大阪造幣局 櫻の通り抜け

 

一葉

一葉

 関山と同じぐらいよく観掛けられる 一葉(いちよう) 樋口一葉とは無関係 花の芯に葉のようなのが一本生えているのが特徴

 

 

 

 

                             大阪造幣局 櫻の通り抜け

 

 

 櫻の開花が早かった地方の方々は花の嵐が通り過ぎ、何かもの哀しいような日常に戻っておいででしょう。染井吉野は華やかな一面を持っておりますが、現在主流なだけであって、本来は山櫻や江戸彼岸であるべきだと、小生の拙ブログで何度か説いて参りました。ところが私たち櫻チームのメンバーでさえ、染井吉野がハラハラと散りだすと少々意気消沈しているような状態であります。ところがどうでしょう、八重櫻はまだこれからじゃありませんか。特に関西地方では今や笹部新太郎翁亡き後、武田尾の実習林も荒れ放題というか、自然に帰ったというべきか、櫻の多くの種類を一覧出来るチャンスや場所は少ないのです。関東では財団法人日本さくらの会が使用している埼玉県安行や財団法人日本花の会が使用している茨城県結城市などに数多くの品種の櫻が栽培されており、JR高尾駅近くのさくらの保存樹林では全国の殆どの品種が見られます。しかも四月いっぱい様々な種類の櫻を鑑賞出来るのですから、実に幸いなことです。ところが関西地方には非常に少ないですが、実際は驚異的な場所が一箇所だけあります。それが櫻守・笹部新太郎現代の櫻守・佐野藤右衛門さん(現在の当主は16代目ですが、櫻守になられてから3代目)などが深く関わっているのですから、この時季に鑑賞しない手はないでしょう。その驚異的な場所とは独立行政法人となった大阪造幣局の櫻の通り抜けのことですが、今日はここをご紹介しておきましょう。しかもお二人の櫻守の櫻もあるんですよ。笹部櫻佐野櫻と。何とまぁ、嬉しいことではありませんか。今年もやって来ました、通り抜け!

             平成20年4月16日(水曜日)から4月22日(火曜日)までの7日間
             平日は午前10時から午後9時まで
             土曜日・日曜日は午前9時から午後9時 いずれの日も夜間はライトアップを実施

  通り抜けする方法は大阪造幣局南門(天満橋側)から北門(桜宮橋側)への一方通行(距離約560メートル)になります。住所:〒530-0043 大阪市北区天満1-1-79です。アクセス方法は地下鉄谷町・京阪本線「天満橋」駅(北出口)下車徒歩10分 JR東西線「大阪天満宮」駅(2番出口)下車徒歩15分 JR東西線「大阪城北詰」駅(3番出口)下車徒歩15分など3種類ほどの方法があります.。ホンの僅かな通り抜けの距離(560メートル)に、櫻の種類は全国から集められた125品種で、350本もの主に八重櫻が華麗に咲き誇っているのです(但し早咲きや遅咲きがありますので、全部の鑑賞は不可能)。嵯峨野・祇王寺に咲く珍しい櫻で、祇王・祇女にちなんで名付けられた祇王寺祇女櫻や真黄色い黄櫻や、何と金沢・兼六園にしか存在しないはずの兼六園・菊櫻もありまして、絢爛豪華に花々が咲き競っています。一本一本心からご鑑賞賜りたく存じます。

兼六園

 兼六園・菊櫻 本場の菊櫻は花びらが350枚以上 造幣局のは200枚ぐらいの花びらがあります

 

松月

 一葉もそうですが 私が大好きな八重櫻のうち 松月(しょうげつ)

 

 現代の櫻守・佐野藤右衛門さんはたくさん本を出されていますが、祇園にも出掛け酒席は大好きなのに実際は下戸でして、その代わり何しろ大変なお喋り好きで、こちらこそ、その恩恵にたくさん与かっています。以下屋号・植藤当主である藤右衛門さんの喋りくりお話で、どの本にも出ていない小話です。

 

