教育現場の悩ましきところ

 

国定教科書とひまわり

  今読んでいる昭和22年代の雑誌「ひまわり」と、大正15年から昭和3年までの「尋常小學國語讀本」

 

 

                 教育現場の悩ましきところ

 

 祖母が教員であったために、実家には古いけれど数多くの教材が残っています。特に教育問題に関心がある私は時折それらの書物を読んだり、近代教育史について考えることが割合多いんです。実際教育現場に立ったことはたった一度だけ、教育実習でした。理科と数学か、高校教師の資格だけは取っておきたかったからで、それは何の参考にもなりませんが、それからですから、ほぼ20年以上興味を持っていたかとお分かり戴けることでしょうが、細かな部分まで結構マメに注意を払って観て参りました。戦後教育現場が大きく変わった最初は東京都教育委員長小尾乕雄(おびとらお)氏が始めた学校群制度だったように思います。現在では殆ど採用されていないのですが、東大合格NO1を誇った都立日比谷高校が陥落するのは眼に見えていたのです。生徒の学力平均化を目論んだ制度でした。一定の成果がなかったわけではありませんが、その後再び目まぐるしく教育指針が変化致しました。近場ではゆとり教育が取り入れられたり、戦後間もなくあった経験重視主義や、それを反省した知識重視主義(詰め込み教育)だったりした過去の反省の上に立って、ゆとり教育も少しは成果を上げたかのように思われます。でもここまで大変荒っぽく書いて参りましたが、安倍晋三内閣により、ゆとり教育の見直しが始まり、教育再生論として現在に至っています。このように戦後の教育を観ただけでも如何に混乱していたかが充分お分かりでありましょう。

 私は教育評論家ではありません。ですから勝手なことを申し上げるかも知れませんが、現在教育者は果たして本当に子供たちに向き合っているのでしょうか。そこだけは唯一つ声を大にして申し上げたいし、大変な疑問です。教師の評価制度が出来てから尚更感じられるのですが、一教師が年間報告書として書かなければならないのは実に8000枚(横浜市立某小学校の場合)もの膨大な報告書と資料の提出です。先生方は殆どこれに時間を取られ、ではいつ子供たちと向き合える時間があるのでしょう。長時間勤務も当たり前になっています。自宅まで持ち帰っても未だ不十分な状況が続いています。躁鬱病や自律神経失調症などの精神障害を持つ教師が増え、性的趣味を幼児に向ける教師すら出ています。寒気すら覚えます。今まであり得なかったし、全く考えられないことでした。教師自身が読書をしたり研究する時間が殆どなく、時折開催される組織的で形式的な研究会などが中心です。トップダウンする文部科学省とボトムアップしたい日教組との確執は教育問題に無用な混乱を起こすだけで、一部は父兄からも批判の矛先を向けられています。国旗掲揚を拒否したり、国歌の代わりに『緑の山河』を歌わせたり、生徒まで犠牲の対象になり、未だにこんな滅茶苦茶な事態が起きているのです。尤も今や全教師の28%の先生しか日教組に加盟していませんが、こうした混乱にはもういい加減にして欲しいと強く希う一人です。

 無論親の方にも問題があります。何でも学校に押し付けたり、中には払えるのに、学校給食費を払わないご家庭がたくさんあるとか、嘆かわしい極みです。

 千年の哲学と体系を持てとは言わないまでも、少なくとも百年の見通しぐらいはあって当然ではないのでしょうか。学力が全体的に落ちたからと言って慌てふためいて、今度は落ちこぼれには構わずに学力を重視するとか、全く日和見(ひよりみ)でしかないのです。詰まらない報告義務なんか最小化して頂きたい。もっと教師が生徒と向き合える時間を作って欲しいし、少人数学級制にするなり、副担任を準備したり、手厚い心ある教育を望んでやみません。官僚の国家ではありません。官僚の天下りや巨額の無駄遣いを即座にやめれば直ぐ出来ることです。それには日本史をグローバル的にもう一度ちゃんと見直しし、特に近代歴史を厳密に精査・研究して、今後のよりよい教育に生かして欲しいものです。子供は国家の最も大切な宝物です。

 

