秘すれば花にあらざりし

 

薔薇

薔薇『マリア・カラス』の解体

 

 

 

                            秘すれば花にあらざりし

 

 

 僕は誠実なんだろうかと、このところ随分悩んでいる。親しくなった方々にさえ、住所や会社や財団や、無論どこの電話一つもお教えしていない。これは『櫻灯路』の時以来の経験則に基づくもので、一定の責任ある立場のものは、あからさまに個人の記事など公開していいのだろうかという不安定な考えと、だったらここで書くすべてのものは皆、虚構に満ちたものになってやしないだろうかと、激しい嫌悪感と葛藤の中にいる。自責の念があるのだ。

 日ごろブログ仲間(失礼!)としてで最もご尊敬させて戴いているブログがある。Ueno氏『ふらり道草』であり、最近の記事で、 「S君へ」には素晴らしい感動があって泣けて仕方がなかった。何よりも氏の誠実なお人柄を感じるのに充分である。Hayakawaさん『カフェと本なしでは一日もいられない』は、一見すると単なる読書三昧ブログのようであるが、何と何と彼女自身の、夢の跡先の記録でもあり、どの記事も人生を生きて行くのに必須な、多くの啓示と示唆に富んでいるから驚きだ。僕は、彼女の殆どの記事によって、読書の楽しみと生きる歓びと、どのくらいの勇気やパワーを戴いたことであろう。一方僕よりちょっとご年長だが、いつも優しく接してくれる夕ひばりさん『のはらと そらと』も、実に誠実なお人柄で、彼女の生活実感を楚々と描いて心底からはんなりと楽しく読ませて戴いている。僕と、ほぼおんなじ年頃の風音さん『心に花の咲く方へ ∞』は美しい写真とともに、間違いなく彼女のお人柄の良さはピカ一でいつも惚れ惚れとしてしまう。大好きな方である。Mfujinoさん『北山・京の鄙の里・田舎暮らし』は、退職後Uターンされて、京から山越えした浄土の故郷・京北周辺に根付こうとして奮戦努力され、眞に実直なお人柄である。妻と同じ年齢のりんこさんが綴る『りんこ猫の日々』は最近、ご本人さまが飛んでもない哀しみに出逢われて、幸せボケの僕はどんだけ強かに泣いたことだろう。でも必ずや必死に歯を食い縛って頑張っておられるはずである。彼女の文章も大好きな文章である。U氏のお嬢様で、父親譲りの繊細な感性を生かし、素敵なイラストを描き頑張っておられるヴィオレさん『ヴィオレ日記』も又、若さに溢れた誠実さでいっぱいである。

 又亡き主人の櫻灯路時代から、ずっと暖かく見守って下さっているMitsueさん『野の花:Stepping Out』や、パリ在住の方で、亡き主人と最も親しくさせて戴いていたMiyokoさん『街角から・・・』や、櫻山ではきっと力になって戴けるだろうGansan兄さんが亡き主人のためだけに開いたブログ『豚はトンだ!!』や、地道な介護の仕事をやって頑張ってらっしゃる文月涼夜さん『幸せのかたち』も、以前書かせて戴いた銀河ステーションさん『心象スケッチ』も、『櫻灯路』に対して、あのドロドロとしたブログ荒らしやネット・ストーカーがあったことを隅っこから隅っこまで全部よくご存知で、辛く厳しい時からの応援者の方々ばかりである。『櫻灯路』・『硯水亭』・『硯水亭 Ⅱ(旧あづさ弓』の現行ブログまで終始一貫して熱心に読んで下さっているやいっち先生『壺中山紫庵(こちゅうさんしあん)』のブログはブログのプロのようであり圧巻である。

 と、どちらさまも、僕より遥かに誠実で実直な方々ばかりで、ブログを通して親しくなったとしても、何一つ己の実態をお知らせ出来ない無礼さ、傲慢さが無念でならない。こうしたプロフィールを書いたのはネット上での怖さから始まったものだが、ここに表記させて戴いた皆さま方に対し、以前あったようなネット・ストーカーなどと同義語にしているわけでは断じてない。逆にご尊敬申し上げている。ただ一つだけ申し上げれば、預かるモノを預かっていると、決して揉め事になれない運命を背負っていることも確かだ。順調に始まれば、逆に一気にすべてを公開し、皆さま方から広く応援が必要となろう。ここでたった一度だけ右翼の方にきついカキコをされたことがあった。直ちに削除させて戴いたが、花ひとひらさまの記事にあった樫原神宮の件でだったと思う。その後お互いに誠意を持った話し合い(激しいメールの遣り取り)で、何とか友好裡に終わっている。無論花ひとひらさまはご存知ではない。お知らせする程のことでもない。

