葉は一年では無理ですが、三年以上経つと葉っぱがボロボロになって来るのですが、それが肥沃な地面を造るんです。人為的に造る場合でも、それらの過去の落葉を採って来て、鶏糞などと併せておくと、10日間ぐらいで発酵し、温度は40℃以上になり、最も良好な肥料になるのです。都会の櫻は直ぐ掃き掃除されてしまいますが、本来は放置しておくべきで、自然に堆肥になるのですから、自然のパワーって凄いものですね。雪の真下から出て来た土の香りを嗅いだ時、どんなに嬉しいことでしょうか。土筆や猩々袴が咲き、フキノトウが出て一斉に春のなる、あの時の「気」はなんて素敵なのでしょうね。辺りには生命感が満ち満ちています。同じ緑でも五月の末までは木々によっては緑色に歴然とした違いがあって、櫻若葉の頃は大好きな季節です。枯の字は確かに仰られる通りで、死ではないと確信します。年輪がある部分は既に機能していない部分なのですが、樹の表皮や表層はどんな樹でも息づいています。櫻の枝を保護してコンクリートなどで固めてからネットを張り、そこに周囲の色彩と同じような色を塗るのですが、あの修理の後は最後は次第に表皮に包まれて行って、修理の後すら見えなくなって参ります。万一樹全体が枯れ果てても、不思議なもので、必ずその死骸のような樹の部分から新しい新芽が生まれて参りますから。あえて輪廻という言葉は使いませぬ。生命は生まれてから、そうやすやすとは死に絶えることはあり得ないのです。
     
     丸花蜂も大好きです。可愛いですし、優しいですからねぇ。全地球上の生命体の中で最も多く生息しているのは昆虫など虫の類でしょうか。それが他の生命体にどれほど寄与していることでしょう。自らが堆肥となったり、受粉を助けたり、生きとし生けるものすべてが春になれば輝いて美しく見えます。伊藤整の『雪解』の詩を有難う御座いました。この詩のようにモノ皆瑞々しい季節の到来が直ぐそこにあるのでしょう。先生には格別なご心配をお掛け致しました。紙面を借りて改めて篤く御礼を申し上げます。有難う御座いました!
     

  5. Unknown より:

    こんにちは。
    急いで飛んできました・・・お忙しいのだとばかり思っていましたら、骨折されたとは!
    痛みが強いとか・・・心配です。
    去年の暮れからお正月にかけてと、今回と、本当にハラハラさせられます、永遠の腕白坊やさん!
    これはもう、暫くゆっくりしなさいという天からのお告げとしか言いようがありません。
    ちゃんと、しっかり、休んでくださいね。
     
    櫻の開花予想も発表されて、いよいよ春本番。今までのように活発に動くことは難しいかもしれませんが、その分きっと深く春を感じることが出来るでしょう。
    こんなに自然を愛している硯水亭Ⅱさんに、春はきっと毎日挨拶してくれるはず・・・その声を聞き逃さないで、「今」を活かして、どうぞ豊かな日々を過ごされますように♪

  6. 文殊 より:

             夕ひばりさま
     
      まったくどうしようもないですね。恥ずかしいです。腕白盛りの子供のようで、困ったものです。妻からもきつ~~く叱られました。
    事故で死んじゃったらどうするんだと。そんな大げさなと反論すらまったく出来ませんでした。骨折は初めての経験でしたが、こんなに
    痛みが違うものとは想像だにしておりませんでした。何かね、ドン痛っていうんですか、いうに言えない痛みなんです。でも今は痛み止め
    でどうにか痛みが和らいで参りましたが、お姉ちゃまがおっしゃる通り、神さんがちょっとは落ち着いていろという天の声なのでしょうね。
    今週はどうにかお休みを戴きましたが、来週から出社して、ご迷惑を掛けた分デスクワークで返さなければいけません。
    しばらく外に出ないで、あれこれ山となっている課題や今後の活動の目安をしっかりつけたいと考えました。明るくやります!
     
     春本番を前にですが、来週後半に手術の本番が待っています。チップした骨を人工骨にして、一日も早く回復したいです。
    しばらく外に出る楽しみを封印して、地ベタから沸き上がる春の息吹を感じていたいですねぇ。全治三ヶ月にはならないで済むようです。
    今の整形外科の技術の水準は凄いんですねぇ。驚いています。ラッキーでした。何事もいい方向に受け取るようにしています。
    万一車椅子の生活であっても、短時間で済むように頑張りたいと思っています。ご心配をお掛け致しました。お姉ちゃまのご期待に
    沿いたいと深く反省を込めながら考えているところです。もうハラハラはさせたくありません!本当に有難う御座いました!
     

  7. ただ今カフェで読書中 より:

    硯水亭樣
     
    おはようございます。昨日、コメントを投稿させていただきたかったのですが、何故か、コメントの投稿をクリックすると白紙のページになり、それがかないませんでした。
    複雑骨折とは・・・ビックリいたしました。 でも、お忙しい硯水亭さまの日々に、天が与えた休息、だとお考えになって、どうぞゆっくり静養されますように。
    と書いたものの、来週からご出社なのですね。では、せめて今週末まで、春のきざしを感じながら、休息時間をお過ごしください。きっと、思い出の中から、本の中から、窓外の景色から、空の色から、食卓に並ぶ器や食材から・・・たくさんの春のきざしをお感じになることが出来るのではないでしょうか。
    実は私も怪我で松葉杖の生活を余儀なくされた経験があります。その時、怪我からも仕事からも解放されないで中途半端な気持でいた私に、「開きなおってきっぱりと休む」ということをある作家の方が教えてくださいました。ひと月の休暇だと思って未練を断ち切り、思い切って休んでみたら、痛みを差し引いてもおつりがくるくらいの充実した時間を過ごすことが出来ました。
     
