余寒から さくらまじまで

 

春のお岩木山

  弘前城址公園の櫻花の終わりには、お岩木山近辺で田植えの作業が着々と始まるのである (主人の絵・「岩木山と水田」)

 

 

 

 

                                         余寒から さくらまじまで

 

 

 寒の季節は小寒から大寒を経て、節分が終わって寒明けとなり、春一番も吹いて、愈々暖かくなるというのに、未だ寒さが残っているのを「余寒(よかん)」という。一年のうちで最も寒いのは一月下旬から二月中旬までであり、それ以降は何だかんだで暖かくなる。しかし春の訪れをヤキモキしているのに、未だ冬の季節風の勢力は衰えておらず再び三度と冷たい寒さが押し寄せて来る。このような状態を「余寒」と言っているわけだが、最初の櫻前線の予報が出る頃に関東以西では春の暖かさがようやく定まって来るのである。そんな時に雨になったり、霞がかかったりしてぐずついた天候が続くことがある。それを「春霖(しゅんりん)」とも「菜種梅雨(なたねづゆ)」とも呼ばれて、丁度櫻の時季になったりすると嫌な気分になるが、菜種は櫻の直前であるので、菜種の乱れ咲く美しさから親しみを籠めて命名されたのだろう。

 もうお彼岸の直前である。病院を脱走し足を引きずってでも母の墓参に行きたいのだが、「暑さ寒さも彼岸まで」とはよく言い得て妙である。お彼岸の前後七日間彼岸会の仏事が行われる間に吹く西風のことを「彼岸西風(ひがんにし)」と呼ばれ、この風がやむと急速に暖かくなる。佛教国日本らしい表現で、西方浄土から吹く有難い風と考えられて命名されたはずである。

 「サクラ前線」は三月には大抵三度ほど気象庁から予報が発表される。地形が複雑で南北に細長い日本列島では咲く時季が地方地方によって著しく違う。寒緋櫻は一月に満開となり、一月二十日頃にサクラ祭りが沖縄各地で開かれる。その後二月中旬には南伊豆の稲取や河津で河津櫻(寒緋櫻と大島櫻の交配種)が咲き、引き続き熱海では熱海櫻台湾櫻ともいう)が咲き、三月の初旬までは花が散らずにもってくれる。それから神奈川県で近年珍しい玉縄櫻(染井吉野とそっくりだが、染井の台木から交配して実生に転化したらしい)が咲き、愛媛では明正寺櫻が少しの時間差を埋めてくれる。更に染井の前に小彼岸とか江戸彼岸の櫻がひと足咲きに咲いてくれる。それからようやく染井吉野が咲き出して来るのである。関東以西では三月後半に開花するが、東北や北海道では四月終わりから咲き出す。最も北海道には染井吉野は圧倒的に少なく、五月の連休明けごろから、北海道全域で濃いピンクの蝦夷山櫻が見事に花をつけるのである。平均気温10℃が目安だが、気温差10℃以上で開花することも見逃せない。富士山では100m上がるごとに三日遅れで山櫻豆櫻が順次開花する。一山六万本と言われる吉野山では下の千本は四月五日頃で、中の千本では四月中旬、上の千本でもそれにほど近く、裏側の奥の千本では五月になる例がある。いずれにせよサクラ前線ではシズココロナキ思いが爆発しそうで怖いような気さえする。 永い花待酒から、櫻爛漫の折に花酔酒に変わり、最後七月の高山に咲く峰櫻まで花追酒となり、暑い盛りの八月に来期の花芽をつける頃から再び花待酒となるのである。

 櫻の花が咲く頃には「さくらまじ」が吹く。暖かで柔らかい南風のことで、「まじ」というのは南、又は南の方角から吹いて来る風のことで、広島県や瀬戸内海沿岸地方にある言葉である。「まじ」が吹くと一気に櫻がほころび、一夜にして開花してしまう。古来から日本人は、これを大切なフシとして考え、花見を楽しみにし、「さくらまじ」を歓んだのであろう。「春は三月 さくらまじ」という言葉や「さくらまじが吹くとメバルがよく獲れる」という言い伝えがあり、なだらかな海になるので磯釣りにはちょうどいいのであろう。

 櫻の時季に花曇りとか花冷えとか花寒とか花霞とか花嵐とか花吹雪とか花筏とか花笑とか花衣とか、花にかけて多くの美しい言葉がある。そう言えば弥生三月を櫻月・花月・花見月・春惜月・夢見月・早花咲月などという美称があることも言い添えておきたい。せめて櫻花の話題を早めに出して、この足の怪我の溜飲を下げたいというものである。そして今か今かとただひたすら待っている心境である。 生来貧乏性の所為か来週には会社にどうしても出勤したい。早くも何もかもウズウズとしている。右のアンヨ以外のすべては元気いっぱいなのだから。

 

 

小岩井農場の江戸彼岸櫻

 小岩井農場の一本櫻(江戸彼岸) 何だか連続テレビ小説で有名になってしまったとか (背後に見える山は岩手山)

 

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余寒から さくらまじまで への5件のフィードバック

  1. (Kazane) より:

    硯水亭さん、足以外はお元気なだけに、動けないのがもどかしいでしょうね。でも、ゆっくりと休んでくださいね。 桜、本当にたくさんの種類があるのですね。今日も勉強になりました。ご主人様の絵も、素敵ですね。爽やかさと力強さと…、心の中を心地いい風が吹きぬけるようです。弘前城址公園の桜、一度だけ見に行ったことがあります。もう10年以上まえのこと。何だか懐かしくなりました。 お大事に。  

