風さそふ花

 

青森

 主人の絵 「青森 赤山の棚田」 A2判 岩彩とパステル 15分で仕上げた

 

 

 

                   風さそふ花

 

 亡き主人が最も欲する櫻の美しさは、浅緑色した山の端に、思いもよらぬ狭き梢の間、楚々と咲く山櫻でした。能の『花』にも酷似したり、はっとする極限の美は人為で計り知れないもので、それこそ西行も目指したであろう「もののあはれ」の、序破急の序にあたるでしょう。櫻木のもとで旅寝する主人とハラリと散り落ちる花との間に、極度に張り詰めた空間があり、その抑制された静かな光景は、食事を取る風は全くなく、或る種異様なる緊迫感さえ漂っていました。殆ど暗記していた西行の櫻の歌を、突然歌会始のように朗々と歌い上げる時もあったのです。

 昭和36年4月に岩波書店から発刊された『山家集』を、いつも小脇に抱えるように歩いて、年月が重なるごとに、その度、変化して行く西行への心情を大事に己が胸にしまいこんでいたかったからです。西行にとって、櫻とは失恋した女御に対する思いがあったのではないかとか、「もののあはれ」の極限だとか、櫻は西行の情念を隈なく引っ張り出してくれているとか、何だかだの議論は20代で終わりを告げていました。北面の武士であった西行は言わばエリート・コースをひた走っていたのですが、家族も捨て、自分の身分もサラリと捨てて、漂白の人生を送ろうとした心情は私には手にとるように分かるのだと、主人は言うのです。そして時が経つにつれ、西行の櫻への思いは櫻とともに西行は純化されていったのだから、西行を読むのに、あれやらこれやら要らぬ詮索は一切必要がないのだとも。

 東北の山歩きが大好きで、男鹿・遠苅田・八幡平・岩手山・鳴子・早池峰・竜飛・白神と。中でもお岩木山周辺と白神が最も好きだったと思います。花見の王道は山の端にありと言い、山に入ったっきり、なかなか降りて来なかったもので、残雪が残る春の息吹が、好きで好きで堪らなかったのでしょう。普段の生活はがんじがらめの忙しい仕事であったから、余計に解放されたのだと思います。でも山歩きして、その美しさに打たれ、よくもまぁたくさん涙を出していましたっけ。そして西行がいつも主人に寄り添っていたのでしょう。 

   赤山棚田 赤山棚田

   赤山棚田 赤山棚田

   赤山棚田 CIMG0509 の補正

 

  櫻は品性のあるピンクだけでは成立致しません。山の端の萌黄色の山紅葉の新緑や小紫の躑躅や純白の辛夷の花など、脇役がどうしても必要なのです。それにこの時季にしか見られない現象があるのです。五月も過ぎれば皆一様に同じような緑一色になるのですが、この時季だけしか木々の緑がすべて違うのです。木によって浅黄だったり利休鼠だったり、青竹色や孔雀緑もあるのです。山藍摺も入って、日陰は漆黒には決してにはならないのです。瑠璃紺とか紺碧とか縹色や灰青の日陰の色彩が影に出て、緑や青系統だけではありません。主に小枝に、照柿や深緋や藤紫や桃花色や秋櫻色や金茶、更に梅紫や紅藤の色彩もみえて来るのです。西洋の色彩にない和の色彩で溢れるのも、この時季の大きな特徴で、ただ漫然と山歩きをしてはなりません。そこにはどんなに豊富な色香が渾然一体となり、その中にようよう櫻の花がピンアップされ、全体の中に調和された美が見えて来るのです。櫻には、春爛漫のその他の木々の色合いがどんなに必要なことでしょう。きっと西行も櫻を通して、櫻語りしながら、新芽の横溢して来る息吹に噎せ返っていたことでしょう。

   CIMG0432 の補正吉野の山櫻

 

  以下西行の『山家集』より、櫻の歌を少々自選し掲載させて戴きます。この愚かな自選を主人は笑うでしょうか。

 

