誌上絵葉書個展 Ⅰ

 

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  Ryuよ 人を愛するって 単純に言えば その人を守るってことじゃないのかい 明日帰るね (徳島より)

 

 

         誌上絵葉書個展 Ⅰ

 

 引継ぎの準備やら、挨拶廻りや新規事業の計画やら、この処たくさんの仕事で忙殺されています。近いのに、自宅も帰れない日々が続いています。リハビリもあり、体力がとても心配ですが、頑張ってラストスパート!ブログ散歩や文章を書く時間がないために、主人の在りし日、何度も戴いた主人からの手描きの絵葉書を貼り付けて個展に仕立て、この急場をしのがせて下さい。主人は時々たった一人になりたくなって、私を防護壁に使い、ふいといなくなり、寒村や山や野原に旅することが多かったんですよ。でもそんなに回数は多くなかったけれど。絵を描くスピードは絵葉書大で、たったの五分間ぐらい。悪いなぁという気持ちがどこかにあったからでしょうか、宛先の住所欄にちょこちょこっと簡単な走り書きをして送ってくれました。でも殆どは主人の方が先に東京に到着していました。おかしいでしょう!あはははは!!手許にあるのは全部で約350枚ほど。私の心のバランスが難しくなるような忙しい時、自宅に置いてある私のヒミツの缶から箱から、そっとこれらの絵を取り出して時々観ています。(画材 岩彩と万年筆 偶にパステルも)

 

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 野の花はいいね 小さくても生命感でいっぱいだ 礼文に廻っていいかい?梅雨時の北海道 今度は一緒に来ようね

 

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 去年行ったお遍路の旅の続きをやってる ここは徳島の剣山 山深い奥地です 雨後の風は心地よく素敵!

 

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 小樽の赤岩海岸から 積丹方面のオタモイ海岸を眺めた景色 もう蝦夷山櫻は咲いてません 淋しくてオロオロしてて

 

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 冬枯れの吉野川上流を目指してトボトボと歩いてる いつか彼女と歩いた道 いとおしき記憶を辿りながら 会いたい

 

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Ryuが嫌いな山頭火の絵を隅っこに描く あの方も人恋しかったのでしょう 愛がなかったら生きられない 

 

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 嵯峨野をチャリンコで走り 女学生になった気分(笑) 落柿舎裏手 ちっこい自然石の去来のお墓にお参りしました

 

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山形・西蔵王 鳥兜山を見てる もう直ぐ秋 真っ赤に紅葉する筈 芋煮会に強引に参加 河原で戴くのはメチャ美味しい

 

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  あははは 誰だったかの文 西行さんだったかいなぁ そろそろ帰るね 御免ね バイ!

 

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誌上絵葉書個展 Ⅰ への9件のフィードバック

  1. 道草 より:

    櫻師のお人柄を彷彿とさせる細やかな旅便りに接し、我が事の如く正に心暖まる思いや切であります。生前のお2人の心通や如何に。そしてまた、その仄々とした絵柄は言葉など無くても受け取り手に十二分に伝わるもの大である、と誠に感じ入っております。それにしても、硯水亭Ⅱさんの山頭火感も先刻ご承知乍ら、この行脚僧の影像はまた櫻師ご本人のお姿かとも。
    私が旅先の父から初めて受け取った絵入り葉書は、小学校(当時は国民学校ですが)へ上がる前年の頃でした。私と弟への連名ながら色鉛筆で風景画のスケッチが添えられていました。京北町(当時は北桑田郡)の周山からです。机の引き出しに大切に仕舞っていましたのに、何度か引越しを重ねる間に何処かへ紛失してしまいました。その頃でしょうか。父が詠んだ歌です。「去年(こ)に来し小径とらばや谷あいのかの山櫻散りつつあらん」。今頃櫻はすっかり葉櫻となっていることでしょう。心身共に日々重要なご多忙の中、どうかご本職にご専念されますように。
     
    「足跡」   相馬御風
     
    はるかなる海の果より初夏(はつなつ)の雲こそ起れ。
    日は正午(まひる)、磯には二人旅人は袂わかちぬ。
    西東、砂につけ行く足跡はつゞきて長し。
    足跡はながくつゞけどこの二人いつかは遇(あ)はむ。
    一すぢの砂の足跡それとてもやがて消(け)ぬべし。
    旅人は笠あげもちてやゝしばしかたみによばふ。
    はるかなる海のはてより初夏の雲こそ起れ。

