寅ちゃんに、逢いたい!

 

矢切の渡し

 

 

 

 

       寅ちゃんに、逢いたい!

 

 

 盆暮れになると必ず新作映画の『男はつらいよ』をやっていて、渥美清さんが8月4日に亡くなられてもう早12年、時々無性に渥美さんの寅ちゃんに逢いたくなる。毎回大勢のマドンナに囲まれて、今度こそは結婚出来る相手かなと密かに期待はするものの、振られてしまうか身を引いてしまうかで、やっぱりかぁとがっかりするのはいつものことで、先日の鎌倉宮祭なんかの、お祭りの参道なんかで、寅ちゃんが威勢良くテキヤでもやっているのかとふと思ったりする。ススキの花穂が出て来る涼しくなって来た今日この頃になると、妙に寅ちゃんに誘われたかのように、ふらりと旅に出たくなるのは不思議な現象だ。今年不幸な怪我をしたばっかりに、何処にも行けず妻や子も連れて歩けず、専ら家の中。でも連日の懸命なリハビリのお陰で、最近は杖なしで少しずつ歩けるようになって来ている。だからだろうか、旅に出たくて仕方がない。でも今は寅ちゃんの身分ではない。行くんならみんなで行くしかない。

 色んなマドンナが出て来たけれど、どのマドンナにもそれぞれの事情があり、一段と寅ちゃんの物語にスパイスをきかせてましたっけネ。駒子先生役の栗原小巻や母親役のミヤコ蝶々や小説家の父親との関係に悩んでいた歌子役の吉永小百合やかがりさん役のいしだあゆみなど、思い出すだけでホロリとしたり笑ったりであれこれ思い出してしまう。「まくらぁ~~~さくら持って来てくれぇ!」何ていうとっちがえはいつもの朝飯前のことで、第一話では、妹さくらに結婚を申し込む時の博と寅ちゃんのセリフ!寅「なに? 俺に好き人がいてその人に兄さんが・・・。バカヤローいるわけねえじゃねえか冗談いうなって」 博「いや仮にそうだとしても、今の俺と同じ気持ちになるはずだと・・・」 寅「冗談いうなよ。俺がお前と同じ気持ちになってたまるか。馬鹿にすんなこの野郎」 博「なぜだ?」 寅「なぜだ、お前頭悪いな、俺とお前は別の人間だ、早え話が俺が芋食えば手前の尻からプッと屁が出るか?どうだ」 そんな笑いのネタはいっぱい転がっているけれど、妹さくらは頼りないお兄ちゃんをいつでもどんな時でも応援していて、京成電鉄「柴又駅」から電車に乗り込む寅さんに向かって、さくら「いつだって帰って来ていいんだから、ねぇ兄ちゃん」 寅「人生ってやつはよぉ、人生ってやつはよぉ~~~~」と乗り込んだ電車の中でさくらに話し掛けるが、無情にも電車の扉は閉まってしまう。妹さくらをいとしく思い振り返っているから、柴又駅前の寅ちゃんの銅像だって、柴又方面を振り向いている。でもこんなセリフもあったっけ。さくら「お兄ちゃんはさ、カラーテレビもステレオも持っていないけど、そのかわり誰にもないすばらしい物を持ってるものね」 寅「何だ、えっ? あっ、俺のカバン開けて見たのか」 さくら「違うわよ、形のあるものじゃないわ」 寅「なんだ、屁みたいなものか?」 さくら「違うわよ、つまり、愛よ。人を愛する気持ちよ」 これは初めてリリーと出逢った映画「寅次郎忘れな草」の中にあったセリフだったと思う。先日お盆で実家に帰った時、父と叔母は寅ちゃんの映画全49作セットのDVDを兄妹で仲良く夢中になって観ている最中だった。父が若い時、僕に論語の音読を強要した厳しい父の印象は、そこには一欠けらもなかった。なぁんだ父も好きだったのかと思った瞬間、杏のほうに関心が移って話題はそのままになった。

