櫻・病・枯死 そして再生へ

 

奈良八重櫻

  あをによしの歌に詠まれた奈良・八重櫻

 

 

                 櫻・病・枯死 そして再生へ

 

 

 巻頭の写真は奈良で最も有名な奈良八重櫻であります。原木は東大寺の裏手にある知足院に、四月の終わりにもなろうかという時ひっそりと咲き誇り、関西ではシーズン最後の櫻になっています。伊勢大輔が「いにしえの奈良の都の八重櫻けふ九重ににほひぬるかな」と詠まれた八重櫻はどんな櫻であるのだろうか、古代奈良に美しい八重櫻があったということだけしか分かっていませんでした。大正時代の植物学者・三好学博士は全国にその探査・調査をしたところ、ついに奈良・東大寺の塔頭(たっちゅう)知足院の裏庭に、他では全く類例の見ない気品に満ちた櫻があることが分かりました。そして文献や古記録や古歌や史実を丹念に調べあげ、これが奈良・八重櫻であると確証が得られ、それと断定されたのでした。大正11年4月下旬のことです。直ちに植物学誌に報告し、櫻の新種・ナラヤエザクラとして発表されました。翌年の3月に国から天然記念物として指定され、現在は子樹を少しずつ増やしながら、市と県の花となっています。関西圏では四月で一番最後の櫻の開花となっています。

 このように偶々運のいい櫻もありますが、世界一櫻の品種が多い我が国では、北海道で生まれたピカピカの新種もたくさんあります。松前の小学校に赴任して櫻の改良・開発に努めた浅利政俊先生がいらっしゃいました。多くの新種を育成し惜しげもなく人に与え続けた稀有な人柄の先生でした。今朝会社から電話があって、松前帰りの櫻チームが来ていると連絡を受け、運転手に迎えに来て戴いて、久し振りに皆さんに合流致しました。この一年ずっと現存の櫻の調査をして来たチームもいて、土地収用の人たち以外殆どのチームが揃ったので、俄かに会議が開かれたのです。他の人たちは会議終了後北海道に渡る計画らしく、皆元気いっぱいでした。

  奈良八重櫻  静内の蝦夷山櫻  弘前城の櫻満開

    奈良八重櫻              北海道・静内の蝦夷山櫻                弘前城址公園の染井吉野 

 

 報告書を書くつもりで何人か膨大な資料を持っていました。全国の櫻の名所(主に染井吉野)の現状把握と吉野山の調査結果でした。それに古木だけを観察調査した人の記録もあったので、早速見せてもらったところ、実に大変なことが分かりました。先ず全国の櫻の名所の87%(以下ピックアップ法によるサンプル調査)が危機に瀕しているということ。20年~30年以内に現存の染井吉野は殆ど枯れてしまうだろうと。主にテング巣病に罹っており、直ぐに伐採しなければならない樹木は、その中で実に28%に近いことが判明致しました。櫻にとっては天敵の宿木(やどりぎ)が繁茂していた樹木も数多くありました。更に吉野山の櫻はまさに危機中の危機で、北側だけの斜面に咲く山櫻はこの2、3年で全滅するのではないかという大胆な憶測もあって大変なショックを受けました。掘って根周りを調べたところ、どの樹も根腐れを起こしていて、腐朽菌(キノコの種類)が樹木のあちこちにに付着し、樹木全体を朽木へ導いているというものでした。無数の病的な写真にも衝撃を受けました。これは無論地球温暖化の多大な影響下で、降水量も圧倒的に多くなり、地下水が異常に高くなって、水捌けが悪く、根は呼吸をしていない状況で、根の先端から入り込んだ菌が樹木全体にまで及んでいるからだということです。5000本或いは6000本以上が枯れる運命にあるのではないかとも。そしたら吉野の風景はガラリと変化してしまうことを覚悟しなければならないのでしょう。では補植したらいいと簡単に思われるかも知れませんが、先ず同じ場所には余程大規模で丁寧な土壌改良と地下水脈経路の改造をしなければ、新しく植えても又同じ病気に罹ってしまうだけなのです。地上にある枝葉と殆ど同じ分量の根っこがあると思って頂きたいです。観光地では櫻の繊細な根っこが人の脚によって踏まれ呼吸が出来ず、枯れる時期をただ待つのを阻止出来ないでいる櫻も多いようです。

