風の盆 あれから一年

  

        風の盆     風の盆

 

 

 

              風の盆  あれから一年

 

 

 去年8月8日に入籍し、僕たちの新婚旅行は長月はじめの越中八尾の風の盆であった。二晩も休まずに踊り明かした。早いものである。今、目の前にはまんまるおなかのポニョのような、僕たちの杏がいる。殆ど寝て休むこともない新婚旅行なんてあるだろうかと思いつつ、観光客が引いてから始まる「町流し(まちながし)」にお付き合いしてから早一年が経った。時の経つのは実に早いものである。この一ヶ月以上我が家族という濃密な実感の中、幸せの絶頂であったが、益々色香を増した妻と可愛い杏は10日過ぎには京都へ帰る。僕の足の怪我は徐々によくなって来つつあるので、今度は僕が京都へ通う番であろう。毎朝、毎晩、いつも杏を見ている。会社で一日中オフィスにいて杏を見れない時は限りなく淋しい。次第に首がしっかりして来て、いかにも女の子らしくなって来ている。見てて飽きることはない。風の盆のあの美しい旋律がこの子を授けて下さったのだろう。ふと風の盆の「八尾の四季」を口ずさむ。「ゆらぐ釣橋手に手をとりて 渡る井田川 オワラ 春の風~」 「富山あたりか あの燈火(ともしび)は 飛んでゆきたや オワラ 灯とり虫~」 「八尾坂道わかれて来れば露か時雨か オワラ はらはらと~」 「若しや来るかと窓押しわけて 見れば立山 オワラ 雪ばかり~」 和服姿の妻の襟足はオワラの歌謡と似て、何とも美しい。

 古来、人々は様々な風の吹き方を見、肌で感じとって、季節感溢れる風の吹くさまに固有名詞をつけて呼んで来た。「色無き風」とは色がないのは華やかさがない上に淋しきことで、身に沁みるような秋風をいう。「爽籟(そうらい)」とは籟は和笛だが、転じて穴から発する音のことで、爽やかな響きをたてて吹き渡る秋風のことである。「野分(のわけ)」とは野の草々をなぎ倒すほど強い風のことで、強い風が草を分ける秋の台風のことをいう。「やまじ」とは主に瀬戸内海地方に吹く局所的な強風のことで、台風である場合もある。「おしあな」とは九州地方の言葉で、東南方より吹く暴風で、田畑を荒らすことで恐れられた。「送りまぜ」とは近畿中国地方で盂蘭盆会の後に吹く強風で、精霊たちを送る風とされた。「盆東風(ぼんこち)」とは盂蘭盆会の時に吹く東風で、その頃東風が吹くと漸く涼しさを感じられるようになることである。「高西風(たかにし)」とは9月10月に、海岸に吹く強い北西の風で、主に九州・山陰地方で使われる。「大西風(おおにし)」とは晩秋から冬にかけて海上を吹き抜ける強い北西風か西風のことをいう。そうして徐々に雁渡しや凩(こがらし)が吹く冬へと続いて行くのだろう。柳田國男がまとめた『風位考資料』という絶版本には約900種もの風の名前が記載されている。季語でも風は特に多いようである。日ごろ私たちが使っている言葉には、風土・風光・風景などのように間接的に風と関係していて、いかに人々の生活には風が深く入り込んでいるかが分かる。そろそろ「色無き風」と言えそうな季節の雰囲気で、時々の一人暮らしをする覚悟を決めておかなければならないだろう。でも杏や妻が傍にいないことに我慢など出来るだろうか。

 

風の盆

越中八尾・風の盆オフィシャルサイト

08年版

’08 今年の「おわら 風の盆」のポスター

 

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風の盆 あれから一年 への9件のフィードバック

  1. ヴィオレ より:

    風に関する言葉の数々、繊細な名前がこんなにたくさんある日本って、本当に素敵ですね。漢字を見るだけで、映像が目に浮かびますものね。
    「爽籟(そうらい)」とは初めて知りましたが、枯草の原に立っていると強い風が吹き抜けて一瞬息ができなくなったところが思い浮かびました。
    私の吹くフルートからは、爽籟などとても生まれませんけど。

  2. ヴィオレ より:

    風に関する言葉の数々、繊細な名前がこんなにたくさんある日本って、本当に素敵ですね。漢字を見るだけで、映像が目に浮かびますものね。
    「爽籟(そうらい)」とは初めて知りましたが、枯草の原に立っていると強い風が吹き抜けて一瞬息ができなくなったところが思い浮かびました。
    私の吹くフルートからは、爽籟などとても生まれませんけど。

  3. 道草 より:

    風を鎮め豊作を祈る「風の盆」。昨年は、彼の地から篤いメッセージを寄せられましたネ。その1年の間に硯水亭Ⅱ家には見事な収穫があり、それはまたいっそう豊穣へと稔りつつある今日此の頃。誠に祝着に存じます。風の盆の郷にはまた「ふかぬ堂」と呼ぶ風神堂が何箇所か有るとか。風が強過ぎては弊害が多々あるでしょうけど、また弱過ぎても少なからぬ影響を与えるもの。今なら夏の暑気を払ってくれる、確かに秋の訪れを告げてくれる、そんな小さな風の音が愛しく思えるもの。まさに杏ちゃんそのもののよう。「あききぬとめにはさやかにみえねども風のをとにぞおどろかれぬる」(藤原敏行)。さて、京都の二百十日とは名ばかり。また夏が後戻りした如く汗ばむばかりの蒸し暑さです。>風が來ると、芒の穂は細い沢山の手を一ぱいのばして、忙しく振つて、「あ、西さん、あ、東さん。あ、西さん。あ、南さん。あ、西さん。」なんて言つてゐる様でした。<(「風の又三郎」宮沢賢治)の世界が羨ましいばかりですが、もう少し先のことでしょう。「爽籟」の名も素敵ですが、「秋声」も秋風の呼称とか。いつか、成人された杏ちゃんが今日のこのささやかな秋の声を、自分を慈しんでくれる父の優しい声と聞く日が来ることでしょう。
    「娘よ」    山本太郎 娘よちいさな庭の片隅に桔梗が咲いたストロベリーの銀紙を無心にひき裂く娘よ父のそばにきてよくみよやあれが花 とばない蝶々こんなにてばなしのもろいいのちが地上にあるということの大きな救いをお前もいつの日知るだろうほら風にりんりんと鳴る桔梗ひとむら父の膝の上でちりちりと銀紙を裂く娘よ
    (挿入曲はいつも聴いております。ただ、不肖ながら題名が分からず沈黙しているだけです!)

  4. 文殊 より:

           ヴィオレさま
     MSNの機能に慣れていらっしゃらない方は必ずこのようなことになります。どうかお気になさらないで下さりませ。
     
     日本にある神道の文化は、皇統公家だけの神道ではありません。天照大神の神様以前にも、多くの庶民の神に対する裾野があったことでしょう。アニミズムという言葉は大嫌いですが、庶民の信仰があったはずです。例えば観阿弥・世阿弥の時代に突然能楽が大勢されたわけではないでしょう。そこには多くの裾野となったたくさんの芸能がありました。今でも垣間見れるのは12月の春日若宮さんの御祭りです。田楽・風流(ふりゅう)・申楽・幸若舞・巫女舞など、本当に多くの芸能が関わっていました。節回しは多分各宗派の御詠歌や声明(しょうみょう)が参考としてあったでしょう。神道の裾野は広く大きかったと立証したい希望があります。庶民にとっては稲の豊作が何より大切だったでしょう。そのために稲魂(いなだま)さまの信仰があったはずです。稲魂さまを加護し庶民の味方になってくれるのが風神であり雷神でしょう。怨霊は時として味方になるのです。史上最大の怨霊は、保元の乱で後白河天皇に対抗した兄の崇徳上皇であったです。讃岐に流され、その後都に帰りたいと願い多くの災害をもたらせた怨霊となりました。それが白峰神社創設の契機です。明治のご維新でも怨霊に祟られるのが怖く、明治天皇によって多くの白峰さんを建てられました。そのように風が怨霊とならぬよう、優しい心配りをしたのが風に対する様々な美称であり、言葉だったのでしょう。本当に日本文化は奥深く豊かですネ!
     