 先日京都で、お月見をやっている時だったか、その前夜か、『東京屋上庭園』がハイビジョンで放映された。僕の家にも屋上庭園がある。楽しく拝見したのだが、僕の専門からすると、屋上の防水加工はどんなに大変か、殆ど表現されていなかったように思う。出て来たのは簡易防水シートや簡易水捌けシートばかりで愕然とした。本来ビルの屋上は皆防水加工が当たり前だろうという前提に立っているのだろうか。でもあんな簡便な防水加工技術では、ヒルズのように田んぼを作ったり池を作ったりする庭園なぞ出来やしない。更に何○トンもの土を入れるなら、建築上の床加重計算や重量計算が厳密に正確無比にする必要があるのは当然だ。水を含んだ時の重量は半端なものではない。資金も全くと言っていいほど違う。低いビルなら近隣との日照権も問題になる樹木があるかも知れない。僕がいつも留守がちであるが故に、自分の庭には手の掛かる薔薇や、とにかく手の掛かる植物は一切駄目で、芝生を中心に、ほっぱらかしにしてもいいような若干の草花しかないが、このことすら厳密に当ビルの写真などで検証しブログに載せられない悔しさが今ある。これが何とも不自由で、世阿弥の言う「秘するが花」とは大いに違う意味だけれど、忸怩たる思いが晴れる日がないのである。

 ブログに表現するのはとっても気持ちのいいもので、特別読んで下さる方がいらっしゃらなくても充分な意味がある。あんなに忙しかった主人が、コツコツと書いていた姿をつい昨日のことのように思い出される。ブログでの表現は現実世界での雑念のことへのカタルシスではないかとさえ思える。ただ一つ、こんな状態でブログを続けて良いものか、思案し続けている。どなたさまかに、何かをお送りするにしても、必ず経由する人を立てなければならない今の自分が情けない。本当に本当に情けないのである。そしてここでお付き合いさせて戴いている方幾人さまと、櫻山の件などで実際にご連絡を取らなければならないことになるのだから。

 以前Goo Blogで『硯水亭』をやっていた時、最後に初めて訪れてくれた御仁に、「ささ舟」さまがいらっしゃる。その後彼女についてあれこれよその方に伺うと、彼女にはブログがないのだと言う。でも彼女のコメントはどれを読んでも適切で安心で、どこで読んでも実に楽しい。多分道草先生とご同郷か同年配の方だろうか。ささ舟さまのような関わり方もあるような気がする。僕の立場ではブログは一切やめて、大切な方々とはっきりときちんとお付き合いをしたほうがいいような気がしてくるのである。下書きには「世阿弥」や「西行」や「藤沢周平」や「プルースト」や「秋のお祭り」や、約11個の記事が中途半端のまま眠った状態である。我が家族という、もう一つ守るべきものも以前とは違い、新たに出来ている。皆さまがそうであるように誠実に実直に生きていたいだけである。このままでは、今の僕がどうしても許せないのだ。

 

   BGMは TAMさん作曲の「瞳を閉じて」

 

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秘すれば花にあらざりし への14件のフィードバック

  1. 道草 より:

    「ブログ」は、元来はバーチャルな世界なのだと思っています。郵便だけの昔なら、相手を決めた文通の世界があったでしょうけど、今は不特定多数と交流可能な手段が発達しています。「顔」が見えないことは、確かに功罪相半ばするでしょう。ただ、どんな相手であれ、お互いのブログを訪問し合って足跡を残す。年齢や居住地やその他の環境が離れていても、その遣り取りに共感があれば、自ずと暖かい関係が生まれます。私も、知らない人との交流の方が多い状態です。中には、以前から知っている人もあれば、交流後に知人になった人もあります。反対に、いつの間にか双方で遠ざかって行った人もあります。総ては自然の流れに任せている状況です。硯水亭Ⅱさんが悩まれることこそ、誠実なお人柄だと思います。ブログ仲間に顔を見せるも良し、見せないままでも良し。更新についても、のんびりとマイペースで良いのでは、と思います。「ブログ」の本質は、末永く仲良く続けることにあるのではないですか。今夜は満月から三日経ちました。「寝待月」と呼ぶのでしょうか。曇っているのが気懸かりですが、晴れていれば硯水亭Ⅱさんなら仕事を終えられた頃に、丁度月か顔を出すのではないでしょうか。月の中には、奥様と杏ちゃんの面影が浮かぶことでしょう。私は昨夜に引き続いて(今夜は無試合)祝虎酒といきますので、月の出までは恐らく目蓋が持たないと思います。
     
