ニャニャンと麦秋のころ

 

モネちゃん

 

 

                      ニャニャンと麦秋のころ

 

 

  実家には飼い猫がいた。この絵は姪っ子のリンちゃんが小学三年生の頃に描いて貰った当家の猫だ。祖母が可愛がっていた。名前を画家モネにちなんでモネと名付けていた。普段一匹だけいるはずなのに、どこから集まって来るのかモネがもてる子なのか、大抵2~3匹以上がとっかえひっかえ同居していることが多かった。父も叔母も猫好きで、猫君の誰が来てもいいように、どんな猫にも餌を与えていた。来る者拒まず去る者追わずなのである。最初モネもその無宿人の一人だった。モネは最初っから我が家だと思っていたらしく、ずっと居続け常に横柄な態度だった。それもその筈で、当然猫が自由に出入り出来るように、小さな穴がお勝手や広縁のところに幾つか開いている。そこから自由に出入り可能であったのだ。猫にも先輩後輩があるのだろうか。モネはいつも威張っていた。特に祖母はモネを猫っ可愛がりして大事にしていた。急に祖母が亡くなり母も急に亡くなってから間もなくモネも母と同様に交通事故死で亡くなった。それでもしばらくはどこかの猫が何匹かずっと居候をしていた。家猫と野良猫は明らかに違い、家猫は餌を捜し歩く心配がないので、寝相も悪いしお腹だって真上にして寝ることがあった。多分20時間は寝ているだろうか。モネは人間のトイレでも用足しをすることが出来た利口な猫だった。それに対して野良猫は警戒心が強く目が鋭いし、用足しは庭の地面をけっぽって穴を明け、そこに用を足し後ろ足で土で隠していたようだ。おまけに野良猫の睡眠時間は家猫の半分近くしかない上、耳を始終動かして警戒しながら立ったままで眠る猫すらいる。完全に丸まって寝てくれてもよさそうなものだが、箱座りする。でも数日間か経つと、いつの間にか平然とした顔をして大きなツラで振る舞い、何匹か居ついた。当然父や叔母たちはこうした猫たちが相手であった。

  母が春育ったばかりの青麦を買って来て、あちこちに飾ったことのことである。何とモネが猫じゃらしと勘違いしたのか、いたく気に入ったようで悪戯ばっかりしていた。花器をひっくり返すことだってあった。そして不思議なことだが、ムシャムシャと麦の穂を食べた。毛づくろいをして毛も一緒に食べ、毛が胃袋に貯まっているのを一緒に排便してやる算段だから放っておいて構わないのよと祖母が言っていたっけ。そして芒種の頃になると、青麦は小麦色の麦秋になる。その頃雌猫が最もサカリが来るらしい。今頃の芒種、麦秋の時季だったろう、モネは頻りに外に出たがり、部屋の家具や格子などに爪をとぐ習性が一段と激しくなっていた。そんな或る日フイと家出して居なくなり、近所をみんなで探し歩いたが杳として見付からなかった。大好きな黒澤映画『まぁだだよ』で内田百閒先生役を演じる松村達雄が飼い猫がいなくなって悲嘆にくれオロオロする場面があるが、アレってその心情が実によく分かる。大の猫好きの夏目漱石師匠に私淑していた経歴を持つ百閒先生だから当然と言えば当然なのだろう。モネの家出事件から10日も過ぎた頃だったろうか、近所のお宅から電話が掛かって来て、お宅の猫がウチの駐車場の中に蹲っているよと教えてくれた。早速迎えに行った。雨風で薄汚れていたモネを抱えて家に連れて帰り、お風呂で全身を洗ってあげた。「ミユゥ~~」とほっとしたような泣き声をあげた。しばらくしたら何とモネは妊娠していたではないか。猫にとって最も大切な恋の期間があったのだ。それは多分一年で2回か3回の周期で来るのだろうか。そうだったのかと皆で安堵していたようだが、まだ幼いうちの私には全部の意味がよく飲み込めなかった。間もなく6匹の子猫が生まれた。可愛い順から先に、直ぐにそれぞれ貰われて行った。母が哀しい表情をしていたのを今でも覚えている。

  猫同士の恋は雌猫の発情によって、雄猫がつられて発情するらしい(人間とは逆か ぷぷぷ)。でもどの猫でも気に入った猫とだけするが、複数の猫とだってすることがらしい。子猫は一匹だけの父親とは限らないということも聞いたことがあった。交尾の時、雌が逃げないように雄は雌の首筋を噛んで離さないようだ。それは後で人から聞いて知ったことだが、妙に可笑しく微笑ましく思えたものだった。

