北の櫻はかけあしで

 

三春の瀧櫻

瀧櫻

 三春の瀧櫻 現在満開   (三春町 瀧櫻情報 連日更新中) 

 

 

 

                   北の櫻はかけあしで

 

 

 今年は怪我によって、あちこちの櫻に逢いに行けず淋しい限りです。でもそっと傍に妻がいるから、何とか我慢出来るような気でいますが、それでもメールで各地の友人から櫻便りが届くと、居ても立ってもいられません。今日満開になった櫻は福島県三春町の『瀧櫻』です。樹齢千年と言われているのですが、どうでしょう、この艶やかさ。「年老いていよよ華やぐ櫻かな」とつい口に出てしまいます。更に角館の武家屋敷では本日開花したとか。山形県ではあちこちの櫻が満開だとか、「春風の花を散らすと見る夢はさめても胸のさわぎなりけり」と西行になりきっているような気分で、嬉しく、そして哀しくも可笑しな興趣です。櫻前線は青森の一歩手前まで進んでいます。

 

石割櫻

 盛岡裁判所前の石割櫻

 

山形県白鷹の釜の越し櫻

 山形・白鷹町の釜の越し櫻

 

角館・武家屋敷の枝垂れ櫻

 秋田角館の武家屋敷 枝垂れ櫻(まだ開花したばかりだが、19日よりさくら祭り)

 

黒部の江戸彼岸

 黒部の江戸彼岸満開

 

長野県牟礼村の大山櫻

 長野県牟礼村の大山櫻

 

白鷹の十二櫻

 山形県白鷹の十二櫻

 

小岩井農場の江戸彼岸櫻

 岩手県小岩井牧場の一本櫻

 

  私が各地の櫻情報を知り、やや憮然としていると、妻は優しく顔を撫でてくれる。来年も再来年も花は咲くし、櫻は逃げんのやしぃという。ウチも一緒に櫻に寄りそうて生きるんやさかいにと。見透かされたように思い、今度は私が妻の顔をじっと見詰める。そんな最中に高遠からアズマヒガンの櫻満開のファックスが届く。西の方ではすっかり櫻を忘れ掛けているのに、私たち夫婦の意識内ではまだまだ櫻の夢ん中!すっかり大きくなった妻のお腹で抱き合うと、三人で一緒。女人不思議なり、美しき女人の尊大さなり。櫻、美し麗しき不可思議世界。それに以上に天のものなり女人。うら哀しさの中で、何かが確かな気配する。

  あの天才・久坂葉子のことは最近Hayakawaさん「エッセンス・オブ 久坂葉子」として上梓されたようで嬉しい限り、櫻の花びらを思う時、つい若き女性たちの夭逝を特別に痛感せられる。特に主人はお母様からいつも読んで戴いていたらしく、金子みすゞへの思い入れは半端ではなかった。主人のブログ・櫻灯路「散ったお花のたましいは」「散ったお花のたましいは ふぅちゃん篇」を書き、新たに私が「花のたましい」と題して書き添えた。金子みすゞの場合、みすゞの母親も男運がなく、みすゞ本人は勿論あの通り夫が移した性病が遠因で自殺して亡くなっているが、お嬢さんのふぅちゃんまで男運がなく、親子三代にわたって悲運の中にあった。こんなこともあるのだろうか。ただみすゞが生まれた仙崎は鯨法会と言って、たくさん獲れたクジラを供養するような信仰心が篤かった場所柄、あのような稀有な優しさに恵まれたのだろうか。ああ今こそ季節は実にいい季節だ。他の夭逝された多くの方々もご一緒に、あの春の白神山地にお連れして、目に染み入るような新緑と紅山櫻のさなかで、適うならみんなで花遊びをしたいものだと思っている。どこかで再生を願いつつ。

 私も主人の影響で、みすゞの歌が大好きになったので、「私と小鳥と鈴と」「海を歩く母さま」「お勘定」「お魚」「土と草」「海とかもめ」「鯨法会」「つばな」「土」「積った雪」「お花だったら」「花のたましい」「雲」「星とたんぽぽ」「日の光」「見えない星」「輪まわし」「蜂と神さま」「見えないもの」「夜なかの風」「きりぎりすの山登り」、数えられないぐらい読んだものだ。でも今宵は櫻の時季につき、みすゞらしいとっても可愛い歌を一つだけ書いておこう。

 

                    『さくらの木』

 

           もしも、母さんが叱らなきゃ、

           咲いたさくらのあの枝へ、

           ちょいとのぼってみたいのよ。

 