    「子守歌」   クレーメンス・ブレンターノ(吉村博次訳)
     
    そおっと そおっと そおっと おうたいささやくような子守歌を おうたいあんなにも静かに 大空をわたってゆくお月さまから 智恵をおならい
    こんなにも 甘くやさしい 歌をおうたいちょうど泉が小石のうえでちょうど蜜蜂が菩提樹のまわりでぶんぶん ぶつぶつ ひそひそ さらさら いうように
     
    (杏ちゃんに贈る詩)

  2. (Kazane) より:

    こんばんは。私の拙いブログまで、紹介していただき、何だかくすぐったい気持ちです(*^_^*) このブログの文章、いただくコメント、皆さんのコメントへのお返事…、どれをとっても、硯水亭さんの誠実さが現れている気がします!頻繁に訪れている方はどなたも、硯水亭さんの事情をわかっている方ばかりだと思いますし。
    道草さんが書かれている 「悩まれることこそ、誠実なお人柄だと思います」 に同感です。  私がわりと自由に、いろいろなことを書いているのは、自分のブログの存在を知人には全く知らせていないからでもあるんです。
    自分の実生活とはまた違った空間で、何かを表現したい…そんな気持ちがあったもので。本当に自己満足ブログでしかなくて…。それなのに、いつも訪問してくださり、感謝しています。私個人としては、このブログ、続けていただきたい気持ちでいっぱいですが、硯水亭さんのお気持ち次第ですものね…。どういう結果を出されるにしても、今後も末永くよろしくお願いします♪ (今日も、BGM素敵だな~と思いながら読ませていただいていました♪)

  3. 良枝 より:

    こんばんわ。りんこです。
    ブログって情報発信なんだそうです。
    そんな事言って
    私は日記(私の日々思っている徒然)を
    書いているに他ならないのですが 苦笑
    でも、私いやらしいので
    人の日記を読むことが好きです。
    本棚を覗くことも好きです。
    人が大好きで
    うたかたのような日常が
    大好きなんです。
    悲しみも喜びも手をつないで
    くるくる回る感じが
    私は、とても好きなんです。
    硯水亭さん
    無理をなさらずに
    大切なご家族との日々を満喫してくださいね。
    忙しすぎて倒れそうな毎日に
    ちょっと隙があったら
    小田和正Aから小田和正BにBGMの変更を
    そんな優しさが私の大好物です 笑
     

  4. 文殊 より:

            道草先生
     
     先生の「S君へ」は衝撃でした。ずっと以前から先生のお人柄を存じ上げていたつもりでしたが、ここまでご誠実なお人柄だったと改めて感じさせて戴いた次第でした。それに引き換え、この僕は何たる不遜なことだろうと、痛く感じ入ったのです。この夏、読み掛けだったダンテの「神曲」と、プルーストの「失われた時を求めて」(2度)と、司馬遼太郎の「坂の上の雲」と、バルザックの「谷間の百合」を読みました。夜は夜で櫻の研究図書(主に日本女子大の櫻グループ発表の分)や櫻の本を漁るように読み耽りました。でも、先生!ここが不思議なことなのですが、何故か藤沢周平に戻っていったり、中原中也を再読してみたり、何を好きなのか、漸く分かりかけた部分であったのです。無論櫻のことは別ですが。中也の晩年の詩に「夏の夜の博覧会は かなしからずや」という長い題の詩があります。一人っ子の長男文也(満2歳で死去)とアメヤ横町や動物園に行ったことを書いた詩ですが、そこに繰り返し「かなしからずや」という文言と同時に、ヒラリと櫻のひと花びらが降って来たかのように「何のおのれの桜かな」と一つだけ出て参りました。そこにググッと来るものがあったのです。又藤沢周平の様々なモノを読みました。エッセイもです。何という誠実な方だろうと思えて堪りませんでした。道草先生とダブったのです。あんなに売れた作家なのに、出版社からの進めにもかかわらず、自分専用の原稿用紙を作ることは一度もありませんでした。朝の散歩から始まる習慣もありました。何事も普通でいいと愛娘展子さんに常に語っていたそうです。たくさんの本を読んだ挙句に、そんな極単純な部分に到達したように思われたのです。僕はそこを深く考えたのです。そしたら僕が書いていることは何てだらしないものかとがっかり致しました。書くことに本義を置かないで、先ず生きることに本義があるべきだと。正直なところ、そこが最も激しく悩んでいたことでありました。先生にはこれからもっと多くのご教授とご鞭撻を賜りたいのですが、先生がいみじくも仰って頂いた<「ブログ」の本質は、末永く仲良く続けることにあるのではないですか>の一文に何とか救われた思いです。有難う御座いました。どうかこれからも多くのご教授を賜りたいとお願い申し上げます。今夜は阪神~巨人戦ですね。是非阪神が勝ってくれるよう、願っています。巨人は追い詰めるだけで充分です。だってクライマックス・シリーズがあるのですから、今夜はたっぷりとお楽しみ下さりませ!杏に対し、暖かな詩を本当に有難う御座いました。いつか杏に話してあげることがありましょう!
     

  5. 文殊 より:

           風音さま
     貴女さまがこうしてやって来られて、書いて戴いて、どんなに感謝していることでしょうか。心から感謝しています。杏と一緒にいる時、いつも貴女さまを意識しています。杏よ、多くの方々がキミを大切に思っていて下さるのだと、いつでも言い聞かせています。飄々としているようで、実際は愛情深くて細やかでいらっしゃる風音さんが凄いです。貴女さまが撮られる写真はどれも優しくて大好きです。写真は正直です。お撮りになられる方のお人柄まで、実に正直に表現してしまうからです。コローの絵のような風景の写真、雲の偉大さ、鳥や虫や花々の細やかな恩寵、いつでもどこででも自然体であろうとする姿勢!貴女さまとこうしてお話していると、同世代でよかったとどんなに感じることでしょう。
     
     貴女さまのブログにはいつもほっとします。そういう存在です。寛ぎの空間なのでしょう。それってブログには大切ですね。僕のは歳時記などはそのまんまでいいのですが、つい私的なことを書く癖が最近ついてしまって、以前のような感じではなくなったのです。検索機関からのアクセスは歳時記が圧倒的に多く、それだけでも日々150件以上もあります。その分岐点が問題ではないかと思っています。ギスギスした感じはよくありませんね。もう少しノンビリと書けたらいいのですが、以前僕が妻を愛するのは「盲目的だ」とご批判を受けました。よ~く考えてみると当たっているように思われるのですが、やはり当時は結婚直前でもありましたから、何かと神経質だったのでしょう。今なら笑い飛ばせるのですが。
     
     今やっと名古屋を過ぎたところです。在来線は雨で遅れているようですが、新幹線は順調です。ですからもう少しで、
    杏に逢えます。月曜日をお休みにして、連休にしたところでした。来週水曜日の朝には東京に帰るつもりです。台風で家の中でノンビリ出来るでしょう。このブログは続けるかどうか分かりませんが、とりあえず妻子とノンビリしようかと思っています。BGMも気に入って戴いたようで、今日もおいで戴きまして、本当に有難う御座いました。

  6. 文殊 より:

            りんこさま
      お今晩は!今は新幹線の中から発信です。今度は飛行機でも使えるようです。情報発信としての役目はなるほどと納得出来ます。だって検索して入られる方の殆どは歳時記関係で、私的なことは少ないですからねぇ。
     
     でもでもりんこしゃんのお言葉、超嬉しいであんすよ!
     
