葉櫻 煩悩の過ぎ去りし日

 

 

御苑

 

 

       葉櫻 煩悩の過ぎ去りし日

 

 CEO筆頭に10名ほどで、新宿御苑に行って参りました。広大なる敷地で、現在は環境庁に属しています。昔は徳川譜代大名のお屋敷跡で、小石川植物園のような変化に富んだ庭園ではありません。二輪草やムスカリや花ニラなど雑草に似た花は一つもなく、よく手入れされてあります。和洋式の庭園がそれぞれあって、なかなかの風情なのですが、私は小石川植物園の方が遥かに好きです。連れて来て戴いて、文句を言うものじゃありませんから、車椅子に押されながら、ただバカチョンのデジカメでパチクリ写真を撮っていました。日ごろの疲れがどっと出た所為でしょう、CEOは日翳の中でしばし居眠り。相当な疲労のようであり、思うように私が動けなかった分を頑張ってくれたのでしょう。本当に済まない気分でいっぱいです。

 でもどうだろう、この爽やかな風景は!薫風そよぎ、葉櫻はいい。一切合切の煩悩を浄化してくれるような、そんな葉櫻です。この櫻若葉の青空に、智恵子の空はないけれど、でも見慣れた私たちの青空が広がっていました。鬱金は散る間際になっていましたから、ピンクに色付いていました。関山と松月だけは元気いっぱいで、一葉や太白や紅殿などが既に終わり掛けていました。珍しいことに霞櫻が小さな小さな純白のイノチを燃やし続けていました。薔薇はたった一論だけで、躑躅はまだ三分咲きでしょうか。光と影がめくるめくように交差し、時空の大きさだけが青く感じられました。一つ一つの風景に、櫻花でグルグル巻きになっていた煩悩の日々が一枚一枚と少しずつはがされて行くようで、まさに生命の萌えいずる時を実感致しました。そう、今こそしっかりと生きなければならないと思い直しました。

  情念で、櫻とお付き合いすると、身体に直ぐ跳ね返ってきます。これからは神仏の声なき声を聞き、理法に沿って生きて参りたいと痛感しています。多分永遠に自分が見えない自分がいるからなのでしょう。 全部自分が分かるなどという横柄さや野暮さは、成長しようとする自分の根っこを、自分でばっさりと切ることに酷似しているのですから。

   御苑 御苑 御苑 御苑

    御苑 御苑 御苑

    御苑 御苑 御苑

    御苑 御苑 御苑   

   御苑 御苑 御苑

    御苑 御苑 御苑

    御苑 御苑 御苑

    御苑 御苑 御苑

    御苑 御苑 御苑

    御苑 御苑 御苑   

   御苑 御苑 御苑

    御苑 御苑 御苑

   御苑 御苑 御苑

   御苑 御苑 御苑  

   御苑 御苑 御苑   

   御苑 御苑 御苑

    御苑 御苑 御苑  

   御苑 御苑 御苑  

   御苑 御苑 御苑

    御苑 御苑 御苑

     上記写真のことでしたら、何でもご質問にお応え申し上げます。どうぞお気軽に!御持ち帰り自由です。カメラのせいでピンボケあり

 

広告
カテゴリー: パーマリンク

葉櫻 煩悩の過ぎ去りし日 への5件のフィードバック

  1. 道草 より:

    「すつかり葉ざくらとなり別れる」(山頭火)。刻々と時は流れ、歩けばいつしか櫻は青い葉ばかりとなりました。京都新聞の「花だより」もほとんどが〝散り始め〟となり、昨日で終了です。ただ、奥比叡のみが〝つぼみふくらむ〟と。それでも、八重櫻がまだ満開の所もあります。旅行で暫らく不在でしたので、今日は御室の仁和寺へ出掛けようと思っています。私が近くの嵯峨野病院へ肋膜と肺浸潤で入院したのは、35年前の長女が1歳になったばかりの頃でした。夜遊び(麻雀+飲歩き)が過ぎた天罰でした。社医から、有数の名医が居るからと推薦された古い病院でした。季節は11月の終わりで、病室の窓から見える櫻はすっかり葉が散っていました。真面目(!)に療養に努めた甲斐があって病状は忽ち快方に向かい、近くの御室の櫻が満開になる頃は完全に回復しました。そして、その八重櫻が葉櫻になった6月に退院したのでした。妻子を不安に陥れ深く改心した私は、その後は健康一途の日々を過ごしております。御室の櫻に再会したいと思いながら、いつしか月日が流れてしまいました。今日は会いに参ります。それにしても、硯水亭さんの行動力は凄いの一言ですねぇ。松葉杖を突きながら、これほどの撮影をされたのですか?感嘆の言葉以外、何ものもありません。因みに真っ白な櫻(右端の上から8番目)は、何と言う名称でしょうか。京都近辺にはありますか?今週中には、大阪造幣局へも出掛ける予定ですが・・・。
    「御殿の櫻」   金子みすゞ 御殿の庭の八重ざくら、花が咲かなくなりました。御殿のわかい殿さまは、町へおふれを出しました。
    青葉ばかりの木の下で、剣術つかひがいひました。「咲かなきや切つてしまふぞ。」と。
    町の踊り子はいひました。「私の踊りをみせたなら、笑つてすぐに咲きませう。」
    手品つかひはいひました。 「牡丹、芍薬、芥子の花、みんな此の枝へ咲かせましよ。」
    そこで櫻がいひました。「私の春は去(い)にました、みんな忘れたそのころに、私の春がまた來ます。

  2. 文殊 より:

            道草先生
     
     昨日は超楽をさせて戴いたお陰でしょうか、今日は滅茶苦茶な忙しさで、まだ仕事中です。長時間、お返事を遅れて申し訳御座いません。やっと夕飯の時間になりまして、食事をとった後も若干仕事が残ってしまいました。そう言えばそうでしたね。先生のご入院のお話は以前お伺いしたことがありました。ご長女さまの誕生間もない頃だったんですか。先生は羨ましいです。若い時に遊べたのですから。私の場合は殆ど遊びがありませんでした。片時も離してくれませんでしたから。そんな調子ですから、主人も私も倒れるまで働きづめでした。その主人のご遺骨の一部が眠っている仁和寺です。特別な思いが御座いまして、あの「若菜摘む~」の光考天皇の発願で出来た御寺というばかりではなく、主人始め歴代のご先祖さまが眠っておいでです。そして御影堂の岩彩画がありましたね。写真のフラッシュのせいで半分見えなくなった絵ですが、あの絵の存在が一向に分からないのです。きっと気前のよかった主人ですから、ひと言言われてどなたかに差し上げてしまったのではなかろうかと思うのですが、あの御影堂の階段に咲く左右の御室櫻が御室櫻の中で一番古い樹で、あのようなスケッチはそうないものですから、いまだに探しているところです。
     
     本日は奥様とご一緒で御座いましょう。勝手ながら多分花びらは殆ど散ってしまったのではないかと推察されます。あっても少ないかも知れませんね。幹がなく、土から直ぐ枝が出ているような櫻で、別称で「お多福櫻」とも。大きな花びらで、どこかに書いたことがありましたが、凄い低気圧の時主人と一緒でした。地面から湧き出るような息をつけないほどの凄い花吹雪でした。あれから何年経ったのでしょうか。多分10年以上は過ぎていると思われますが、先生にとりましても特別な場所でありましょう。先生の時代では何か恥じなければならないような肺の病気ですから、その半年以上の入院生活は精神的によほど過酷なものではなかったでしょうか。でも奥様や生まれたばかりのご長女さまからの御激励のお陰で、お元気になられて何よりでした。
     
     金堂の直ぐ傍の辺りに、小紫の躑躅が爛漫と咲いていたことでしょう。鐘楼の紅色も新緑に映えて美しかったのでしょう。さすが先生には隠せませんね。この純白の花が太白(たいはく)という花です。大きな樹でしたが、2,3輪だけ私が行くのを待っていてくれたようでした。実は大好きな櫻なのです。大きな、多分最も大型かも。純白に輝いて咲く姿は古武士のような風格があります。威厳に満ちているというか。小石川植物園でも写真を載せてありますが、先生でしたら、多分直ぐお分かりで御座いましょう。
     
     先生の半分でしかありませんが、毎年あああ今年も花を観れるという感慨は、日本人として生まれてよかったとつくづく思う一瞬です。先生にとりましては、今年は櫻にさぞや目がいったことでしょう。ここに悪いのがいてますから。あはははは!造幣局にも是非どうぞ、そろそろ会期が終わる頃ですから。今宵は遅くなりますが、先生のお宅の方角に向けて乾杯をさせて戴きます。そそ、言い忘れました。昨日は車椅子で移動が中心でして、セキュリティの方々3名が交代して押して戴きました。あっちに行け、こっちだ、いやそっちだと、わがままの言いたい放題でした。花のためなら仕方がありませんね。でも新宿御苑は広大で、小石川植物園のように、コンパクトにまとまっていないのです。彼らには帰りがけ特別に個人的なチップをはずんだところでした。こうしたことも彼らにはいい思い出となることでしょう(←自己チュウ)。ではカンパァ~~~~~イ!もう少し仕事してから帰ります!
     

  3. 文殊 より:

         道草先生
     
     済みません、何度も!この純白の櫻である「太白(たいはく)」は造幣局にも御座います。東京がこの有様ですから、もし観られたら最高でしょうね。金子みすゞの歌も大好きな歌で、何から何まで本当に有難う御座いました!では!
     

  4. ただ今カフェで読書中 より:

    硯水亭様
     
    まあ、何とたくさんの櫻、美しい櫻、可憐な櫻、すがすがしい櫻、きっぱりとした櫻、キュートな櫻・・・たっぷりの櫻をシェアしてくださったことに心より感謝いたします。本当にありがとうございます。
     
    「日の光の美しい事! そしてさくらの花がひらひら散る。私達の心が一日中おどるようだった。
     今日こそ本当に春」
     
    これは松田瓊子、17歳の春の日記の一部です。
    私の心もおどるようでした。
     
    それにしても、葉櫻もまた、心が透き通るような眺めですね。
    どうもありがとうございました。

  5. 文殊 より:

           Hayakawaさま
     
     何とか歓びの一端をお届け出来て、こちらの方こそ法悦というものです。
    有難いコメントで、ついついウキウキして来るような嬉しさです。
     
     葉櫻もなかなかなものですね。脚の怪我がなかったら、まだまだ櫻を追いかけておりました。多分今頃は弘前辺りか松前か。
    北の櫻も素敵ですよ。ダァ~~レもいなくて、櫻とただ押し黙って見詰め合って・・・・・・・。そんな瞬間もいいものです。
    でも怪我のお陰で、櫻への思いをキリのいいところで一端切るのもいいもんだと初めて感じました。例年ですと櫻休暇をとって
    いましたから。そんなわけで葉櫻のいさぎよさを思い切り痛感した次第です。
     
     車椅子だったものですから、あっちへ行けハイ今度はこっちだとわがままの言いたい放題を言わせて戴いて、
    まぁ偶にはわがままになるのも悪くないなぁと感じ入った次第です。葉櫻のなかにいると風も爽やかで、
    17歳の松田瓊子さんになったような感じです。新緑が思い切り始まっていました。頑張りましょう!!!!
     

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中