暮れ果つる秋の形見に

 

’08 日光 草紅葉 1

 

'08 日光 草紅葉 2

 

'08 日光 草紅葉 3

 

'08 日光 草紅葉 4

 

'08 日光 草紅葉 5

 

’08 日光市内の紅葉

上一葉だけ戦場ヶ原と標高差1000mの市内の紅葉 他はすべて小田代ヶ原の朝焼け!現在中禅寺湖を中心に全山紅葉の真っ盛り!

 

 

 

                                   暮れ果つる秋の形見に

 

 

 今日10月20日、ちょうど土用にあたり、美智子皇后陛下の74歳のお誕生日で、まことに慶賀にたえませぬ。僕、大好きな御方で、多分日本国民のどなたもがお好きな方でいらっしゃりましょう。特に智的に輝くあの馥郁たる笑顔が大好きです。過去に色々とご苦労なされたと聞き及んでおりますが、天皇家のご系譜は、短絡的に国体の護持などとかいうものではなく、もっと広く深く日本民族が誇りうる輝かしい精神文化の象徴であり、これからも健康にご留意なされ、幾久しくご健勝であらせられることを心からお祈り申し上げます!

 17日、伊勢の神宮では神嘗祭が行われました。日本人にとって最も大切な行事の一つですが、近年五穀豊穣を祈る行事がぐっと少なくなり、武士の次に偉かったはずの農村部の方々は大変な憂き目にあっています。一杯の白飯と、果物のイチゴ一個の値段がほぼ同じであり、米穀を中間で商う人たちの商習慣では、今次事故米の恥ずかしいスキャンダルなどあって当然だったとか、何ということでしょう。どこの産地のものでも混ぜてしまえば、顧客には分からないとは、自ら顧客を馬鹿にし顧客を手放しているようなものではありませんか。無性に腹が立ってなりません。真面目に精一杯ご努力をなされ、お米を作っておられる方々には格別に怒り心頭のことであったでしょう。中間でマネーゲームする渦中にあるものだけが得をするなんて断じてありうるべきでなく、一粒一粒精魂込めて作っていらっしゃる方々に、もっと手厚い庇護か将来があってしかるべきでしょう。自由化の嵐の波と、日本の農業の未来は不可分であるが故に、日本独自の農業に携わる方々に対し、短期と中長期を別個にしたしっかりした施策の実行に向け、伏魔殿のような農水省が自ら襟を正しもっとしっかりして戴きたいものです。

 いつの間にか退職以前より忙しくなった日々の僕の仕事、去年の9月から当社では米国のサブプライム問題が必ず来ると読んでいました。ですから現在我が社のインベスト部門はすべてが自社資金でして、喩え全失であっても人さまにご迷惑を掛けるという意味では安心安全ですが、あのバブル期を経た各金融機関は二度と同じ失敗をしないように、貸し渋りどころではなく、貸し剥がしをしているような現状であり、今や中小だけではなく多くの大企業も目を覆いたくなる日々が続いています。日本は米国に端を発したサブプライム問題では比較的浅手に終わっていますが、それでも今日のジェットコースターのような世界同時株乱高下の余波はまだまだこれからが本番であり、更に不景気の爆風が続くでしょう。世界経済のトップであるアメリカのあまりにも遅きに失した公的資金導入は、最早アメリカ一国の問題ではなく、更に今後一極集中ではない世界の経済の仕組みに変化して行かざるを得ないでしょう。又そうすべきです。でも悪しき日々の果てには、必ず良き日々が来ることを祈り信じつつ、その時はそれなりに質素で慎ましい生活をし楽しみたいですね。

 17日早暁、CEOからお誘いがあり明けて17日午前2時に日光に出発しました。腰痛の僕が楽に乗れるように大きなリムジンで迎えに来られ、断るわけにはいかなかったのです。永い間フランスで暮らしていた亡き主人の弟君さま(CEO)は、秋の日光をひと目観たいと普段の彼らしくなく強引だったからです。お蔭で悠々と眠って乗って行けましたが、戦場ヶ原の赤沼に着いたのは、未だ暗き霜降る早暁でした。赤沼から電気バスに乗り換え、小田代ヶ原へ。湿原の様子がようよう確認出来る明け方でした。周囲には既に多くの素人カメラマンが三脚を立て、仰山シャッターチャンスを窺っていました。朝霧がやっと明け出し、草紅葉が次第に見えて来ます。白樺の、通称『貴婦人』もその全容を見せてくれました。一瞬たりとも同じ色彩がない高原の朝焼けは息を飲む美しさです。モネでなくてもキャンバスを何枚も立て掛けて、思う存分絵筆を揮えたら、どんなにいいでしょう。亡き主人を思い出し、思わず雲の欠片から見えた光に向かって合掌致しました。