    「人が大好きでうたかたのような日常が大好きなんです。悲しみも喜びも手をつないでくるくる回る感じが私は、とても好きなんです。」
     
     なるほどなぁ。さすが哲学者・りんこしゃんだぁ。
     
     最近はね、アメリカの金融市場がガタガタで、本社の仕事もしていますから、凄く忙しいんです。アメリカのことが心配して、今や日本はアメリカより酷い状況です。貸し渋りではなく、貸し止りになっているのですから、大企業とて油断大敵なんです。当社は浮ついた投資はしない会社ですが、それでもどこからか影響がありまして、そのお目付け役を買って出ています。櫻のお仕事と、こんなようなお仕事と、これじゃ堪りませんね。
     
     お互いに頑張りましょうね。エイエイオ~~~~~~~~~!!
    僕の先輩の小田和正が好きなんですね。時々換えますね。りんこしゃんのために!!
     
     

  7. Unknown より:

    こんばんは。いつでも感じていますよ、硯水亭さんの誠実さとひたむきさを。皆さまもおっしゃっている通り・・・。人々や物事に対して誠心誠意向かい合っていらっしゃる姿に、バーチャル上の姉(?)としてはハラハラすることさえあります。(なんて、生意気なことを言ってゴメンナサイ) 皆さまに硯水亭さんの思いは十分伝わっているでしょう。
     
    ブログで知り合った方々には自分の全部を出してはいませんが、たぶん最も私らしいところをお伝えしているように思います。また一人ひとりの方々の同じ部分を受け取らせていただいているのではと思っています。実際にお会いしたことが無くても、その方らしさを感じ取っているつもりですが・・・実生活での関わりは深くなくても、皆さまとはずっと仲良しでいたいですね♪

  8. 文殊 より:

               夕ひばりさま
     おはよう御座います。昨夕激しい雨の中を移動して、娘に逢いたいばっかりに、結構な仕事量をこなしてから京都にやって来ました。早速僕の布団の中に娘を入れて一晩休みました。娘の朝は早く、とっくに起こされてまだ眠いのですが、傍らで娘は元気いっぱいです。既にお目目はパチクリで、本当にこの子は元気ですねぇ。肉体的にも精神的にも疲れて帰った父親のために、わざと明るい笑顔を作ってくれているようで、やっぱり僕にとってはアンポニョでしょうかねぇ。有難いことです!疲れが思いっきり吹き飛んでしまいました。
     
     僕は決して誠実な男ではないと、ずっと思い悩みながら考えていました。いずれちゃんとするつもりですが、僕自身のすべての個人情報を、最初は勿論ご信頼出来る方々に対してからですが公開する所存でいました。これからより一層公的な仕事が中心になるのですから、それが自然の成り行きなのです。ところが我が亡き主人が今後の仕事の背景として残してくれた巨額のモノがあり、その前で日々責任の重大さと重圧と義務と感じることが多く、基礎を作るまではと未だに公開に踏み切れないでいるのです。このジレンマは相当なもので、順調に推進するまでは秘するが花だと思っていたのです。でも僕のブログに来てくれる方々は皆さんがご信頼出来る方々ばかりで、公開するのが遅れているのです。それがとっても不誠実に思われ、このところ日々辛いことが時々感じられました。問題はそこなんで、お姉ちゃまには申し訳ないのですが、もっと悩ませて下さい!
     
     但しお姉ちゃまの真意は充分伝わっています。平明に書かれてありますが、夕ひばり姉ちゃまのご真意は
    いつもちゃんと届いています。いいなぁって、いつも思っています。そしてこんな僕でよかったら、ずっと仲良しでいたいんですもの。
     今回の記事の中で「東京空中庭園」の部分はお姉ちゃまに是非お読み戴きたかった部分です。東京に、パリのような空中庭園が数多く誕生するには、建築以前から準備をしなければならず、国や都の税的優遇や補助金などの公的援助が必要ではないかと考えています。凄いお金が掛かるんですよ。そしてビルからビルへ移動しながらそれぞれの個性を楽しみながら移動し散歩出来るようにするのが夢でしょうね。
     
     持ちビルの方は意外と現金ベースでお金がないものです。相続税などの対策のために、家賃などが入ってもずっと預貯金しなければならず、自由気侭に使い放題出来る方はマジに少ないのが実情です。土地が高ければ高いほど大変なんです。ああああ又つまらんことをお話してしまいましたね。逆にお姉ちゃまに、ずっとご指導を戴きたくて!このようなつまらない記事にお付き合い戴きまして、本当に有難う御座いました!ペコリ!
     