  2. Unknown より:

    何て素敵な絵葉書でしょう ! !
    さらさらとした筆運びも、色彩も、文字も、添えられた言葉も・・・
    ご主人と硯水亭さんとのつながりも・・・みんな素晴らしいです。
    私は特に冒頭の一枚と、冬枯れ・・・の文字が入っているのが好きです。
    泣きたくなるような美しい色。そして言葉にも心打たれました。
    これらはほんとうの宝物ですね。
    ご主人にお会いしたことはありませんが、どのような方か絵と僅かな言葉からでもイメージが広がります。
    このような葉書を残された方の魂に私は憧れを抱きます。
     
    お忙しそう・・・でも、良寛さんではないけれど、忙しい時は忙しくお仕事をするしかありませんね。
    このような宝物がお手元にあれば、励まされることでしょう。
    お身体にはくれぐれもお気をつけて・・・
    いつも何といってできませんけれど、心より応援しています。
     
     
     
     

  3. 道草 より:

    去年(こ)→去年(こぞ) です。

  4. (Kazane) より:

    私が言いたいこと、すべて夕ひばりさんが代弁してくださったようです。
    本当に、絵も言葉も文字も…なんて素敵なんでしょう。心の深いところをギュッと摑まれたようで、涙が出そうになりました。こんな宝物を硯水亭さんはたくさん持たれているのですね。なんて素敵なヒミツの缶でしょう!
    うらやましいです。以前も書きましたが、ご主人様の描かれた絵、本当に私の大好きな色合いなんです。これからも、時々ヒミツの缶から取り出して、見せていただけたら嬉しいです。
    よくソウルメイトなんて言いますが、本当にお二人は魂の深い部分でつながっていたのでしょうね。 硯水亭さん、とてもお忙しい日々を送られているようですね。体には気をつけてくださいね。ラストスパート、応援しています☆

  5. 文殊 より:

           道草先生
     
     おはようございます。先生に何かを感じて頂ければ、これに勝る感謝は御座いません。主人もきっと歓んでいることでしょう。いつ何時も細やかな神経の持ち主でした。美味しかったモノやお土産話など大好きで、いつも嬉々としてやってたんですよ。主人は常に冷静で、本来秘書である私が沈着冷静にならなければいけないのに、私はやんちゃな方でしたから、よく叱られました。それというのも、お父上さまに最初お仕えしたのですが、彼も又冷静な人で、若者は路線を外すぐらいの元気さでいろとよく言われていました。そして自分であって、自分でない自分探しをするのだと。ふとそんなことを考えます。あの山頭火の漫画は主人そのものなんでしょうね。主人は山頭火は大好きでした。生き方が借金ばかりしてたり、あまり綺麗とは言えない山頭火に、私はどこか冷徹だったかも知れません。主人はそれぞれの芸術家の生涯を悪くいうのは結構だが、ちんまり評価するのはどうかとか、その評価は後世の方々がするもので、やたらなことを言うものではないとよく叱られました。今は反省しています。
     
     あの冷静な主人は絵だけは何故か激しい絵が多かったんです。まるでそこにしか本音をぶつける場所がないように。いつもセキュリティや取り巻きや始終仕事から全く逃れられない人でしたから、私が楯になって、独りでふいっと出掛けるのが大好きだったんです。二人の信頼関係は当然身内のようなものでした。よく二卵性双生児だと言われたものでした。本来淋しがり屋の癖に、フィアンセを海外へ留学に出したり、そのためにボストン近郊に4エーカーもの広大な土地と家を買ってあげたり、本当によく気働きのする人でした。私の妻とお付き合いを設定したのも主人です。妻の家は遠い親戚に当たる家ですから、櫻チームの結成に彼女を連れて来て、私に引き合わせてくれたのです。どうやらRyuを好いているようだよ、年のことなんか構うものか、今押して御覧とか、主人がいなかったら、私は彼女と知り合うどころかお付き合いもしてなかったでしょう。どこへ行っても必ず絵葉書をくれ、今ではこれらは私の最も大切な宝物になってしまいました。偶に取り出してはボロボロと泣いたりしています。主人がいない世界は特別に淋しいですから。
     