 湯元の温泉寺で熱い温にひと肌浸かって参りました。冷えた身体には特別にこたえて熱く嬉しかったです。金谷ホテル系列の中禅寺湖ホテルが運営する路上脇のカフェはまだ開店前でしたが、二重に巻き取る日光湯葉の店頭は朝早くからやっていました。日光東照宮では17日に秋祭がある日なので、ついでに少しでも観たかったのでしたが、静謐な日光に、滞在時間たった4時間で、再び我等が大都会の喧騒のただ中へと帰って参りました。

 夕方早目に自宅に帰り、留守伝を聞くと、珍しく欣喜雀躍とした父の声が!午前11時最後の百名山にした北岳山頂からの電話でした。「Ryu有難う、ついに成し遂げたよ、今北岳山頂!仲間も皆元気で、これから下山する。いつも応援してくれるあなたにお礼が言いたくて」と。父が登山中に電話をくれたのは初めてでした。僕もつい嬉しくなり、なぁ~~んにもしてあげられなかった父に申し訳ない気持ちでいっぱいに、何だか胸が締め付けられる思いが致しました。父よ、これからたっぷりと、各地のお山の話を聞いてあげましょうネ。酷く疲れていたり、そんなこんなで少々淋しくなっている時、突然ブザーが鳴って玄関を開けてと。妻と杏が京都からやって来ました。玄関に入るや否や、僕は二人を熱くハグして涙が出て堪らなかったです。この涙は何なのでしょう。秋の形見でしょうか。

 

  今日のBGMはコブクロの「手紙」です

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暮れ果つる秋の形見に への8件のフィードバック

  1. 道草 より:

    ビジネスの第一線にあっては、昨今の混乱状況に対し想像を絶するご苦闘のある事と思います。世界の範たるべき(と自負している)米国が何故かくも後手後手に回るのか。一国では既に自浄能力を完全に喪失してしまった顕著な現象なのでしょう。私の知人で株式と商品取引の大ベテランが大阪に居るのですが、以前は頻繁に経過状況などをメールで寄せて来ていましたのに、昨今はまるで音沙汰が無く、果たして生きているのか死んでいるのかさえ確然としない混沌振りではあります。また、忌まわしいとまで断言し得る米穀問題にしましても呆れ果てて言葉もありません。ご指摘の通り我が古里の農村も疲弊し切っている状態にあります。豊穣を祝う秋祭りである筈なのに、その背景には休耕田や松枯れの山々が広がり、過疎地にあっては神輿を担ぐ若者の調達にも四苦八苦の有様と仄聞します。秋祭りの日に20年振りの墓参で訪れた級友の家も、3男坊主に嫁の来手がありません。友人が子孫の為に三十数年前に植林した北山杉は濫りに徒長するばかりで、今や伐採しても薪も同然。加えて、樹木を伐る人手が無くて放置する以外に処置なしの有様です。何だか暗い話に向かってしまいましたが、皇后陛下のご成婚の日は、まだ我が家にテレビ無くて八木町から西陣の叔父の家へ母がパレードの観覧に行きました。私も時間を見て立ち寄ったことを今でも覚えております。まさに昔日の感懐有りです。そして、父上の百名山登頂完遂おめでとうございます。かつて私も白峰三山を訪れ北岳に登ったこともありますが、それは遙か昔のこと。私よりご年輩のご成挙に只感嘆するのみです。私もまだまだ頑張らなくては、との希望を与えて頂きました。「白峰三山の中でも、北岳は形がスッキリしていて、清秀な高士のおもかげがある。(略)惚れ惚れするくらい高等な美しさである。富士山の大通俗に対して、こちらは哲人的である。」(深田久弥『日本百名山』)硯水亭Ⅱさんも良きご家族に囲まれ加えて情厚きCEOにも恵まれ、怪我の治癒のご努力は並大抵ではないと思いますが、多くの心優しき人々に見守られ完治も間もなき事と期待致します。久々の親子水入らずは忘れられない秋の日の大切な形見となった事でしよう。「草枯れの籬に残る撫子を別れし秋のかたみとぞ見る」(光源氏<葵>)。明日は時代祭り。京都も愈々秋が深まります。下記の詩は、土地勘の無い私ゆえ今回の旅行とは場所的に異なればご容赦下さい。
     
