新米パパ奮戦記

 

クルクルメリー

                                       クルクルメリー

 

 

 

                                 新米パパ奮戦記

 

 

 永い間、自分の赤ちゃんを自らお世話するとは夢にも思っていませんでした。一年前に結婚したばかりで、もう一児の父です。でも子供の顔を見ていると奇跡としか思えませんで、妻の女人たる不思議さを感じるだけであります。先日娘を育て大きくして大学にやり、八王子の本屋さんでアルバイト中に、何の因縁もない暴漢に刺し殺されたお嬢さんの親御さん!どんなお気持ちであられるのか察すると大いに義憤を禁じ得ず、つい落涙をしてしまう日々です。あの秋葉原無差別殺傷事件もそうでしたが、連日信じられないような事件が多く、新聞やニュースを見るのが嫌でなりません。罪もない人に何というむごいことをするのでしょう、何という時代なのでしょうか。戦後民主主義の帰結なのでしょうか。子供ってこんなに可愛いのに、そしてそれら事件のご遺族さまは多分私以上に大切に育てたかも知れないのに。身を切られる思いがしてなりません。

 娘・杏が京都と東京を行ったり来たりしてもいいように、東京の自宅でも新しくベビー用品を一通り揃えました。買いに行く時に義母が大活躍してくれました。有難かったです。実家の叔母にはそのことは言いませんでした。アラッ私も買いにいきたかったわというに違いないからです。いつもメモ魔の義母は、杏が来た日に早速揃えられるものは全部揃えたいと、すべて書き上げて出掛けました。買い物は当社の社員の一人にバンで一緒に行かせ、殆どを揃えて遅く帰って参りました。義母も漸く安堵したようで帰途につきました。衣類 短肌着 5枚ずつ、コンビ肌着(または長肌着)5枚、ドレスオール(2ウェイドレス) 3枚、ベビーカーディガンなど 2枚、おくるみ 1枚、ソックス 2枚、よだれかけ 5枚、ミトン 1枚、授乳関連 哺乳瓶・乳首 2個ずつ、哺乳瓶ブラシ 1本、哺乳瓶消毒用品 1セット、ミルク 2缶、外出用品 チャイルドシート 1個、ベビーカー 1台、だっこひも 1セット、衛生用品 紙おむつ(新生児用) 5パック、布おむつ 50枚、オムツカバー(布オムツ用に) 3枚、おしりふき 5パック、ベビーバス 1台、湯温計 1個、ベビー石鹸 2個、ベビーローション・ベビーオイル 各1個、綿棒 1パック、ベビーつめきり 1個、ベビー体温計 1個、沐浴布(ガーゼタオル) 3枚、ガーゼハンカチ 10枚、寝具 ベビー布団 1組、ベビーベッド 1台 などなど。

 これでも何か足りないモノがありそうな、そんな気がしていますが、京都の義母からは外出時以外なるべく布オムツにするように厳重に言われていますので、毎回その始末があります。泣いても直ぐ反応しないで、偶には泣かせたまま運動させるようにとも。不思議に杏のウンチやオシッコは決して汚いものだと思えず、私はせっせと丁寧に手洗いをして、いい汗をかいています。私の右脚の怪我の回復がまだ万全ではありませんので、キッチンでも洗い物をする時でもちょうどいい高さの椅子を何脚か特注で購入してあり、膝に負担を掛けないようにしています。無論妻もやりますが、普段仕事でいない私は、一緒にいる時ぐらい極力やるのが当然で、夜中の授乳時妻がぐっすり寝ていて起こすのは可哀想だと思われる時も、私が杖をつきながら杏を抱っこしてキッチンに行き、哺乳瓶を使用しちょうどいい温度にしてからミルクをあげています。娘のいたいけない顔をじっと見つめながら抱っこしてあげるのですが、泣きやんで勢いよくグイグイミルクを飲む娘を見ていると、そんな時一番至福の時なのでしょう。私たちの娘に生まれてきて本当に有難うと何度も心を籠めて言います。可愛いものです。妻自らも乳房を出し授乳の際は等しく幸せな瞬間でしょう。最低三ヶ月ぐらいは妻の乳房から飲ませるべきだと言われておりますのでそのつもりですが、本当にそんな永い期間出続けるものでしょうか。それでも妻のおっぱいが張る時があり、偶に搾乳機で母乳を取っております。悪戯半分で少々母乳を盗み飲みしましたが、決して美味しいものではありませんでした。でも赤ちゃんにとっては母親の免疫が最も大切なものなのでしょう。予防接種など色んな注射は一年を過ぎてからありそうで、母乳は様々な病気に対抗する大事な養分があるというのですから、本当に驚きます。娘が眠っている時、妻は鬼の形相をして、相変わらず本を読んだり原稿に向かっています。偶にはノンビリ休めばいいのに!お陰で二人だけの時間はちょっぴりしかありません。それでもこの三人の暮らしは特別にいとおしいと感謝しております。