  昨日の朝、妻を京都まで送って行ってくれた叔母に御礼を言いたくて、近くを通った際自宅によって叔母に挨拶をした。京都ではえらいご馳走をして戴いたり、いいお部屋で一泊させて戴いたりで、いい思いをさせて貰ったよと逆に御礼を言われた。でもこのところ猫の姿を一切見たことがない。しばらくぶりに猫の話を聞いてみると意外なことが分かった。恋の季節に外にも出されない飼い猫が、このご時世いかに多いかと言うことだった。殆どマンション暮らしだからだろう。野良猫だって、変にご奇特な御仁が多く毎日餌をくれる公園に、全員が集合する癖がついてしまい、窮屈な家には寄り付かないのだと言うことであった。何だかギスギスした世の中がこんなところまで影響しているのだろうか。完璧に管理されていないと、秋葉原の事件のように突如不本意な不幸に見舞われかねないからだろう。その家に誰彼なく人が集まって来る家はいい家だと、いつも父の言う言葉である。実際は母が癖づけしたことであったが、猫にだって集まって来て貰いたいのだろう。それにしてもなんて世知辛くなった世の中であるだろうか。

 

        ミャアミャア     子猫ちゃん

        主人の最晩年 ブログ上でお付き合いをしていたMさんちの当時の子猫たち    中でも最も愛した子猫 お元気だろうか

 

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ニャニャンと麦秋のころ への8件のフィードバック

  1. 道草 より:

    誰でも一度は猫か犬かを飼った経験があるようです。ペットに対する〝猫可愛がり〟は問題でしょうが、生命を慈しむ心はやはり生き物を実際に育ててこそ生まれるのでしょう。私が昔に飼った猫は毛並みも瞳も茶色でしたので「チャメ」と母が名付けてくれました。「モネ」に比べると平凡な名前ですが、それに「チャメ」は男の子でした・・・。下記は以前に描いたエッセイの一部です。スペースを取って申し訳ありませんが、引用させて頂きました。謝々です。
     
     「チャメ」     >私が同級生の口利きで小猫をもらったのは、やはり小学校三年生の春である。小猫を竹籠に入れ新聞紙を被せて帰る途中で、小猫は暴れて鳴き騒いだ。新聞紙に穴を開けてやると、細いヒゲが震えている。小さな手で籠の縁を掴み、不安そうに私を見上げた。思わず手の上に載せると、か細い声でミーと鳴いた。  小猫は白に薄茶色の縞が入り目が茶色だったのと、お茶目に育つようにと母がチャメと命名した。私が学校から帰ると出迎えに飛び出して来た。玄関の引き戸が障子張りで、一番下の一枠だけ紙の三方に切れ目を入れ、チャメの出入り口にしてある。夜は板戸を閉めるので、土間の縁の下や台所の明かり取りの障子の破れから出入りしていた。流し台の排水口の外に、畳二枚分ほどの水貯めがあった。チャメが二メートルほどの高さから着地に失敗して、猫なのに濡れ鼠になるなど、だんだんお茶目になっていった。しかし、チャメは雄だったのである。 私が近所へ使いに行くときや、川へ雑魚釣りに行く日は必ず着いて来て、まるで犬のように懐いていた。自宅から二00メートルほどの所に大堰川が流れている。釣り場は何個所かあって、水がゆったりした淵に岩が沈んでいる洗濯岩が私の好きな場所だった。川まで着いて来るだけに、チャメは川魚が大好物である。釣ったばかりの雑魚を投げてやると、喉を鳴らしてむしゃぶりついた。   チャメの行動範囲は日毎に広くなった。ある日、畔道で土竜退治用の毒団子を食べてしまった。やっと家へ辿り着いたが、体力が弱り起き上がれなくなった。好物の生きた雑魚を口元へ持っていっても、食べる気力が出ない。目から光が消えて少しずつ細くなり、やがて閉じられた。裏庭の山椒の木の下に埋め、板切れにクレヨンで「チャメの墓」と書いた小さな十字架を立てた。<
     
    「愛猫を葬る歌」   吉野臥城
     
    あはれ強食弱肉の世のことわりに洩れずしていとしの「たま」は儚くもあしたの星と消えしかな
    蜂蝶花に狂ふころ東の家に汝(な)は生れ燕子軒端を巣立つころ西の庵に育ちにき
    仇なす鼠族狩らむとて敏鎌(とがま)に似たる爪をとぎ飼はるゝ恩を謝せむとて技を練りけり真夜中に
    ねびし姿に逞しくかしこき色もあらはれてにこのにこ毛に美しくをかしき光澤(つや)もそひにけり
    あゝたのもしの猫やとてほめてたゝへていつくしみ行末さきくあれかしと望めることや仇なりし
    愚には幸ある浮世にて賢に幸なきうき世とか有望の身はとく亡び無智百歳の壽を保つ
    汝(なれ)はかしこき猫ゆゑに里の魯猫に悪(にく)まれてまだ一年(ひととせ)もたゝぬまに爪牙の電と失せしかな