 珍しく父から昨日電話があって、特別な用事もないのに、電話でのお喋り。今までなら出来なかったこんな風な気楽な電話がよっぽど嬉しいらしい。そのお喋りの中で出て来たことだが、父は今秋北岳の登頂を最後にして日本百名山をすべて踏破するという。60歳過ぎてから登り始め、あの年寄りで凄いことだ。最後に日本で二番目に高い峻厳な北岳を選んだのも何とも父らしい。寅ちゃんの映画で言えば博さんの父親に似ている風貌をしている。何と山の仲間が80人ほどいて、百名山踏破のお祝いを開いてくれると言う。たった一人での登頂は意外と少ないようだ。何とも父のことは何一つ知らないのかも知れない。そうしてそれが終わったら叔母を連れて寅ちゃんの映画に出て来たロケ現場をノンビリと一通り観て回りたいと言い出す始末。ところでRyuは寅さんがいいのか、渥美清がいいのか、どっちなのと言う。即座に渥美清という役者がいいと答えたが、考えて見れば何とも言えない部分もある。あなたには奥さんが出来、有難いことに可愛い孫も作ってくれたが、寅ちゃんには結婚相手がいなかった。もしどのマドンナが結婚相手としてふさわしいか答えなさいと言う。それは即座にリリーさん(浅丘ルリ子)に決まっているじゃないかと答えた。他愛もない話だけで、父は最後に「杏によろしく」と一言忘れなかった。そんな何気ない父子の会話を30分以上もしていたのだ。

 寅ちゃんの奥さんにはリリーさんが絶対にふさわしいと思う。最初の出逢いである北海道と沖縄などでのリリーさんの映画出演は最多の4本にものぼる。いつもの通り駄目な男で、リリーにその意思があっても寅ちゃんは再び独身の男に帰って行く。でも同じ境遇の売れない歌手・リリーさんの放浪と寅ちゃんの放浪がぴったりあっていたし、リリーさんは普通のマドンナ扱いではなかったような気がする。寅ちゃんに口数減らずに面と向かってお説教を出来るのはリリーさんぐらいなものだろう。そしてリリーを撮る時の山田監督の目線は他のマドンナとは違い、リアリティに富んでいたからだ。僕は寅さんの結婚相手に最もふさわしい女性はリリーさんでしかないと今でも信じている。49作目は花遍路篇として一度企画されたようだが、実際は48作で終了している。最期の映画「寅次郎紅の花」で、奄美大島の加計呂麻島に今でもリリーの家があって、その石垣には山田洋次監督(加計呂麻島観光大使になっている)が書かれたプレートが埋め込んであり、「寅さんは、今」として一文がある。「<前略~~>今も加計呂麻島のあの美しい海岸で、リリーさんと愛を語らいながらのんびり暮らしているだろう――きっとそのはずだと、ぼくは信じている 1997年7月 山田洋次」と。そしてこの12年間、毎年寅ちゃんの命日には山田洋次監督自らが人知れず、その石垣にお線香と花一輪を手向けているという。そう言えば寅ちゃんのお葬儀の時、山田監督は「無理させて悪かったね」というようなことを弔辞で述べられていたように記憶している。(渥美清の死後一年に作られた49作目「寅次郎ハイビスカスの花 特別篇」としてあるにはあるのだが。)

 ところで渥美清はプライベートを一切秘匿していた。最も親しい友人の関敬六にさえ自宅や家族を内緒にしていた。タクシーで自宅に帰る時だって、途中で降りてそこから歩いて帰った。自分の死も死後四日目に知らせていいと家族に言い残し、その通りになった。若い時に結核によって片肺を失っている。腸炎にもなった。だから人一倍健康には気をつけていたし、ロケ地の歓迎会や打ち上げ会にも一切出たことがなかった。一滴のお酒も飲まないし一服のタバコを吸うこともなかった。出待ちの時間では殆ど寝ている時が多かった。静かな人だった。殺到するファンにはどちらかというと冷たかった。つまり人間・渥美清の本性は極めてストイックで真面目な性格であったのだ。そしてそんな渥美清にまだ隠されたものがあった。アエラの句会とか他の句会に参加しいて、人知れず自作の俳句を書いていたのだ。俳号は「風天」。今まで221句も見つかっているらしいが、今年の13回忌を機にその句集『風天 渥美清のうた』・森英介著/大空出版から上梓されている。読むと、自由律の句で、あの山頭火をも彷彿としてくるような寂び寂びとして素敵な俳句の数々であった。

 

とんぼ

 