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教育現場の悩ましきところ への9件のフィードバック

  1. Unknown より:

    小学校以来いくつかの段階の教育がありますが、やはりスタートの小学校時代が私には忘れられません。総じて貧しく空腹を抱えた時代ではありましたけれども、虐めや校内暴力や登校拒否はありませんでした。そんな言葉さえ知らなかったものです。ガキ大将はいても、自ずと人気がありました。たまに喧嘩はしても、取っ組みあってねじ伏せれば、それで勝負ありです。刃物や武器を振り回すことは、自然のタブーでした。自分が傷をつけられれば痛いのを知っていましたから、他人を傷つけることが出来なかったのです。その頃はまた、先生や親は絶対的な存在でした。たまに立たされたり、ほっぺたを叩かれたこともあります(平手ですから、決して殴る、ではありません)。叩かれた頬は痛くても、決して心は痛みませんでした。悪さをすれば叱られる、ということを知っていたからです。昨今のストーカー教師やモンスターペアレンツなど、想像も出来ません。終戦後間もなく「山びこ学校」が評判になりました。晩年の無着先生には様々な批判が集中しました。しかし、少なくとも、あの頃の無着先生は、本気で生徒に接していたのでしょう。私達の習った先生も、そして親達も、大人達の皆んなが本気で子供に接してくれていた、と思います。私達はそのことを知っていたからこそ、卒業して何十年が経とうと、先生に会いたいと思うのでしょう。そしてまた、亡くなられた先生のお墓参りをしたい気持ちになるのでしょう。本気=真心。人間の根源的な命題だと思います。その大切さを、今こそ再認識する必要が痛感されて止みません。
    「まごころ」  坂村真民      天地を貫くのはまごころ地球を包むのもまごころ世界を平和にするのもまごころ救い難い人を救うのもまごころ
    こころはころころするがまがつくともう万里一条鉄びくともしないどんなことでもふしぎによくなる
    まごころは差別を無くし憎悪を消し光のようにすべてを照らし愛に満ち熱い涙で抱いてくれる
    ああ宇宙を美しくするのはまごころ
     (今日から東京に来ています。明日は高校の関東支部懇親会に出席。その後は、群馬の塩河原温泉へ行く予定です)。

  2. Unknown より:

    別の所でログインしましたので、名前が表記されませんでした。道草です。

  3. 文殊 より:

            道草先生
     
     先生の時代は間違いなくよかったですね。尋常小学国語読本を丹念に読んでいますが、和のテーストがいっぱいで、中には感心する素材の取り上げかたあるもので、一概に否定的になるのもおかしいように存じます。そうした古き佳き時代の慣習が戦後随分経った頃まであったのでしょうね。先生のご証言を伺っているとなるほどなぁと納得させられます。私も主人も公立は小学校だけでしたが、その辺を心配した両親は私学に入れてしまったわけで、私学は納得出来るポリシーがちゃんとありますので、公立校の実態は知らずに大人になっちゃいました。でも私の姪は小学校の教諭でして、実態を知りたいと以前何度か連絡をとったものです。先生には悪いのですが、昔日の観は既にないのかも知れません。離島や山村の児童が少ない場所でしたら、今でも先生の素敵な学校生活があると確信出来るのですが、都会を中心とした教育の現場は大変なことになっているように感じられてなりません。今回は現場に立つ教師の側の意見を述べさせて戴いたのですが、教育にはなっていないのではと、我と我が身を疑ってしまったような酷い惨状です。幾らパsコンが発展したと言っても、教師のやることが目いっぱい多いのです。これが問題でして、横浜の場合、或る人気取りの市長がいるお陰で、文書文書と気違いのように出さなければならないシステムになっているようです。私は現場の先生の側です。何とかここを脱皮しないと、危険水域に入ってしまうようで我慢がならないのです。実際に提出書類の多さには呆れ返るばかりです。これじゃ同じ学校の他のクラスの担任ともろくな話し合いすら出来ないのではないか、特に複数のクラスにわたって悪さをする生徒には完全に打つ手がないのです。先生同士のコミュニケーション不足もあるでしょう。どの先生も真面目な先生であればあるほど悩み多き日々を送っていると言えましょう。ガチガチに管理して本当によくなると考える為政者の頭が可笑しいのです。狂っているのは為政者です。
     