    「明るくやります!」のひとことを拝読し、ホッといたしました。そうです、明るく、ですよ!
    一日も早いご回復をお祈り申し上げます。
     

  8. より:

    山里の雪も溶けてきました。田圃にはもう雪の姿はありません。ただ我が家の雪掻きをしたり、屋根から落ちて貯まった雪は堅く氷っていて凍てつくような朝はその上を歩いてもへこみません。我が家は日当たりが悪く北側の屋根は雪を被ったまま、時々ドスンと落雪の音が聞けます。「春山入り」というのですね。雪の深い年は辛夷も咲きほこってくれ、辛夷が咲く年は豊作だと言われています。あの辛夷咲き乱れる山の風景が我が脳裏を横切る季節になりました。かの常照皇寺の西、井戸峠へ写真を撮りに行く日までもう少し、と楽しみであります。車道からだけでなく、山の中へも入っていこうという気にさせて貰いました。痛みに松葉杖やギブスとお辛いでしょうが、冬は少し辛いものです。春はすぐそこですから日頃出来ないことにをする時間を与えてくれたと考えられては如何でしょう。しかし櫻行脚が無理だとは残念なことです。お大事に。

  9. 文殊 より:

           Hayakawaさま
     
     おっしゃる通り開き直りですねぇ。既にどうにかして切り替えてしまっていますが、Hayakawaさんもご経験がおありだったら、
    多分このえもいわれぬドン痛は、痛みの中でも特殊だと実感なされたことでしょう。私は初めての体験だったので、最初は辛かったです。
    でも自業自得でしょう。きっと天からの何かの教えなのでしょう。特に弘法大師さまが見ておいでかも知れません。調子に乗るなと。
    そんなことでとてもいい勉強になりました。同時にこの程度で済んで有難いと思ったことでもありました。痛みに耐える修行を
    与えて戴いたと思えば、なお更有難いというものでしょうか。
     
     自宅には屋上庭園があります。日がな観ることはなかったんぼですが、面白いものですね。植栽した覚えが全くない花々が、
    今にも咲こうとしています。鳥や昆虫が運んでくれた天の恵みでしょうか。嬉しくて堪りません。お手伝いさんによって得た食材を、
    ただ眺めているだけで幸せな気分になって参ります。まさしく春がそこにあるという実感です。お手伝いさんには買い物とお掃除と
    洗濯だけをお願いしています。食事を作る楽しみだけは自分にとっておかなくてはと。
     
     5月を過ぎると、満45歳を過ぎますから、会社では定年を迎えます。更に会社には現在のCEOより、
    私の方が詳細な部分を知っているものですから、当分非常勤の役員として残りますが、6月から愈々櫻山計画への
    挑戦が待っています。財団でもCEOが理事長ですが、執行理事の筆頭として、今後頑張らないといけません。
    当然オフィスのあり妻がいる京都に移住する予定ですが、東京の実家の跡継ぎでもあり、このマンションのオーナーでも
    ありますので、軸足はここまま残しておくつもりです。そうなると逆に休めなくなりますから、ちょうどいいタイミングだった
    かも知れません。休む時は休むとHayakawaさんのおっしゃられる通りキッパリとしていたいですね。
     
    入りづらかったところを、ご無理に入って来て戴いて済みません。心から篤く御礼を申し上げます。有難う御座いました!
     

  10. 文殊 より:

         Mfujinoさま
     
     憧れの山里も雪が溶けて参りましたか。超嬉しい春便りです。春山入りは戦前まで方々にあったのですが、今ではすっかり
    数える程度しか残っておりません。お祭りでも商業主義的な祭りは何処でも残って参りますが、こんな地味なお祭りは先ず最初に
    喪失してしまいます。小泉八雲が褒め千切った美しい日本の原点はそうした数多い地味な行事の中に潜在してあったものです。
    無医村が多くなり、山村の小さな部落にはお年寄りだけが残ってしまいました。政党間のちっこい争いをしている場合ではありませぬ。
    政治家はすっかりこじんまりとしてしまって、100年先を見詰める政治はどこにもありませぬ。哲学もありませぬ。山村が見捨てられる
    のが当然なことのように、下手な横文字を使ってグローバルグローバルと馬鹿の一つ覚えですね。交通が辺鄙な部分にも豊かな風
    がおきてこそ本当であり当然だと思っているのですが、残念かな私たちの意識からしか変えようがないように思われてなりませぬ。
     
     春山入りも花寄せも在りし日の思い出の中に埋没してゆくしかないのでしょう。でもこんな素敵なことをしていたんだと、確かに
    記憶にとどめておく必要があろうかと信じています。このブログではお笑い草になりそうな古きことをお話申し上げておりますが、
    副題のタイトルである「千年前の日本 千年後の日本 つなぐのはあなた」、それを共有出来ることを確信しつつ書かせて戴いて
    おります。途方もない大法螺吹きかも知れませんが、ただ日本の美にウッツリするだけではなく、行動する日本学でありたいと、
    常々心得致しております。
     
     怪我は仕方がないことでしょうね(爆笑)。自分のヒラリの所為だったのですから。ただ有難いことに普段見えない部分が見えて
    何か楽しいものを感じています。ご丁寧に有難う御座いました。この度は道草先生を通じて、最も嬉しいお誘いを受けているようで、
    とっても楽しみにしているんですよ!!!いつも有難う御座います!心から感謝を申し上げます!
     

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