     先生のお父上さまの歌はさすがに素晴らしいですね。先生にそのDNAを感じることが出来ます。見事な作品です。お父様の絵葉書は残念でした。でもどこかできっと微笑みかけて隠れておいでのことでしょう。相馬御風の「足跡」に、再び主人との思い出の数々の場面が蘇りました。胸が熱くなった次第です。有難う御座いました。
     
     いつも思うのでえすが、先生は静かで冷静な文章をお書きになられるのに、今日の文面も熱いです。先生は熱い方なのですね。夕べも逆転でタイガースが勝ったようですから、祝杯の連続ではなかったでしょうか。六甲おろしが付近に響いたことでしょう。大の巨人ファンなのに、妻や妻の家族のことを考えてタイガース・ファンならざるを得なくなって窮屈な思いをしています。これだけはちょっと困ってるんですが、あはははは!

  6. 文殊 より:

          夕ひばりさま
     
     もう臨月に入ったのに、心配だからと言って大きなお腹を抱え、夕べ11時過ぎに帰宅したら、妻が自宅にやって来てました。驚きました。冷静な人なのに、妻であることを実感したいからとか。おかしいでしょう、あははは!でも昨日の午後から僕はちっとも歩けなくなり、病院で膝の水抜きをやってもらって回復していたのです。ここ最近膝への負担は相当なものです。今日も明日も午後から挨拶廻りがありますが、夜は一緒にいられそうです。嬉しいです。父はまた山登りの最中ですから、叔母が月曜日に京都まで妻について行ってくれそうです。
     
     主人の絵を御覧戴き有難う御座いました。いっぱいあるのですが、どれにするか選択することなしに、適当に選び貼り付けました。どの絵葉書にもちょっとした言葉が添えられています。そしてそれぞれには主人の喜怒哀楽が込められた真剣な心の背景がありました。事情をよく知る僕はそれらの文章を読むとうっかり色んなことを思い出し泣けてくるのです。でも時には「昨日の社員への叱り方はいけない、叱る時は感情を一切出してはいけない」とか、お叱りの言葉も度々でした。総じては個人的な感情の発露が多かったように思われます。フィアンセが徳島にいたものですから、徳島関係の絵が多いのでしょうか。結局彼女をボストンに留学に出して、その最中あの不幸があったものですから、以来それきりになってしまったのですが、幼少時代から常に彼女と一緒でしたから、彼女が近くにいないのがよっぽど堪えて淋しかったのだと今でも思われます。主人は本当の意味で優しい方でした。慈悲深い方でありました。普段無口なのですが、際限なく気配りされる人でした。僕はお姉ちゃまから見抜れているように、やんちゃ坊主です。秘書という立場は人一倍常に冷静でいなければならないのですが、ヤンチャなまんまの秘書でいなさいといつも励まされていました。そして彼ら親子に仕え、僕の生涯が決定的になったのです。今の僕は主人がしたように、見よう見まねをしているような部分が多いんですが、でもあそこまで人に優しく自分に厳しい人になれるかどうか自信はありません。
     
     主人は絵を描くスピードは驚くほどでした。高松から琴電に乗っている時一番驚いたことがあります。屋島までたった30分ぐらいだったか、そんな短時間で、実に50枚近くのスケッチを終えていました。電車を降りるなり、色付けするからとそれから30分待たされ、チョンチョンと色付けをスピーディにして最後まで終わりましたが。電車内の椅子はベンチシートだったのですが、一瞬一瞬動いている風景を観て描きとるのに、お婆ちゃん座りをし窓に向かってスケッチしていたのです。普段描いてるところは誰にも見られたくない方でしたが、感動したらところ構わず直ぐその場で描くというのが真情でした。お姉ちゃまに、主人の絵が誉めて頂いて、とっても嬉しいです。何度かやろうと思い、今回の分は「Ⅰ」にしたのですが、又ここでやってもいいでしょうか。
     
     仕事の方はとてもきついです。いっぺんに全部が集中してしまったようで大変です。でもこうして僅かな時間にブログが出来るんですから、まだ限界ではないんでしょうね。いつもお励ましのお言葉を心から感謝申し上げます。有難う御座いました。
     