   題するは「うば櫻を目指そう」 第十六代目・佐野藤右衛門氏 語る

 「櫻が咲く季節になると私は毎日、今日何日かと聞きます。もちろん、月日を聞いているのではありません。月齢を聞くのです。いつが満月か、と。櫻はだいたい満月の時に咲きます。その少し前、気圧が下がって雷が鳴ります。その際、よろいの様なつぼみがはじけるんですね。こうして櫻は咲くんです。今年は、気象庁が櫻の開花予想でとても早く咲くと出してミスをしました。コンピューターの計算違いだったという話ですが、花を知らない人がデータを見て数字合わせだけをしようとするからこういうことが起きるんです。お彼岸のころにヒガンザクラが咲き始めるというのは、お月様で計算すればわかることなんです。

 西行の和歌に「願わくば花のもとにて春死なむこのきさらぎの望月のころ」というのがあります。ここでいう花はもちろん櫻、そして、きさらぎの望月(*)のころというのは、今年だったら4月3日ごろ、ちょうど満開の時期です。お月様でこうしたことがわかるのです。今の日本の櫻は、80%までソメイヨシノになってしまいました。異常繁殖といってもいい。元々、東京は駒込の染井村というところで、オオシマザクラとヒガンザクラを掛け合わせてできたものではないかといわれています。花がたくさんつき、接ぎ木が簡単なので植木屋さんが商売のために増やし、日露戦争や昭和天皇の即位の記念などに合わせてたくさん植えられていったのです。しかし、人が作ったものだから生殖機能が退化しています。実がならないのです(実際はちゃんとなりますが、機能がない無精卵だという意味)。分解したらわかりますが、ミツも出ないし花粉もありません。ミツを出さないから、虫も寄りつきません。種がならないから種を食べる鳥も寄りつかない。ソメイヨシノには、鳥も虫も寄りつかないのです。その代わり葉っぱだけは食べられるので茶毒蛾のようなものがたくさんつくんです。

 山櫻にはメジロとかがいっぱいとまっているでしょう。猛きん類が飛び交う場所よりも下、だいたい3、400メートルより下に山櫻は咲いて、種をばらまいてくれる小鳥たちを待つのです。花の営みは、あらゆる生物が一緒にいないと子孫は残っていかないのです。普通、ソメイヨシノでない櫻が花を咲かせようとするまでには30~50年かかります。人間だって社会に定着するには30年かかるでしょう。櫻も同じです。今年も1000本ほど苗を植えましたが、私はその花を見ることは出来ません。もう年ですからねぇ。一方、ソメイヨシノは花はすぐ咲くものの、100年しかもちません。人が作り続けていかないといけない櫻なんです。今はボタン一つで結果がすぐにわかる時代。手軽さばかりが求められるから、自然界の仕組みや人の知恵が次の世代に継承できないのです。

 最後に女性の皆さんにお願いです。是非、うば櫻を目指してください。うば櫻には、なかなかなれるもんじゃありませんよ。そうなる前に大半は朽ち果ててしまう。500年、1000年という櫻は、しわくちゃの幹には風格が出て、わずかに残った枝に咲いた花には色気でなく色香が漂うのです。色香になるまでが大変ですが、男性は、どうぞ女性がそうなるよう守っていってくださいね」

 以上藤右衛門さんのお話でした。(*=一般的な定説では、釈尊が入滅された日と言われています)

 どうでしょうか、お喋り藤右衛門さんのお話には実施の智慧がたくさん混ぜ込んであります。彼から聞き書きされて出版した本を少々ご紹介しておきましょう。櫻だけに限らず現代の文明や文化へも痛烈な批判の思いが籠められて、大変に痛快な読み物になっています。(佐野藤右衛門の本) どの本も、話し言葉ですから、大変読みやすく実に分かりいいように書かれています。

 

平野神社

今週17日まで開催中の京都・平野神社の「さくら祭り」 ここにも豊富な種類の櫻で溢れています

 

佐野籐右衛門家の三代目枝垂れ櫻

嵯峨野・山越の佐野邸 入り口にあるこの枝垂れ櫻は 円山公園の二代目櫻に もしものことがあったら直ぐ植栽される予定

佐野家の植木畑にもたくさんの櫻がありますが 苗も育てており 一般公開されていないために 勝手は許されません 

(この一葉だけは 京都写真のyoupvさんから写真借用致しました)

 

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大阪造幣局 櫻の通り抜け への10件のフィードバック

  1. ただ今カフェで読書中 より:

    硯水亭様
     
    こんばんは。
    いつもたくさんのことをこちらのブログで学ばせていただいております。本当にありがとうございます。
    櫻が満月の時に咲くということも私は知りませんでした。
    そしてまた、たくさんの美しい櫻の写真を今日もまた堪能させていただきました。
     
    田辺聖子さんの『帝をくどく方法』(だったと思うのですが)の中に、
    「人生にはその時々のタカラモノが行く手行く手に埋められている」(こちらもうろ覚えです、すみません)というような一文がありましたが、人も、櫻も、さまざまな時、さまざまな年齢において、その時々のタカラモノが用意され、そうした金鉱に出会ってゆくのでしょうね。
    ウバ櫻を目指し、いつの日か立派なウバ櫻になりたいものです。
     
    どうもありがとうございました。
     
     
     

  2. 文殊 より:

            Hayakawaさま
     
      今晩和!いいえ、こちらこそいつも有難う御座います!
    藤右衛門さんて、可笑しい人なんですよ。好きな櫻の下に行くと、
    櫻が歓んではると言って、彼もいつも歓び、帰りには誰もいなかったら、
    自分のおしっこ(栄養剤)をして来はるんですよ。私は彼の奥さんの大ファンで
    めがねを掛け、ぷっくらとして上品な農家の小母ちゃん風で、たまらなく可愛い方です。
    ご自宅で販売している櫻の塩漬けや梅干などご自分でせっせと作りはるんです。藤右衛門はんは
    やっぱり奥さんを大事にされはってました。ウソはないです。奥さんはいつも笑い顔を絶やしたこと
    はありません。植木屋(代々が御室さんの植木職人の農家でした)さんの奥さんですので、
    全然気取った部分がない方なんです。とても親身になってくれはります。
     
     ウバ櫻は余りにも素敵なので、教えたくないんですが、実際にある櫻です。ピンクにグレー色が入って
    それはそれは気品に満ちています。藤右衛門さんのお話はオトコもオンナも関係ないかも知れません。
    だってどこかの櫻狂いのブログを書く人はシャイでお洒落で、どっかの道楽息子のような風貌ですから。
    いずれ改心してウバ爺になるんじゃないかと、密かに期待してるんですが、さてどうなることでしょう!
     
     探しものは既に見付かっておりますが、今夜も明日のために机の前です。ブログは夜中に書いて、
    会社に出て、ひと晩置いてから、一夜漬けにて推敲してから、仕事中かなぁ、ころあいを見計らって
    一気にアップするんですよ。毎度櫻で、皆さんは大迷惑ではないかなと恐れています。今日もどうも
    有難う御座いました。お休みなさりませ!
     

  3. 良枝 より:

    こんばんわ。りんこです。
    色気ではなく色香ですか。
    気ではなく、香り・・。
    お勉強になりますねぇ 笑
    言葉だけとっても素敵ですが
    深いですねぇ・・。

  4. 文殊 より:

           りんこさま
     
     そうそう、そうらしいですよ!色気ってなると、
    どこか生々しいです。結婚したてのものがいうべきではないと思うのですが、
    愛はどこかに性愛の匂いがしますが、神仏の愛は慈愛に象徴されるように、
    そこを遥かに通り過ぎているような気がしないでもないです。
    相手をイツクシム心は愛情の中でも最高なのかなぁと。
    りんこさまはこれからの人ですから酷な話かも知れませんね。
    私の妻もりんこさまと同じ年齢ですが、色気より勉強で忙しいんです(爆笑)
    でもちゃんと創るべきことはしましたが、年を取った方の色香って分かるって、
    さっき電話して聞いたら、分かりますと応えていました。彼女のターシャさんが
    大好きだからかなぁ。宇野千代さんって小説家がいましたが、いっぱい恋をした
    のですが、亡くなるまで色香があったように思われます。彼女の場合櫻から影響を
    受けた色香かなぁ。何やら難しいぞぉ!あははははと笑って誤魔化してはいけませんね!
    でも気品に満ちた方が大勢いらしゃいますね。それは事実です。コメ辺になってませんね。
    御免なさいね。妻との間の愛も、後数十年掛かって磨かれて来るのでしょう!

