だんだん 優しさと優しさのぶつかり合い

 

千社札

 千社札 (祇園の花街の品格をヒシリと感じさせる舞妓・芸妓の持つ名詞 これで自分の進むべき道を決める覚悟で名詞である)

 

 

 

 

              だんだん  優しさと優しさのぶつかり合い

 

 

 

 NHK、朝の連ドラ「だんだん」は益々佳境に入ってて、涙なくしては観られないような、ホォ~~ッとした感じ。出雲の方言「だんだん(有難う)」と、京言葉がひっしと喰らい付いて離れないようで、この対決が実に面白い、朝早い時の出社のときは、必ずビデオに撮って置いて帰ってから必ず観る。島根は昔から天皇・皇族の流刑の地で有名だが、そんな理由だろうか、流れ流れて北前船の影響もあってか、意外と京の「はんなり」精神が多い地方である。「はんなり」とは、「しとやかな美しさ」の意味であって、世阿弥の風姿花伝まで一挙に遡る。世阿弥、「風姿花伝」に曰く「秘すれば花なり」から、どうも出て来ているようで、「花なり」が「花あり」と訛り、それが更に訛って「はんなり」になったのだろうと言う説が有力だ。「だんだん」も、素敵な温かみのある言葉だが、今の島根では70歳過ぎの人たちにしか残っていないらしい。方言の対決の良さを、今回はどんなに感じさせて戴いているのだろう。

 京都の方言だって負けてやしない。関東人にとって、京言葉は分かり辛く、中途半端な言葉だとよく言われているが、実は決してそんなことはないのである。有名な「ぶぶ茶」の話でもそうだが、様々な表現は確かに本音を明らかにしていないように見える。でも京の人では、はっきりとしたモノ言いを意識して言っているのである。関東人のように、ズケズケとはっきりとモノを言う人は、「礼儀も知らんといけず」と言うことになるのであろう。中途半端に感じる言葉の奥の奥には、人に対する思いっきりの「優しさ」と「思い遣り」が潜んでいるのである。

 このドラマは兎に角楽しめる。お仕込み(見習い期間)さんから、漸く舞妓になったと言っても、厳しい日課が課せられ、祇園の歌舞練場に入らなければならない。特に、祇園甲部は女紅場(にょこうば)と言って、明治のご維新の際、食い詰めた女郎たちに職業を身に付けさせようとした目的がその発端だ。一旦「女紅場」に入れば、喩え芸妓を辞めたとしても、生涯ここの生徒となる約束なのである。その背景をじっと見つめる必要があろう。人が生涯掛かって死するまで勉強しなければならないのとよく似ている。祇園の女の子を口説くには、大層なハンディと、すっ高いハードルが存在する理由だ。

  花簪(はなかんざし)と言うのがある。舞妓はんが一人前の髪結いをされる時、「ブラ」と言われる簪とサヨナラをする時が来る。一年と12ヶ月、月ごとに簪のデザインや色味が違って美しい。季節とピッタリと沿ってあるのである。今頃は師走の冬、四条・南座の「招き」にあやかって、祇園の舞妓はんたちは南座に訪れ、歌舞伎役者に、真っ白な「招き」の簪に役者の名を書いて貰う習わしがある。真っ白な眼のない鳩も簪に飾り、好きなお方から鳩に眼を入れて貰うと言う素敵な習慣もそうである。あの南座にあやかって「招き(まねき)」から縁起を担いでのことに違いないだろう。1月7日には、稲穂を簪に付け、紋日(もんぴ)と言い黒紋付の正装の女たちが女紅場に行き、師匠・井上八千代(今は五世)の門を叩く。所謂始業式である。最後に歌舞練場で、「倭文(しづ)」と言う舞が舞われて終わるのが、実に、感慨深いものがある。

 「だんだん」の巻頭絵にも最初にヒラリと出てくるが、帯じめと帯留めを合わせた物、あれを「ぽっちり」と言い、豪華な金細工の物や翡翠やべっこう細工といった物がよく帯に似合った。あの映像の巻頭には素敵にマッチしてよく見映えて美しく見えた。ぼっちりは色合いのオリジナル性や精巧さが楽しめて実に素敵なものである。又一年未満の髪結いやお化粧(一年未満は上半分に口紅を塗らない)や髷(まげ)まで、ちゃんと仕分けて使っていたから、ぼんやり見ていても感心したところである。例えば髷では2年未満の舞妓に、「割れしのぶ」と言う髪型にしたり、襟替寸前の子に「おふく」と呼ばれる髪型にしたり、実にちゃんと色分けしているのである。

