パリの空のもとに咲いた二つの大輪の薔薇

 

プチトリアノン宮殿

 マリー・アントワネットが愛したプチトリアノン宮殿

 

マルメゾン宮殿

 ジョセフィーヌが愛したマルメゾン宮殿

 

 

       パリの空のもとに咲いた二つの大輪の薔薇

 

                <薔薇特集第四弾>

 

 

 人間には多少の哀しみがあった方がいいように思う。私の場合早くに母を亡くし、父親と二人だけの生活を永い間余儀なくされた。当時猛烈な仕事人間だった父は御飯の支度をするはずもなく、午前さまの帰宅も多かった。見よう見真似で私は先ず調理を覚えた。最初は哀しく詰まらない人間に思えて、どうしようもなかったものである。来る日も来る日も朝に晩にキッチンに立った。或る時は父のお弁当さえ作って持たせた。皿洗いや洗濯やお掃除や庭仕事さえ、お手伝いさんを雇わないでと私の方から懇願した結果のことである。受験勉強の時も、一切合財他人の手を借りたくなかった一心で、どこかに母の影を感じ大事にしたかっただけである。何度か父と衝突もした。やがて大学に入り建築学部で勉強している頃、父は激烈な仕事を退職し、折りしも未亡人になった自分の妹を自宅に迎え入れた。ちょうどそんな頃亡き主人のお父上さまに見込まれて、在学中から建築の手伝いをするようになった私。親子二代にわたって筆頭秘書になった最初の出来事である。アラスカのユーコン川支流の傍にある主人所有の別荘やハワイの別荘やチューリッヒでの暮らしを何百度も経験したが、それらはすべてが自炊であったし、私はそこでもお手伝いを断って生き生きとして何事もこなし、過去の自宅での生活すべてが生きていたのだった。何をやるにも楽で自然体であった。すべてが楽しかった。そうして20数年、親子とも今はいないが、去年縁あって私は結婚した。結婚後も妻の向学心をそのままにしたくて、何一つ妻に強要することはない。自分でするのが依然として当たり前な感覚であるからだ。やり慣れていると、何一つ苦にはならないものである。そんな意味から、今日の薔薇のお話はどこか悲劇的な二人の人生を観て、後世に残した大きさを感じたいのである。

 図々しくも、亡き主人の大切なご友人であられるパリ郊外ヴァンサンヌ在住のMiyokoさま(彼女のブログ「街角から・・・・」)に、薔薇のことを書きたいので写真があったら送って頂きたいとメールにてご連絡申し上げたら、すぐにそれらの写真を送って戴いた。どんなに感謝を申し上げたいか。Miyokoさま、本当に有難う御座いました!

 

プチトリアノン宮殿にある陶器

  マリー・アントワネットが愛したプチトリアノン宮殿内にある薔薇の絵が描かれた食器類

 

 マリー・アントワネット(1755~1793)はフランス革命の悲劇の女王として余りにも有名である。僅か14歳にして、オーストリア・ハプスブルグ家から、時のフランス王・ルイ16世のもとに輿入れした。今ではパリに欠かせないクロワッサンを持って来た人でもあったが、当時ロココ文化の最盛期で、しばらくの間はそれこそ薔薇色の人生を謳歌していたのだろう。だがベルサイユ宮殿では窮屈なしきたりの中で始終いなければならず、次第に不満が増幅して行った。そうして衣裳に薔薇の模様を描かせたものを着て貴族たちの感嘆の声を聞いたりしていたが、不満は一向に払拭されることはなかった。本来大好きだった薔薇をこよなく愛して、自分だけの城・プチトリアノン宮殿に引き篭もり、側近の者しか出入りを許さなくなった。王でさえ王妃の許可がなければ出入りも出来なかったという。自ら設計した庭に多くの薔薇を集めて、薔薇の花にあるがままの人生の真理を見取り、自由でありたいとこいねがったが、やがてフランス革命が勃発し、たった37歳の若さで、コンコルド広場にて夫の後を追うようにして断頭台の露と消えた。肖像画に描かれた薔薇の花を皆さまはどう観てるのでしょうか。

マリー・アントワネットと薔薇の絵

大好きな薔薇の花を持ったマリー・アントワネットの肖像画

 