  9. より:

    硯水亭さま、 久しぶりに訪れたら我がブログがリストの中に入っているではないか、びっくりしました。皆さんのコメントも読ませていただきました。我がブログにいつも丁寧なコメントを頂いて、いつも勉強させていただいています。大きなインセンティブをあたえていただいて感謝しつつ、同時に硯水亭さまの筆力、内容の濃さとボリュームに感心することしきりであります。道草さまの書いておられた、「悩まれることこそ、誠実なお人柄だと思います」、という考えに全く同感いたします。私はパソコン通信が始まったころからその世界の楽しさを味わっておりますが、苦しい体験もしました。いわゆる「実名論争」の経験です。私は実名派でした。身元を明かさない人間の意見はどうも信頼できない、という考えからでした。まあこれは会議室の話でしたが、ブログは少し違うと思っています。考えがまとまりませんが、道草さまのコメントを読ませていただくと一つ一つの言葉に頷けます。私はパソコン通信時代からの経験でネット上の発言や書いておられる文章を読むとかなりその人が分かるよと自惚れています。ネットで知り合いになりこの人なら逢ってみたいと思って実際に逢ってみると、我が想像が当たっている確率が非常に高いためであります。硯水亭さまは是非実物を観てみたい人の一人であります。舞台は、茅葺き屋根のした、昔のままの囲炉裏を囲んで、猪鍋か鮎を食べながら夢を語る中年男をイメージしております。松茸があれば云うこと無しではあるのですが、、、囲炉裏持ちの夢を語れる田舎のおじさんを捜しておきますので、その日が来ることを楽しみにしていますが、よろしいでしょうか。

  10. ただ今カフェで読書中 より:

    硯水亭様
     
    こんにちは。バタバタしておりましたのでこちらにうかがわせていただくのも久しぶりになってしまいました。
    皆様がお書きになっていらっしゃるように、私も硯水亭さまのお人柄や誠実さは、みなさん、しっかり心に受け止めていらっしゃると思います。もちろん、私もです。それは個人情報を開示するとかしないとかとは別のものだと私は思います。
    私にしても、私個人の個人情報は自分でしっかり守ろうと思っていますので、公開できるもの、できないもの、あるいは、するもの、しないもの、とは分けています。それはブログだけではなく、仕事上でも、です。
    ブログの内容の性質にもよると思いますが、一般的に、その人の住所だとか会社名だとか電話番号、そうした形而下のものとは関係なく、形而上のものでつながっているのだと個人的には思います。
    道草さまがお書きのように、「ブログ仲間に顔を見せるも良し、見せないままでも良し」ではないでしょうか。
    うまく思いを伝えることができないのですが、みなさまがお書きになっている通りだと思います。
     
    それから、私のブログのこともお書きくださりありがとうございました!
     

  11. ヴィオレ より:

    硯水亭様
     
    こんにちは。
    ヴィオレ日記のアクセス数の解析をしていたところ、硯水亭様のブログをリンク元とするアクセスがとても多くなったので、気になって訪問させて頂きました。
    ヴィオレをご紹介下さったのですね、ありがとうございます=^o^=
    硯水亭様が正体を明かせないことを悩んでいらっしゃることについて、僭越ながら思ったことを述べさせて頂きます。
     
    私も子猫のヴィオレとしてキャラクター設定をしながらブログを書いております。
    とは言え、未熟な私はどうやったって人間の目線になってしまい、子猫が書いていると感じて頂けるような内容ではありませんが・・
    ブログって何もかもさらけ出すのが良いとも思いませんよ。
    脚色して書いて、そんな自分の世界観を読む人と共にに楽しめば良いのではないでしょうか?
     
    硯水亭様のブログは、あまりに博識な内容が私には難しいこともよくあります。
    でも何だか気になって、ちょくちょく読みに来てしまう魅力があるのです。
    色んなことに広く深く精通していらっしゃって、独特な強い感性をお持ちだから、引き込まれてしまうのだと思います。
    直球な感じも魅力の一つなのでしょうけど、今のまま、色々隠し事がおありでも関係なく、とても素敵です!
     