  山寒み花さくべくもなかりけり余りかねて尋ね来にけり

  初花のひらけはじむる梢よりそばへて風の渡るなりけり

  木のもとの花に今宵は埋もれてあかぬ梢をおもひあかさん

  風ふくと枝をはなれておつまじくなかなかさらば風や惜しむと

  風さそふ花の行方は知らねども惜しむ心は身にとどまりけり

  年を経て待つも惜しむも山櫻心を春はつくすなりけり

  惜しまれぬ身だに世にはあるものをあなあやにくの花の心や

  散る花を惜しむ心やとゞまりてまた来ん春のたねになるべき

  青葉さへ見れば心のとまるかな散りにし花のなごりと思へば

  みねにちる花は谷なる木にぞ咲くいたくいとはじ春の山風

  ゆく春をとゞめかねぬる夕暮はあけぼのよりもあはれなりけり

                   西行『山家集』 春の部より

 

さくら散る

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風さそふ花 への2件のフィードバック

  1. 道草 より:

    櫻の別名が「夢見草」である如く、この春は例年に無く櫻に親しむ時がありました。これも一重に硯水亭さんの薀蓄に富んだ懇切なる櫻学の御蔭と喜んでおります。思えば、「花妻」は花の様な新婦のこと。香の君こそかくや、と硯水亭さんには一入の言葉ではありましょう。ならば「花帰り」は新妻の初めての里帰り。いそいそと夫に会いに上京するのは、さしずめ「花愛」かと。京都は北山の今頃は花の季節。「待つ花」「初花」「名残花」はては「花吹雪」「移ろう花」「花筏」と様々な花の余韻を、「花曇り」はもちろん「花冷え」もまた「花の雨」の日も佳しと、「花逍遥」の「櫻尽し」の今日此の頃が満喫出来ようと言うもの。西行の「仏には櫻の花をた奉れわが後の世を人とぶらはば」の辞世も頷けるばかりです。>木々の緑がすべて違うのです。木によって浅黄だったり利休鼠だったり、青竹色や孔雀緑もあるのです。山藍摺も入って、日陰は漆黒には決してならないのです。瑠璃紺とか紺碧とか縹色や灰青の日陰の色彩が影に出て、緑や青系統だけではありません。主に小枝に、照柿や深緋や藤紫や桃花色や秋櫻色や金茶、更に梅紫や紅藤の色彩もみえて来るのです。西洋の色彩にない和の色彩で溢れるのも、この時季の大きな特徴で、ただ漫然と山歩きをしてはなりません。<まことに至言であり、かくも奥深い自然の佇まいのある日本に生まれたことを、久々の北山散策の機会と共に今更の如く再認識させて戴いたことでした。
    「泣く紫の眼」   村山槐多
    まばゆきまばゆき眼もとはたそがれに紫に染まりて美しき君は泣く為に泣く薄薔薇の涙は襟にしづくす君が前の空にはほのかに集まる、沈みゆく日光の微塵薄あかりうるわしく慄へつつ君が涙の眼にうつるまばゆきまばゆき君が眼恋人をいざなふたそがれの霞に涙にぬれたる派手なる金銀の襟に輝ける宝玉の角にて顔を切らん子は誰ぞ美し美し雨に濡れし桜は散らず描ける雲となりて薄ら明かりの風景の一点にかかる華美なる君が泣くほとりの。

  2. 文殊 より:

           道草先生
     
     先生がかくの如きカキコをなされたからではないかと存じておりますが、まさか突然先生が仰るような「花愛」が来ようとは考えもしませんでした。通常の仕事をこなしながらですから、連日の更新となると、夜を詰めなければなりません。怪我した足をかばってお風呂に入るのもひと苦労です。お手伝いさんがいるとは言え、お昼のお掃除と洗濯と食事の買い物だけですから、当然殆どのことを自分でこなさなければなりません。普段の生活も結構なものがあります。でも時は櫻の時季。黙ってなぞおれますまい。やっぱりパソコンに向かってしまいます。そんな折も折、そろそろ疲れた頃だろうと、夕べ妻が思いがけずやって参りました。今週いっぱいは授業にも出ずいてくれるそうです。授業よりは私の方が心配だと。これはひとえに先生のお陰であり、心から感謝致しております。やはり二人でいると、何か豊穣な気分になれるものですね。花狂いの夫を持つ妻は大変です。佐野藤右衛門さんは櫻の時季にいつもいらっしゃったことがありません。幾ら商売とは言え、佐野さんの熱意には頭が下がるばかりです。私の場合は妻に私の健康を心配させます。威張っていうことではありませんが、妻には悪いといつも反省しながらなんです。妻もどこか櫻狂いの御仁ですから、一応有難いのです。今日も有難う御座いました。又村山槐多さんの詩は骨太でいいですね。反芻する言葉が効果的で素敵です。有難う御座いました!
     

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