  5. 文殊 より:

           道草先生
     
     本当に早いものですね。金沢から出発し、八尾に行ってすっかり楽しんだ後、五箇山に廻って麦屋節を楽しんで、和倉温泉まで行った新婚旅行でした。心から楽しんだ旅でした。それまで一度も喧嘩などしたことがなく、無論今までもたった一度もありませんが、妻を大切にしたいという気持ちは当時から全く変化しておりません。変な話ですが、今回妻のオナラを初めて聞いてほっとして一層絆が強まったと思っています。勉強に対して相変わらず厳しいのですが、杏に対する時はわが意を得たりとばかり喜んでお世話をしています。そろそろ母乳ではなく、一般のミルクが多くなって来ていますが、杏は5キロに近くなったでしょうか。まんまるで、今流行のポニョとそっくりです。まんまるなおなかです。手足をグングン伸ばして元気いっぱいです。昼型ですから、夜はゆっくりと眠ってくれます。妻は僕と二人きりの時は甘えん坊さんを一気に発揮してくれます。おでこをなでなでしてあげたり、そっと抱っこして眠っています。最近食事を自分でも作るようになって来たのですが、やはりここのシェフは僕ですから、断じてその座を明け渡しておりません。そんなこんなで本当にこの一年で多いに変化してしまいましたが、芯の部分は全く変わっておりません。先生がおっしゃって戴いた豊饒の海は妻にたっぷりとあるのでしょう。それを見て、ただ楽しんでいるだけです。やはり家庭の味は半端ではありません。いいものですね。世間の基礎はすべてが家庭にあるのでしょう。秋声といえば、「偶成(ぐうせい)」という漢詩を思い起こされます。朱熹(しゅき=朱子)<1130-1200>の作で、「少年老い易く学成り難し 一寸の光陰(こういん)軽んずべからず 未だ覚めず池塘(ちとう)春草の夢 階前(かいぜん)の梧葉已(ごようすでに)秋声」と。いつか杏の説いて聞かせましょう!又素敵な「娘よ」の詩も有難う御座いました。先生ご自身のお心も感じられて、本当に嬉しかったです。有難う御座いました!
     

  6. Unknown より:

    おはようございます。
    新婚旅行から1年・・・あの頃はまんまるなおなかのボニョちゃんは、まだいなかったのですね。
    そのことを思うと、1年というのは何と豊かな時間なのかと改めて感じます。
    あっという間に思えても、振り返ってみれば、何とたくさんのことがあったのでしょう。
    特に硯水亭さんの場合は・・・
    足も良くなってこられたそうで何よりです。
    また離れ離れの生活になるとのことですが、心さえ結ばれていれば大丈夫!
    私など、たまには「さみしい」なんて気持ちを味わってみたい(笑)
     
    杏ちゃんといえば、モデルの杏さん。先日、図書館で何気なく手にした山歩きの雑誌に載っていました。華やかなモデルの世界にいらっしゃって「山」など無関係に見えますが、山歩きが大好きだそうで、ますます素敵に思えました。
    硯水亭家のポニョちゃんはどんな女性になられるのでしょう。楽しみですね♪
     

  7. 文殊 より:

               夕ひばりさま
     
     そうでした。たった一年でこんなに変化するとは全く思いもよりませんでした。当家のポニョはまんまるお腹で元気いっぱいです。眼もクリクリして可愛いです。手足の運動がグングンと凄いです。偶に妻が杏の手足をノビノビしてあげると杏は大喜びしています。僕は毎晩杏ポニョと一緒にお風呂です。ポニョのCDをお風呂場までかけたり親馬鹿チャンリンもいいところです。でももう直ぐ再び一時の別れです。今から考えただけでも物凄く憂鬱になります。早く義父母が言う通り、四畳半通り(松原通り)の家のほうを改装して住めばいいのですが、もう一つの目的があって、なかなか踏ん切りをあえてつけておりません。櫻山との兼ね合いで、もっと田舎暮らしを目論んでいるからです。景観地区の茅葺屋根をすっかり現代的な内装だけをして、勉強のためにガーディニングもしたいと欲張りなのですが、そんな欲求が凄い強いのです。妻はどこまでも着いて行きますからと言ってくれていますが、でも多分現在の妻の状況から言ったら無理かも知れませんね。妻の通学と杏の出来るだけ容易い養育が先でしょう。しばらくは妻の実家の離れは既に大規模に改装してありますから、僕たち親子の部屋に充分なっていますので、それはそれで満足しなければならないでしょう。サンテックスとコンスエロのように、お互いに完璧な愛を求めないほうが正解かも知れませんね。夢は夢として大切にしてまいりましょう。
     