             ベースボール遠く見ている野菊かな  

             花びらの出て又入るや鯉の口    

             すだれ打つ夕立聞くや老いし猫   

             赤とんぼじっとしたまま明日どうする

             あと少しなのに本閉じる花冷え

             手袋ぬいであかり暗くする

             年賀だけでしのぶちいママのいる場末

             背のびして大声あげて虹を呼ぶ

                          村の子がくれた林檎ひとつ旅いそぐ

             そば食らう歯のない婆や夜の駅

                          初めての煙草覚えし隅田川

                          お遍路が一列に行く虹の中

                          がばがばと音おそろしき鯉のぼり

                         ポトリと言ったような気がする毛虫かな

                         髪洗うわきの下や月明かり

                         句集『風天』より

 

  僕の大切なブログ仲間にHayakawaさんがいらっしゃるが、いつだったかこれら風天の俳句のことが書かれてあった。普段の彼女からして見たら想像出来ないことでサプライズな記事であったが、でもその時どんなに嬉しく思ったことだっただろう。いしだあゆみ演ずるかがりさんのことも出ていたからだ。僕は渥美清が亡くなる一年前に書かれた俳句「花道に降る春雨の音もなく」という句が大好きだ。華やかな表舞台からひっそりと去る実像の寅ちゃんの潔い姿が見えて来るようで堪らない。要するに寅ちゃんも実像の渥美清も両方とも大好きなのである。グッバイ、寅ちゃん!又いつか逢える日まで、丸くならずにお元気で!!

 

寅次郎紅の花

『男はつらいよ』 48作目「寅次郎紅の花」より

 

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寅ちゃんに、逢いたい! への9件のフィードバック

  1. 良枝 より:

    こんばんわ。りんこです。
    花びらの句が私はすきです。
    風天という名前も
    素敵な名前ですね。
    微笑んでしまいますね 笑

  2. 文殊 より:

          りんこさま
     
     寅ちゃんの俳句はなかなか味があっていいでしょ!
    寅ちゃんの名語録集の中から、りんこしゃんに一つ有難くないプレゼント!
     
     寅「これこれ、おなご衆」あけみ「ハイ、旦那様」寅「暇なうちに御膳をすませてしまいなさい。無駄なおしゃべりなどをしないで、さっさと食べてしまうこと。
    昔から早飯早糞芸のうちと言って、私など座ったなと思ったらもうケツをふいております。こないだなどは糞をする前に、
    ケツをふいてしまって、まあ、親戚中で大笑い、フハハハ」 (第38作『男はつらいよ 知床慕情』より)
     アホなことばっかりでも寅ちゃはどっか可愛い御仁でしたね!ううっふふ!
     

  3. 道草 より:

    かつて私は「男はつらいよ」全48作をビデオに録画しました。初期からですからベーターです。今でもベーターのビデオデッキが2台ありますが、もうほとんど操作することもなく、録画フィルムは埃を被ったまま。恐らく人知れず劣化していることでしょう。凡そ東西の名画3000本のベーター録画テープが泣いております。昔はBSやCSが無かったので、NHK以外は総て放映を観ながらCMをカットして録画したものです。忘れられないのは、深夜放映で「東京裁判」(小林正樹監督)を録画している時に、例の日航機御巣鷹山激突のテロップが流れて来ました。今でも、そのテロップの入ったテープがあります。もう二度と観ることはないでしょうけど・・・。話は逸れました。「男はつらいよ」シリーズには数々の名作があり、評価などし難いのですが、強いて言えば「寅次郎忘れな草」「口笛を吹く寅次郎」「寅次郎相合傘」「寅次郎ハイビスカスの花」「寅次郎夕焼け小焼け」など・・・まぁ、枚挙にいとまがありません。マドンナはどうでしょう。硯水亭Ⅱさんは浅丘ルリ子が一押ですか。確かにリリーは魅力がありますし、寅さんに説教出来るのも彼女だけです。ただ、寅さんとリリーは所帯を持って上手くいくかどうか。リリーは一度結婚(毒蝮三太夫)して別れます。それと、寅さんと同じ(それ以上に)フーテン生活が身に沁みているようです。やはり気性が強過ぎて、一緒に暮らすと喧嘩が絶えないのでは、懸念されます。私の好みから申せば竹下景子ですか。彼女も3作程に出演しており、「口笛を吹く~」は好きな作品でした。また、第2作の佐藤オリエも優しい性格でいじらしい感じで好きでした。この作品はまた、生みの親と三条周辺の旅館で再会する話もあってしんみりしたことでした。しかし、数多くの様々なマドンナと「フーてん」の寅が結婚出来る訳もありません。最初から総てが別れる運命にあります。となれば、寅の理想の女性は「さくら」だったのでは、と思うのです。兄妹ですから結婚は出来ませんが、寅が還るのはいつもさくらの母性へ、だったのではないでしょうか。「それを言っちゃあ、おしめぇよ」。〝親しい間に礼儀はいらぬ〟が寅さんの哲学。家族・血縁の間には別の倫理がある。本当に親しい間柄ではケジメなど不要だと。心底から安らげるのは、さくらの前だけだった寅さん。古き善き時代の日本人生活を生きた寅さんを、本当に理解し得たのもさくらだけだったと思うのですが。
    矢切の渡しへも訪れて、もう一度全作品を見直したく思ってはいるものの、DVDで買い直さねばなりませんし、いずれその内にと思っている今日此の頃ではあります。