 時々妻から叱られながら新米パパは奮戦中です。私が幼児の時父は海外出張が多く、私が生まれた時もお産の場にはいなかったらしいです。病気がちな祖母の面倒を見ながら母は一人奮闘していたようで、そんな母のことは又改めて書かせて戴こうかと思っていますが、人の親になって初めて分かることがいっぱいあるもので、今日まで一人で大きくなったと思っていた思い上がりはただただ反省するのみです。でも杏を見ていると、確かに一人でに大きくなって行くような気がしてなりません。そんな逞しさを感じる次第です。今日、いかに娘が可愛いか、皆さまによく知って戴くいいチャンスなのですが、まだ決心がつきません。奮戦とまでは行きませんがちょっとだけご報告をさせて戴きながら、残忍で忌々しい事件や事故で我が子を若くして亡くされたご家族の存念に思いを致し、心からお悔やみを申し上げたいと存じております。ですので今の私的生活実感をこのブログの写真で表現する決心がつきません。本来片方だけが幸せで片方だけが不幸であるということはないはずだと確信しているからです。けれどそれらを何とかクリアし、必ず皆さまに杏を御覧入れたいと存じております。どうか今しばらくご猶予を賜りたくお願い申し上げます。

 

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新米パパ奮戦記 への8件のフィードバック

  1. 道草 より:

    我が家の長女が生まれた時は夜中はほとんど私は寝ていて、育児は家内に任せ切りでした。その事を今でもたまに言われることがあります。私は理想的なあまり良好な父親ではなかったようです。それでも物心ついてからの父親に対する記憶は、娘ら二人ともそれほど悪くはないようなので、それなりに、というよりかなり子供は可愛いがった方なのでしよう。子供の育て方に決定版はないようです。夫婦で最も最適と思われる対処に勝るものはありません。これまで承っている状況から判断しますと、奥様は相当に確たる信念をお持ちの賢明なお方のようで安心です。父親が多少親馬鹿チャンリン振りを発揮してかなり右往左往しても、杏ちゃんは絶対的に大丈夫でしょう。他の母親経験者の方々のご意見は、如何なものでありましょうか。今日は快勝で猛暑日も吹っ飛びました。そちらはどうでしたでしょうか。善戦していた様子ですが。お互いに快気祝いといきましようか。
    「ひとふさのみかん」   ゆきやなぎ れい
     
    どんなかんじこんな かんじどこかで触れたかんじ柔らかでつややかなかんじどんな かんじこんな かんじあかちゃんのほっぺ
    こんな かんじさわった かんじそっとおしてみたいかんじいいにおいのおいしいかんじさわった かんじこんな かんじみかんのひとふさ
    あかちゃんのほっぺこんな かんじみかんのひとふさのかんじ指先でふるえるかんじちいさくまるいかんじたべたい かんじ
    どんな かんじこんな かんじみかんのかんじ あかちゃんのほっぺ