     お姉ちゃまの一言「心さえ結ばれていれば大丈夫!」に、そのお言葉から存分に元気を頂戴致しました。有難う御座いました。今は三人で一緒のベッドに寝ているのですが、二人分の抱き枕でも用意しておかなくっちゃね!あははははは!ねねぇ、あの杏さんって素敵でしたでしょ!渡辺謙さんのお嬢様だと思いましたが、どこかしっかりしていて華やかなのにちっとも嫌味がないんですものね。意外に山歩きが似合っていると思いますヨ。多分父親の影響でしょうね。うちの杏も、あんな素敵なお嬢様に育ったらいいなぁとつくづく思っています。顔は僕似で、体型と性格はどうやら妻似かも知れません。少しは責任回避出来てよかったと思っております。早く大きく育ってという希望とゆっくり育てという気分と半々です。まぁ順々に成長して行くことでしょう。今日もおいで戴きまして本当に有難う御座いました!
     

  8. (Kazane) より:

    こんにちは。そうそう、昨年も、風の盆について書かれていましたよね。あれからもう1年が経ったのですね。
    硯水亭さんにとっては、とても幸せ感あふれる変化の1年でしたね。杏ポニョちゃん、日々成長されているようですね。可愛いでしょうね~(^^)家族3人でいることが当たり前のようになってきた後の一人暮らしは、ちょっと寂しくなりそうですね。でも、お互いにやりたいことがあり、そこに向かう姿、とても素敵です。
    杏ちゃん、そんなご両親の間に生まれてきて、ホント幸せだと思います♪硯水亭さんの文章で、“ 風 ” を感じさせていただきました。ありがとうございます☆

  9. 文殊 より:

             風音さま
     
     御免なさい、お返事がすっかり遅くなりまして!種々雑事もあり、ノンビリとパソコンと向き合えませんでした。お許しくださいね。尚この記事と野鳥の記事は風音さんの記事から触発されて書かせて頂きました。出来れば貴女さまに読んで欲しくて。風の季語はいっぱいあるんです。但しね、余りにも分かりづらい言葉も多くて、なかなか難しいのです。感性を固有名詞にしようということですから、やっぱりどこかに無理があるのかもしれませんね。でも昔の方々の感性はやっぱり凄いと思います。夜などは真っ暗になってしまうのですから、微妙な風を全身でしっかり捉えていたのでしょうね。僕たちの現代では殆ど死語になってしまっているのが普通です。でも何もかも昔のこととして捨て去るものはいかがなものだろうかという疑念がありますが。
     
     杏ポニョはお陰さまで元気いっぱいです。妻のお腹の中にいて、羊水の海の中にいた時から元気いっぱいだったようです。それでも彼女は我慢強いのか、何一つ不平不満を言ったりしなかったのです。それが逆にいつも心配でしたんですが、吐き気はなかったものの、腰痛が酷かったようでした。時に東京まで出て来てましたから、僕にもそんなことも言わなかったことが多かったのです。今年初めてこんなに長い期間を妻と一緒に暮らしましたが、やっと夫婦である実感が沸いたような気がします。そうそう、去年もおわら風の盆を書きましたね、一年という月日は早いものです。金沢に行ってからおわらに行き、そこから五箇山に行って七尾湾の和倉まで行って、出来立てほやほやの富山空港から帰って来た新婚旅行でした。お祭り見物を中心としたんですが、ゆっくりのんびり出来るような旅のほうがよかったかなと随分悔やんだものです。でも彼女が楽しげで喜んでいましたから、どことなく安心していましたけれど。家族とは苦しい時もあるのでしょうが、楽しいこともいっぱいあり、悲喜こもごもなのでしょうね。手間隙かけて築き上げて行くものなんでしょう。心から実感したことでした。今日もおいで戴き有難う御座いました!
     

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