  5. 道草 より:

    佐野藤右衛門が、「櫻はたえず愛情を注ぎ、まめに手当てしてやらないと、すぐに美しさに衰えを見せる」というのに対して、瀬戸内寂聴が「まるで女みたいなのね」と云うと、「ほんまや、女と同じや」とご機嫌になるそうです」との返答。(『櫻よ』より)。硯水亭さんが愛される姥櫻も、まさに臈長けた女性の美に匹敵する櫻のその美しさを愛でておられるのでありましょう。「姥櫻さくや老後の思ひ出」(芭蕉)。昨日はmfujinoさんの案内で京北町の櫻をあちこち見て来ました。やや薄曇りは絶好の花曇り。古里の母校や八幡宮の櫻は年経り苔生しているものの、昔と変わりなく花は爛漫とあくまで心優しく咲いていました。隣の在所(魚ケ渕)の枝垂桜は戦後の植樹とのことで、樹齢は60年ばかりの勢いに実に絢爛と咲き誇っていました。そして何より立派なのは、あれだけの大木にも拘わらず1本の支柱も無いことです。その長いしなやかな枝々が、大堰川に架かる吊橋に被さる様に垂れて息を呑むばかりに見事な光景でした。一方、常照皇寺の九重櫻もほぼ満開に近くて静寂の背景の中にひと際艶やかでした。しかし、この老木はほとんどが枯れたのでしよう。かつての5分の1程度にしかない寂しい姿になっていました。近くの御車返しの櫻は既に枯れ果てて苔生す幹だけが残っています。どちらも、その横では2世が育っているとはいえ、栄枯盛衰の時の流れをまざまざと感じさせてくれる侘しさがありました。けれども、北山の世界は今が春たけなわ。山の方々には山桜や辛夷や山躑躅が点々と咲いて、山全体空間全体がまさに春の生命に満ち溢れています。硯水亭さんの云われるように、名所の櫻ばかりではなく、道端や藁屋根の庭や名も知らぬ神社の境内や遠く山懐に咲く櫻、そのどれもがそれぞれに美しさと優しさと懐かしさに溢れていて、いつまでも去り難い光景は胸に沁み入るものがありました。私の櫻紀行などまだまだ知れたもの。造幣局の通り抜けの櫻の下では、何度か会社や関係先の連中と花見の宴会で騒いだことがあります。我が家からそう遠くはありません。昼間の櫻にも是非とも逢いに出掛けねばなりませぬ。様々な情報を本当に有難うございます。

  6. 文殊 より:

           道草先生
     
     そうでしたか。それはそれは。本当によかったですね。特にあの魚ヶ淵の枝垂れ櫻は将来名木になる風格が既に充分にありますね。但し植えられている場所だけがやや気になりますが。多分偶々植えたのが見事に成長したのでしょう。山里は京都市内より遥かに櫻には適切な場所でありまして、櫻には市内の温暖な冬がいけません。真冬にしっかりと備えるように出来ているのがいい櫻になれる条件です。ちなみに円山公園の枝垂れ櫻は既に頭の天辺付近が丸坊主になりつつあります。烏が止まって糞をするので、どうしてもあの部分は烏が怖いと佐野さんもおっしゃっていました。都会には烏にとって天国である要素がありまして、祇園など特にいい餌場になっているのでしょう。可哀想ですが、初代の枝垂れ櫻も同じ運命をたどったのですから、これも一つの運命でしょう。その代わり佐野家には既に三代目がスタンバイしております。京都の櫻の象徴として長生きして欲しいと思っています。
     
     そんな訳でして、山国の方が遥かに適切な場所である訳ですが、御寺の九重櫻は心が痛みます。そうでしたか。残念というより他はないのですが、あの場所ではたった一つだけ気になることがあったのです。それは日当たりです。櫻は水分をたっぷりと必要ですが、同時に水はけと日当たりが絶対条件になるのです。心配の種が増えましたね。通常名木の付近の在所では必ず同じ実生から作られた櫻が二代目三代目と植栽されるにのが本当ですが、あのプライドの高さが邪魔しているのかも知れないと危惧しておったのです。直ぐ傍に二代目候補があるのですが、どうしても御寺の場合日当たりが悪過ぎます。本当に心配です。
     
