決して貴方を忘れない

 

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初恋の許婚者C子さまへ  

                 

男体山

日光・男体山 (パステル画)

 

 

 

 

                    決して貴方を忘れない

 

 

 我が主人S氏には婚約者がおりましたが、結局最期私だけをお傍に置いて、さっさと逝ってしまわれました。中でも絵を描く趣味だけが突出していました。近代経済学のドクターで会社の運営には強烈な辣腕を振るっていたのですが、運命的であるかのように柳田國男民俗学本田安次民俗芸能学を心底から愛し、民俗の旅から旅へと。学問(特に古文書学)も愛し、絵を愛し、フルトベングラーを愛し、能を愛し、能管の名手でした。絵については素描を二千枚以上描き上げたら、思う存分自由な感性の抽象画を描くのだと随分張り切っておられました。抽象画は必ずこう観なさいと強制など決してしないから好きだと。図太い神経をして豪腕ぶりを発揮された一方で実証主義者であったにも関わらず、驚異的で繊細な感性をとても大切にされた方でした。あんなに忙しかったのに、どこで時間の折り合いをつけておられたのでしょうか、手許には絵葉書クラスのも入れて約数千点の素描が残されたままになっています。パステル・岩彩・水彩・油彩・色鉛筆・グワッシュ、更に和紙だろうが上質紙であろうが広告用紙の裏であろうがキャンバスであろうが何でも構わない人で、どんな材料も厭うことはありませんでした。ペンだって割り箸を削って書いたり、葦ペンであったり、毛筆であったり、ペインティング・ナイフだったりで、それも全く構いませんでした。ふと心が動いて描きたい時に描く人でした。ニューヨークやパリで気に入った絵があると堪らず購入していました。勿論日本人の画家だってそうです。曾宮一念中川一政小倉遊亀小松均高山辰雄三岸節子堀研などでありましょうか。海外では名もない方の抽象画を購入することが多かったのですが、彼が特別に敬愛するパブロ・ピカソの絵をパリ市内の画廊で購入し手にした時は天にも昇る思いだったでしょうか。あの嬉しそうなお顔は忘れられません。

 そもそもが可笑しいのです。一方で嫌だ嫌だと言いながら会社経営を立派に敢然と勤めていたかと思えば、繊細さを遺憾なく発揮され絵に向かったり、フワリと旅に出たり、夜の静寂に、突如「急の舞」や「序の舞」の能管を吹いてみたりしていたのですから。私が軽妙な心づもりでよくからかって、二重人格者だなどと揶揄したものでしたが、今となっては物凄くそのことを悔やんでやみません。それもこれもマサチューセッツ州ケンブリッジ市にあるMIT(マサチューセッツ工科大学)でひたすら研究に勤しむフィアンセが容易に帰って来なかったからだったかも知れません。愛する彼女は柳澤桂子さんの後輩にあたります。運悪く常日ごろ時空を詰めた所為で、重い心臓病に罹ってしまわれたのです。僧坊弁不全の重病でした。中でも困難な形成手術を選択なされ、それは見事に成功したのですが、真夏の暑い日の午後、リハビリ中に愛宕神社・男坂で突然胸が苦しいと言い出され、そのままかえらぬ人となってしまったのです。それ以来私の脳裏には片時も彼の翳を忘れることはなく、逆に時が経つにつれ、思いもよらず思慕の情が深まって来るばかりです。

 そう言えばあの素描はどうしたんでしょうね。パソコンにその絵が残っておりますが、多分どなたかに差し上げてしまったのでしょう。ご本人が撮影した仁和寺・御影堂の御室櫻の素描です。フラッシュを焚いたから、絵として全然観れないやと言って笑って悔しがっておられましたね。差し上げる約束でもして差し上げた後だったからでしょうか。それが下の絵で、ご本人のご遺骨の一部が納骨されている仁和寺・御影堂の櫻の絵です。

 

仁和寺・御影堂

                                           仁和寺・御影堂の御室櫻

 

 この絵は現在これしか残っておりませんが、こうして掲載してみるとやっぱりフラッシュの一瞬の光でどうしても可笑しいですね。でも何となく雰囲気は伝わりましょうか。何故敢えて掲載申し上げたかと言えば、彼のご遺骨の一部が御所車に乗せられてご先祖さまとご一緒にこの裏手に葬られておいでですから、どうかご理解を頂戴したいと存じ上げます。そしてこうなりましたら、貴方さまの書庫へ通じる狭い廊下に無造作に展示してあって、額縁なしのたくさんの抽象画コレクションもこの際公開させて下さいね。いずれ一般公開をするのだからと言っていたじゃないですか。どうか貴方さま、お許し下さりませ!

