誌上絵葉書個展 Ⅱ

 

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  四万十 カヌーをやってご機嫌 Ryu 昨日の叱り方はいけないよ 叱り方に一切感情は入れないこと

 

 

 

                  誌上絵葉書個展 Ⅱ

 

 

  主人は自由人でした。でもそれが仕事の関係上普段まったく自由になれない人でした。たった独りになることへどんなに憧れていたことでしょう。鴨長明の名作はどうしてこんなに短いのとブツブツ言い、長明や兼好や芭蕉を特別愛していました。鴨長明がどんな人だったのか詳細に調べていなかったけれど、長明ゆかりの大好きな下鴨神社『糾すの森』でほっつき歩くのが一番の息抜きでした。夏、下鴨神社である御手洗祭が大好きで、御手洗池に足をつけ、自分の穢れを落としたいとよく言っていました。どこに穢れがあるのだろうと思っていたのですが、生まれて来たのがいけないのかもよと。そんな優しい主人でした。主人亡き後の去年の夏、私たち夫婦はその糾すの森で祝言をあげました。主人が観ていてくれそうで。

 

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  沼津の櫻海老の掻き揚げは天下一品 悔しいでしょ サクッとしててフンワリ揚がってて最高 Ryuにも食べさせてあげたかった

 

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  花背はおとなしい村だけど 高をくってはいけないよ 三本杉で霊力を感じた ここには何かがある こんなところで住みたいものだ

 

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ここは 山形・寒河江 これからサクランボ狩り 甘いだけじゃ駄目 酸味のあるサクランボが最高

 

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  南禅寺・水路閣 初夏の南禅寺はいい! 紅葉の時季の美を煩うことがないからね あっさりさっぱり生きてゆきたいね 頑張ろうねRyu!

 

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屋島から見た風景 ここは何度来てもいいね 反対側の安治山も実に豪快でいい 瀬戸内の海は僕が描かなかったら いつもナギ

 

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  日光・戦場ヶ原 黙って来て御免よ 後は頼むね 雲と風に揺られてから帰るからね ズミの花が満開で ちょっと泣けました

 

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 阿蘇の根古岳 会津先生のパクリ 叱られるね 西岸殿寺に廻って 菊池の松囃子に行ってから帰ります

 

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 奥日光の散策道を丸沼に向って歩いています 風は友 雲はライバル 雨は恋人 今夜は雨に打たれるでしょうか だったらいいのに

 

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大歩危・小歩危 トレッキングをしていると 適度な哀しみと一緒になれて嬉しい 四国の人は皆優しいです 風も雲も雨も

 

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小樽の岬の突端を半日見ていました 観光客が大勢 その中に入ると逆にうらぶれたようで嫌でしょうがない 独りがいい 独りが

 

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永観堂の見返り阿弥陀さまから 元気を戴きました 永観(ようかん)早く悟れと振り返りたり

 

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金子みすゞを探しに下関で新幹線を降りました 仙崎まで行くつもり 「積もった雪」が好き <中の雪 さみしかろな 空も地面も見えないで>

 

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奥羽本線で山形に来たら 霞城の櫻があんまり綺麗で途中下車 でも皆ソメイなの 江戸彼岸の大木「お達磨櫻」に逢いに行って来ます

 

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あのさぁ 四月寒かった時があったよね それで京都の櫻がずっと散らなかったよね あの時ってRyuと二人でずっと京都にいたよね 

 

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 彼女と二人でご先祖の墓参り ジベタの下の皆さんも歓んでくれているでしょう いとおしい人と手をつなぎたまひて

 

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伊豆・稲取から 下田の突端を廻って爪木崎 そして堂ヶ島から修善寺へ どこに泊まってもいいかい うるさいRyuよ 許しておくれ

 