     どの先生も新米教師の時は大きな夢を抱いていました。でも数年もすると夢から醒めて極めて重たい荷物を持つことになるのです。どうにかそれだけは解決してあげたいと強い気持ちで私は感じています。国家の根源をなすものは間違いなく教育です。ですから興味を持ってみていたいのです。さらに櫻山計画の実施要綱に教育目的が入っています。上から傲慢に対峙するのではなく、多くの方々と多くの議論を重ねて、きっちりとやって行きたいと祈るような気持ちでいっぱいです。坂村眞民先生の思いや道草先生の思いがちゃんと通じて初めて初等の教育と言えるのでしょう。今日もご貴重な御意見を心から感謝申し上げます。

  4. 銀河ステーション より:

    硯水亭さまこんにちは。銀河ステーションです。お書きになっておられるとおり、教育現場は大変のようです。僕のブログのほうにも少し触れましたが、妻が現役の教師をしていまして、同じような苦しみを前回の帰省した折に話してくれました。なかなか普段は離れて生活していますし、我慢強い人なのでめったな事では弱音を吐かないのですが、余程、限界に来ているのでしょう。話し出すと止まりませんでした。報告書の山、更には保護者の理不尽な苦情への対応。特に問題児童の親ほど、手に負えないタイプの方が多いようです。もちろん、体罰否定の風潮ですから、ちょっとげんこつで頭をこつんとやるだけでもご法度です(…とはいえ、うちの妻は時々ぺちんぺちんやるようですが)。あと、付け加えるとすれば、校長など管理職の立場につかれる人が、教育への情熱や指導力で択ばれるのではないという現実があります。結局は人脈やコネのような力が働くようです。従って、何とか無難にやり過ごそうとする人が多く、部下の教師を守るでもなく、更なる教育現場の萎縮を招いています。また、予算の関係か、最近は正式採用ではない講師のような立場の人も多く、そのぶん正式な教諭に、部活動や様々な役職の負担が集中してしまい、ますます生徒と向き合う時間がないといいます。もちろん、教師の側にも反省する点はあるでしょうが…。ただ、ひとつ、確実に心配なことは、教師自体が学校現場に疲れてしまっている…ということです。妻も、懸命に励ましはしましたが、年々、心が疲弊していくのを傍で見ていて感じます。純粋に情熱をもって赴任した多くの若い教師も、同じように苦しんでいるのではないだろうか…。学校応援団のようなものでもつくりたいな、と真剣に思ったりもしています。人材の投入や、何か、具体的なサポートが必要だと切実に思います。思わず熱くなり、長くなってしまいました。すみません。

  5. (Kazane) より:

    硯水亭さん、幸せな週末を過ごされていることと思います♪今日も奥様の手料理を楽しまれているのでしょうか。  私は祖父・父が教師だったんです。叔父夫婦も、そして私の親友も。そんなこともあり、つい先生の立場に同情的になってしまいます。友人の話を聞いていると、最近、えっと思うような親の言動が多いんですよね…。教育現場というよりは、日々の生活の中で、何か大切なものが失われてしまっているような。そんな気がしてなりません。もちろん、みんながみんなそうではありませんが。一人一人が、もっと優しい目で人や世の中を見ることができたらいいのに…なんて思ったりすることがあります。 

  6. 文殊 より:

           銀河ステーションさま
     
     全くその通りで、現在の教師の立場は酷いものです。自分の時間すら取れないのですから、可哀想です。これでは生徒と向き合う以前に、仰るとおり心身が疲弊してしまいますね。奥様が先生をしていらっしゃれば尚更身近に様々な矛盾や憤りを感じられることでしょう。こんな名もないブログで発信しても何もならないかも知れませんが、学校の世界だからこそ断固戦うものがありそうです。私には姪が横浜で小学校の教諭をしています。又祖母は永い期間小学校の先生をしていました。あれもこれもではなく、先ず先生方の処遇から考えてみたいと思い、ついつい書いてしまいました。怒りがいっぱいあります。そんなことでは生徒と真正面から向き合えないだろうというと、その通りだというし、何かが狂っているのでしょう。
     