    「奥日光刈込湖・切込湖」   中西悟堂
     
    寂幕の中にも猶捕え難い芯があるやうに思へるものそれは千年このかたここで停滞してそのまま水上にさまよつてゐる歳月であらうか。人はこの湖を刈込といひ、もう一つ奥の、峡江のやうなものを切込と言ふがその名さへ遠のいた追憶のおもかげのやうだ。
    けふも頭上の金田峠の尾根をばさまざまな 冬鳥のむれが越えてゆくであらう。その鳥たちのついばむナナカマドの実は赤いだらうし、霧を濾す落葉松の葉はもうすつかり黄ろいだらう。そして人はここのこの季節をさして奥日光の秋といふであらう。が そこらあたりの鉱脈の奥でまだ眠つてゐる金塊があるやうに水の落口がないといふ此の湖もまたまだ人の賞讃に曝されず、季節に頓着ない静寂と、いにしへの無言とがたゞここを領してゐるだけである。
    古い祖先の血液の中で今の肉体を備へずに生きてゐた遠い昔に一度は來たことがあるやうな思ひ出せるやうで、思ひ出せないやうなこの湖。
    私は岸の白砂に彳んだり、倒木を踏んだりしながら引幕のやうに湖上を往来する霧を眺めてゐたがどう考へても自分がまだ他国や都会を知らぬこの湖畔の土著の者のやうで、山を越え峠を越えて辿りついた湖だとは思へなかつた。
    自分を現実の自分にひきあげるために私は湖岸から尾根へと登つて行つた。そして上から見下ろせばただ紫陽花のやうな藍の水と、白い霧のうつくしい湖をもう一度振り返つて、帽子を振つた。

  2. 文殊 より:

             道草先生
     遅くなりまして、申し訳も御座いません。火の出るような日々が続いています。今日の金融危機は未曾有のもので、ご案内の通り安い価格の住宅を大量に供給しようとして焦げ付いたアメリカ発のサブプライムローンの問題から端を発しております。既に去年9月には表に出ていたことでしたが、ブッシュ政権の対応がまったく遅く呆れ返るほどであります。戦争を始めるのは早いのですが、憤慨やる方ありませぬ。今年リーマンブラザース証券が破綻し、その余波を受けて多くの金融機関や企業が倒産の憂き目にあっております。遅かった公的資金の投入では如何ともし難く、それこそ世界中に飛び火してしまっています。第二次世界恐慌の前兆のような様相ですが、でもヨーロッパ各国やロシアや中国など必死になって現在対応中で、日本は他国からしたらたった1%分の被害しか今回はありませんでしたけれど、廻りまわって日本にも原材料の高騰などから来る不景気の爆風が今後とも吹き荒れることでしょう。僕の家の、直ぐ傍に創業137年の老舗ホテルがあります。京品ホテルと言いまして、現在でも盛業中(昨年8000万の黒字)なのですが、小林社長の独りよがりな他事行に対する拡大主義のために昨今会社全体が破綻し、リーマンブラザース証券の日本法人であるサンライズファイナンスにすべての債権が買い取られていたために、民事再生法の適応に引っ掛かってしまい、全従業員の即時解雇通知とか、いや団体交渉しろとかのニュースがテレビでバンバン流されています。リーマン関係のこの種の会社破綻とか、従業員の解雇とか、今後もたくさん続いてゆくことでしょう。我が社でもインベスト部門がありますから、大変です。早くから今日の実態を予測していましたから、現在被害はさほどではありません。非鉄金属関係の原材料方面の投資が多い上、そのインベスト資金はすべてが自社資金であるために、喩えゼロになっても人さまにご迷惑をお掛けすることがないから気が楽です。でも予測不能は状態は続いているといわざるを得ません。主人が守りだけの経営ではいけないと言って始めたインベスト部門でしたが、弟君さまに話しまして、近い将来まだ充分な利益があるうちに辞めてしまおうかとも話し合っています。相談役としても、人ごとではなく、つい夢中になって応援しています。
     