 今後の私は櫻山計画にひたすら邁進する覚悟ですが、こんな状況では私たちの夢物語だけを考えているわけには行かなくなっているようです。㈱ウェザーニューズ社では櫻モニター登録制度が始まっており、全国で14,000人もの方々が櫻モニターに会員登録し櫻の情報を収集しておられるようです。でも情報だけではどうにもならないかも知れません。ユンボなど建設機械を製作しているコマツ製作所が始めた企業メセナとして財団法人日本花の会があります。ワシントンに櫻を送った初代東京市長として著名な尾崎行雄を顕彰するために作った財団法人日本さくらの会は、代々衆議院議長が理事長を務められていて運営されています。この二つの大きな組織が櫻の諸問題のバックアップになっています。そこへ割り込んで私たちは純粋に民間人だけで立ち上げ、広大な櫻山を確保し、そこにすべての方々が記念植樹(当然無料)をしたり、櫻を中心とした研究所・養成所・美術館・宿泊施設などの諸設備を作ろうとしています。私たちは純粋に日本人のDNAを持って生まれたからには健康な櫻を絶やしてはならないという亡き主人の大なる悲願がありました。古代稲の神にも相当した櫻は日本人の心そのものであると。私もそろそろ動きを早めなければならないでしょう。やむにやまれず、ただこうしてはいられないのです。昨日北海道各地では気温30℃まで上昇したとか、お陰で例年より早く蝦夷山櫻も咲き始めたことでしょう。可笑しな天候です。こうした危機的状況は私たちの努力だけで解決つくものでしょうか。分かりませんが、それでも必ず前へと進まなければなりません。どうぞ応援していて下さりませ!

 

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櫻・病・枯死 そして再生へ への4件のフィードバック

  1. 道草 より:

    四月最後の日曜日に、山陰沿線の八木町へ義父の3回忌で出掛けて来ました。菩提寺は山麓にある京都三龍の一つ龍興寺です。1452年建立のかなり古い寺であり、鐘楼が南丹市の指定文化財になっています。寺の周囲には梅園や蓮池があって、地元の癒し所として人気があります。今は境内におよそ150本の牡丹が満開に咲き誇っています。今年は蕾の膨らむ3月下旬に寒くなって花には相当な力が蓄えられたため、見事に美しく咲いた花は昨年より遙かに長持ちしている、とは和尚の説明でした。新緑に溢れる山腹には、数本の山櫻がほの白く色採りを添えていました。墓地参拝の後に、全員で大堰川畔の緑地公園へ足を伸ばしました。此処は以前は竹薮だった場所で、現在は遊園地やグランドゴルフ場として整備されています。川岸の芝生では、何組かのグループがバーベーキューをしたり弁当を広げたりして愉しんでいました。そして辺り一帯は櫻並木になっていて、染井吉野は花を終えていましたが、八重櫻が丁度満開でした。10年前に植樹をしたとのことで、義父の手植えの八重櫻は3メートルばかりの大きさに育っていました。西側の堤防は染井吉野の古木が10本ばかりあって、私の中学生だった頃からの馴染みの場所です。今では、季節になれば遠くからも花見客があるようになっています。しかし、この櫻は恐らく100年近い樹齢だと思います。硯水亭さんもご懸念されていますように、染井吉野としての寿命に近付いており、さていつまで持ちますか。それに比べて緑地公園の櫻並木はまだ10年そこそこの歴史ですから、見頃はこれからでしょう。櫻計画の本格的活動の時期も、いよいよ近付いて参ったようです。妻の古里であり私も青春時代を過ごしたこの口丹波の小さな町の櫻並木へも、時宜を見て是非訪ねてやって下さい。
     