  2. (Kazane) より:

    こんばんは。新米パパ奮戦記、楽しく読ませていただきました♪そろそろ、新米卒業なのでは…(^^) 随分余裕が出てきたように感じられます。仕事で疲れて帰ってきても、こんな幸せが待っているって、ホント素敵ですよね!やはり自分が親になることで見えてくるものって、いろいろあるのでしょうね。硯水亭さんの目を通して、私も一緒に子育てを経験させていただこうと思います(!?)杏ちゃん、皆さんに愛され、大切にされて、本当に幸せですね。真っ直ぐな素敵な女性に育つこと、間違いなしですね♪

  3. 文殊 より:

            道草先生
     
     向田邦子のエッセイに「父の詫び状」というのがあります。随分前に偶々それを読み、父親という存在の仕方が、それを分岐点に分かったように思われました。それまで家庭を一切顧みることなく、私が独りっ子の時も家のことはずっと私に任せっ切りだった父でした。実は私の兄弟は私以外に三人もいたんです。すべて兄か姉ですが、みな死産か流産でした。最後に私が生まれ、母はどんなに嬉しかったことでしょう。それでも父は仕事優先でした。母は愚痴一ついう人ではありませんでした。父は父、母は母という存在の仕方でした。そんなことですから、母が急逝した時はどんなにがっかりしたことでしょう。しばらくは放心状態でした。あの時父は自分のせいにして、相当苦しみましたが、再び仕事の戦場に帰って行きました。私が主人のお宅へ書生になる時だって、普通跡取りだったら、書生になんか入っちゃいけないというのが本当でしょうけれど、父はあっさりと承諾しました。私にはずっと父に対し不信感を持っていたのです。でも向田邦子さんの「父の詫び状」を読んでから、がらりと違って来ました。長男として、唯一の子として意識するようになったのです。やがて父は定年退職し、叔母が転がり込んで来て、ようやく我が家は普通の家庭になったのでした。多分現在退職の時期を迎えていらっしゃる団塊の世代の多くの方々のお宅では同じ思いをしていらっしゃるのでしょう。
     
     道草先生も真面目な方ですから、当然仕事優先だったことでしょう。でもそれは家族を支えて行く上で仕方がないことです。主人が生きている頃だったら、私は結婚も出来ませんでした。無論主人も結婚することもなく逝ってしまいましたが、今の私のとっては家族が一切の支えです。今日はお休みですが、朝早くから妻は東大の史料編纂所に行っています。どんなことがあっても学問をやめないし、私もやめさせません。お手伝いさんからお掃除をしてもらっている最中ですが、杏と二人で今朝も幸せを実感しています。当然道草先生はお嬢様にとっては素晴らしい父親であったことを充分理解出来ています。心優しいお二人のお嬢様とも交流させて戴いている今、そのことがどれほど理解出来ていることでしょう。日ごろ冷静な道草先生には感じられないほどの熱い思いを持った父親像をとつくづく感じる次第です。失礼ながら、多分私と同様に親馬鹿チャンリンではなかったかと存じ上げます。オトコはこの程度でいいんですよね。
     
     今はこの二人を命を掛けて守って行く時期ですが、いずれ二人から数人へ、そして多くの方々へと広がって行くことを念願しつつ!「ひとふさのみかん」 やなぎれいさんの詩を何度も杏に読み聞かせています。勿論妻にも今朝一番に読んであげました。本当に本当に有難う御座いました!
     

  4. 文殊 より:

           風音さま
     >私と一緒に子育てを経験させていただこうと思います。
     
    このひとことが、僕をどんなに勇気づけたことでしょう。ホントに有難う。嬉しく、この風音さんの言葉にはどんなにか元気づけられたことでしょう。最高です。そうです、一緒に育てて参りましょう!!!!
     