     米穀生産者の方々は痛めつけられて参りました。それこそ悲惨な状況です。時代を見る大きな政治家がいなくなり、政局だけを得意とする小ざかしい政治家が多いせいでもありますが、農水省の自堕落ぶりは目に余るものがあります。大臣そのものが情けない人たちでした。僕は、先生に申し上げたいのですが、どうでしょう!米穀生産者の方々に渡ったお金は、三倍の値打ちで使えるようにしたらどうだろうと。そして仲介人のマネーゲームをしている奴らのお金は3分の1にしてしまうのです。喫緊にそうしなければ、どんな農家の方も今後やって行けなくなるでしょう。将来にわたって描ける夢が余りにもないのですから。与野党の区別なく、フンドシを締めなおしてちゃんとした政策を、短期と中長期に区別してやって行ってもらいたいものと痛感しています。
     
     天皇誕生日は天長祭で、皇后の誕生日は地久祭と申しますが、皇后陛下のひこやかなお姿が報道などで知ると大変に嬉しいものですね。でも宮内庁のホームページを見ると、天皇皇后両陛下にあらせられましては、何とまぁ公的仕事が多いのでしょうか。呆れ返るばかりです。それこそ連日必ず何かがあるようで、思わずご体調やいかばかりかと心配してしまいます。もう少しノンビリとお過ごしになられるようにしてあげるべきでありましょう。美智子皇后のお嫁入りの時はやはりテレビが少なかった時代だったのですね。僕は偶に放映される当時の華麗なる馬車行列を見とれています。それからいく数十年、皇后におかせられましては、人には言えぬ数知れない多くの苦痛や苦難があったことでしょう。あの方のご人徳が、漸く今日まで持ち堪えられて来たのでしょうか。本当に凄い方だと感じ入っております。
     
     父からの電話は格別に嬉しいものでした。よく10日間の日程で登れたものだと感心しました。これからは父をもっとよく知って行きたいと肝に命じております。偶には、そこらの居酒屋に繰り出して一緒に一献傾けましょう!娘も大きくなりました。おむつを取り替える時など、アンヨをグングン伸ばし、気持ちいい喜びを爆発させているようです。妻もより一層きりっと引き締まった顔になっているようで、京都の大家族とも今のところ順調に仲良くしているようです。それら不安材料がないのは、僕は恵まれているからでありましょうね。有難いことです。
     
     又先生から頂戴致しました日光の詩、大変気に入りました。奥日光の湯元温泉の手前を右に行きますと、光徳牧場があります。その脇から出ている川俣温泉に出る細い林道があるのですが、その林道を小1時間ほどしばらく登って行きますと、左側は急峻な谷になります。そこを時間を掛けて降りたところに、実に静謐な湖水がありまして、切込湖は三岳が噴火した時に出来たせき止め湖の一つであります。6月から7月に掛けて、峰櫻や高峰櫻が咲く名所中の名所であります。このような詩歌にまで、お心配りをして戴きまして、本当に感謝に堪えません。有難う御座いました!
     

  3. Unknown より:

    硯水亭さん こんにちは。ますますお忙しい毎日のようですが、お元気そうでホッとしました。美しい景色に見とれました。半ばさらわれるように(笑)日光へ行かれたようですね。でも、とても良かったのではないでしょうか。きっと何かのパワーを日光の自然は与えてくれたのではないかと・・・
     
    お父様の百名山登頂達成も素晴らしいですね。おめでとうございます。そのような嬉しいニュースの後に奥様と杏ポニョちゃんがいらしたら泣かない方がおかしいくらい。とてもいい涙だったのでしょう。
     
    実家では美智子さまのご成婚の時、テレビを購入したそうです。
    私は覚えていませんけれど、パレードを中継しているテレビ画面を写した写真が残っています(笑)何年か前、美智子さまがご講演されましたね。素晴らしい内容でした。いつまでもお元気でいてほしいと思います。
     
    硯水亭さんも、季節の変わり目、くれぐれも無理をなさらず、どうぞご自愛くださいませ。

  4. 文殊 より:

               夕ひばりさま
     こんにちはぁ!済みません、カキコしていただいていたのを気付くのが余りに遅かったですね。連日読者は少ない日で300件、多い日で700件もあるんですが、足跡を残していかれる方は大変に少ないんです。最も多いのはGoogleの検索機関で、よくお調べなさって入って来られているようですが、
    多分それらの方々にも一定の責任があるのでしょう。
     
     このところ、色々な要素で大変忙しくしておりまして、ブログ散歩もままならず、ストレスが貯まる一方です。お姉ちゃまにも、このところ全く行けません。こんな生活になるはずではなかったのにと、どこか悔しいです。でも退職前に描いていた人たちがまだ充分に育っておりませんので、僕の責任でもあるのでしょう。頑張ります!
     