           一番目の枝までのぼったら、

           町がかすみのなかにみえ、

           お伽のくにのようでしよう。

 

           三番目の枝に腰かけて、

           お花のなかにつつまれりゃ、

           私がお花の姫さまで、

           ふしぎな灰でもふりまいて、

           咲かせたような、気がしましょう。

 

           もしも誰かがみつけなきゃ、

           ちょいとのぼってみたいのよ。

                        金子みすゞ 作

 

白神山地

 白神山地の紅山櫻と新緑

 

白神

 悠久の白神 新緑・ブナ林

 

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北の櫻はかけあしで への8件のフィードバック

  1. haruka より:

    硯水亭様
    初めてコメントいたします。「はるか」です。
    いつも楽しく拝見させていただいております。
    東北の桜も、(当り前のことですが)きれいな木がたくさんあるんですね。
    こうやって、毎回こちらのブログで桜前線の北上とともにその写真が見られるのは幸せです。
     
    私が見た桜で強く印象に残っているのは2つあります。
    ひとつは、こちらでも紹介されていた、小石川植物園の桜。種類が本当に多く、桜ってこんなにいろいろあるのだと
    桜のすばらしさを実感しました。
    もう一つは、昔大学の国文科の遠足で行った、市川の真間、弘法寺のしだれ桜です。
    当時、しだれ桜というものを恥ずかしながら全く知らなかったので、万葉や里見八犬伝の舞台を散策しつつ
    行き着いたそのしだれ桜がとても神々しく目に焼きついたのをいまでも覚えています。「伏姫桜」だったと思います。
     
    それではまた。御迷惑でなければ、また寄らせていただきます。
     
    はるか

  2. Unknown より:

    櫻紀行の計画に余念のなかった硯石亭さんに、今回の不測の負傷は大打撃だったと思います。されど、また自宅に謹慎状態でありながら、香の君の類無き優しい看病により、外傷は元より心の癒しは多大なるものがあったことでしよう。行動派のご主人にとっては、まさに災い転じて福となすの喩え通り、滅多に無い親密で充実の時期が持てた幸運と、却って羨望の念も禁じ得ないものではあります。私の櫻紀行など知れたもの。それでも、有名無名の様々な櫻に出会う機会の、例年になく多い年ではありました。常照皇寺の九重櫻には久し振りの対面でしたが、その栄枯盛衰を目の当たりにして愕然たる思いがありました。しかしまた古里では、魚ケ渕の枝垂櫻に初めて逢うことが叶い、遠き古き時代から今日に至る人の世の哀感をしみじみと味わったことでした。櫻博士の言によれば、8月を除いて1年を通じて櫻が見られるとの由。長女宅の周辺で、今は八重櫻(牡丹櫻?)が咲き誇っています。昨日の上州でも、今が櫻の真っ盛り。川場村では銘木こそ見ませんでしたものの、どこへ行っても染井吉野が満開で枝垂櫻がほぼそれに近く、また八重櫻の蕾が膨らんでおりました。この土地を訪れたのは初めてでしたけれど、春が一度に訪れる光景にも、また深い感動を覚えました。今夜には京都へ帰る予定ですが。奥様の言われるこどく、櫻は毎年咲きます。その年毎に観る者の気持ちが不変であれば、いつの年の櫻も優しく迎えてくれることでしよう。遠い日の櫻を思い出させてくれる童謡をどうぞ。(道草)
     
    「絵日傘」  大村主計
    桜 ひらひら 絵日傘に蝶々もひらひら きてとまるうばのお里は 花の路すみれの花も たんぽぽも
    まわす絵日傘 花吹雪ひばりもぴーちく 来てあそぶうばのお里は 春がすみ絵日傘くるくる 通りゃんせ

  3. 良枝 より:

    こんばんわ。りんこです。
    遠出の苦手な私にとって、
    これだけさまざまな桜が力強く咲いてい事を知れるのは
    衝撃的な朗報です。
    感動的ですねぇ。
    さくらも大変すばらしいですが、
    ブナの写真も大好きです。
    樹木の幹が好きなんです。
    四季を問わず
    これからもきっとずっと大好きです。

  4. 文殊 より:

           はるかさま
     
     ずっと拙ブログをご愛読戴いておりましたのを、存じておりました。大変忝く存じています。又今回は折角のカキコにして戴いたのに、お返事がすっかり遅くなってしまったことを深く反省致します。これでも会社のこともありますし、45歳定年(当社の規定 人生二度説)退職後の仕事の準備もあります。更に一応新婚のつもりであり、今夏初めてのヤヤコが生まれる予定です。妻は京都が実家なのですが、相変わらず向学心が旺盛で、大学院を辞めたくないと。それは是非続けなさいということで、新婚ながら京都と東京とで離れ離れなのです。まぁ色々と雑用かたがたたくさん御座いまして、すっかり遅くなってしまった段、心からお詫び申し上げます。
     
     東大付属小石川植物園に行かれて櫻見学をされたとか、よかったですね。櫻の種類は現在日本で認証されているだけで、350種類ぐらいですが、小石川植物園にはその一割がありますから、多い方でしょうね。JR高尾駅から徒歩10分くらいで行けるサクラの保存樹林がありますが、そこは殆どの櫻が網羅されています。元林野庁の山で、現在多摩森林学園の保存樹林になっています。3月終わり頃から4月いっぱい楽しめますので、お時間がありましたら、是非どうぞ。
     
     真間にも行かれたのですね。千葉県でも有数の古刹である弘法寺は、天平9(737)年行基菩薩がこの地を訪れた際、手児奈姫の霊を弔うべく、お堂を建立し、「求法寺」と名付けたのがこの寺のはじまりとされています。その後、弘仁13(822)年、当地に立ち寄った空海(弘法大師)により「弘法寺」と改名されたといわれていますが、これはちと怪しいかもしれませんね。あの川崎大師や西新井大師にも空海の足跡はありません。そこの一番いいところに『伏姫櫻』があるわけですが、推定樹齢は300年とも言われているようです。主幹はすでに枯れ、2m位のところで切断され覆われていて、現在花が咲いているのは斜めに大きく伸びた脇枝なんですよ。樹高(目測で約8m)、幹回り(目測で約3m)でなかなか立派な櫻ですね。
     
     日本史の中で櫻は特異な存在で、農耕と深く関わっていたのです。現在でも「種まき櫻」と称される櫻は方々にありまして、櫻の開花に合わせて農耕儀礼を始めたものと思われます。武家の紋章などになったのはずっと後で、平安末期の源平合戦だったでしょう。第二次世界大戦で敗戦するまで、明治のご維新から櫻は軍部の象徴でした。櫻にとってはとっても迷惑な話だったことでしょう。このような拙いブログですが、よろしかったら是非どうぞカキコしていってくださりませ。今日は有難う御座いました!
     

  5. 文殊 より:

            道草先生
     ご長女さまとのご旅行だったのでしょうか。温泉は同窓会の東京支部で行かれたのでしたか。さぞや美味しいものや温泉三昧でご納得されたことでしょう。しかも満開の櫻つきで!先生に逸早くご報告があります。実は今日の午後の診察で骨がくっついたからと言って、固定器具を全部外して戴いたのです。未だ家内とは電話していませんから、先生が最初になるわけです。もう嬉しくて嬉しくて!今回家内が予期せぬ折に手伝いに来てくれたからでしょうか。予想外に早かったと思っていますが、リハビリ期間がかなり掛かりますから、未だ平常の時のように歩けませんが、明日からは和服からスーツ姿になれるかと思うとそれだけで感激です。右脚の重心にまだまだ体重を掛けられません。松葉杖のお世話にしばらくならなければいけないのですが、焦らずしっかりとリハビリして参る所存です。今晩妻に報告後お風呂に入るのがとても楽しみです。痒くて痒くて参っていましたから。愛する者の存在がこんなに大きいのですね。妻にだけではなく、ありとあらゆることに感謝感謝の気持ちでいっぱいです。本当に先生にはご心配をお掛け致しました。徐々にリハビリに専念し、来るべき赤ん坊の誕生日には間に合って、自らの手で抱きしめてあげたいと思っています。本当に有難う御座いました。
     
     さて先生!一斉に花が咲くのは山梨だけではなく、現在は福島や山形などがそうです。桃・櫻・梨・サクランボなどの果樹に加え、タンポポから姫踊り子草や仏の座などの野の花、そして最後少々だけ時間差をおいて林檎の花が咲きだします。花霞とはかくなるものかと驚嘆すること請け合いです。福島の庭坂を中心とした果樹園が多いところでは、見渡す限りそれこそ桃源郷なんですよ。福島には我々も注目している櫻を中心にした花見山が御座いまして、それはそれは見事に咲いてくれますから、凄いんです。北国の春は何もかも一気に押し寄せて参ります。そこが凄いところでしょうね。
     
     先生!東京のお酒は美味かったですか。ご自宅での奥様との一献の方が遥かに美味しいのではないかとご拝察されます。今夜は久し振りのご自宅ですから、どうぞごゆるりと一献花残り酒とでも参りましょう。私も妻の許可を得てから一献戴くことに致します。本当に先生!有難う御座いました!童謡も好きです。いいものですねぇ!