  2. 文殊 より:

                風音さま
     
     おはよう御座います。せっかくお休みを頂戴しているのに、どこか心がせいて参ります。
    櫻の情報があちこちから報告を頂いたり、次第に熱くなって行くからでしょうか。せめてもう少し休みますが。
    風音さんには是非訪れて欲しい櫻の場所があります。JR孝雄駅近くの林野庁でやっている櫻の保存樹林です。
    甲府に向かって右側に降りて頂いて、駅から真っ直ぐ歩いて行けば、保存樹林の入り口に行けます。
    櫻の時季だけは確か500円で、普段より高い設定になっているのですが、中には櫻のあらゆる種類があります。
    更に櫻の開花も一ヶ月も続き、櫻で自分探しも出来るんですよ。僕が一番好きな櫻は小山の修道院にあった思い川櫻かな。
    風音さんには染井吉野よりひと足先に咲く小彼岸の花か、紅枝垂れ櫻が似合うような気がします。お母様はきっと喜ばれる
    こと間違いないでしょう。国立なので中には食べ物を売る売店はありませんので、お弁当か駅前で買う御握りなんかがいいでしょう。
     
     主人の絵は素人の絵ですが、どんな絵にも彼の情念が籠もっているように思います。たくさんの絵があるのですが、順次公開して
    参りたいと思っています。是非ご期待くださいね。風音さんが弘前城でご覧になられた櫻の殆どが染井吉野だと思いますが
    公園の中には少しだけ変わった櫻がありますね。お城の真下を流れる岩木川にも多くの櫻が咲いています。そこを遡って行くと
    世界遺産である白神山地に出るんですよ。再び訪れて、白神や竜飛におみ足を伸ばされるといいかもね。
    今日もおいで頂きまして、有難う御座いました。もうすぐ元気になりますね!

  3. 文殊 より:

          風音さま
     
     せっかく多摩森林園をご紹介させて頂いたはずなのに、ただじゃ分かりませんよね。
    さくらの保存樹林 こちらをご覧になられて下さいね。高尾駅から真っ直ぐ徒歩10分で行けますよ!
    三月の終わり頃から四月いっぱい楽しめるでしょう。僕の思い川櫻を観て下さいねぇ!林野庁の管轄です。
    一番いいのは四月十日ぐらいかなぁ!
     

  4. 道草 より:

    彼岸の入りの今日は、菩提寺へ墓参り。その後、水上勉の「五番町夕霧楼」の風情の残る町並みを抜けて、北野天満宮へと足を延ばしました。桜の話題に背く様で申し訳ないのですが(途中の名も知らぬ寺の境内に、河津桜らしき花が一本だけ咲いていましたが)、およそ2000本の梅林は、まだ八分咲き。満開には少し間がありそうでした。平日の今日は人出も多くなく、麗らかな陽光の下で梅の香ばかりが微風に載って漂っておりました。爛漫の桜には未だ間のある京の春の一日でした。
     
    「梅の老木」  野口米次郎
     
    薄墨色の空を白く染め抜く梅の老木、
    私の霊もお前のやうに年老いてゐる。
    お前の祈祷に導かれて
    (お前は単に人を喜ばせる花でない)
    私も高い空に貧しい祈祷を捧げる、
    言葉のない喜悦の祈祷を。
    お前は形体の美を犠牲にして香気を得た、
    花としてお前は、進化の極点に達したものだ……
    お前は力の節約から得た充実を完全に表象して居る。
    私は菅原道真がお前を歎美したやうに、
    お前の前に尊敬を捧げる。
    百年のお前も、五百年のお前も、
    今日のお前とたいした相違がなかつたであらうと思ふと、
    如何に徐々とした進化がお前の上に働いたかに驚かざるを得ない。
    私の霊に於てもお前と同様だ……
    私は幾千年間この地上に生きてきたか知れやしない。
    お前の風に揺れる白い花弁を見ると、
    私の忘れられた追憶の幽霊が
    無終の波の表から漣(さざなみ)のやうに目覚めるやうに感ずる。
    若し私が花であるならば、お前となつてこの庭を飾るであらう、
    若しお前が人間であるならば、私となつてこの書斎に坐るであらう。
    お前と私は存在の形は異なつて居るが、
    等しく単純で真実な一表現に過ぎない。
    お前が花咲いて一陽来復を語る態度に、
    なんたる凛とした大胆さがあるだらう。
    若し私になにかの快活があるとしたならば、
    年取つた私の霊の幹から白く笑ふ梅花一枝の快活であらう。

  5. 文殊 より:

           道草先生
     
     既にお墓参りに行かれましたか。お蔭様で、私はお中日の日に退院出来るようです。お墓参りに間に合って、何たる幸せでありましょう。母も首を長くして待っていることでしょう。それにしても京都の春は少々遅いですね。いつでしたか、四月に寒い日が続いて櫻がなかなか散らなかった日々がありましたね。あの時も寒かったことを覚えております。北野天満宮の梅花は八分咲きとのこと、道理で妻は朝晩はまだ寒いと申しておりました。家内は蟷螂鉾の町に住んでおりますが、まだまだあの暑い夏の日は遠いのでしょう。櫻待ちの花待酒もいいものですね。梅花の香りをアテに、今宵も一献傾けましょう。野口氏の詩歌はよくよく読むと凄いものがあるのですね。ほとほと感心致しました。最後「年取つた私の霊の幹から白く笑ふ梅花一枝の快活であらう」と。一瞬ドキリとして深く深く味わいました。

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