  4. 文殊 より:

            道草先生
     
     先生もお好きでしたか。大変嬉しく思います。あの世界には懐かしい昭和の時代の家庭があったのでしょうね。何度か帝釈天にも参りました。帝釈天さまは日蓮宗の寺院だということも知らずに。ロケハンがあった高木屋にも。川千屋やさくらの結婚式があった式場にも。飴屋さんが包丁をトントコ打って鳴らしながら飴切りをしていました。蓬餅を餡子をたっぷり掛けて頂きました。渥美清さんがよく来ていたという駅前の大衆食堂も。先生もお好きな「寅次郎相合い傘」で出てくる雨の商店街も。みな懐かしい昭和の香りがしました。先生は高見歌子(吉永小百合)の父親・高見修吉の宮口精二さんあたりでしょうか、或いは「口笛を吹く寅次郎」で出て来た竹下景子の父親で蓮台寺住職・石橋泰道役の松村達雄さんあたりでしょうか。又日本画家の池大家・池ノ内清観役の宇野重吉も素敵だったなぁと感慨深いものがありました。そんなことを様々に想像しながら、先生へのコメ辺を書いています。多分先生はお洒落で洒脱な方なのでしょう。
     
     その御方が寅ちゃんの映画・全巻のビデオを取っていらっしゃったなんて、まじに嬉しくなって来ます。あそこには昭和の良き時代が活写されていましたね。おいちゃんやおばちゃんやタコ社長や労働者諸君や、御前さまや毎回楽しみなマドンナたち。そしてさくらと博と満男たちのささやかな家族が。温かいあの帰るべき家があったことを、心から懐かしく思っています。帝釈天に行ってから、僕が一番変わったことがあります。都内の下町の商店街歩きを好きになったことです。北千住の商店街や家から近い中延の商店街や夕焼け段々がある日暮里の谷中の商店街などあっちこっち。美味しそうなお惣菜の匂いがプンプンして来て、ハッタリかも知れないけれど、みな元気いっぱいで、今でも探せば東京には少しはそんなところがまだ残っています。寅ちゃんの映画は関西の方には人気がないのかと思っておりましたが、そんなことはなかったのですね。驚きながら先生の思い出を伺いました。
     
     確かに先生がおっしゃるように、リリーと寅ちゃんが結婚したら、それこそ毎日でも喧嘩していたでしょうね。あの男はどうだったとか、あそこはよくないとか、結構神経が細かく嫉妬深い寅ちゃんのことですから、あれこれ喧しく迫ってみたりで大騒ぎだったことでしょう。世慣れていた点ではリリーのほうが上だったかも知れませんね。北海道の牧場に出て来た獣医師の三船敏郎なんか、すっごくよかったですね。そこに竹下景子がりん子役で確か出ていたように思いますが、あの中で何くれとお世話をするスナックのママに淡路恵子だったでしょうか。泣かせた役どころでしたね。そうそう第二作も傑作でした。東野英治郎演ずる坪内散歩先生と娘・夏子役の佐藤オリエも最高に面白かったですね。あの中で出て来た病院内でのドンチャン騒ぎも大傑作のうちでしょう。瞼の母のミヤコ蝶々に出逢う場面もあっててんこ盛りでしたね。さすがに先生はお目が高いと思うのですが、小生も賛成ではあるのですけれど、寅ちゃんにはその両方とも勿体無いような気がしてなりません。言い過ぎでしょうか。設定との兼ね合いだけのことですが。となれば、理想の女性だとしたら妹さくらだったのではとおっしゃられる先生に大賛成です。いつ何時も味方になってくれるあんな妹はいないかも知れませんしいらっしゃるかも知れませんね。しかも確かに彼女には大きな母性があります。母違いの兄妹ですが、とらやの立派な跡取りは寅ちゃんで、おいちゃんやおばちゃんは寅ちゃんの父親から一時的に預かっているお店です。いずれ跡継ぎとなって、やっぱりこのまんまでいいのでしょうか。色々と想像してしまいます。
     