  2. 文殊 より:

             道草先生
     どなたにもありましょうね。でも生き物はみな生命を持っていますから、そこで殆どの方は哀しみに最初に出会うのでしょう。今帰って来て、先生の文章に触れ、どんなに救われたことでしょう。この忙しさは半端ではありません。でもこうして元気にやってゆけるのは、先生の数々のお言葉であります。どんなに救いを感じていることでしょうか。モネが亡くなってから、随分経ちます。母と同じようなものですから。あのアンヨの肉球は忘れられません。ヒゲもそうです。可愛い猫だったのです。それを先生はお察し戴きどんなに感謝しているだろうか、本当に有難う御座います。人も猫も犬も皆同じでしょう。生命あるものすべてがその対象でしょうね。
     
     今私は私のマンションを動物を飼ってはいけないようにしてあります。でも何処かで飼っていらっしゃるのでしょう。そんな気配を感じます。私はそれを殊更咎めることはありません。愛玩するものがあって、初めてご自分の精神の平衡が保たれるのなら、それはそれでいいのではないかと。
     
     先生のチャメ君も愛らしい猫だったのですね。先生の文章を読ませて戴いて、私の精神に静けさを感じました。愛玩するものたちは自分の身代わりなのですから、大切ですね。裏庭の山椒の木の根元に、生前の楽しさを十分に感じたチャメがいるのでしょう。せめて山椒の木が大きく永く育つように祈るだけです。又吉野さんの詩は猫を完璧にご存知の方でしょう。驚きました。このような詩も存在するのかと。そして感動致しました。先生の体験が反映されているように思われました。いつも誰も入って来ることがないこのようなブログに毎回カキコをして戴いて、どんなに感謝していることでしょう。今夜は鶴沢寛治の三味線を聞いて夜を過ごしたいと存じます。有難う御座いました。
     

  3. 良枝 より:

    こんばんわ。りんこです。
    自宅安静2週目に突入しました。
    私の勤めている会社に猫が大好きな課長がいます。
    私はその方を「猫課長」と呼んでいて
    その人の話す猫の話が本当に大好きです。
    人って大好きなことについて話すとき
    本当にいい顔をするんですよね。
    「うちにはさぁ、猫が5匹いるんだけど、
    1匹が馬鹿でさぁ、ポインセチア食べちゃうんだよね。
    毒があるから高いところに置いておくんだけどさぁ。」
    「昨日、家出していた猫が帰ってきたんだ。
    台風とかあったから心配していたんだけど。」
    ほんと、生まれたてのわが子について話すような顔で
    語ります。
    まるで、市村正親のように 笑
    今回のお話、なんだか感動しちゃいました。
    動物物には弱いのかな?
    猫が麦の穂をムシャムシャ食べるって
    表現が大好きです。

  4. (Kazane) より:

    キャー可愛い~(^^)私も猫、大好きなんです。
    実家にもしょっちゅう野良ちゃんが遊びに来ていました。初めて猫を飼ったきっかけが、なかなかいい話なんです。開いていた玄関からそっと忍び込んできた野良猫が食卓の上の焼き魚を銜えて逃走。父が怒ったところ、ナントしばらくして1匹の子猫を銜えて戻ってきたんです!それを見た父。そうか子猫に食べさせたかったのか…と。不憫に思い餌をあげたところ、次々に子猫を運んできて、我が家には一気に猫が4匹。
    結局2匹はもらわれていき、親猫と子猫1匹を我が家で飼うことになりました。何だか作られたような話ですが、実話なんです。そう言えば、小石川植物園ではクロネコちゃんに出会いましたよ(^^)

  5. 文殊 より:

          りんこさま
     
     猫好きの人って多いですよね。猫の本も結構売っていますし、いつでも猫ブームみたいな感じがします。猫の表情の大きな一面はやっぱりお眼眼が顔に対して、割合が大きいからじゃないのかなぁ。
     
     それと時々信頼の情を試すために、指などを噛むんですが、それを嫌がると、猫は途端にソイツは駄目だぁって判断するようです。
     
     何を考えているか、どこか分からない部分も人気の一つでしょう。猫を叱り付ける時、オイコラ!三味線にしちゃうぞと言うと、多分分かるんでしょうね。決して近づいてくれなくなります。それも当然かなぁ。
     
