嘉祥の日

 

夏の和菓子

 写真は京都・甘春堂さんからお借り致しました 夏の和菓子「竹の彩」  是非お一つどうぞ

 

 

         嘉祥の日

 

 

 今日6月16日は嬉しい和菓子の日です。お昼に社員全員へ和菓子を配って食べて戴きました。嘗て6月16日には菓子を食べ、厄除と招福を願ったのです。これから暑い夏を迎えるに際し元気を出そうと、夏越(なごし)のお祓いの意味を籠めたのでしょうか。江戸時代には長崎から砂糖が入って来て、急速に今日のような甘い和菓子が誕生致しました。利休の時代は甘味のない炙り昆布や炙り椎茸などが茶の湯の菓子でした。江戸時代になって始めて宮中や幕府でも甘い和菓子が大流行りし、中でも今日16日が重要な儀式となったのです。嘉祥の日(かしょうのひ)と呼ばれました。江戸城の500畳の大広間に二万個を超える菓子を並べ、将軍から順に普代大名や旗本などに下賜(かし)されました。明治以降この行事は途絶えるのですが、昭和54年(1979年)全国和菓子協会は和菓子の日として、嘉祥を現代に蘇らせたのです。

 昨日は父の日で、京都の義父にはかねてからプレゼントをお贈りしてありましたが、我が父に、何がいいかなぁと前日電話したところ、久し振りに二人で一献飲み交わしたいというので、湯河原から帰って直ぐ銀座で落ち合い、二人で和食屋さんに入ってお酒を飲みました。外で父子二人で飲むお酒は実に久し振りのことです。登山のせいで真っ黒に日焼けした父は、70後半にも関わらず元気いっぱいで、後8つの山々を登頂すれば、日本100名山を踏破するそうです。妻のこと、退職後のこと、怪我のこと、様々に私のことを話しました。父はどの話題にも嬉しそうに聞き入っていました。登山の話題も出ましたが、早く孫の顔が見たいと、それだけが我が人生最良の楽しみだと申しておりました。余程嬉しかったのでしょう。酔うほどに穏やかになって行きました。私も怪我をしてから初めてしたたか飲みました。これってリハビリにありかなぁという不安をよそにして楽しみました。帰り際父に無謀な登頂を急がないでねと、タクシーを乗り込む時に伝えました。父はにこやかに笑いながら、頷くのです。

 このところ超多忙につき、皆さまのブログにお邪魔しブログへのカキコもままならないようで、本当に済みません。でも我がことで恐縮ですが、毎夜疲れてきっていても「赤毛のアン」を読みながら、下書きに、セッセと原稿を貯め込んでいます。アンからたくさんの元気を頂戴して勇気を戴いています。皆さまも是非お元気でお過ごし下さりたくお祈り申し上げます。今宵もまだまだ仕事です。私のラストスパートを精一杯頑張りたいと存じ上げます。

 

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嘉祥の日 への6件のフィードバック

  1. 道草 より:

    「和菓子の日」の6月16日は「天気予報記念日」でもあるとか。明治17(1884)年6月16日に、日本で初めての天気予報が出されました。「全国一般風ノ向キハ定リナシ天気ハ変リ易シ、但シ雨天勝チ」との予報は、さてどうだったのでしょうか。子供の頃は、足に履いた下駄を投げ飛ばして天気予報をやりました。表は晴れ、裏向けば雨、横に立ったら曇り・・・。表が出るまで何度もやりました。今日は和菓子を食べるのを忘れました。昔の今頃でしたら、冷たく冷やしたわらび餅など美味しく食べた記憶があります。「父の日」のプレゼントは、長女娘から、よく散歩するようにと5本指のある靴下を貰いました。硯水亭さんの父上はお元気で何よりです。来年は、ご自身の父の日が楽しみですね!
     
    「飛騨の時鳥」   田中冬二
     
    暗い坂を下りて来ると空を時鳥が啼いて過ぎた宮川の橋は灯してゐた宿ではつめたい白玉に砂糖をかけて出してくれた

  2. 良枝 より:

    こんばんわ。りんこです。
    本日より会社に復活しました! 笑
    銀座で父子で一献なんて
    かっこいいですねぇ・・
    わたしもそういった粋なひとになりたいです。
    父の日にはチーズケーキをあげました。
    私は男の人には甘いものが良く似合うと思っています。

  3. 文殊 より:

                      道草先生
     
     本当に当日になってから、しかもこんな遅い時間に今日のことをアップするのですから、どうしようもありませんね。同時に「天気予報の日」でもありましたね。昨日は弘法大師の誕生日でもありましたし、歳時記を標榜しているこ自体、我ながら失格なような気がしています。でも夕方の休憩で、ふとご挨拶がわりに書きたくなって、思いつきで書いてしまったのが本当のことです。済みません。織田信長や豊臣秀吉の時代は金平糖三個で、お城と交換出来たような代物だった甘い砂糖の類は、長崎の出島からのみ流入し抜け荷は厳禁でしたから、実に高価なものだったのでしょう。江戸時代には奢侈倹約令が何度も出された割には、江戸初期の頃はまだましでよかったのでしょうか。人心の安定に付与されたのでしょう。和菓子のデザインの目標は新古今和歌集や古今和歌集などが目標で、四季折々の風情のこころを和菓子の甘味と材料とデザインで工夫を凝らすのでしょう。茶の湯ですら、甘い和菓子が登場して随分永い時間を経ています。近年ではダイエット・ブームでもあり、動物性たんぱく質のない和菓子が注目されているようです。精々戴きたいものですね。早速のご来場を心から感謝申し上げます!
     