    「しゃぼん珠」   幸田露伴
     
    霞立つ 町の午(ひる)過ぎかぶろ髪 愛らしき児の路傍(みちばた)の 柳に靠(よ)りてかぐはしき 気息(いぶき)やさしくしやぼんだま そと吹き出(いだ)す。
    緋桜の 苔の口に含まれし 葭のずゐより罪も無く 憂(うれひ)も知らぬをさな児の おもひの春を結びて生りて しやぼん珠出づ。
    美しく 舞ふしやぼん珠春の日に 濡れ色映えて七彩の あやにあやしく、春風の 空に浮かれてうらうらと 相追うて飛ぶ。
    其の珠の 行くへを問はぬをさな児の おもひ長閑に、其の人の あたりを恋はでその珠の 心無く去る面白の 春や、春、春。

  2. 文殊 より:

             道草先生
     
     勿論です、参ります、主人と数年前から眼をつけていたところですから。但しどちらの役場の方々も櫻の実態をしらなすぎるようで、何故根腐れを起こしやすそうな川辺や水辺を選ぶのか、それが不思議で不思議でなりません。全国何処に行ってもです。水辺の染井吉野が成功しているのは弘前城だけかと言っても過言ではないでしょう。弘前の役所のメンバーがする櫻の研究は素晴らしいものがあります。多分役所としては日本一でしょう。そして手当てが迅速で素早いのです。だから染井吉野でも百年持つ樹がざらに生育しているのでしょうね。弘前の役場の職員があちこちの県外からも依頼されて出掛けているのを見ると、つい嬉しくなります。義父どのが御手植えされた櫻がせめて百年は持ってくれるでしょう。八木は小さな町ですが、いいところですね。南丹市と聞くと、どうもまだまだ耳慣れないので、まだその範疇を把握出来ておりませんが、地方は必ず元気を取り戻すものと確信しております。このまま廃村・廃校・廃道ってあまりにも愚弄した話です。地方から大いに発信し、霞ヶ関の連中に大いに泡をふかせてやらねば気が済みません。
     
     先生はこの懐かしい風景はお似合いです。子供時分への愛惜ではなく、未だに生き続けていると確信しております。益々元気で頑張りましょう!幸田露伴もこのような詩をお書きになるのですね。しみじみと読んでいます。有難う御座いました!
     

  3. みつえ より:

    硯水亭さま五月に入りましてから久々の晴天になりました。お身体の具合はいかがでしょうか。奥様と久々にごゆっくりおできになったのではと すこしは安堵を致しております。染井吉野の現状を詳しく拝見して これほどとはこころが痛くなりました。櫻といえば山桜が好きですがやはり 日本人の多くのかたの心に咲いているのは染井吉野といっても過言ではないでしょう。千鳥が淵でも櫻を守る方々が懸命になさっておいででした。私も何らかの形でお役に立てることを 探して参ろうと想っています。

  4. 文殊 より:

           野の花さま
     
     わざわざおいで戴きまして感謝感激です。有難う御座います。お陰様で固定器具は外せたのですが、まだまだ右脚に重心が掛けられません。膝の周辺の筋肉の強化が先になるということです。歩けたとしても、しばらく膝の水を抜いたり、膝に何とかサンとかいう潤滑油のようなお薬を注入しなければならないようです。やはり一年は掛かるのでしょう。この連休は妻と二人でずっと読書三昧でした。久し振りにこのような体験が出来て嬉しいです。お陰様です。
     
     染井吉野は現代人がお好きな花でしょうが、何と言いましても人工種ですから、どうしても弱いのです。山櫻のように天然自然の中で育つものではないんですね。ですから染井吉野はその延命術が大変なんです。永い将来を考えたら、もっともっと研究して新しく開発したりする必要があるでしょう。幸いなことに日本女子大には櫻の研究グループがあり、相当進化した議論が出来るまでになりました。それと弘前市役所の街路課のご担当者でしょう。染井吉野には特別な熱意を持って頑張っておられます。又私どもも動いております。更にこの夏から本格稼動致します。色々と準備が整い次第、お差し支えがなければ、お声を掛けさせて頂とう御座います。出来ればご一緒に頑張りたいと願ってやみません!
     

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