紅葉の古都へ Go!

 

厭離庵

 京都で 僕が最も好きな秋の風情 嵯峨野の尼寺・『厭離庵(えんりあん)』 但し普段は非公開 紅葉期間だけ公開とか

 

 

 

                                     紅葉の古都へ Go!

 

 

 主人が『櫻灯路』を書いていた時分、何気なく出した一つの記事が、未だに検索され続け、圧倒的に読まれているようです。京都へ紅葉見学のコース案内の記事で、主に初心者に向けた簡単な記事でした。『京都の秋へ気もそぞろ』という記事です。今読み返しますと、結構細やかに書かれてあり、初心者の方でしたらきっとお役に立てるだろうと推測されます。特にこの連休から12月始めまで、京や大和ではどこもかしこも深紅の紅葉でいっぱいでありましょう。

 今日は勤労感謝の日ですが、これは戦後間もなく施行された祭日で「勤労をたっとび、生産を祝い、国民互いに感謝しあう」との趣旨で作られた法律のようです。でもどことなく戦後の日本を象徴しているかのように、この趣旨の文言は、些か、いい加減にぼかされた感覚がないでもないような気がしています。戦後アメリカ型民主主義が導入され、ホヤホヤしてたの政治理論で一体全体何を言いたいのか、目先の政局だけで生きているような情けない政治家が多い中、その時々の日和見的な、あの趣旨は余りにも漠然とし過ぎてはいないでしょうか。この日こそ、我が日本では、新嘗祭の日にあたり、天皇が五穀の新穀を神に捧げ、自らも食し、収穫の豊穣を感謝すると言うはっきりとした感謝祭の意図が、永い間国史に刻み込まれて来たのです。神嘗祭(かんなめさい)は伊勢の神宮で、先月17日に行われましたが、新嘗祭(にいなめさい)は宮中内にある神嘉殿(しんかでん)で行われ、天皇自ら祭祀される秘儀となっています。有史以来日本人は如何に稲作文化を大切にして来たかという、明らかな証明です。今はこの原点を忘れ、地方の田畑は荒廃し、何と漁業まで限界に来ているようで、林業すら立ち行かなくなっているようです。これが戦後政治の明らかな決算書なのです。ニートって悪いと言っていても、そういう世代を作り出したのは明らかに彼ら政治家の責任です。希望いっぱいで一時どっとなだれ込んだ介護福祉士の仕事の現場では、若い職員たちが、余りの薄給(平均月額15万円以下で昇給の見込みなし)のために、逆に今度はドンドン辞めていっています。政局だけで汲々としている今の政治家(政治屋と言うべきか)たちでは、目の前の現状すら何一つ分かっておりません。特に日本の永い伝統や伝承を、ことごとく破壊するのが戦後民主主義の正体なのでしょう。そこから現代の「何でもあり」の深刻な課題がはっきりと内在されてあるのです。腐りきった官僚が懲りずに画策する各省庁の利益追求のために、僕は今までただの一円の税金も払っておりません。毎年とんでもなく僕に掛かる多額の税金は、これからの新しい日本を創って戴きたく辛抱を重ねて払っております。今日のよき日、せめて日本版サンクスギヴィング・デーの真意をもっとしっかり心に刻むべきでありましょう。

 本日11月23日、京都では素晴らしいお祭りが目白押しです。平岡八幡宮「創祀祭」「お火焚祭」が行われ、紅葉で溢れる嵯峨野近くの車折神社でも『お火焚き祭』「かまど祓い」があります。更に京都人に紅葉が最も人気のある東福寺正覚庵ではお稚児さんや山伏のお練り行列があった後、素敵な『筆供養』があり、紅葉の隠れた名所でもある赤山禅院でも、比叡山の大阿闇梨がやって来て加持御祈祷を行い、「大祓い」として『数珠の輪くぐり』『お数珠のお焚き上げ』があり、清水寺境内で、縁結びの神として、女の子に最も人気高い本堂脇の地主神社でも、『もみじ祭』があって、華麗なる剣の舞やもみじ舞などの奉納やもみじの献花などがあります。確かこの日、大原野の十輪寺では、在原業平を偲んで『塩がま清祭』があるようです。年末に近くなった現在の折柄、清め・祓いの意味で、悪縁を断ち切り、身の穢れを燃やしてしまうお火焚き神事の祭りが多いようです。たった一日で、あの狭い京都に、こんなにも華麗なお祭りが一日であるのです。無論この日祭祀される京都以外の各地のお祭りを抜きにしてもですよ。凄いものでしょう。折りしも紅葉盛んなりし今週は、あの椿の花の寺で最も有名な霊鑑寺は、普段一般客は入れないのですが、特別に許可され入山することが出来ます。他にもたくさんの寺社仏閣でも、特別拝観がなされる時季で、ですから京都の紅葉の時季は本当に格別な季節なのです。