  4. 文殊 より:

            りんこさま
     
     あらぁ、よかったぁ、心配してましたよ。とりあえず危機脱出ですね。でもまだ安心は出来ませんよ。8週から12週ぐらいになれば、もう動けますけど。安定期に入るまでが充分気をつけられ下さいね。大事な大事な宝物ですから。
     
     へへへぇ、いいでしょう。僕たちも実に外でお酒は15年ぶりだったんですよ。父子と言っても、母親を早く亡くし、父は独りを貫きました。それがよかったかどうかは、別にして、それが父なのですから、父の意向を尊重してあげるようにしていました。学生時代はうるさくて折り合いが悪い時もありました。まして小学生の時論語の音読を強要され、コイツはヒトラーかと思ったこともあったんです。でも最近でしょうか。めっきり涙もろくなり、心底にあった優しさが充分に出て参りました。母と一緒の時はウソのように優しい父でしたから。これが本当なのでしょう。
     
     お父上さまにチーズ・ケーキを差し上げられ、嬉しかったでしょうねぇ。僕もチーズ・ケーキは大好きです。ケーキ類では他にはモンブランかなぁ。スウィーツの好きな男だけでは駄目で、それを幾ら食べても太らない努力をしている男性が多分魅力に溢れているのでしょう。
     
     昨日は6月に最も一般的な「水無月」を戴きました。6月30日は神社ではこの日の参詣人に茅の輪を鳥居に取り付けてくぐらせ、夏の疫病、水の災厄を除くために禊を行うのです。これを「水無月の祓い」「夏越の祓い」といいますが、 それを意味させて出しました。
     
     水無月は白の外郎生地に小豆をのせ、三角形に庖丁された菓子ですが、それぞれに意味がこめられています。水無月の三角形は氷室の氷を表し、6月朔日に氷室の氷を口にすると夏痩せしないと言われていました。氷の節句、または氷の朔日ともいわれ、室町時代には幕府や宮中では年中行事とされていました。紅い色をした小豆は邪気から最も嫌われていて、悪魔払いの意味を表しています。
     
     会社勤めが始まってもどうかお身体には気をつけてね。「水無月」さんでも戴いてね!
     

  5. (Kazane) より:

    こんばんは。
    お忙しい中、少し時間が出来るとブログを更新し、アンを原書で読み…。やはり硯水亭さんはスーパーマンですね☆
    父の日、お父様とても嬉しかったでしょうね。
    やはり大人になってから、父子でお酒を飲みながら話をするって、特別なひとときなのでしょうね。
    いい時間を過ごせてよかったですね。 早いものでもう6月も半分以上過ぎてしまいましたね。きっと私などには想像もできないくらい、お忙しい毎日を過ごされているのでしょうね。
    ぜひ、お体に気をつけてお過ごしください♪私も、アンからたくさんの力をもらっています!

  6. 文殊 より:

          風音さま
     
     おいで戴き、心から感謝致しております。ププ!僕はスーパーマンではありません。但し無論限度はありますが、時間は自らで作るものだと固く信じています。だって人生は短いんだもん。生きているうちが花で、その中でどれほどのこともやれないことを知っていても、そこに何とかして、常に挑戦者でありたいものですね。
     
     『赤毛のアン』の第二作目で、キングスポートのレッドモンド大学に、ギルバートやプリシラと一緒に入学するのは、アンがアヴォンリーの小学校の教師を終えた18歳の9月のことでしたね。ハリソンさんに向って、アンはこう言います。「大学で学びたいのは、どうすれば最良の人生を送れるか、どうすれば最善のことを数多く成し遂げられるかという人生の教養だわ。他人と自分を理解すること、そして力になってあげることも学びたいわ」と。
     
     まさに私たちは大学生ではないけれど、実践の場で日々学んでいるのでしょう。そしてアンのように多くの曲がり角があるけれど、角を廻ったら、又真新しい道が広がっているのよとも。超多忙な生活もお陰さまで、今週いっぱいで終了しそうです。又次の角を曲がれば、真新しい道が広がっていることでしょう。
     
     父は本当に嬉しそうでした。真っ黒な顔をしていても、上気していることがはっきりと分かりました。年老いてから益々マシューのようになって行くようで、叔母がマリラとすれば、グリーン・ゲイブルズのようなものでしょうか。だったら頼もしくていいなぁと夢想しつつ、ご機嫌な楽しいひと時でした。
     
     風音さんもどうぞお身体には充分気をつけて戴いて、又頑張って下さいね。そして新鮮で鮮明な明るい雲や風の流れを写し取った写真をお見せ下さい。いつもいつも楽しみにしているんですよ!優しい貴女の写真を観たくて!
     

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