    あ、それと世阿弥の「秘すれば花」のこと、テーマは異なりますが偶然私もブログに書いておりまして、ドキッとしました☆

  12. 文殊 より:

           Mfujinoさま
     すっかりご無沙汰をしてしまいまして、本当に済みません。ご丁寧にこのような文章を頂戴しておきながら、我ながら呆れる始末です。金曜日に京都へ参りまして、土曜日の彼岸の入りに妻のご先祖さまがいらっしゃる御寺の妙心寺で、お彼岸の法要を致しました。妻の母は貴女がお嫁に行った以上、お婿さんが来てくれるのは有難いことだが、貴女が甘ったれにならずに、Ryuさんのご実家のほうへも必ずお墓参りすべきだというものですから、僕たち夫婦も二日だけ実家に泊まって、日曜日に東京の実家に入ったのでした。恰度よかったと妻の言い、今週東大の史料編纂所に通いたいと言って、今朝から出掛けています。年中暇人の叔母が実家からやって来て、杏の面倒を見てくれています。
     
     それにしてもタイガースファンというのは凄いものですね。妻の実家でまざまざと見せ付けられました。義父母も義兄もみんながみんな凄い応援なのです。球場の中には「金本人間国宝」という横断幕もありましたから、恐れ入りました。巨人ファンは僕だけなんで、隠れファンでいるしかなく、フレーフレー金本!とか、あかほ~~しぃ!!とか一緒にやっていましたが、何と連夜の負け試合。掛ける言葉がありませんでした。巨人ファンは醒めている人が多く、弱い巨人の時、巨人ファンを一抜けする最初の人は巨人ファンではなかろうかと思ったりします。日曜日、実家で再びタイガースの3たてを見たのですが、まさかと思う事態でしたね。でも並んだからと言って、まだ10試合以上ありますから、最も力を籠めて一喜一憂するのは最後の5試合あたりからじゃないでしょうか。そう言って妻の妻の実家に電話させたことでした。又昨日は仲良く12回引き分けで、阪神と巨人はいかに仲がいいの証拠なのでしょう。強い巨人時代、阪神が強くならないかといつも心配していましたから。済みません、余計な道に反れまして!
     
     ブログ上での表現は架空の表現では記事が書けないばかりか、Mfujinoさんがおっしゃる通りお互いに通じるものが薄くなるのではいけませぬ、僕は自分で出来得る限りの誠意を込めて書いているつもりです。そこまでは特に問題ではないのです。但し或る程度親しくなられた方々にさえ、まだ秘するところがあるのかと、何とも自分で自分が許せないような情けないような、そんなジレンマを感じて、こうして書かせて戴いた次第でした。Mfujinoさまも、一般会社のことは充分お分かりでありましょう。責任者と言いますか、特にトップである場合、こうしたブログでの公開が最も難しいものであるのです。でもいずれはここでも書けるようになるでしょう。そこまでの過程が実に面倒で大変なのであります。特にここにいらっしゃって下さる方とは素敵な関係でいたい素晴らしい方々ばかりです。当然Mfujinoさまとも、是非お目通り願って、永くお付き合いをさせて戴きたいと強く念願しています。だからこそ逆に悩ましいものであり、いずれ美山か周山に自宅を築こうとしている僕ですから、特別なご高配を頂戴したいのであります。美山の薔薇園、美山のカフェ、憧れだけが強くなっていますが、現在基礎を築くまでの少々の期間を頂戴したいのです。寧ろ皆さまに逆にご協力願いたいことがあるのですから。Mfujinoさま!どうぞご懸念なく!今日も熱き心を有難う御座いました!
     

  13. 文殊 より:

              Hayakawaさま
     
     このところ飛び石連休につき、杏を抱いてあっちに行ったり来たりで、お返事が大変遅くなりましたことを、心からお詫び申し上げます。漸く通常の生活に戻っていますが、妻は今週は東京に用事を作ってしまったようで、しばらく杏とも一緒に生活をしています。勉強したい妻を応援するためには様々な犠牲は仕方がないことでしょう。
     
     今回は貴女さまにまでご心配をお掛けして本当に済みません。主力の22000ヘクタールの山地の購入が終わり次第、殆どのことを公表しようと思っています。広大な山ですが、中には色んな要素がありまして、村道・国有河川・田んぼへの治水・保存樹林などなど、それらを今まで通りにどう保全しどう担保するかの最終協議があり、その後総金額の交渉ですから、すべてクリアするまではなかなか気が張っています。全国にあるゴルフ場は殆どが虫食い状態のまま営業しております。その虫食いのちっぽけな土地は殆どが暴力団などの資金源として、ちっぽけでも法外な賃貸状態であるわけで、僕たちのやることに、そうしたことは断じて許されません。私的な場所にするのではなく、公的に一般公開する場所になるからです。
     