 無論古都・奈良も全く無視出来ません。十三重の塔が、炎の真ん中にすっくと立つように燃えて見える紅葉の、桜井市多武峰(とうのみね)・談山神社を始め、多くの密やかな場所で真紅の紅葉が、櫻と同じように短く儚い期間で頑張っております。奈良公園は、美しくしっとりとした秋の風情でしょう。関西の主な紅葉の見処は、今週から12月の始めに掛けてピークとなります。今日は京の話題ばかりでしたので、我が信仰の御山・高野山の紅葉の写真を、その御身代わりとして下記に貼り付け致しました。どうぞ皆さま、ご健康であらせられるのなら、皆さまのご散策をどこでも待っておいでのことと存じます。僕の今の病名は、脊髄神経狭窄症です。悔しいです。たいして歩けないので、もう少しの期間は何処にも行けませぬ。お元気な皆さんがとっても光り輝いて見えまする。どうぞお元気で行っていらっしゃいませ!

 

高野山

高野山

  秋の高野山 弘法大師さまが 今でも生きていらっしゃる御山です!

 

 

 今日のBGMは 星村麻衣の歌『ひかり』 (ドラマ『Tomorrow〜陽はまたのぼる〜』の主題歌)

 

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紅葉の古都へ Go! への2件のフィードバック

  1. 道草 より:

    居ながらにして「硯水亭京都紅葉案内」を堪能させて頂きました(京都人なのに…)。追述するまでもなく、京都を彩る紅葉の美しさは極めて深く、時代の重みを背負った数々の堂塔の影を抱きながら大きな魅力を持っているのでしょう。さすれ、「もみじの錦着て帰る、嵐の山の秋の暮」と謳われている嵐山の紅葉の山は、平安京の昔から人々に秋の陶酔を満喫させたに違いない面影を、今日にまで偲ばせてくれているようです。「秋風の嵯峨野をあゆむ一人なり野宮のあとの濃き蔦紅葉」(佐々木信綱)。嵯峨野一帯には多くの旧跡が残っていて、野宮神社の黒鳥居や木立ちに絡まる色濃い蔦紅葉を目にすれば、まるで『源氏物語・賢木の巻』光源氏と六条御息所の恋の終りの深い情念の色を彷彿とさせてくれるのではないかとも。また「くれなゐのもみぢがなかに日暮れつつ燃えてしづけし常寂光寺」(上田三四二)。その辺りから二尊院・滝口寺・祇王寺・厭離庵(11月中は拝観可)と続き、ほんの短い期間を真紅の紅葉に彩られ周囲はまるで燃える様にも。嵯峨野の紅葉も感慨深くはあり、そして「しぐれては霽るる空微光を帯びながら三千院の紅葉散るなり」(川口美根子)。洛北の三千院は比叡の麓でひっそりと木立の中に静まり、晩秋の時雨は「降りみ降らずみ」との如く、降っては止み晴れるともなくまた降り始める、そんな仄かな陽の色を含んだ空の色を反映して、紅の微光を帯びた紅葉が時雨に濡れた微かな重たさを見せて散って来ることでしょう。今日の休日は雨の予報です。午後から一雨あるかも知れません。
     