     写真の矢切の渡しは現在松戸市で運営されています。格安運賃です。帝釈天側から乗ると、野菊の墓で有名な里見公園に直ぐ歩けます。その辺は私たちのlブログ仲間の風音さんの散歩コースで、よく彼女のブログに登場する場所なんです。帝釈天の裏側に、今や立派な寅ちゃんの記念館があり、少々立派過ぎるかなぁという建物がありますが、なかなかどうしてまだまだ風情を残しています。第40作目で小諸が出て参りました。マドンナは女医役の三田佳子さんだったと思いますが、それを記念して小諸では寅ちゃんの記念館を建てています。そこにも多くのグッズがありそうです。寅ちゃんをしゃべっておりますと、つい長々となりまして、本当に済みません。大変楽しかったです!先生!今日も有難う御座いました!ペコリ
     

  5. ただ今カフェで読書中 より:

    硯水亭様
     
    こんばんは。
    私は寅さんの真正直なところ、何ものにも化けていないところが大好きです。
    作品としては、『寅次郎 あじさいの花『寅次郎 夕焼け小焼け』、あとタイトルは思い出せないのですが、都はるみがマドンナの佐渡を舞台にした寅さんがとりわけ好きです。
    ひろしの父親の志村喬から「それが生活ってもんだよ、寅次郎君」と人生を諭されるシーンなども大好き!
    とまあ、キリなく大好きです。

  6. ただ今カフェで読書中 より:

    すみません。書いていて間違ってついエンターキイを押してしまいました。
    続きです(笑)。
    「それを言っちゃあおしまいよ」という台詞はどれくらい使わせてもらったことでしょう。
     
    もし寅さんが一緒になるとすれば、それはやはりリリーさんしかいないでしょうね。私もそう思います。
     
    田舎道を歩いているとき、ああ、ここに寅さんが座ってアンパンでも食べていないかなぁ・・・と思うことがあります。
    それから、寅さんトリビアに出てみたいと思ったこともあります。
    いいですね、やっぱり。寅さんは。
     
    楽しませていただきました。どうもありがとうございました!
     

  7. 文殊 より:

         Hayakawaさま
     
       <寅次郎忘れな草>でリリーとの出逢いの場面!
     
    原野の一本道を旅する寅。自由気ままそうでもあるがどこか寂しそうでもある。雄大な道東の湿原。草原で花をいじりつつ寝転がっている寅。ゆったりとくつろいでいるが孤独が付きまとっている。
     
    網走行きの夜汽車の中。
    寅の後方の座席で窓の外を見てハンカチを取り出し涙ぐむ女。寅、それに気づいて、その様子を見る。
    なにか訳ありなのか…。と考え、女(リリー)を見つめる寅。
    やがて寅も襟を立て眠りについていく。
     
    この時の寅のリリーを見る目は温かい。そして自分と同じ悲しみと孤独をこの女も抱えているのだと、一瞬の内に察知した眼でもあったリリーと寅の運命がこうして始まっていく。  
    網走駅近く
    バイのレコードが全然売れないので、腰を下ろして、ガクッ!と首を落とす。寅「あぁ ~…」場所を変えて売ってみるが、誰も来ない。ぼーっと橋の上にもたれかかって河口を見ている。
    後ろから、女の声。リリー「さっぱり売れないじゃないか」寅、ふと声のほうを見る。リリーが橋にもたれて赤い包みをいじりながら人懐っこく寅の方を見て微笑んでいる。
    寅「フッ。…不景気だからな…お互い様じゃねえか?」と微笑む。リリー「フフフ」と笑ってレコードを見に来る。寅「何の商売してんだい?」リリー「私?歌うたってんの」寅「ふうーん」
    リリー、レコードを探しながら「私もレコード出したことあるんだけどね、ここにあるかな?…あるわけないね」寅「え?ハハハ!」リリー「フフフ」
     
           (リリーが唯一出したレコード「夜明けのリリー」)
     