  6. 文殊 より:

         りんこさま
     樹木とは不可思議な世界ですね。樹は切られても尚千年二千年と生き続けるのですから、近代国家の鉄筋なんぞ、たった5,60年しか持たない設計が多いものですから、脆いものだと思いますねぇ。それに引き換え、奈良や京都の御寺での柱や心柱になっている樹木の強さったら考えられないくらいです。天平の時代に伐採された樹木が未だに生きているのですし、下手な鉄筋より遥かに強いのですから驚きです。樹は年輪の部分は既に生きておりません。でも表皮と表層だけはずっと生き続けます。櫻の伐採跡始末は、だからコンクリートを入れたり、金網を張ったり、他の樹皮とそっくりに色を染めたり、何故平気で出来るかということですが、時代が進むにつれ、それらの修復の跡は表層でまるきり包まれてしまうんです。一見修理された樹かどうか全く分からなくなるからであり、コンクリートなどは年輪とともにいつまでも存在し続けるのです。
     
     櫻の中でも、山櫻や江戸彼岸の櫻の種類は樹が硬いので、一升枡とか秤とか天秤棒に使われて来たのです。凄いでしょう!染井吉野は江戸後期に人工的に造られたものですから、寿命も短いし、種から樹の芽が出ないのです。全部染井吉野は接木という方法を使われて成長するんですよ。だから現存している最古の染井吉野は樹齢百年ぐらいの樹です。茨城県真鍋小学校の校庭に咲く五本の染井吉野が一番古いでしょうか。多分百年以上になっているようです。しかも可笑しなことに校庭のど真ん中にあるんですよ。元は校庭が小さかったけれど、隣地を買収して校庭が大きくなったせいです。従ってドッヂボールや野球やサッカーなどは出来ませんので、お隣の中学校を借りておられるようです。
     
     りんこさんが大きな樹木が好きだなんて、嬉しい限りです。この写真は白神山地の写真ですが、屋久島には縄文杉もあるのですから驚きですね。これからもたくさん出しますので、どうぞお楽しみにしてくださいね!
     

  7. 道草 より:

    つい先ほど帰宅しました。足の固定器具が、もう外せたのですか。良かったですネ!それにしても、凄い回復力に驚きました。日頃から精進されている体力もさりながら、まず、硯水亭さんの場合は、並みはずれた逞しい気力の御かげでしょう。それに加え、最大の貢献者はなんと言いましても、奥様の献身的な愛情です。これは声を大にして申し上げます。他の方々も異論はないでしょう!もし、奥様が存在されて居なければ、おそらく今の百倍は長引いたことでありましょう・・・。というのは冗談としましても、限りなき優しい奥様の情愛がどれだけ快復を早めたか。計り知れない深さのあることは万人の認めるところです。
    いずれにしましても、良かったです。晴れて今夜の御酒は格別と思います。私も西の空から、復活酒の祝杯を上げさせて戴きます。京都へ帰りますと、近くの八重櫻が満開でした。塩河原温泉へは、長女夫婦と4人で参りました。群馬県はそれほど北国ではないのでしょうが、一斉の春の訪れを初めて満喫致しました。これからも、櫻紀行に心掛け、日本の方々の春の姿を味わいたく思います。櫻博士の足のご快復と共に、宜しくご指導を賜りますよう、お願い申し上げます。本当に早いご快復、おめでとうございました。
     

  8. 文殊 より:

            道草先生
     今朝東京をあとにしてから、真っ直ぐ学校へ。そして今大学院の研究室から自宅に帰ったばかりだったようなので、早速家内に電話で報告致しました。思わず電話口で涙ぐんでおりました。よほど感激したようです。私も思わずウルウルしちゃいました。先生がおっしゃる通り、妻がいてくれたから、このように早い回復だったのでしょう。それとやはり近代医学のお陰でもありましょう。有難いものです。今夜はお酒のアテが何もないんで、適当な乾物を焼いてから戴くようにしたいと思っていますが、妻の許可も晴れて出ました。京都の方角へ向かってこれから祝杯をあげさせて戴きます。又ご丁寧にカキコまでして下さって、心から御礼を申し上げます。有難う御座いました!とりあえずですが、ペコリ!
     

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