     実は僕はワワンも好きなんですよ。主人はよく大型犬を飼っていました。寒い時抱いて寝るとあったかいよなんて言って!セントバーナードやアフガンなんかでかいですからねぇ。
     
     犬語もありますが、猫語もあって面白いんですよ。主人は動物写真家の星野道夫さんとお付き合いをしていました。アラスカの別荘に来てもらったことがあったんですよ。でもカムチャッカ半島で、ヒグマに食べられちゃいましたね。あの方ですから、それでお腹が空いたのが直ればいいやって思っていたのでしょうか。優しい素敵な方でしたよ。
     
     今は大事な時ですね。もう少しですから頑張ってくださいね!
    猫課長にヨロピコ!エイエイオ~~~~~~~~~~~~~~~!
     

  6. 文殊 より:

         風音さま
     素敵素敵!いいお話ですねぇ。パチパチパチパチ!!!風音さんちらしい素晴らしいいいお話ですねぇ。
     
     親猫だって、そ知らぬ顔してますが、子猫が貰われて行く時、どこか分かってるんですよ。顔に出ます。神妙な顔をして、まぁここんちで駄目だったら、シャ~~~ナイナァってね。でもひどく哀しそうな顔を、ずっとしているんです。決して反抗はしないのですが、大きな眼で抵抗をします。
     
     猫は古代から飼われていたようですが、世界にはたくさんの種類の猫がいますね。我が家では三毛猫の雑種でしたが、雑種でも可愛いものでしたね。実際にペットショップで買って来た猫は皆無でしたから、そこらじゅうから集まって来ていたものでした。でも今は・・・・・。淋しい限りです。実家の周囲は殆どマンションに変貌してしまったんですから、仕方がないって言えばそれまでです。
     
     小石川植物園の中央に、売店があるでしょ!あそこの小母ちゃんは大の猫好きなんですよ。ペルシャンだって、あの園内にはたくさんたむろしてるんですよ。勿論雑種が多いのですが、ざっと数えても30匹ぐらいはいるでしょうか。多分近所の飼い猫もやって来るんじゃないかなぁ。公園デビューかなぁ。薬草園周辺にはいっぱいいますよ。訪問者にも慣れているようで、特に逃げり致しません。ごろごろ咽喉を鳴らしたりしています。猫が死ぬ時もごろごろ鳴らすようですが、目撃したことはありません。今生の別れを告げているのでしょうね。
     
     猫好きも犬好きも、それぞれ猫も犬も見分けているようです。多分匂いで分かるのでしょうね。触ったことがあるかどうかで。風音さんにはやっぱり猫が似合いそうです。今日も有難う御座いました!ペコリ!
     

  7. 銀河ステーション より:

    硯水亭様、おひさしぶりです。猫…かわいいですねえ。夏休みや、冬休みになると、よく祖母の実家に行っていました。祖母の弟が大工の棟梁で、その家をついでおられたのですが、なんだか気前のいい人で、いろんな人が酒をせびりに集まったり、猫も死ぬほどいたのを覚えています。飼っているのか、飼っていないのか、かなりいい加減な状況でしたが、それでも猫達には居心地が良かったらしく、土間においてある机の下に、ところ狭しと並んでみゃあみゃあ言っていました。気まぐれに、どこかに飛び出していったり、都合が悪くなれば戻ってきたり…。それも、のどかだった時代の田舎での事。今は猫も住みにくい世の中なのですね。

  8. 文殊 より:

         銀河ステーションさま
     
     お久し振りですね。いつもどうしていらっしゃるのだろうと心配することがあります。
    このブログは相変わらずですが、何故か本日一日だけで850件のアクセスが現在のところあります。
    多分皆さんがニャニャンを大好きなんでしょうね。
     
     猫も人を選ぶような気がしています。優しくされたら、きっとお返しをするのでしょうね。
    大工の棟梁さまはそれだけのことをされているのでしょう。猫は分からない動物ですが、
    それが最も身近にいるのですから、面白いですね。
     
     猫は自由奔放です。気に入らないことは決してしませんし、強制しても無理です。
    猫が行ったり来たり出来る環境が一番いいのでしょう。まじに猫にも住み難い世の中になったように、
    深刻に思われてなりませぬ。
     
     あなたの優しい絵で、是非多くの皆さまの心を癒してくださいね。そのことを一番希望しています。
    あなたの絵はそれだけのパワーがあるのですから。尊敬する銀河さんへ今宵も又エールを送って!
     
     

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