 主人の絵葉書の出来は本人からしたら、全く出来が悪く、このようにして公開されることを一度も考えたことがなかったでしょう。飽くまでも私に対し出したメモ書き程度に過ぎないのですから。油彩だったらお見せ出来る作品が結構多いのですけれど。私にしか見せないつもりの、普段の顔をした絵ばかりですから、気楽にひょいひょい描かれた絵ばっかりです。でも折角ですので、実際の絵葉書よりやや大きめにして貼り付けました。そしてこうして公開することによって、本人への何らかの供養になるのではないかと、そう考えた次第です。まだまだたくさんありますが、時々の公開と致しましょう。食傷気味になられると皆さまに本音で悪いなぁと思ってますから。今日も御覧戴き、心から感謝申し上げます。

 

 本日、岩手県の滝沢村で『チャグチャグ馬っ子』が挙行されたようですが、今朝午前8時43分頃、岩手県や宮城県を中心に大変な地震が起きたようです。未だ全容が明らかではありませんが、被災地の皆さまに衷心からお見舞いを申し上げます。私は現在湯河原で温泉リハビリ中ですが、東京に帰り次第場合によってはボランティアとしてお力になりたく、社員数人を差し向けるつもりです。どうか頑張って下さりませ。明日は我が身であり、お互い様です!

 

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誌上絵葉書個展 Ⅱ への6件のフィードバック

  1. 道草 より:

    それぞれの時間のそれぞれの場所の生き証人とも申すべき、素晴らしい旅の記録の数々。個人に宛てられたのであって、まさに万人へのメッセージでもあるのでしょう。京都にあっては、花背・仁和寺・平野神社・南禅寺水路閣・永観堂・・・いずれも我が懐かしき所ばかり。中でも下賀茂神社は忘れえぬ場所であります。恥ずかしながら拙文を転載しました。ご容赦下さい。
     
    ・・・「私たちの結婚記念日は、一月二十三日である。だから、私はこの日が本当の一年の始まりと決めている。たぶん、妻もそうに違いない(と思う)。別に、数字並べを意図したわけではない。一九六九年(昭和四十四年)のその日が、たまたま日曜日に当たっていたからである。この新しいスタートの《一二三》は絶対に忘れることはなく大成功だった。ただ、二十一日の私の誕生日は、いつの間にか統合されてしまっているが。        大寒に入ると、京都は一年中で最も寒い季節を迎える。だが、あの日、式場の下鴨神社は春の様な穏やかな陽光に満ちていた。神社の周囲を取り巻く樫や楠や杉の大木の緑は柔らかく、境内の白い玉砂利が目に痛いほどだった。本殿の黒い瓦屋根が艶やかに輝き、その上を舞う鳩までが和やかに見えた。下鴨神社は市内の北部にあり、私たちの住む桃山より気温は低いはずである。しかし、結婚式という特別な条件を除いても、体の中から暖かく感じられる一日だった。         神主の黒い烏帽子と白い衣冠束帯が、神殿の前で舞台の演出のように流れた。巫女の羽織袴の赤と白の取り合わせが、引き締まった空気の中で清々しい。笙篳篥の音楽が緩やかに流れる式典は厳かだった。本殿前での記念撮影には、大勢の友人が来てくれた。予算の都合で、披露宴には双方で二十名しか招待できなかったのである。記念写真はカラーを断念して、モノクロで我慢した。まだカラーの普及率は少なく、値段は五倍ほどの差があったのだ。神社指定の写真店で注文する折は少し気が引けた。他にも何組かのカップルがいたが、白無垢姿の妻が一番美人に見えた(ものだ)。今でも写真は色褪せず、あのときの輝くような白の衣装が鮮やかに蘇る。カラー写真は、駆けつけてくれた妻の友人のご主人に、何枚か撮ってもらったのがお陰で残っている。式典の司会は同僚の杉尾君が引き受けてくれた。仲人は上司の田島ご夫妻に依頼している。      私の父はすでに亡く末弟の幸雄叔父が父親の代役をしてくれたが、その叔父も死んで二十年になる。友人は双方二名ずつ代表で出席してもらった。同期で宣伝部にいた鯛天君は退社後に美大の教授になり、お祝いの絵を結婚十五年後に描いて贈ってくれた。周山中学で同級生だった渋谷君は、無口で人前で話すのが苦手なのに、勇気を奮って祝辞を述べてくれた。彼は田舎で農業を継いでいたが、十年前に五十歳で亡くなっている。 妻の友人は林さんと鈴田さんで、二人は同じ会社の同僚と先輩である。林さんが、  「正義感の強い彼女を引っ張っていけるのは上野さんだけ・・・」           と、スピーチをしてくれた。褒め殺しだったのだろうか?鈴田さんが、『四季の歌』を名にふさわしいきれいな声で歌ってくれた。あいにくお色直しの最中で聴けなかった妻は、今でも残念がっている。「お互いの顔を見つめ合っているばかりではなく、二人で前を向いて歩いて行きたい」 私はそんな内容の《誓いの言葉》を、マジメに宣言したように記憶している。今思えば赤面するが、妻が優しい笑顔で耳を傾けている(らしい)写真があるのを見ると、案外満更でもなかったのかもしれない。結婚当日の妻は、今の長女と同じ二十五歳だった。」・・・ 
     