     新米はまだまだ脱していないんですよ。赤ん坊は柔らかいし、抱っこするのもまだ慣れていませんが、最近僕が抱っこしても泣かなくなったので、随分慣れてきたのかなぁと思っています。お風呂に入れるのが得意分野であります。赤ちゃんバスではなく、大きな風呂で湯をぬるくして入っています。肩にガーゼタオルを掛け、お湯を手でそれに掛けてあげながら、しっかり抱っこしています。肌と肌が触れて最高に嬉しい時です。そろそろ爪を切ってあげないとと思うのですが、それがねぇ、怖くて決心出来ません。責任回避!ここはちょっと
    ずるいんですが、妻にやって貰いましょうよね。
     
     お菓子なんか別腹って言いますよね。あれと同じかなぁ。仕事で疲れて帰って来ても、別腹なんです。いつもはさほど構わずに置くのですが、最近少々眼が見えているようで、親馬鹿ですが、僕を見たぁとか言って歓んだりしています。お風呂からあがり、よく拭いてからシッカロールなどのパフしてあげると、凄く喜んで手足をグングン動かしている時が一番見ていて可愛いかも知れません。凄い運動量です(爆笑)!
     
     オムツの交換なんかも僕は大好きです。後始末も大好きです。清潔になるとやっぱり分かるらしく、時々微笑む時があります。やっぱり気持ちいいに違いありませんね。ウンチだって舐めてもいいぐらい!変態オヤジでしょうか。でもね、まったく汚いものだと思えないんですよ。最近特に立派なウンチをします。よくミルクや母乳をゴクゴク飲みます。多聞大きくでっかい女の子になるのかもね。母親のような背丈になることでしょう。そうそう、杏と書いてアンと読ませる人がいました。渡辺謙さんのお嬢さんで、モデルや女優をやっている杏(アン)さんです。ひょっとしたら大勢いらっしゃるかもしれませんね。杏(アン)の会でも将来作ってみんなで楽しんでくれればいいですね。
     
     夕べは松本侑子さんの「赤毛のアンに隠されたシェイクスピア」を読了してから休みました。今日は梨木香歩さんの「西の魔女が死んだ」(新潮文庫)を読み始めています。風音さんに負けないように、僕も頑張らなくっちゃね。品川の空から、杏の肌触りやめんこい顔を、今日は風音さんの大好きな雲に乗せて飛んでいってもらいます!エ~~~ッ!いつもいつも貴女の友情が嬉しくて元気をもらっています。有難う御座いました!ペコリ!エイエイオ~~~~~~!
     

  5. Unknown より:

    こんにちは。
    新米パパの奮戦ぶり、楽しく、また懐かしく読ませていただきました。
    育児用品の数々・・・我が家で使っていたものが目に浮かび、大変だったことや嬉しかったことも次々と思い出されました。
    長女の生まれた夏も猛暑で、それまではエアコンが無かったのですが慌てて取り付けたことなども。
    我が家も入浴は夫の役割でした。男の人の方が手が大きいので赤ちゃんが安定するのかもしれませんね。
    おむつ替えなどもよくやってくれましたが、次女の時はやや手抜きになりました。多少、物珍しさもあったのでしょうか(笑)
     
    子育ては家庭ごとにそれぞれ違ってよいのでしょう。奥様やお義母様たちとよくご相談なさって、楽しくお過ごしくださいね。
    杏ちゃんがお生まれになって、ベルト・モリゾが娘さんをどんな眼差しで見、描いたのか今まで以上に理解されたのではないかしら・・・と、画集を観ながら思いました。
     

  6. 文殊 より:

            夕ひばりさま
     
     うふふ、たいした奮戦じゃないよと、友人からたくさんメールが届いています。まったくその通りで、たいしたことはないのです。でもちょっとしたことが嬉しくて、僕は必死です。お姉ちゃまは大分昔のことなので、思い出されることが多いのでしょうね。僕にはすべてが新鮮で、何もかも新しく驚くことばかりです。三人で寝ていて、三人の脚を写真で撮りましたが、これが家族だろうなぁと、僕には驚くほど嬉しく思っているんですよ。布のオムツも、今では使われていないのでしょうが、京都の義母の僕に対する教育の一環です。僕は何事も逆らわず、お説の通りやるだけです。多分いいことなのでしょう。反応が早いですからね。でもお姉ちゃまにもご記憶があると思いますが、手足の可愛さったら何にも代え難いことですね。太陽にかざすとお手手はまるで紅葉のように真っ赤です。ここは特に最上階なので、虫が入らないのです。涼しくなると全部窓を開け放って、涼を取ります。僅かなガーデンに風が入り快適です。京都の町屋は暑苦しいので、妻は喜んでいるようです。二人の女の子を相手に頑張ることに致しましょう!
     
     義母などと確執があってはなりません。今回の東京に来たのは妻の要望だったのですが、連日東大に出掛け、資料収集に当たっているようです。一番来たかったのは妻のほうでしょう。彼女は決して学問を捨てませんし、捨てさせません。あれこれ気遣いしながらやっております。今日は実家から父と叔母が来ました。嬉しそうな満足な顔を見ると、僕もつい嬉しくなります。あちこちに気配せをしながら、妻が活動しやすくするのも僕の大事な務めです。今夜は冷たい梅ソウメンを作って食べました。シェフは僕ですから当然頑張りますが、後片付けなど、最近妻も目覚めたようです。本人が目覚めることだけを考えています。連日頭の中は学問のことでいっぱいなのでしょう。そんな妻を応援しています。だって僕のやることは単純なことばかりですから、負担になりません。ちょうどいいです。
     
     これからも色々と分からないことばっかりですから、お姉ちゃまには大いに教えて頂きたくお願い申し上げます。今宵もおいで戴き有難う御座いました。家族一丸となって頑張ってまいります。有難う御座いました!
     

  7. ただ今カフェで読書中 より:

      硯水亭様
     
    こんにちは。
    新米パパは健気にがんばっていらっしゃいますね。
    そのご様子をほほえましく拝読させていただきました。
    金子光晴の詩だったでしょうか。
     
    " 花よ。できるだけ大胆に、かをりたかく咲け。そして聡明であれ。 
     だが、それよりももっと、嫋やかであれ。"
     
    というフレーズがあったことを思い出しました。年老いて孫を得た詩人が書いたその詩には、新しく芽吹いた愛に対する思いが、驚くほど率直にうたわれていました。あの金子光晴が・・・ととても新鮮に感じたものでした。
     
     
     

  8. 文殊 より:

             Hayakawaさま
     
     ぷぷ、大したことはしていないんです。我が子だから当然なことでしょう。でもHayakawaさんから、そう言って頂けるだけで、何かとっても嬉しいです。レ・ミゼラブルの一節に、市長であった時、ジャンバルジャンがコゼットの母親を助ける場面があります。息も絶え絶えの彼女はコゼットの名前ばっかり叫ぶのですが、ジャンバルジャンはお金を出して、ここまで連れて来てあげましょう、そして二人で暮らしなさいと!母親は父のない娘です、私は娼婦ですからと。その時ジャンが言います。「貴女は神の子、そして生まれた娘さんもひとしく神の子」だというのです。あの時は感動しましたねぇ。
     
     どんな立場に生まれた子供もみな同じ神の子か、仏縁があった大切な宝物です。我が子を見詰めながら、常にそう感じます。だってどうしてこんな人格を持った子が生まれるのでしょう。女人の不可思議さと、人として生まれて来たことに対する限りない恩寵を肌で感じる日々です。
     
     金子光晴さんの素敵な詩を有難う御座いました。多分戦後最大の詩人ではないかと思っています。特にご老境になられてからの詩人の魂は自由奔放で大好きです。如何にも人間的で好きです。理路整然とした反逆児の青年期より、だらしなくなったご老人のほうが何かほっとしていいものですね。多分その頃の詩でしょう。本当に嬉しく存じました。有難う御座いました!
     

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