夏越と半夏生

 

赤毛のアンとグリーン・ゲイブルズ

今年の職美会(於;都美術館)に出品された作品 「赤毛のアンとグリーン・ゲイブルズ」 すべて手縫いのキルトでした

 

 

 

 

                 夏越と半夏生

 

 

 昨日が夏越(なごし)の日で多くの神社さんなどで夏越の行事が行われたことでしょう。一年を半分に分けて考えられていた時代の産物で、夏越の大祓いの行事はいわば大晦日にあたります。境内に作られた茅ノ輪をくぐって厄除けをし、本格的に到来する真夏へこころを新しくして準備をするものといえそうです。京都では北野天満宮の大祓いが有名ですが、そんななか昼過ぎ、迎えの方々と一緒に妻と杏が退院致しました。杏は無論未だ目が見えないけれど、実家に初見参すると、従兄妹たちが興味津々で出迎えてくれました。初めて世間に出た杏でしたが、風は心地よく、ちょうど夢見心地のするよう陽気な曇天のいいお日和でした。私たちが京都で住む場所を充分準備出来ていなかったせいもありますが、義父母の熱い思いが、とりあえず別戸仕立ての離れで住むようになったものの、大家族での杏の成長をしばらくお願いすることになったのです。大所帯での生活は私の憧れでもあります。義父母は杏の誕生を何よりも歓び、杏を宝物のように大事にしてわれ先に抱っこしますが、そこは母親の強いところ、妻は間もなく杏を取り上げて抱き癖をつけないようにと両親に厳命するのでした。

 妻は「赤毛のアン」の作者モンゴメリーだって、ターシャだって、人生の一番忙しいときに最もいい仕事をした人だから、ワッチにだってやれる、杏が生まれて途方もなく忙しいこんな時期こそきっといい仕事が出来るのえと確信めいていいます。早めに夏休みをとり心置きなく杏と過ごし、今まで経験がなかった真夜中に一緒に目覚めて授乳させたり戸惑いが多いけど、素敵な素晴らしいいい兆候よと明るくいう。博士号後期ともなれば指導教授から手取り足取りで教えられることもなく、自分で新しい分野の開拓が必須で、ちょうどいい時期に杏は生まれたと目を輝かせていました。あなたは未だ完全に会社を終えていないし、これからのことを考えたり実行に移すしっかりした土台を作るべきで、ワッチと杏は大丈夫だから東京に帰るべきだというので、昨夕東京に帰ってまいりました。三人はずっと一緒だったので、情けないことによほど疲れていたのでしょうか、ベッドに潜り込んだきり御飯も食べずに今朝遅くまで眠っていました。朝一番、膝の手当てを受けに病院に行き、悲鳴をあげていた膝から水抜きする太い注射針をさされぐっと我慢、一週間ぶりに会社へ。皆さんから大変な祝福を受けました。改めて慶びを実感した次第です。

 今年は太陽の黄径100度になる今日が半夏生(はんげしょう)。普段は夏至から数えて11日目ですが、今年はいつもの年の2日ではなく今日です。物忌みをする日で、農家ではこの日以降田植えをすると収穫できないとか、この日田圃の仕事を休むとか、その地方地方によって伝承や習慣が少々異なりますが、現在関西では蛸を食べる習慣が一般に根付いています。蛸の足のように大地に踏ん張り、五穀豊穣を祈るためでしょう。また今日から山鉾巡行の日まで長い祇園祭りが始まりました。西洞院通り四条上ルの妻の実家周辺では蟷螂山(とうろうやま=かまきりの作り物があり、それが唯一のからくり人形の山鉾で、別名かまきり山)が出されるはずです。永いこと中断していた山鉾は昭和56年に再興されたもので、今日のクジ引きで巡行の順番が決まるのでしょう。病院は左京区にありましたが、あの祇園さんのお囃子は商店街の放送か何かだったのでしょうか。実家は中京区で、ここはまるきり本場の中にあり、いずれにせよ祇園囃子の真っ只中にあって、杏はこのお囃子の中で生まれたことにもなるのでしょう。

 たった一日、杏と逢わないだけで淋しさでいっぱいです。日に日に丸々としてきて、ようやく顔がはっきりしてきたようですが、そのうちこのブログでも杏がお目目をぱっちり開けるようになったら写真を公開する所存です。でも予め申しあげておきますが、驚くことに何とまぁ、私にそっくりになってきたのです。部品だけかと思ったら、顔全体が、父親似の女の子なので、それが将来禍根を残したり不幸にならなければいいのですが、私には何とも申しあげられません。でもまだまだ変化して行くのでしょう。大人になって妻に次第に似てくるなんて、普通にありそうです。目は妻の目に似ているように思われ、少しは救われた思いです。この子は光の子だと妻のいい、私は妻にとってギルバート・ブライスのような若者の存在ではないですが、妻は「赤毛のアン」を読んで育った割にはアンとは全く対照的です。でも「赤毛のアン」はアンの夢想の世界を生きってそのまま突っ走っることに意味があると妻は頑なに申しておりました。杏に、そんな思いの丈をつないだのでしょうか。さて本日は半夏生につき、何やらお正月のようにも考えられ、いざ新しく生きめやも!壮大な夢の世界へ向け、いざ生きめやも!