    硯水亭Ⅱさんのご養生の効果大ならんことを願うと共に、岩手・宮城地区のご無事を祈りながら。

  2. Unknown より:

    こんばんは。『チャグチャグ馬っ子』、ニュースでチラッと映像が出ましたが、無事行われたのですね。お馬さんたちも驚いたことでしょうね。それにしても地震が度々起こって・・・一刻も早い復旧を祈るばかりです。
     
    硯水亭さんは湯河原でリハビリ中ですか。温泉が効くとよいですね。きっと景色もいいところでしょう ? 心もゆったりされて鋭気を養ってくださいね。
     
    ご主人の誌上絵葉書個展、楽しみにしていました。道草さんがおっしゃっているように「万人へのメッセージ」となっていますね。硯水亭さんに宛てられたものですけれど、私の心にも届いてくる何かを感じます。可愛らしい感じの絵も多くて、特に霞城の景色など『赤毛のアン』の表紙になりそうですね。
    ステキな個展を見せていただき、ありがとうございました♪
     

  3. (Kazane) より:

    硯水亭さん、またまた宝物を取り出して見せていただき、ありがとうございます♪今回も絵と同時に、おふたりの友情の深さに、心打たれました。短い言葉にこめられた思い。硯水亭さんに向けられたものでありながら、何だか私の心もギュッと…。前回のⅠと合わせ、折りに触れ、見せていただこうと思います!
    硯水亭さんは、湯河原にいらっしゃるのですね。
    お忙しい中のひととき、少しでもゆっくりと養生なさってくださいね。

  4. 文殊 より:

           道草先生
     先生の初々しい結婚のお話はとても感動的で、奥様がどんなに晴れがましいお顔だったか想像するに余りあります。そして同じ下鴨神社だったことから、感慨もひとしおです。私たちは8月8日に入籍をしました。10月13日に京都で結婚式を致しました。その後東京でお披露目などがあったのですが、妻が上賀茂神社や下鴨神社で巫女さんをしていた関係で、10月の挙式の打ち合わせを下鴨さんに、入籍前にお邪魔したところ、突如日ごろ親しくさせて戴いている神官から、お祓いとお清めをしなさいと言われて、入籍前に神さまにお祈りすることになったのです。特にブログには書いていないのですが、二人だけの事実上の結婚式は私たちにとって、最も深い祈りの場であったように思われます。連理の賢木に二人で誓ったのですが、最初は二人だけで、10月は親族も入れてやらせて戴いたものでした。亡き主人が下鴨神社さんが大好きでしたから。更に上賀茂神社さんも社家のお知り合いの方々が多いですから、よく訪れておりました。いつも飛行機で移動していましたから、取り分け上賀茂さんには祈りが深かったように思います。下鴨さんは主人にとってもそうですが、私たちにとっても生活の一部です。先生とその歓びを分かち合っているようで特別に嬉しい限りです。主人の一言にはそれぞれの深い思いが隠されています。それぞれの土地で抱いた感慨は主人の真摯に生きた証でもあります。今日も暑くなるでしょうか。被災地の方々に豪雨が降らなければと祈っております。湯河原にはトレーナーの方1名と社員2名と温泉治療で来ておりますが、今日の午後には帰る予定です。今日も有難う御座いました。

  5. 文殊 より:

           夕ひばりさま
     
     まさかチャグチャグ馬っ子の祭りはないものと想像していたのですが、無事挙行された由、安堵致しました。時間が経つにつれ、徐々に地震の凄さが伝わって参りますね。震源地のお近くの方々はどんなに怖かったことでしょう。新幹線の中で閉じ込められた方々も早々に各駅に到着されたようで嬉しいです。
     
     湯河原は普通の温泉旅館と違いまして、治療センターのようなところです。プールの中で浮力をつけながら歩くのが一番の目的です。普通では歩行出来ないのが、温泉の中では結構歩けるのです。昨日も散々歩きまして、下半身の筋肉が痛くて痛くて、今朝早く眼が覚めました。ぷぷ
     
     主人のメッセージを道草先生や夕ひばりお姉ちゃまから褒めて頂けるとは思いもしませんでした。飽くまでも個人的なやりとりだったので、ブログで公開するのもためらったくらいでしたので。でも供養になる、そう信じた結果でありますが、どこにいても何をしても、細やかな神経を持っていた経営者であったことがご理解戴けることでしょう。社内にいても、本人には言わないことが多いのですが、本当に細かかったです。多くはそんなイメージを抱かせるちょっとしたメッセージになっています。僕には特別によくして戴きました。この人のためなら死んでもいいと、いつも思っていましたから。お姉ちゃまに楽しんで戴いて望外の幸せです。
     
     アニメの「赤毛のアン」はケンジントン駅から、マシューと馬車に乗って大お喋りしながら、櫻並木を走って来る場面が超有名で、今でも僕の脳裏をくっついて離れませんが、あの花は原文によると、リンゴの花で、無論プリンスエドワード島には櫻の木もいっぱいあって、時々出て参ります。「アンの青春」をそろそろ読み終える頃なので、ブログの下書きには「赤毛のアン」の下書きを準備しています。翻訳はやっぱり松本侑子さんのものが最高でしょう。取り分け引用文の注釈がついていますから、原書を読みながらでも参考になります。やっぱり所々難しい古典の表現があって、モンゴメリーの懐の深さを知らされました。今日も有難う御座いました!
     

  6. 文殊 より:

          風音さま
     
     缶から箱にはいっぱい色んなヒミツのものが混在しています。まだ妻にも見せたことがないので、今度彼女にも、そろっと公開することになるでしょう。男の子のヒミツって、そう大したことはないのですが、でも他の人から見たら、詰まらないものでも、僕のとっては凄く大事なもので、映画「アメリ」で出て来た時ずっとクスクス笑ってしまいました。アメリは何とか本人に返してやるのですが、そう言えば返してもらった本人も嬉しそうな顔をしたおっちゃんでしたね。あはははは!
     
     僕たちはよく二卵性双生児と揶揄されていました。僕にとっては嬉しいことなのですが、主人にとっては果たしてどうだったでしょうか。とかく経営者は孤独なものです。最終的判断をする時も社員旅行でたとえ一緒であってもです。そんなはけ口が僕だったのかも知れません。普段は全く私情を表さないし、感情的になることが殆どなかったんです。でも僕と二人の時だけは大いに違っていました。涙を見せる時もしばしばでした。だから僕が盾になって、一人旅を好んでしたのでしょう。彼がいない時、決裁しなければならないケースがあると、僕がしていました。彼はそうさせたのです。一度人に任せたら、たとえ間違っていた時も決して怒ることはなかったんです。どこか信頼関係があったのでしょうか。     
     主人のこれらの絵は走り書きです。本当にさっさと描く人でしたから。絵の中に風が吹いているように描くのが理想だと言ってはばかりませんでした。風と雲と動きが彼の絵の特徴でしょうか。櫻山を作った暁には彼の絵をどこかに展示したいと思っていますが、たった一度も絵を習ったことがなく、すべて独学でした。いずれ又ヒミツの小箱を開けましょう!
     
     今日もリハビリです。今朝は筋肉が痛くて、早く起きてしまいました。ゆっくりマッサージをして貰って又頑張ります!今日もおいで戴き心から感謝申し上げます!有難う御座いました!
     

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