 ジョセフィーヌ・ド・ボアルネ(1763~1814)は初代ナポレオン・ボナパルトの妻で、「ナポレオン皇帝とジョセフィーヌ皇后の戴冠式」というジャック・ルイ・ダヴィッドが描いた巨大な絵がルーヴル美術館を飾っているが、二人の仲は決していいものではなかった。僅か3年で、パリ郊外のマルメゾン宮殿でひっそりと住むことになり、当時4種類しかなかった薔薇を増やして植えるために、植物蒐集に特別熱心になった。仏領カリヴ海の出身だったジョセフィーヌの、もとの名前がローズであったことに由来したのだろうか。特に薔薇を愛した。長さ50メートル、幅19メートルもの巨大な温室を作り、夫の財力を背景に、中国や世界各国から薔薇の蒐集をして、160種の薔薇を集めた。そして庭師や学者に指示して薔薇の改良をさせ、実に200種以上の新種を創らせている。「マリー・ルイーズ」という薔薇などがその代表的な例であろう。そしてアットワネットの時代も出入りしていた宮廷画家であるベルギー人植物画家ピエール=ジョゼフ・ラドゥーテに命じ、『ばら図譜』を描かせ完成させた。一つの薔薇が蕾から開花へ、そして落花へと詳細に描かせ、薔薇の生態まで記載は精密である。ジョセフィーヌの強い探究心は、その後近代世界の薔薇研究や開発にとって最重要な基本となり欠かせないものに仕立て上げたのだ。結局最後はボナパルトと離婚をするが、その後も皇后として生涯を終え、今もって薔薇の母と謳われている。

 

ナポレオン皇帝とジョセフィーヌ皇后の戴冠式

ダヴィッド作「ナポレオン皇帝とジョセフィーヌ皇后の戴冠式」

 

ジョセフィーヌの像

ジョセフィーヌの石像

 

 この二人の人生は浮き沈みが絶えなかったし波乱万丈の人生であった。パリのシャルトル大聖堂を観るがいい。十字架をかたどる建物の四方八方に、美しいステンドグラスによって出来た薔薇窓があり、中世のキリスト教から、薔薇は聖母マリアさまの純潔の証となったのである。二人とも何度も浮名を流し、未だに悪妻との評判が絶えないが、こんな時いつも女性の方ばかり非難の対象になるが、考えて見ると、そういう男性だったからそうなったまでのことである。歴史は一方的解釈では何一つ解決にはならないのである。ルイ16世は性的不能者であったことが伝えられている。ボナパルトだって、多くの女性と浮名を流し、度重なる遠征でジョセフィーヌの傍にいなかったではないか。「英雄色を好む」とはまさしくボナパルトを言い当てている。女性の一方だけ悪者にするのは断じて可笑しなことである。それは歴史的検証で充分でかつ当然の帰結であったのだから、薔薇をこよなく愛した高貴な女性として私は崇敬したい思いでいっぱいである。教会内部にある告解室には必ず薔薇が描かれている。これは古代神話ヴィーナスがキューピットの気転によって薔薇のお陰で浮気の発覚から逃れられた逸話が残されていないだろうか。西洋には「薔薇の下で」という諺がある。『ダヴィンチ・コード』にも出て来るが、秘密にすると言う意味である。美しい薔薇にたくし、この二人とも精神はきっと高貴な薔薇のような純潔心を持った花ではなかっただろうか。ナポレオンも死ぬ直前最期まで愛した人はジョセフィーヌただ一人であったと告白している。

 

マルメゾン宮殿

マルメゾン宮殿

マルメゾン宮殿

王妃たちの愛した館  池田理代子の『ベルサイユのバラ』を連想出来ないだろうか

 

ラ・フランス

ジャンバティスト・ギヨー氏開発の薔薇 「ラ・フランス」

 お二人のために、オールド・ローズとモダン・ローズの境目になった、フランス・シャマニー地方ジャンバティスト・ギヨー氏開発による「ラ・フランス」を捧げよう!この花は今から140年前に開発された薔薇で、忍耐強く蜂による交配をやり遂げ、遂に寒さに強く四季咲きの美しい薔薇の花が出来上がったのである。当時フランス国内では狂喜乱舞して新しい薔薇の誕生が歓迎されたようである。現在でも世界のトップクラスの人気をいまだに占めている。お二人の女性にはふさわしく、またお二人の深き鎮魂を願いつつ捧げたい。また来月6月の半ばにはブローニュの森の一角・バガテル公園で新種の薔薇コンクールがある。世界から集められた薔薇の新種・約100種以上が2年間同じ条件のもとバガテル公園で育てられ、病気や虫に弱いか、枯れ具合が汚いか美しいか、寒さに強いか、香りはどうかなど、あらゆるポイントで審査され、最も厳しいコンクールとして名高い。今年で101回目。これもお二人の王妃の伝統として築き上げた産物の賜物となっているように思われてならない。

広告
カテゴリー: 文化 パーマリンク

パリの空のもとに咲いた二つの大輪の薔薇 への2件のフィードバック

  1. 道草 より:

    > リュクセンプール薔薇の木は、それでも満足しなかった。彼等はいやいや花を咲かせた。「お前達は何がほしいかね?何が気にいらないんだね?」と私はいった。「もう少し肥料がほしいのかい?ことによったら飾りだけの副木かな?それとも何だい?銀の剪定鋏かい?」「いいえ」と仲間うちの一番年とったのが放心したような様子で答えた。「私達は必要なものはいだいています。然しあそこに見えるあの丘をみんな余り好かないのです」(『吾が庭の寓話』マルセル・デュアルメ(尾崎喜八訳))<絢爛たる薔薇物語をたっぷり聞かせて戴きました。これからは、硯水亭家にどんな薔薇が咲くのでしょう。香の君は妻であり時には夫の母として。夫は時には妻の父親としても・・・。私は全くその自信はありませんが、硯水亭ご夫妻なら心篤く理想の家庭が築き得ることでしょう。春夏秋冬、それぞれの季節にふさわしい薔薇の花を咲かせて下さい。因みに遊びですが、各色薔薇の花言葉・・・薔薇(総称)=美・愛・恋。白花=恋の吐息・心からの尊敬。赤花=模範的・貞節・鮮麗・恋。赤白二花=和合・暖かき心。黄花=嫉妬・不貞・私は飽きた。淡色=美少女。濃紅色=羞恥心。単弁花=単純。満開の花に蕾二つ添えると=二人の秘密。赤花の葉=無垢の美・あなたの幸福を祈る。遊びでした。お手を取らせて済みません。昨日の逆転勝ちで、思わず赤白2色の薔薇酒気分となりました。
     
    「花を描いたリボンに添えて」  ウォルフガング・V・ゲーテ(手塚富雄訳)
     
    ちいさい花を ちいさい葉を若々しい春の神々がうすもののリボンの上にたわむれながら蒔き散らしてくれます。
    そよ風よ、そのリボンをおまえの翼にかけて運んでわたしのだいじなひとの着物にからんでおくれ。するとそのひとは飛びたって鏡の前へ走っていく。
    薔薇の花につつまれて自分も咲きかけた薔薇のよう。うれしそうな笑顔、愛するひとよ。それでわたしは充分に酬いられたのです。
    この心の鼓動を感じてください。そのお手を取らしてください、そしてわたしたちをむすぶ絆がかよわい薔薇のリボンではないように。

  2. 文殊 より:

            道草先生
     
     やっと忙しいのが終わって、自宅に帰ってみれば、何と何とタイガースがまたまた逆転で西部に連勝じゃないですか。凄い。今年の強さはやはり本物ですね。大きな故障者がいないのですから、羨ましいです。どうやらこちらも勝ったようですが、主要メンバーがいないばかりか、今夜は小笠原も先発から外れたとか。誰も取らなくていいから、若手を鍛えて、若手を出し続け、それで負けて何年か低迷してもファンは付いて行くのに、情けない限りです。それに引き換え、タイガースは投打ががっちりとかみ合って、アニキの存在が大きいですね。今夜も道草邸では「六甲おろし」の高歌放吟が響いていることでしょう。奥様と祝勝会でしょうが、まだビール掛けはやらないで下さりませ。もう少しペナントを楽しませて下さいね。
     
     今回の薔薇シリーズは残すところもう一話で終了します。薔薇だけなら、後8話は書かせて頂きたいもですが、梅雨の足音が聞こえて参りました。薔薇の話題はこのくらいにさせて戴きましょう。今回の主役のお二人の王女は決して幸福な人生ではなかったのですが、マリー・アントワネットは薔薇を花の主役にしました。ジョセフィーヌはもう一歩進んで科学的にも大きな功績を残しました。近代薔薇の育種はここから始まったようなものです。だからどうしても書きたかったのです。
     
     私たち夫婦は地味なロールド・ローズでしょう。今イングリッシュ・ローズが全盛期ですが、ロサ・カニナのような小ぶりで楚々とした薔薇がいいと思っています。地味であっても確実に前進して行きたい気持ちだけですから。そう言えばオースティンを始め、イングリッシュ・ローズの特集もやりたいのですが、又秋咲きの薔薇の時に致しましょう。男の本分と妻の本分は私たちの場合いささか変わっておりますが、それが二人の薔薇だと信じています。常に妻の土壌でありたいと懇願しています。薔薇の花言葉のお話はとっても面白かったです。黄色い色の薔薇にピンクの縁取りがある次回の薔薇の話題のような、最終的にそうなればいいなぁとあこがれています。「花を描いたリボンに添えて」というゲーテの詩のお相手はどなただったのでしょうね。光源氏は単なる色好みだけの男ではなかったです。自分の置かれた運命に抗い、誠実に歩いた男でした。公家は恋愛が仕事だった時代、簡単に手が届かない相手にばかり興味を引かれたようで、一層源氏物語の重さを感じ表現して余るモノがありました。多分私の人生を変えるぐらいの衝撃でした。今は若紫を育てているようなものですが、やはりただ一人を愛し抜いて行きたい薔薇であると確信しています。無論妻だけが成長して行くのではありません。妻とともに成長して行ければ最高だなぁと感じ入っています。永いこと、コメ辺出来ず、本当に恐縮で御座いました。本当に有難う御座いました!
     
     
     
     

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中