    「洛北大原行」   木下利玄
     
    晩秋の一日思ひ立ちて、京都より大原の奥を訪ぬおし黙る一人の歩み昼たけて八瀬大橋を渡りけるかも先づ三千院へ大原の三千院に行きつきて靴ぬぎたれば汗ばみ冷えつ小坊主の後より入りつ往生極楽院浄らにつめたみ虔ましもよ山の堂しゞまの深みに物言ひしあとの幽けさ身を省みる山もとづたひに寂光院へ寂光院の床ふむにつべたみそゞろに見る阿波の内侍のはりぼての像お堂出づれば只今の間に日はかくれ雨の粉ちれり大原の峡に庵室の障子あけてみれば日はかげり又日は照るも大原の峡に庵室の障子に午后の日あかるく山の底冷え膝に感ずる庵室の障子あかるき午后にして茶を汲む尼の頬の紅きこと寂光院の尼の頬あかき午后にして日は照り雨の粉ちりにけり峽小田は大方苅られ大原山黄葉残る木々を渡る風あり女院の山のみさゝぎ夕照れり京都へのかへりをいそぎて拝す帰るさ月夜になり昼間あるきし三里のみちつゆけくあかるし俥にてかへる月夜にゆく道のかたはらの槙林しめらにさやぎて又しづまりつ

  2. 文殊 より:

              道草先生
     やはり京都の紅葉は世界一の紅葉だと信じて疑っておりません。日本人の美意識に、ぴったりなのでしょう。北海道の紅葉は日本の感覚とは違って、いかにも豪快なのですが、京都の紅葉はやや箱庭的かも知れませんね。でもそこがいいのでしょう。今まさに錦秋の京都でありましょう。紅葉も、櫻と同じで、あっという間に盛りを越してしまいますね。「もののあはれ」を、万葉の時代から、数ぞえ切れないぐらい多くの歌が詠まれておりますから、日本人の心に深く浸透し拭い去ることは全く出来ない美意識の一つなのでしょう。嵯峨野はどこに行ってもいいですねぇ。以前定家の「時雨亭」の跡を特定したく、歩いた覚えがあります。全部で、現在推測されている場所だけで三箇所だそうです。この厭離庵も、時雨亭跡であったとか言われております。色々な方々からお教え戴きましたが、結局は決定的な資料に乏しく、特定するまでには至りませんでした。又伊勢の斎宮に行く姫君が必ず立ち寄ると言われ、六条御息所で有名な賢木にあります通り、伊勢行で潔斎をする野宮神社は、現在の野々宮神社の場所ではないとの有力な説があるようです。旅枕に相応しく、鳥居の柱は削らずに原木のまま建てられているのが当時の野宮神社であったとか。多分潔斎を行う度に建てられていた習慣があったのかも知れませんね。祇王寺のご本尊である四体の仏さまにも、可笑しいですね。仏御前がいるのは何とか理解出来ても、清盛さんまでご一緒においでになられていて、その丸窓に、吉野太夫の吉野窓作りであるとか。化野念仏寺も、今時分が一番たっぷりと風情が御座いましょう。二尊院も大好きです。ご本尊がお二人仲良く並んでおいでで、紅葉は如何にも小倉山という風情で満ちています。じっと目を瞑ると、京都の紅葉は際限なく思い出されます。北山付近・大原・嵯峨野や西山や嵐山・東福寺周辺・永観堂から南禅寺にかけて・大原野・鞍馬・花背から美山にかけて・五条坂近辺・修学院離宮・御所や仙洞御所・桂離宮、どこへでも何度も廻りました。すっかり頭の中に入っています。そして京都の道草先生とこうしてお話させて戴いていることや京都の妻が、ここにいるのも不思議な気がしてなりません。いつどんな時でも、僕にとって京都は大きな原点の一つです。どんな寺社仏閣に行きましても敵わないやと思い、心から素直になれる居心地のいい場所であり、縁あって京都から妻を娶ったことも非常に大きな意味を持って来るのでしょう。
     
     又今回も素敵な詩を有難う御座いました。木下利玄の「洛北大原行」は手短な詩ながら、大きな幅を感じさせてくれました。この中の寂光院さんの建て替えが終了してよかったですね。そして新しいご本尊さまは、横に数本の金の、アレって何でしょうね。線のような棒のようなものがあって背負っていらっしゃいます。素晴らしい印象でした。静かに、大原の紅葉のもとで、この詩を読みたくなっています。今日もおいで戴き有難う御座いました。スキヤキ用の肉が手に入りましたので、今回の連休の打ち上げとして、スキヤキ・パーティをこれから始めます。関東のようなスキヤキではなく、鉄鍋に肉を焼いて、つゆは最後に入れる関西の方法でやろうと思っています。三島亭には及びませんが・・・・。では先生の方角に向かって、親子三人で乾杯を申し上げます!「有難う御座いました!」と。
     
     

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