    船着き場付近を歩いていくリリーと寅。
    リリーがちょっとよろけそうになるのを寅が支えてやる。ちょっとした仕草ややり取りがとてもいい感じ。
     
    寅、歩きながら「故郷(くに)はどこなんだい?」リリー「くに?そうねえ…ないね、私…」寅「へえー…」リリー「生まれたのは東京らしいけどね、中学生の頃からホラ、家飛び出しちゃって、   フーテンみたいになってたから…」寅、「へへーッ、ちょっとしたオレだね。流れ流れの渡り鳥か」リリー「♪ながれぇ~、ながれのぉ、わたーりどりーぃ~か♪」
    美空ひばりの「越後獅子の歌」の節まわしで歌っている。本歌は「♪流れ流れの越後獅子」。
     
    波止場に腰を下ろし、帰ってきた船を見るリリー。
     
    寅は後ろで立って見ている。カメラは手前の船のスクリューから覗くように二人を小さく撮っている。美しい映像だ。
     
    寅も座って、「どうしたい、ゆんべは泣いてたじゃないか…」リリー、振り向いてちょっと驚き、恥ずかしそうにりりー「あらいやだ見てたのー?」
    寅「うん…なにかつらいことでもあるのか?」りりー「ううん、別に…、ただ、なんとなく泣いちゃったの…」寅「なんとなく?」
    赤い包みを開けてタバコを取り出すリリー。
    リリー「うん…。兄さんなんかそんなことないかな…。夜汽車に乗ってさ、外見てるだろ、  そうすっと、何もない真っ暗な畑なんかにひとつポツンと灯りがついてて、  『あー、こういうところにも人が住んでるんだろうなぁー…』、そう思ったら  なんだか急に悲しくなっちゃって、涙が出そうになる時ってないかい?」
     
    マッチを擦る。
    寅「うん…」とうなずいて。
    寅「こんなちっちゃな灯りが、こう…遠くの方へスーッと遠ざかって行ってなぁー… あの灯りの下は茶の間かな、もうおそいから子供達は寝ちまって、父ちゃんと 母ちゃんがふたぁりで、湿気た煎餅でも食いながら紡績工場に働きに行った娘の ことを話してるんだ、心配して…。ふっ…、暗い外見てそんなことを考えてると汽笛が ボーっと聞こえてよ。なんだか、ふっ!…っと、涙が出ちまうなんて、 そんなこたぁあるなあ…分かるよ…」
     
    船を見つめるリリー。船が出て行く。 ポンポンポン.…
    寅「お父ちゃんのお出かけか…」
    さっき、レコードのバイの時に見かけた例の家族が手を振って見送っている。
    子供達「お父ちゃん、バイバイ!」子供達『バイバイ!お土産買ってきててねー!!」っと母親と一緒に手を振り続ける。
     
    リリーのテーマ美しく流れる。
     
    数あるマドンナのテーマの中で最も美しく、哀しい曲で、この曲は第15作「相合い傘」でも使われている。第25作「ハイビスカスの花」では新しい曲が使われている。
     
    リリー、目にうっすら涙を浮かべてそのようすを見ている。リリー「ねえ…」寅「うん?」リリー「私達みたいみたいな生活ってさ、普通の人とは違うのよね。    それもいいほうに違うんじゃなくて、なんてのかな…、    あってもなくてもどうでもいいみたいな…、    つまりさ…アブクみたいなもんだね…」
     
    リリーは自分のこのような放浪暮らしに相当心が疲れているのか、メランコリックな気分に支配されている。定住に対する強い憧れがあるかのように。
     
    寅、こっくり深くうなづいて、寅「うん、アブクだよ…。それも上等なアブクじゃねえやな。 風呂の中でこいた屁じゃないけども背中の方へ回ってパチン!だい」リリー、うつむきながら、「クク…ヒッ、ヒック」と笑ってしまう。寅、笑いながら、「え?可笑しいか!?」 ←そりゃ可笑しいよ寅ちゃん!リリー、笑いながら「面白いね、お兄さん」寅、ニカッとして「へへへ!!」
     
    この寅のユーモアと楽天性が人生を通してリリーの心を温めていくことになるのである。
     
    リリー、ハッと、気づいて、「今何時?」と寅の腕時計を見る。寅、笑いながら「ん?」リリー「そろそろ商売にかかんなくちゃ…」と立ち上がる。
    歌を歌うことを商売と言い切るリリー。そこに悲しみのニュアンスがある。しかし、たとえどんなステージだろうが歌でお金が稼げる嬉しさも感じるリリーだ。
     
    寅「行くのかい?」リリー「うん…」リリー「じゃあ、また、どっかで会おう」寅「ああ、日本のどっかでな!」リリー「うん、じゃあね」寅「うん!!」
     
    リリー、ふと足を止めて振り向いて
    リリー「兄さん。…兄さん何て名前?」
    寅、ハッ、っとして少し照れて、でもちょっと粋に
    寅「え?…オレか!オレは葛飾柴又の車寅次郎って言うんだよ」
     
    この時の渥美さんの粋な笑顔は最高にカッコイイ!!!!!
     