     そそ、人さらいに出会ったようにして日光に行きました。いつも済まないというCEOの気遣いです。有難いことです。お陰さまで温泉にも入れて、一瞬の秋の日光行きでしたが、一瞬であってもあの清々しく清澄な空気に触れられたので、充分に楽しんで参りました。中禅寺湖でボートに乗り、湖畔を一周したい衝動でいっぱいでしたが、時間の制限もあって、直ぐにお山を降りてしまいました。又の機会にはと。
    僕たちが頂けるホントのパワーっていうのは自然にしかないのでしょう!
     
     父の伝言はどんなに嬉しかったことでしょう。父は未だ東京には帰っていませんが、帰ったら、ささやかにお祝いしてあげることにしています。そんな感動もあったのですが、多分僕の涙はそればかりではなく、日々きつい状況の中で、無性に腹が立ったり、絶望したりする瞬間が最近凄く多いので、生きていること自体にも、やや疲れ、無常を感じ、さむざむとした心情だったからでしょうか。人間は何て小さく愚かなのだろうと思うのです。世界の経済の行方は、今のところ未だ予測がつきませんが、方や常に戦争をしなければならないアメリカという国家と、武器商人と石油の利権のみで、世界が牛耳られている現状に、いかんともし難い怒りや反感を持つのです。ただ信じられるのは、妻倭文子と杏ポニョと父親と、ごく少ないのではないかと思ったりして、つい淋しくなって来るのです。そんな気分を、あの二人の登場で一気呵成に開放してくれたのでしょう。ビルもお金も何も要りませんが、血を分けた人間がこの世にいるのだと思う感謝の心があったからでしょう。我がイノチに替え、守って行くべきものでしょう。御蔭さまで確かにいい涙だったかも知れません。有難いことだとしみじみと思っております。
     
     来月末にフランスに行く予定ですが、それまで膝や腰痛が改善されるのを特に頑張ってまいります。痛み止めのロキソニンという薬だけでは、どうも駄目なようで、病院を通して製薬会社のモルモットのような治験という制度で新薬を試してみようかとも考えています。どうせイノチに関わりがないのでしょうから。
     
     美智子妃殿下は素晴らしい方ですね。大好きな方です。お姉ちゃまもお好きなようで、ほっと安心しました。こちらから、お姉ちゃまのブログにあがりもしないのに、何てお優しいのでしょう。今日は本当に有難う御座いました!
     

  5. (Kazane) より:

    硯水亭さん、こんばんは。
    とっても素敵な写真ですね。見とれてしまいました。私は特に2枚目の写真が気に入っています!そこに吹いている風まで感じられるようです♪お忙しい中、ほんのひとときでしょうが、時が止まったような感覚を味わわれたのではないでしょうか。お父様、素晴らしいですね。きっと喜びを少しでも早く、硯水亭さんに伝えたかったのでしょうね。大人になってから変化していく親子関係もいいものですよね。そして、奥様と杏ちゃんがいらして!硯水亭さんにとって、とても素敵な1日になりましたね。涙が出るのもわかります。お忙しいとは思いますが、どうかあまり無理なさらないで下さいね。
    私は、以前腰を痛めたときに、気功治療のような本を買ってきて、あれこれやってみたりしていました。私には合っていたようで、だいぶ改善されました。
    早く良くなられるよう、祈っています。

  6. より:

    硯水亭さま、  お父上の百名山踏破おめでとうございます。親爺と息子の心の交流、清々しくも羨ましく読ませていただきました。我が夢は、歩き四国遍路、大峰奥駆け道、六甲全山縦走、などでありますが、百名山もその一つに入れたくなりました。さらに、我が黄葉を求めてのドライブで出逢ったキャンピングカーに全国の素晴らしきところを走り回りたいとインスパイアーされました。素晴らしい写真を見せていただき、日光も訪れたい、我が郷土の山国隊の戦士眠る宇都宮へも、、訪れたいところはいっぱいです。硯水亭さまのビジネスに関する記述を読ませていただき、会田雄次さんの「氷雪の時代」を我が書棚に探しに行きました。今の事態を目の前にして、この「アーロン収容所」を著された著者の眼を、もう一度読ませていただきたく思いました。日本がバブル崩壊後苦しんでいるときに、日本発の危機を発生させるなとばかり主張していた米国人などはどれだけ手をさしのべてくれたのでしょう。自己主張しか知らない人間ではないか、と思わざるをえません。農業問題などあの身勝手さは呆れかえらざるを得ません。硯水亭さまのいつもの主張がよく理解できます。日本の外交官は数年間北朝鮮で研修してもらうのが良いのかもしれませんね( ^_’)

  7. 文殊 より:

              風音さま
     まったく自信のない写真ばかりで、恐縮です。やっと一眼レフの修理が仕上がって来ましたので、今度こそは、風音さんの足元に及べるような写真を撮ってみたいと意気込みばかりはあるのですが・・・・・。
     
     実は日光の中でも小田代ヶ原の朝の風景はまるで、この世の世界とは思えない美しい風景です。朝の光で変化する一瞬一瞬にすべてが意味があるような気がして、勿体無いような思いがしてくるのです。ですから天然・自然が与えてくれた恩恵に、思わず手を合わせたくなるような感謝の念で満ち溢れて来ます。以前はマイカーでも入れたのですが、ランドクルーザーが流行ってから、あの美しい原生林が車の轍で荒らされ放題になり、止むを得ずマイカー乗り入れが禁止になりました。入り口にある赤沼の茶屋から、朝の4時には始発バスがひっきりなしに出ています。音もなくすべるように原生林の中を進むバス、そこがこの素晴らしい光景の入り口です。いつか是非ご主人さまとおいでなって下さりましね!
     
     写真で上からところどころに見えている真っ赤な低木は、ズミの樹です。その下草は夏には日光キスゲやワタスゲや日光シモツケが群生していたところで、余り写真には出てませんが、草紅葉と申しまして、下草も燃えるような真っ赤な状態になっているのです。やはり実物には敵いませんが。
     
     父と僕は幼少時から、大人になるまで、殆ど会話のない関係でした。仕事で始終自宅に帰れなかった父がしばらくぶりに帰って来ると、母親が独占されるようで、嫌だったのです。僕はなるべく早く自宅を出たくなって、中学の時、急逝した母親の無念さを胸に秘め、主に数学を中心に学問に専心し、学生時代偶々入った会社にまさか僕の人生のすべてが取られるような、そんな出会いが主人のお宅でした。何と簡単なビル建築を、この若造に任せてくれて、ゼネコンをアゴで使っていた生意気盛りの青年期でした。でも父が退官し自宅にいるようになると、間もなく未亡人になって父が可愛がっている妹を自宅に帰し、父の精神的状況に変化が見られてから初めて会話をするようになったのです。でも深田久弥をトコトン愛し、山への志向が益々燃えて来るようになり、それからコツコツと、改めて心の修行をするような、そんな山登りが続いていたのです。
     
     ですから父のことは未だによく理解しておりませんが、今後でしょうね、楽しみは先に取ってあったのでしょう。そんな父は、我が妻や我が子を特別に愛してくれています。何と幸福なことでしょう。疲労困憊してくると、我が妻と我が子が、どれだけ僕に安らぎを与えてくれるのでしょうか。うっかり流した涙はまだよく分かっていませんが、でもきっと「幸福の黄色いハンカチ」のような色彩だったのでしょう。
     
     このところブログ散歩もままならない折、随分失礼をしているのに、おいで下さって、本当に有難う御座いました!
     