  7. 文殊 より:

           風音さま
     
     そうそう、そうなんです、多分主人の絵を愛して下さっている風音さんですもの。だから時間がないことを理由にこうして貼り付けしてみたのです。貴女に観て欲しくて、それが一番だと思えたからでもあります。主人の絵にはいつも雲と風が吹いています。時には豪快に、時にはホンワリと、主人の描く雲はその時の主人の心情をはっきりと表現しています。だから絵を観ると、今どんな状況なのか直ぐ理解し分かっていました。下手くそな素人の絵だけど、絵で詩を書きたいんだぁともよく言っていました。海の絵、山の絵と様々にたくさんありますが、殆どの風景には必ず雲が描かれています。「風は友 雲はライバル 雨は恋人」と言って憚らなかったのです。そのうち風音さんさえよければ、どれか一つ額装をして差し上げられたらいいなぁと思い込んでいます。よろしかったら、メールでお知らせくださいね。
     
     主人の文章は殆どが淋しさに溢れています。そんな境遇でしたから。だって彼のもとに集まって来る方々は皆ご自分自身の利益のことが念頭にあった方ばっかりでしたから、直ぐにストレスが貯まってしまっていたのでしょう。特にお身内関係の方が酷かったように思われます。ご幼少の頃から永年付き合っていたフィアンセを留学に出し、出しておきながらいつも淋しさでいっぱいでした。それを僕は受け止める役割でした。無口でしたが、いつもよく僕には理解出来ていました。主人はそんな僕の役割を知っていて、こうして送ってくれたのでしょう。缶からヒミツはどなたにでもあるのでしょうが、僕の場合は殆どが主人から戴いたもので溢れています。優しい主人でした。僕にとっては観音さまです。偶に主人が描いたこれらの絵や文章を読んで、僕も泣いてしまうのです。もう亡くなってしまったのですから哀れでなりませぬ。風音さんから、そんな主人の風と雲を愛してくれて、本当に有難いと心から感謝しています。
     
     畏れ多くも、僕たち二人は二卵性双生児だとよく言われました。似て非なる二人ですが、それを言われるといつも嬉しくなっている僕でした。男性二人の友情関係なのでしょうか、割とさっぱりとしているのですが、今でも僕が一番信頼されていたと自負しています。主人が遺した壮大な夢を追いかけて、僕は今月いっぱいで退職致しますが、常に主人が傍にいるようで、僕はちっとも淋しくはありませんし、実際肌身で感じることが多いんですヨ。小石川植物園は主人が最も愛した場所でした。今年も小石川植物園の櫻を、このブログを通して主人に見せることが出来たと信じています。
     
     色々とご心配をお掛けして申し訳御座いません。もう少しです。頑張って乗り切ります。バックには道草先生や夕ひばり姉ちゃまや風音さんがいらっしゃるのですから、元気を出さなくっちゃね。さてお昼の支度をして、妻の好物のパスタを食べさせます。それから午後挨拶周りが待っています。頑張ります!今日もおいで戴き、心から感謝申し上げます!有難う御座いました。
     

  8. 良枝 より:

    こんにちわ。りんこです。
    私にとって印象に残っている先生って
    4人いますが、
    そのうちの1人の先生
    中学の頃の社会科の先生に
    なぁんとなく似ています。
    その先生、今は東北でお坊さんになってるんですが、
    もしかしたら
    同じくらいのお年なのかも知れませんね。
    山頭火がかわいい 笑

  9. 文殊 より:

          りんこさま
     
     なぁんとなく 似ててくれて非常に有難いです。りんこしゃんから好きになられるなら、本人にとってとても光栄でうれしくなるはずですから。
     
     但し主人はまだまだ若い人なんですよ。心のどこかでいつも何もかも捨てて仏道に入りかったのでしょうが、でも周囲から全くそれは許されない人でした。世俗の中にいても、いつもどこか世俗離れした人でしたが、こんな絵をなぐり描きするのがたった一つの楽しみだったのでしょう。仕事に明け暮れ、仕事に死した人でした。まったく惜しい方なんです。櫻山計画は主人の念願の夢でした。残された私たちが主人の夢の跡を追い掛けて行くことになるでしょう。
     
     勇気凛々頑張ってまいりますので、どうぞよろしくお願いします!
     

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