    リリー「車寅次郎…。じゃ、寅さん…」
    寅「うん」
    リリー「フフ…、いい名前だね!フフ…」と走って行く。
    寅夕闇迫る頃、海岸にカバンを置いて寅が立っている。
    寅、しんみりと「アブクか…」
    寅もリリーの言葉に考えるところがあったようである。
     
    人生の辛酸をなめてきた二人はウマが合うからと言ってベタベタくっついて馴れ合うことはしない。この別れ際の鮮やかさは素晴らしいと思う。
     
    網走のキャバレー
    リリーが赤いドレスを着て「港が見える丘」をしっとりと歌っている。
    「♪あなたと二人で来たー丘ーは港が見える丘ー、 色あせた桜唯一つ淋しく咲いていたー、 船の汽ぃ笛ー咽び泣ぁーけばぁーチラリホラリと花片、 あなたぁと私に降りかぁかるぅー春の午後でしたー…♪」
     どうですか、これが最初のリリーとの出逢った時のセリフです。他のマドンナとは違い、静かな、凡そドラマチックではないのです。そしてこれがリリーと網走で最初に出会った時の前後の場面なんです。僕にとっては凄い印象的な場面です。その後リリーは二度結婚するのですが、結局誰ともうまくいきませんでした。ドラマチックではないほうが結婚には向いているように思われてなりません(多少経験上ですが)。それで真実自分の孤独を分かち合えるのは寅ちゃんでしかいないということをリリーがハナから分かっていたのが、根本から二人の孤独は違っていますし、毎回それを見せてくれました。このサラリとした網走の情景には既にそうしたモノが出ているのでしょう。寅ちゃんの孤独は帰る家があり、リリーよりその孤独性は遥かに軽いものでした。そしてリリー役を演じた浅丘ルリ子が女優家業絶頂の時でしたから初めての汚れ役で、山田監督の女優起用には半端な慧眼ではなかった証明でしょう。その後浅丘ルリ子は芸幅が遥かに増えて行き、舞台で曽根崎心中なんか多数のアンチヒロインを演じることに繋がって行くのです。
     
     山田監督は渥美さんの命日にひっそりと毎年加計呂麻島のリリーの家に行って、人知れずご供養をおやりになられています。つい最近まで島の人ですら知らなかったらしいのですが、リリーという汚れ役にしてしまった罪悪感もなかったとしたら嘘かもしれません。浅丘ルリ子は逆に嬉しかったのかも知れません。そうしてもし一緒に住んでいたら、サン=テグジュベリと正妻・コンスエロとの結婚のように、始終何か揉め事を起こしていたでしょうね。似た者同士というのは、そう簡単にはいかないのでしょう。でもそれも面白かったりして、想像するだけで楽しくなってくるのです。学生時代、我が父が珍しく一緒にビデオを見ようと言い出しました。そして観た映画はダスティン・ホフマンの「卒業」でした。物凄く嬉しかったことをよく覚えています。父との距離が幾分か縮まったような気分でした。僕はその後「卒業」の後、このストーリーの続きはどうなって行くんだろうと想像するのが楽しみでなりませんでした。この寅ちゃんの物語もそうです。リリーさんと一緒になって、現代という時代の中でヤイノヤイノと年がら年中大騒ぎであったなら、どんなに面白かったのではないかと。それも又結婚じゃないのかなぁとも。或いは満男がテキヤの二代目になって男として成長をして行くとか、考えたらキリがないですね。映画って、映画の終わった後のことを想像するのがとっても楽しな一つです。Hayakawaさんが寅ちゃんをお好きだったってこと、本当に嬉しかったんですよ。そそ、都はるみの出た映画は第31作の「男はつらいよ 旅と女と寅次郎」ではなかったでしょうか。恋する寅さんではなく、京はるみにとって救世主になるお話でしたね。とらやの裏庭が突然歌謡ショーになってしまったりして楽しい映画でした。この映画も都はるみにとっては重大な分岐点になった映画でした。実際にこの映画の直ぐ後に一旦引退してしまうのではなかったでしょうか。そんな意味から言っても、たいしたもんだよ屋根屋のふんどしと来るんでしょうね。あはははは!キリがないですね。   
     