 

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夏越と半夏生 への8件のフィードバック

  1. 道草 より:

    日めくりが丁度半分に減った1年の通日182日目が「年の臍」。生まれた日からの日数を「人生通日」と呼ぶなら、さて「人生の臍」は何歳なのか。硯水亭Ⅱさんは優に半分以上は「残り通日」がお有りでしょうし、その頃に2世を得られたのも何かの縁。今後はその集大成に向けて、いっそうのご精進が期待されます。杏ちゃんは父親似とか。我が家の場合、長女は名医と評判の個人医院で生まれたのですが、病室で待機している私の所へ、看護婦(師)が寝台車に家内と娘を乗せて連れ来てくれました。付き添っていた医師が開口一番、「ご主人にそっくりです」、とニコリともせずに言いました。幸か不幸か、長女は父親に次女は母親にそっくりと相成っております。但し、内面はその正反対に似ております。事程左様に、子供の運命は如何なる方向へ。ま、いずれにしても2人の子供ですから。硯水亭Ⅱ家では、ご両親のどちらに似られても素敵なお嬢様に育たれることは間違いありません。但し、奥様のご指示の通り、ギルバート親父としては過剰な抱き癖は付けられませぬように。下記は私の大好きな詩です。
     
    「ぺんぎんの子が生まれた」   川崎 洋 ぺんぎんの子が生まれた 父さんと母さんそれぞれのおじいさんとおばあさんさらにはひいじいさんとひいばあさん とほんの二五代さかのぼっただけでこの子の両親を始めとする先祖の総計は六七一〇万八千八百六二羽となるそのうちのどの一羽が欠けてもこの子はこの世に現れなかった ぺんぎんの子が生まれた

  2. Unknown より:

    こんにちは。後ろ髪引かれる思いでお帰りになったのでしょう・・・杏ちゃんはたくさんの方々の愛に包まれて幸せですね。子育てに複数の眼があるのはとてもいいことだと思います。
     
    杏ちゃんは今のところパパ似ですか。それではお写真を拝見すれば、硯水亭さんのお顔も想像できるということかしら。楽しみにしております。我が家の場合は、どちらかといえば長女が私、次女が夫に似ています。ところが、性格は逆なんですね。ちょうど道草さんのところと反対ですから、法則性は無いと思われます(笑)
     
    そうそう、冒頭のステキなハンドワークを拝見して思い出しました。この夏は東郷青児美術館でグランマ・モーゼスに会えそうですよ♪

  3. 文殊 より:

              道草先生
     
     遅くなりまして済みません。確かにそうでしょうね、今が臍にあたる部分で、わが人生の中で最も大切な時期なのでしょう。このところ色々と忙しい日々を過ごしてまいりましたが、もう一歩で今度は私なりの新しい人生を歩かなければなりません。後少々で、その船出が近づいております。そんなときに、こうして新しい私に、新しいイノチを授かったのですから、何とも有難いことです。天は応援歌を歌っていらっしゃると、そう思うのです。先生からもこうして励ましのお言葉を頂戴致しますと、益々元気が出てまいります。お陰さまです。
     
     そんなに子供はやはり親に似るものでしょうか。何だか怖いような気になってまいります。遅く子を授かったためでしょうか。とっても怖いのです。でもそれが逆に、飽くまでも謙虚でいるようにとの思し召しなのでしょう。次女のKさんのご性格が先生に似ているなんて、凄く興味深いことです。姉君のMさんはどちらかというと、オットリしていらっしゃるのでしょうか。極めて正確無比な感じがしておりますが、どちらとも意思がはっきりしていらっしゃるから、これから益々楽しみですね。
     
     杏はとにかく皺クチャで生まれてまいりました。だから最初は殆どどちらに似ているのか、まったく分かりませんでした。でも面白いものですね。ホントに日に日にはっきりしてくるのです。イノチの輝きなのでしょう。やっぱり生命誕生の驚愕を感じざるを得ませんでした。そうですね、病院ではいつも抱いてばかりいましたから、抱き癖をつけないようにしなければいけませんね。川崎洋さんの「ペンギンの子がうまれた」は、凄い詩ですね。確かに鼠算式になりますから、殆ど全日本人の子をいってもいいのでしょう。仏教的にいえば、人間として生まれるのは滅多にないことで、だからこそ信仰に生きなさいという教えと似ているようにも感じられました。素晴しい詩をどうも有難う御座いました!
     