     道草先生も櫻狂いの本格派になられたようですネ、嬉しい限りです。そうなんです。名木古木だけを追いかけるのは邪道だと思っているのです。やはり櫻ってあんなところにもあったかいなという、そんな一瞬の歓びと驚きが一番美しく嬉しいものです。山の端に同時に咲く小紫の躑躅や白い辛夷や山もみじの新芽など、総合的に山櫻を引き立ててくれます。ピンクだけではちっとも美しくありません。バックにちゃんとした浅緑や萌黄色があって初めて美しさを引き出してくれますし、そう言ったハーモニーが櫻の良さで、如何にも農業と密接な関係を実感出来ると思うのです。
     
     造幣局の櫻は櫻の品種を勉強しに行くところです。花の色、花つき、大きさ、品性、花びらの数など観察出来る絶好の機会です。偶に奥様をお連れになられ、北浜辺りでお食事をなさってお帰りになるコースは如何なものでしょうか。どうぞ十分にお楽しみ下さい!今日も有難う御座いました!
     

  7. (Kazane) より:

    硯水亭さん、こんばんは。私の周りからはすっかり桜の花が姿を消してしまいましたが、こちらを訪れると桜は満開♪嬉しくなります!今年は、本当に硯水亭さんのブログで、桜についていろいろ学ばせていただきました。お勧めの場所も教えていただいて感謝です☆今年行かれなかった場所は、来年以降の楽しみにとっておきます。四季のはっきりとした国に住んでいるのは幸せなことですね。
    p.s. 私も年を重ねて、ウバ櫻になれるようがんばってみます(^^)

  8. 文殊 より:

            風音さま
     
     でもよく示唆しただけだったのに、行かれましたね。それが凄いと思いました。
    東京では既に櫻の「さ」も字も出なくなったのですが、本番はこれからだと毎年思いますねぇ。
    だって東北の櫻は静かで、本当に美しく私たちを迎えてくれるのです。人情もありますし、いいですよ!
    でもそろそろこのブログに来られた方々はいい加減ウンザリしてるかもね。お祭りでお知らせしたいことが
    いっぱいあったのに、何だか櫻尽くしになってしまって、少々小さくなっているんですよ。
    自分の人生で、後何年櫻を観ることが出来るのだろうと思うと、切なくなると同時に最期まで見続けていたいと。
    櫻の国・日本!日本人なら櫻とともに歩んでいかなければならないのでしょうね!
     
     ウバ櫻は我々男性からしたら、大変な憧れです。年輪は綺麗にすることがあっても汚くは絶対にしないのですから。
    お互いに頑張りましょうね!

  9. 良枝 より:

    こんばんわ。りんこです。
    色香とは遠いながらも
    私の紡いだ数少ないもののなかから
    1つ。恋にちなんだ詩を・・ 笑
    これは無意識の詩なんです。
    夢の中で湯飲み茶碗に書いてあったものを
    そのまま書いたものです。
    結構気に入ってるんです。
    なんか、ちょっと恋の香りが強いところが 笑
    自画自賛 苦笑
     
    ちりめん
     
    切り刻んだちりめんを
    丁寧に縫い合わせるような恋をしてきました。
    赤い、青い、白いちりめんを
    きれいな紋様に沿って丁寧に切って
    それを細かい、繊細な糸で
    丁寧に縫い合わせていきました。
    桜の、菊の、鳥の紋様が
    糸に裂かれて
    はらはらとくずれていくのです。
    繊細なちりめんも紋様ともども
    糸くずになって
    ぼろとも呼べない
    布団子になっていましたよ。
     

  10. 文殊 より:

          りんこさま
     
     今日和!
    りんこさんの夢の欠片が鮮やかに蘇って来ました。
    素敵な詩を書かれるのですね。イヤ、夢だったかな。
    イヤイヤ、お茶碗に書かれた詩だったかな、どっちでもいい。
    いずれにせよ、りんこさんの感性がよく感じられます。
    恋に色んな色があることを教えてくれますし、恋と縮緬とが
    合体し呼応しあって、素敵な空間を醸し出しています。
    綾なす刺繍の美しさやそれを解く時の哀歓や繊細さが
    見事に表現されています。糸くずになっても恋は恋!
    ほつれたら又縫い始めればいい、そんな感想を持たせました。
     
     お返事が遅くなって御免なさい。
    連日の更新で少々疲れたかも。だって本職を抱えて
    ですから、限度があるというものでしょう。と、言い訳をしつつ!
    今日は本当に有難う御座いました。又素敵な詩を、ここに
    書いて下さいね。待っています!
     

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