 

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 そして貴方さま見守って下さっていらっしゃったから、今回は右膝の骨折ぐらいの軽症で済んだのです。今度の手術と入院も愈々終わりを告げ、お彼岸のお中日に退院です。いつものことながら休日退院なんですから、勝手知ったる何とかで清算は次の日に誰かに頼んでして頂くようになっています。だって一日も早く貴方さまに逢いたくて、ここを出たら先ず最初に貴方さまのお仏壇にお線香を手向けに参ります。母には悪いのですが、病院の位置関係でそうなりました。お許し下さい。それと京都・表千家での利休忌の日は同時にサクラの日で、貴方さまが始められた櫻忌(さくらき=夭折された方々を供養する日)ではありませんか。今年も多くの方々が入りましたよ。今年も高野山のお坊さんに来て戴いて、有難いお経を唱えてもらいながら、丁度お水取りの時、大導師が読み上げる神名帳(じんみょうちょう)のように、夭折された方々を一人一人読み上げなければなりません。依然としてそれは私の仕事なのでしょう。皆さんのお名前と没年と年齢を発声するだけで小半日掛かりますが、次第に多くなって来ています。第一貴方さまが入っているじゃありませんか。決して貴方さまを忘れないのだから。

 今年から予てより念願だった櫻山に取り掛かりましょうね。貴方さまの分を私は何もかも継承して生きて参ります。私は貴方さまと違ってウンと長生きして櫻山を実現し、貴方さまが見えなかった世界をも見てからそちらへ参ります。悔しがるほど多くのことをやり遂げて、お逢いした時は飽きれるほど話せるようにして逝きますからね。お彼岸でもお逢いして、櫻忌でもお逢いして、貴方さまのお誕生日であられる四月八日の日もお逢いして、貴方さまを見失うことがないようにしっかり相勤めて参ります。どうぞ安らかに櫻の花が繚乱と満開になる日を心待ちにしていて下さいね!(Ryuより)

 

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決して貴方を忘れない への2件のフィードバック

  1. (Kazane) より:

    硯水亭さん、こんばんは。いよいよ明日は退院ですね♪  おめでとうございます。明日に備え、もうお休みになられているでしょうか?心逸って、逆に眠れない夜をお過ごしかもしれませんね。 お彼岸の中日ということもあり、早速おでかけの予定があるようですが、明日はあいにくの雨模様のようです。すべったりしないよう、気をつけてくださいね。 硯水亭さんのことですから、今までお休みなさった分、きっと頑張ってしまわれるのでしょうね。あまり無理なさらないでくださいね。 教えていただいた 『さくらの保存樹林』 とても素敵な場所のようですね。今年は桜の季節が忙しくなりそうです(^^)
     今回も、素敵な絵を見せていただき、ありがとうございました。こんな風にいつまでも硯水亭さんに大切に思ってもらえるご主人様、空の上で微笑んでいらっしゃるかもしれませんね。 

  2. 文殊 より:

           風音さま
     
     おはよう御座います。愈々本日10時に退院です。嬉しくて嬉しくて。有難う風音さん!
    今日はあいにくの雨でして、まだお彼岸ですから、23日の彼岸明けまでにしようと思っています。
    昨日の夕方、家内が病院に参りましたので、病院で一緒に過ごしました。ベッドの脇に和室があって
    家内はそこで本を読んだりお喋りしたりで、ごく普通の過ごし方をして楽しみました。お陰様です!ペコリ!
    特別なサプライズがなくても、こうしてごくありふれた日常をたくさん積み上げて行きたいものだと思ってます。
     
     今回の入院で眠りの眠って普段の睡眠不足を解消するのかと思いきや、逆に連日更新してしまって、
    皆様にご迷惑を掛けてしまったかなと危惧しています。やはりとっても貧乏性なんでしょうね。じっとして
    いられないんですものね。でも足だけの痛みですから、あとは元気いっぱいで、ついつい書いてしまいました。
     
     さくらの保存樹林は絶対お薦めですよ。但し国立なんで、中には絵葉書などを売っているちっこい売店は
    あるのですが、レストランはないんです。だから櫻に囲まれて、その辺の草の上でオニギリなんかを戴くのがいいでしょう。
    風音さんにピタリの櫻が絶対見つかりますよ。何の櫻かなぁ、興味津々です!
    何と言いましても300種類ぐらいあるのですから。きっときっと大好きな櫻に巡り会うでしょう!
     
     風音さんのために、今後も主人の絵を出しますね!何と言っても鑑賞する側で、本来は絵描きではないのですが、
    どこか彼にはセンスだけはあるでしょ?雲を描くのが大好きだったんですよ。必ず雲が入っている絵は80%以上なんです。
    今日も私たち夫婦を見守ってくれているでしょう。有難いことです。
     
     最近カキコがめっきり少なくなって来ましたが、風音さんにカキコして戴くと特別に嬉しいです。本当に有難う御座いました!
    でも2月21日に10万件を突破してから、今日で9000件プラスの皆さんに見て戴いております。メールもたくさん頂戴しています。
    いつもながら有難いと心から感謝しております。そろそろ叔母がクルマで迎えに来るでしょう。今日グランド・オープンするようで、
    Akasaka/Casasのビルでも眺めてから主人宅に行き、実家に帰るでしょう。妻は今月いっぱいいてくれそうで、超ウレピイ!
     

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