     銀河さんがおっしゃる通り、教頭や校長になる人の中には考えものだと思えるような御仁がいっぱいいます。よほどうまいことをやってのし上がって来たのだろうと憤懣やるかたない場合が多いのです。第一、どこの教育委員会も可笑しい方が必ずいます。自分で謝罪する勇気もない方がいて、こんな人の下では決して働きたくないなぁと思えます。官僚主義がそうしているのでしょう。明治ご維新の時からの官僚主義ですから、しつこいものです。早稲田大学の臙脂(えんじ)色は何故あのような色なのかお分かりでしょうか。自由民権運動でテロにあって倒れた大隈重信公が地面に流した血痕の色なんです。決して大隈の名前を忘れまいぞという精神が脈々と、あの大学には流れているからでしょう。彼も又明治の苦悩に対し頑張った一人でした。司馬遼太郎の「坂の上の雲」を是非一度お読み戴きたいです。彼が40代の10年間まるまる注ぎ込んで書いた司馬遼太郎最大の小説です。ご維新の時、日露戦争に僅かな幸運で勝ってしまったから、それ以降の軍部は国民総痴呆化にしていったのです。日露戦争から原爆が落とされて、悲惨な敗戦までたったの40年ですよ。信じられない短時間なんです。戦後経済だけ突出して、阿呆なバブルを体験しましたが、未だに明治ご維新からの混乱が続いていると思われませんか。
     
     尋常小学国語読本を丹念に時間がある度に読んでいますが、なかなかいいものもあります。道徳的な部分は小泉八雲が誉めるだけのことはあるのです。でも可笑しなものも多いですがね。要するに一切合財ガラガラポンをしないと、今後やって行けないと思えてなりません。多分七月頃の子供が、お陰様で私にも恵まれまして、生まれるのですが、日本の学校で教育を受けさせたくない気持ちでいっぱいです。逆に山間部の小さな分校に行かせるとか、私自身の親として様々に考えるこの頃です。ユダヤ人は世界一お金持ちですが、ユダヤの子供は満五歳までに「世界偉人伝・全巻」をそらんじさせるのです。それがいいとか悪いのお話ではなく、そのくらい教育には大人は全神経を投入しているということです。
     
     親も情けない親が多いですね。戦後自信喪失をした親から甘やかされ育てられたのですから、押して知るべしでありましょう。心の余裕がないですし、精神的に虚弱です。先ず親の教育からしなければならないような現状でしょう。親失格の大人がいかに多いことか、全く腹が立って来ますね。どうぞ奥様には銀河さんが何よりもお話を聞いてさしあげてくださいね。そして一緒になって精神的にですが、戦いましょう。私もご協力致します。疲れてしまわないようにと、せめてご伝言下さい!今日も有難う御座いました!
     

  7. 文殊 より:

            風音さま
     
     ええ、お陰様でゆったりと楽しく過ごしています。やっぱり彼女がいるのといないのとでは大違いです!女人は不可思議なり、女人は美しきものなり、そんな気持ちが自然と心の底から湧いて参ります。妻は今まで料理を殆どしたことがなく、最近義母から少しずつ学んでいるようで、今回はこんな状態ですから、甘んじてちょっとやって戴いています。でもやっぱり当家のシェフの座は決して明け渡さないつもりでいます。ウフフフ!!
     
     いやはや風音さまのご一家ご一族さまが教師だったとは。道草先生の書いていらっしゃる時代と今はまじに違いますね。
     
     ところでお話は変わりますが、日本はスイスのような永久中立国になりたくても、今の日本では全く望み薄ですネ。スイスは大統領制で、国民皆兵制で、殆どの大人は武器を持つ事になれています。日曜日の日なんか、あっちでもこっちでも射撃大会があります。自衛の手段とちゃんとした思想が行き届いていますから、可能なのですが、日本は先の戦争の後遺症で、殆ど不可能ですね。でも僕も考えたことがあったのですヨ。一年間の兵役をするか、二年間のボランティアをするか、男女成人したら、どちらか必ずしなければならないような制度を作ればいいと。戦争は永久に放棄していますが、自衛のための戦いはあるかも知れない。国家という大前提や国民としての義務や、それぞれが絶対に必要なことだからです。官僚の腐敗も目にあまるものがありますし、この国を本当に憂いています。教育問題は中でも最も大切な問題で、どの方角に行こうとするのか、さっぱり哲学が見えません。小さな声ですが、少しでも改善されるよう発信し続けたいと思っております。
     