  8. 文殊 より:

            Mfujinoさま
     父をお祝いして下さってとっても感激しています。でも実は母との思い出だけがいつもいっぱい存在しています。僕が中学校の時、母は突然、交通事故で急逝したせいでもあるのですが、父との会話は幼少期から青年期に掛けて殆どありませんでした。始終出張がちで、ウザイ存在でしかありませんでした。母が死んでから、万一東京にいた時は、よく父の弁当を作ってあげたものでしたが、父が退官する以前と現在では大きく二人の関係は変化して行きました。一切再婚をしないと言った父の心情が子供ながらに大変に嬉しかったに違いないのですが、人がまるで変わったように、父の人格を見え始めたからでもありました。今はせめて恋人の一人や二人いてもいいのにと、偶にそんな冗談を言える間柄に変化しています。そして僕がこよなく愛する我が妻や我が子を、父はどんなに愛してくれているでしょう。叔母とともに、日々感謝の毎日です。
     
     Mfujinoさんの今後のやりたい希望はよく理解出来ます。去年四国のお遍路を少しばかり体感致しましたが、まだまだ遍路旅をしてみたい思いが充満しています。那智の西巖殿寺から始まり、根尾の淡墨櫻近くの谷汲寺までの西国三十三箇所のお遍路も魅力的で、熊野古道散策と合わせて是非訪れてみたいと存じます。思っているより、やっぱり行動に移すのが肝心なことかも知れませんですね。是非Mfujinoさまもご希望の各地へ訪れ御覧になって下さりたく存じあげます。ホントの短い人の一生ですから、少しでも禍根を残して死にたくないと僕は考えます。出来るかどうかは別にして、そのように心掛けたい思いです。
     
     Mfujinoさまの貴重な記事を読ませて頂ければ直ぐ理解出来るのに、今回の僕の「中也忌」には「山国隊」のことを少々間違えて記述しているようです。朱雀の方々と山国の方々にはどんな交流があったのか、或いは全くないのか、そこが現在分からない部分ではあります。ただ時代祭りに「山国隊」が出てたよと義母からの報告を聞いただけで、つい嬉しくなって記事にしてしまった軽率さをお許しくださりませ。但しどのように書き換えるべきか悩ましいところです!
     
     先日道草先生にも申し上げましたが、農家に入ったお金は三倍の価値で通用し、中間でマネーゲームをしている連中の貨幣価値を三分の一にしたらどうかと。とりあえずそれが最も即効的に効果があがる方法だと申し上げたところでしたが、冗談では決してないのです。減反政策以来特に農民は虐められています。見ていられません。断じて見過ごせません。奥三河の花祭りや高千穂の神楽を見に行った時も、現地の方々にどんなに酷く痛々しく感じられたことでしょう。日本はアメリカなんか、全く及びもつかない素晴らしい文化と伝統があります。日米安保条約は、黒船時代の日米和親条約を一歩も出ていないと、僕は常々考えています。不平等条約でしかないと。これだけ大規模な米軍基地を他国に在住させている他の国家はありましょうか。僕は寧ろ親米派です。でもアメリカの横暴と、一部の武器商人や石油利権の真っ暗な闇の世界は見過ごしてはいられません。あたかも米国はそれら一部の方々に牛耳られているからで、喩え新しく民主党が勝って、初の黒人大統領が誕生しても、平気の屁の座なんですから。ネオコンは今に始まったスーパー暗部ではないのです。それらをアタマに置いて、はっきりとイエス・ノーを言える日本でなければなりませんのです。大好きな白洲次郎が描いた戦後の日本はまだまだ遠い思いです。内憂外憾にして、まだまだ仕事はテンコ盛りと言ったところでしょうか。民主党が勝ったら、クリントンの時代のように、すべてアタマ越しに中国や北朝鮮とやり取りが始まることはずです。
     
     日本はスイスのように永世中立国家になり、そのために国民皆兵制にして強い軍備を持ち専守防衛とし持ち常に訓練し、世界に堂々とモノが言える国家になれないものでしょうか。若い人の「こんな駄目な国のために死ねない」とか「そんなら滅んでしまえばいいとか」無責任極まりない言動を目にする時がありますが、今このアブクのような平和な時代を当然と考え、永久に続くと思っているのでしょうか。最も危険な若者でしょう。拉致で、国家主権を侵害されていても、何一つ発言出来ない国家は国家なのでしょうか。神嘗祭にもあるように、稲作は日本人の基本です。或いは士農工商として大事にされ、イザという時に先陣に赴いた農家の気概は、これからでも最も大切にして行くべきです。古来戦場で活躍した大半の兵士(70%前後)は実は殆どが平時農民だったのですから。農業や漁業をないがしろにする国家はやがて早晩潰れて然るべきことでしょう。今日もおいで戴き有難う御座いました!
     
     

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