  4. 文殊 より:

              夕ひばりさま
     
     こんばんは!そうなんですよ、つい後ろ髪を引かれるような、結構きつい気持ちで帰ってまいりました。出来るだけ、金土日には行きたいと考えておりますが、妻はオトコ衆は忙しいものだから、帰ってきたときだけは父親らしいことをしてくれるようにといってくれています。有難いことですが、あの人は今までの生活信条をガラリと変えなければならず、ホントに大丈夫かなぁと心配しておりましたが、何々まったく心配には及ばないようです。
     
     あははは!おかしいですねぇ。先生のところと逆なんですか。法則性はないんですね。なるほろ、そうですか。そのうち杏の笑った顔でも写真に撮れるようでしたら、早めに公開させて戴きます。うふふ、私似で、想像するとか、だったら本当は一緒に公開出来るようにしたいものですネ。
     
     いつもはガチガチの実証主義者の彼女が、アンのように想像力がないと新しい発見につながらないといいます。いつも私が柳田國男先生のことだけいうのは、おかしいのではないか、偶には折口先生のことも是非参考にするようにといわれています。アンは妻の中にちゃんと生きていました。杏とともにみんな大家族の中で今後は頑張りたいと思っております。
     
     そうですか、グランマの絵が来るなんて、情報を有難う御座いました。是非観たいです。このキルトは制作に一年以上かかったそうです。友人から是非にといわれて、6月に見に行ったものでした。カスパード家のマリラが得意でしたね。色々と有難う御座いました。こころから御礼を申しあげます!
     

  5. (Kazane) より:

    硯水亭さん、おかえりなさい。きっと家の中がガランとして感じられるでしょうね。ほんの少しの間でも杏ちゃんや奥様と離れて暮らすのは、寂しいでしょうね。私も法則性なしに1票(!?) (^^)
    私は長女なのですが、顔も性格も父似です。お父さんのコピーね…なんて何度言われたことか!でも、よく耳にしませんか?父親似の女の子は幸せになるって☆杏ちゃんも!写真を拝見できる日を楽しみにしていますね♪まだ、膝痛そうですね。あちらでは随分無理をなさったのでは。
    お大事に。

  6. 文殊 より:

            風音さま
     
     ただいまぁ!ようやくやっと帰ってまいりましたが、やっぱり淋しいや!毎週金土日と当分の間行くことにしているのですが、少し逢わないだけでコロコロと顔が変化しているのでしょう。この人だぁれと言われないようにしていたいですネ。
     
     僕も父親似の女の子は幸せになるよと伺って記憶したことがありますが、そうなってくればいいなぁとこころからそう願って居ます。帰ってきて早々はドサリと倒れこんで眠っていました。情けないですね。妻のほうが遥かに大変なのに、愚痴の一つも言わずに杏と楽しく頑張っているようです。
     
     もう少しお待ちくださいね。きっとアップ致します。そうそう、先日風音さんのブログに不似合いな記事(つもり違い)を書いてしまいました。御免なさいね、自戒していることを単に書かせて戴いたのですが、そのこころはと尋ねられるとハイ他意がまったく御座いませんというしかないのです。本当に』御免なさいね。不快な思いをなされたことでしょう!
     
     膝って厄介ですね、治りも遅くなっているようですが、焦らないことに集中しようと思っています。今日もおいで戴き、こころから感謝申しあげます、有難う御座いました!
     

  7. 野の花 より:

    杏ちゃん お父様に似ておいでですか ようございましたね。女の子は父親に似るとよいというのは それだけ父親から愛されるということからでしょうかやはり 人の心理のような気も致します。硯水亭さまは 並外れて奥様を愛されておいでですからどちらに似ておいででも 杏ちゃんは 最高に幸せですね!京都への 想いが益々強くおなりで 往復の日々が又私たちファンの楽しみとなります。夏越し 半夏と 暑さにこれから向かいますので ご自愛くださいませ。

  8. 文殊 より:

             野の花さま
     
     私事つまらないことにお付き合い戴きまして、甚だ恐縮で御座います。父とたった二人で過ごした日が多かった私は、皆さんのお力を頂戴して大勢で生きられる幸せを思うと、杏にとってはとてもよかったかなぁと、今はそう感じています。大家族にはそれなりの良さがあるのでしょう。
     
     野の花さまは出雲さんの宮司さんたちと一緒になられて、千年の杜づくりに励んでおられるご様子、影ながら大いに応援しております。気の長いことですから、どうぞユルリとやられてくださりませ!御身を是非お大切に!
     
     そこで京都北野天満宮の「夏越の祓え」の茅ノ輪くぐりの時に歌われる歌を書かせて頂きます。野の花さまにとって、この夏も素敵な夏でありますようにとの祈りをこめて!
     
     (茅ノ輪 一回目の左回りのときの歌) 水無月の夏越の祓い する人は 千歳の命 延ぶといふ (長生き出来るようにとの意味)
     
     (茅ノ輪 二回目の右回りのときの歌) 思ふこと みな尽きねとて 麻の葉を 切りに切りても 祓いつるかな (悩み事を吹き飛ばせとの意味)
     
     (茅ノ輪 三回目の左回りのときの歌) 蘇民将来 蘇民将来 蘇民将来 蘇民将来 蘇民将来 (災難から逃れるようにとの意味 人の名前)
     
     頑張りましょう!
     

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