     ご父兄の方々の自覚も酷い時代ですね。何とかならないものでしょうか。でも小さな声ながら大きな声を出して行きたいものだと信じています。今日もおいで戴き有難う御座いました。
     

  8. 良枝 より:

    こんばんわ。りんこです。
    日本史をグローバル的に!!
    これは私個人としても痛切な願いです。
    外国に行って自分の国としての意見、自分の国の立ち居地を
    知らずに
    他国の事情を痛烈に浴びせられることの苦痛、無念。
    教育を先導するかたがたは
    そういったことをちゃんと理解しているのでしょうか?
    (私が中国に留学した年はくしくも?首相の靖国参拝の年であった)
    そういった点では
    教師そのものにどうこうといった問題はあまり無いですね。
    教育そのものの先行きをしっかり定め
    方向性のしっかりとした未来に続く教育をと望むばかりです。
    そういえば、
    私の小学校の頃の担任は私の卒業した年に痴漢の現行犯で逮捕されました。
    被害にあったかたは女子高生だったようですが、
    当時小学6年の生徒たちが被害を受けなかったわけが無いでしょう?
    教師の問題、いろいろと取り上げられていますが
    結局、個人の資質にかかわるところが大きいと思うんです。
    立派な方はたくさんいます。
    だからこそ、教師に不向きな方は自分で見極めてほしいですね。 苦笑
    いたずらをする教師は、ストレスのためにやってしまったでは済まされないんですから。
     

  9. 文殊 より:

           りんこさま
     教育の問題は最も切迫している問題です。りんこさんが中国に留学している時に靖国問題が出ていたということはあのライオンキングの時でしたね。それぞれの国にはそれぞれの事情がありますから、国家のためにイノチを投げ打った方々への鎮魂の思いは至極当然ですが、中国が怒っている最大の理由は戦犯合祀の問題です。遺族の間にも色々な論議があるようですが、戦犯が合祀されてから、日本国天皇は全くお参りしなくなりました。昭和天皇は戦犯合祀について極めて存外な忸怩たる思いがあったのでしょう。私も同意見で、戦犯の合祀には断固反対です。果たして本当にあの方たちは戦犯であったのかどうか、その議論もありますが、多少捻じ曲がった裁判であったとしても、国際的な極東裁判で裁かれたのですから、栄誉ある処刑だと何故割り切れないのか、そこが不思議でなりません。東条英機の孫とか、なんかそんな方が出て来て、ああじゃこうじゃ述べていますが、そこが全く理解できないのです。でもそんな日本だけのお話をしている間に、中国はチベットを49年前に圧倒的武力で徹底弾圧し奪取し、現在でも国際的に大変な問題になっています。中印(対インド)戦争とか中越(対ベトナム)戦争など未だ新しい問題です。新疆ウルガイ地区の問題も過酷な問題です。中国共産党は拡大主義を貫き、優しい隣国は北朝鮮だけではないでしょうか。人のことは言えないのです。
     
     さてりんこさんのご存知の先生がそんなことになってしまって、その先生に全く同情の余地はありませんが、現在教育の現場は凄いことになっているのです。じかに生徒に接する時間がないと言った方が早いのです。各種報告書なるものがあるからです。評価制度はいいと思うのですが、その評価をするために報告書が存在し、イジメなどは隠した方が成績が上がったり、どうもその辺があやふやで、可笑しな先生こそ教頭になったりしています。出世はともかく、先ず子供たちと向き合って行ける先生がいいのですが、出世街道に目が行ってどこか変でしょう。さらに教育環境の場を政治の具に一切して欲しくないし、やはり先生方が現在抱えている余分な部分を省いて欲しい一念で、この記事を書きました。
     
     りんこさんがおっしゃるように、ストレスでやってしまったなどと全く言い訳になりませんね。根本から教育し直すべきなのは、一部の先生なのでしょう。そんな中を潜り抜けて、りんこさんはよく頑張って来られましたね。これからも頑張って参りましょう!エイエイオ~~~~!!
     

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