     Hayakawaさんの「私は寅さんの真正直なところ、何ものにも化けていないところが大好きです。」 僕には大変重く受け止めています。ブログでフィクションはありえへんでっしゃろね。       

  8. (Kazane) より:

    こんばんは。
    しばらくコメントをご無沙汰してしまい、失礼しました。
    お父様との電話での会話、いいですね。
    親との関係も、お互いが年を重ねることで変化していくものですよね。
    硯水亭さんのお父様、日本百名山すべてを踏破って、素晴らしいですね。
    いくつになっても、何か目標を持ちそれに向かう姿というのは素敵ですね。 私も、今日は実家へ行き、母とランチを楽しんできました。私の母は散策が好きで、私とちょこっと出かけたりするのも楽しみにしていたのですが、
    最近、変形性膝関節症を患ってしまい、以前のようには長い距離を歩けなくなってしまいました。
    何だかちょっと寂しくて…。
    でも、食事もそうですが、これからも一緒に過ごす時間を大切にしていきたいなと思っています。 寅さんの話も楽しく読ませていただきました。
    ありがとうございます♪

  9. 文殊 より:

            風音さま
     
     こんにちは!今日は風があって、しのぎやすいですね。最近オフィスに出たり、自宅では相変わらず食事を作ったりベビーシッターしたりで、そこそこ忙しい生活をしています。僕の父は、僕が幼少時代から母が亡くなるまで、仕事の鬼でした。殆ど家にいたことがなく、母も淋しかったのでしょう。時々僕を連れて旅行に行っていましたからねぇ。僕は一人っ子で、実は他に二人いるはずなのですが、死産や流産で、僕一人だけがこの世に生を受けたのでした。母親としたら、可愛くて仕方がなかったのでしょう。それでも決して甘やかされることはありませんでしたよ。母は普段から元気いっぱいで、大好きな自転車に乗って驚くような場所にまで遠出して出掛けていたんですよ。
    例えば広尾の実家から横浜や鎌倉や船橋や、一番驚いたのは高崎までかなぁ。勿論日帰りでした。
    いつも溌剌としていた明るい母親でした。
     
     父は45歳ぐらいから、母を亡くした心の空白を埋めるかのように、出来る限り時間を作っては山登りをしていました。僕は大学に入って直ぐに、亡き主人の家に書生に入ってしまったものですから、父とはそれほど仲がよかったわけではないんです。辛く厳しい時間もありました。でも時間でしょうね、時間が僕たちの関係をいいように変えてくれたようです。百名山の踏破は60歳過ぎて退職後本格化してきただけで実際は山登りを始めた時から始まっています。それでも本人からしたら、よっぽど嬉しいのでしょう。いつか父と二人だけでお酒を飲み、たっぷりと山の話を聞いてあげたいと思っています。
     
     風音さんのお母さん孝行はいつも素敵ですね。母に充分親孝行が出来なかった僕には羨ましいです。いつも墓参でしか、母とは会話が出来ません。それでも幸せだと思うことにしています。生まれて来たら必ず死がやって来るんですものね。お互いにせめて親孝行をしましょう!それとお母様のご容態が心配ですね。お元気になられるように、いつも精一杯お祈りしています。
     
     寅ちゃん語録から、風音さんに寅ちゃんのメッセージをお贈り申し上げましょうね!
     
     「さくら、元気か。お前の肉親や、おいちゃんおばちゃんたちに、変わりは無いか。オレは相変わらずの旅ガラスだ。花見を追っかけて南から北へ短い夏が終わればもう秋だ。今度は紅葉を追って北から南へ逆戻り。こんな暮らしから早く足洗いたいといつも反省するんだが、知ってのとおりのヤクザな性分だ。長続きする訳なんかねえ、バカは死ななきゃ治らねえとはオレのことさ。せめて お前の息子に、決して伯父さんみたいな人間になるなと、朝晩言って聞かせてやれよ。満男が正直で働き者で、町内の人たちに慕われるような、立派な人間になれることを伯父さんはいつも祈ってるとな。」
     
    (第40作『男はつらいよ 寅次郎サラダ記念日』より)

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