     ここに訪れて戴いている方は皆さんがいい方ばかりです。それが逆に、僕の事情を心苦しく、そしてそしてそのプレッシャーが僕を不遜な人間ではないのかと強かに思えたことでした。ですからいずれ早い時期に、道草先生を始めとし、皆さまに少しずつお話すべきだと心得ています。必ずきっとそうなるでしょう。無論ブログや仕事や他のことでも公開出来ることとそうではないことの区別があることは存じているつもりです。でも最低限のお知らせはすべきかと、ここ最近は特に感じている次第です。信頼出来る方々にさえ、こんなことをしていたらご信頼をして戴けなくなることを、最も恐れているからです。「なんだぁ、ワシを信用してないのか」と言われてしまうのが最も辛いことです。逆なのにと反論したいのですが、物事の交渉時の佳境には特別な心配ばかりプレッシャーとして掛かって参ります。Hayakawaさんがお好きな美山の里では、櫻山計画の中核をなす施設や本部を築く予定です。そろそろ始めなければなりませんが、それを最後にとってありゆっくりしているのは最もご信頼している方がお相手だからです。埼玉県の安行だけでなく、櫻の苗場も築くことになるでしょう。どうかその少々の間今しばらく勝手気ままをお許し下さるよう、心からお願い申し上げるものです。今日もおいで戴き、本当に有難う御座いました!
     
     

  14. 文殊 より:

              ヴィオレさま
      ヴィオレさまがよくご存知のKさまIさまと、僕は一つのお約束を致しました。小さなことですが、彼女たちご夫妻にとっては大変重いことでしょう。11月下旬にはパリに招かれていますから、その時までには是非色々なことを解決したいのです。僕は薩摩治郎八とは明らかに違い、ちっぽけな人間です。今年は伊達政宗が遣欧使を派遣してから400年近く、色々な交流史があり、中でも最も有名なのは日仏修好条約だったでしょう。今年は日仏修好から150周年というわけです。1929年薩摩治郎八(バロン薩摩)は日本人の宿泊施設である研修施設を建設した功績によって、レジオンドヌール勲章を授与されました。中でも日本の浮世絵がパリの画壇に果たした功績は凄いものがあったでしょう。もっとも僕の場合は勲章とは全く無縁な存在でして、僕はバロン薩摩のようにバラマキ主義の拝金主義では全くありませんが、リヨンに支店を作り、ユニセフに協力し、フランスの文化を様々にご紹介して参りました。それによってフランス国からこの度日仏交流記念パーティにご招聘を受けたのです。実はまだ膝の怪我は完璧ではありませんが、K/Iさんご夫妻とお約束を果たすためにも、行けるかどうかまだ別にして是非行きたいのです。そして若き才能に溢れるお二人に、実質的なエールを送ってあげたいからです。
     
     ブログ上での多少のフィクションや幻想は至って普通でありましょう。でも僕の場合はひと皮剥けば、公的な存在であり、一度した約束は必ず守らなければならない運命にあります。まして自らの判断でなしたことは必ずやらなければなりません。そこが責任者としてある面では辛いことであり、歓びであることでもあるのです。実際に色んなことを、ブログ上での方々と交流を持っています。でも、だからこそ、何一つ今教えられない苦衷があるのが本当のことです。それはいいことか悪いことか、今は判断出来ません。でもいずれ公に出来るようになったら、きっとお笑い話になることだろうと思われてならないのです。ヴィオレさまのお母様からお叱りを受けるようなこともしています。それもこれもブログを真剣になっているからです。文章だけではなく、同じく共有したい何かがあるからでしょうか。
     
     芸事では世阿弥の言う「秘するが花」は当然でしょう。でもこうして生きているうえでは決して花にはなっていないことを知るのです。何もかも明らかにすることも決して花ではないのでしょう。どの記事に花を感じるか、読んで下さる方々のご判断にお任せしたいと存じます。ヴィオレさまの新しい創作は実にいいですね。どうかこのまま伸び伸びとして大きく成長なさることを心から念じています。今日もおいで戴き有難う御座いました!
     

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