 我が妻で実際に体験しているところだが、京言葉は実に優しい。それだけでほとほと参っちゃうのである!出雲のあの優しい言葉も、北前船やイントネーションで分かる通り、京言葉の影響があるのではないだろうかと、不図そんな風に思う。10月、神無月(かんなづき)と言う季節に、出雲では「神在月(かみありづき)」と呼ばれ、全国の神々が出雲に集合してやって来る。縁結びの、凄い月である。京都・清水寺さんの本殿わきにある地主神社は、大国主命(おおくにのぬしのみこと)が祭神であることから、詳細は省くが出雲の縁結びの神ご本人がいらっしゃるのである。道理で大変な人気があって、いつも心優しい女性たちの行列で溢れている。

 僕は、この物語を、ひと言で言うならば、出雲の人の優しさと京都の人の優しさのぶつかり合いがストーリーだと思う。出雲は素敵な空間と、スサノオノミトコ以来の神代の昔からある伝統が混在していて、今日の姿にしている。あの分厚い注連縄を見るだけで感動してしまう。一方京都では千数百年を、同時に今に伝えている。祇園の舞妓さんが使う花簪(はなかんざし)は、十二ヶ月の香りや仕来りを伝え、そこで一層映えているのだ。祇園は全くエロなのではない。祇園こそ、客と芸子との一対一の、本気の勝負の場なのである。高いお金を払ってそんなところに行くのかと言えば、芸妓はんはオンナを磨き、客のオトコはオトコを磨く。ハードルが高いのは当たり前で、そこにエロはなく、はんなりとした色香を目指して行く者を、快く迎えてくれる。実に厳しい世界であるが、当然の成り行きの世界でもある。

 今日の放送では、のぞみが(夢花)が自ら襟替えをしないことを、きっぱりと宣言する場面であった。重たい仕来りや掛けた重みに対し、のぞみはどんなに苦しんだことだろう。今後ストーリーはどんな展開をして行くのか知らないが、めぐみとのぞみの二つの人生がどうやら一つに収まって、新しい歌手の活動の場を目指して行くのだろうか。祇園からすれば、何とも情けないようである。出雲の優しさと、京都の優しさが、真剣にぶつかり合い、そんな場に心から応援したいものである。

 ところで、我がブログ「硯水亭 Ⅱ」は、これまで既に23万件以上のアクセスを戴きました。「櫻灯路」では33万度数、「硯水亭」では7万数でありました。多分もうこれで充分でありましょう。最早、心静かなお休みを戴く時になったのであります。主人から遺品として預かったこのパソコンも、ピシャリと閉じる時がやって参りました。私は、櫻守専従者となり、新参者の一年生として、日々格闘の毎日が待っております。今日の午後、Beth Chattoのハイビジョン放送がありました。彼女は僕の永年憧れの人で、「自然に沿って庭を造って生きる」、これがベスのポリシーであるのです。僕は、ベスのカリスマ性まで一切欲しがりませんが、櫻山をどのような山にするのか、ベスやモリスや、佐野籐右衛門さんなど、多数の方々に初歩から、しっかりと尋ね廻り、心底頑張るべきでありましょう。この財団を考える時に、ひとえに僕自身の双肩に掛かっているものとも勘違いをしておりますが、いかにもその覚悟で、このブログのカキコは今夜でシャットアウト申し上げまする。ご理解戴けますでしょうか。但しこのブログは何といっても不器用なオトコの産物でした。長い記事や、諸々の記事は時間を見て少しずつ下書きを繰り返して参りました。そんなわけで、ここには実は下書きがまだまだたくさん御座います。それ故「おくど」さんの火がゆっくりと噛みしめるように、トロトロと消えて行くさまでしょうか、最後の残り火としてメラメラと輝かせて書かせて戴くことでしょう。でもやがて火は自然と落ちて消えて行きまする。それまでまだ少々の時間が御座いますが、このブログの記事もサヨナラのある種の儀式であるかのように、是非どうかお知りおき下さりたくお願い存じ上げます。今日まで育ぐくんで戴いて、何と表現すればいいのでしょう、ともかく心から感謝の真を申し上げまする。本当に有難う御座いました。だんだん!

 

  <その第一歩めに、本日からこのブログのすべてにカキコが出来なくなりまする。ご容赦のほどを!>

 

花簪

 これは花簪(はなかんざし)と言われ 下に垂れ下がった飾りを「ぶら」と言い、舞妓はんのうちで特に初心者が「ぶら」をさげる 

師走は「まねき」で南座の役者さんに簪に挿された白い看板の飾り物にサインをして貰う 一月は松竹梅 

但し一月七日の始業式の日は黒紋付の正装の日で紋日と言われ 「稲穂」が簪にあしらわられる

季節ごとに美しさと簪の景色に芸妓はんの経験も窺えるもので この写真の簪は四月の「櫻」である

 

 

 

  今日のBGMは 山口百恵の歌『一期一会』

 

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